●住吉大社、その1
と大阪をつなぐ阪堺電車はあべのハルカスの真横の天王寺駅を起点とする路面電車で、11月上旬に初めて乗った。筆者は10歳頃までは叔父が堺に住んでいて、よく出かけたが、いつも南海電車を使った。




去年10月の投稿のハルカス工事中のパノラマ写真中央下の青磁色のシート屋根がその天王寺駅で、それからわかるように阪堺電車はハルカスが建設中でも装いを改めることがなかった。会社が違うのでそれは当然でも、未来を感じさせるハルカスの真横にいかにも昭和の阪堺電車の車両が停まっているのを見ると、阪堺が半壊かと思えるほどだが、乗ってみると昔の大阪市電と同じで、揺れが多く、ゴトゴトを音を立てながら昭和レトロの風景の中を走って行き、それはそれでとても楽しい。天王寺駅から南はまだ古い住宅が多く、古き大阪のよき部分が残っている気にさせる。そうそう、ハルカスが出来ても阪堺電車の天王寺駅が何ら変わらないかと言えばそうではない。ハルカスと通りを挟んで建つキューズ・モールとの間には陸橋があって、それを使ってどちらからも往来する。強制的だ。つまり、その陸橋の下には信号、横断歩道がない。阪堺電車の天王寺駅は路面にあるから、昔なら信号をわたりながらその途中で、地面より2、30センチほど高いプラットフォームに飛び乗ればよかった。ところが、横断歩道はないから、そこに到達するには地下に潜って、プラットフォーム近くの口から出なければならない。そうなったのはいつのことだろう。歩道橋は昔からあったから、昔からそうなっていたのかもしれないが、その昔はせいぜい2,30年前だろう。そしてしばらくは歩道橋も横断歩道もあるという状態であったはずだ。それが今では歩道橋を地下に写し込んだような地下通路を歩いて目的の口から出る。これが慣れない人にはなかなかわかりにくい。そのために地下の出入口には場所を示す表示が多いが、それがあっても方向感覚が地上とはまるで違うので迷う。先月上旬に乗ろうとした時もそうであった。地上なら直線距離にしてわずか20メートルほどなので、地下に潜ってもすぐにそこに出て来る口が見つかると思ったのに、筆者はよほど方向音痴か、距離にして10倍はうろうろと歩き、結局見つけることが出来なかった。ではどうして見つけたかと言えば、当日一緒に出かけた大志万さんが見つけた。大阪生まれの筆者が案内すると言いながら、彼女に引っ張られた感じだ。ま、それもいかにも筆者らしい。彼女は口には出さなかったが、うろうろする筆者の無様な動きを内心愕然としたであろう。大志万さんについてはこのブログに何度か書いた。筆者より一回りほど歳下の同じ自治会に住む主婦だが、毎日油絵を描いている。その日は筆者が誘った。もちろん家内の許可を得てのことで、彼女もご主人に相談してOKをもらった。自治会の集まりでよく話すとはいえ、一緒に大阪まで出かけるのはデートと言ってよく、それなりに緊張し、当然のことながら境といったことを意識する。彼女とは絵の話が出来るので、筆者としては嬉しいが、彼女はもうこりごりかもしれない。MIHO MUSEUMの内覧会に2年ほど前に誘った時は、もうひとり自治会の主婦が同行した。彼女は筆者とふたりだけでは何となく気まずく、また周囲への説明に困ると思ったのかもしれない。だが、今回は半日をふたりで行動した。彼女に誘いの電話をした時、すぐそばに家内がいたが、家内は大志万さんとは何度か話をしたことがあって、彼女となら筆者が一緒に行くのに最適と思ったようだ。いつもは家内と一緒に出かけるのに、その日は家内は退院した後でもあって、具合が悪かった。大志万さんは綾部の出身で、大阪には土地勘がない。それに、2、3年前に彼女から大阪評といったものを少し聞いたことがあって、それは大阪人の筆者にすればあまり容認したくないことであった。彼女は大阪を歩いて京都とのあまりの違いに恐れをなしたようで、それが筆者には否定的に響いた。確かに彼女の言うように、京都ではまずあり得ないような人たちがいたりするが、それはよく見れば人間らしいことであって、肯定的に捉えることが出来る。もちろん筆者はそうだが、その微妙なところを彼女に知ってほしいという思いがある。そのことがあったので誘ったのではないが、心理の底には多少はそれがあった。
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 さて、昼食を彼女と向かい合って食べた後、そのまま帰るのは早い。そこで筆者は予め計画していたのでもないが、NHKの朝の連続ドラマで今話題になっている住吉に行かないかと誘った。目の前に阪堺電車があるから、それに乗れば一直線で住吉大社だ。乗っている時間は20分ほどだろう。彼女はそのドラマを見ていないようで、連続ドラマがらみではなく、有名な住吉大社にはまだ訪れたことがないので、筆者の言葉に笑顔でうなずいた。そこで早速目の前で待っている電車に乗り込もうとしたが、信号や横断歩道はない。地下に潜ればいいことがすぐにわかって、そうしたのはいいが、地下通路はハルカスが出来た際にすっかり新しくなり、また人通りが多い。それでうろうろおろおろしていると、彼女が出口を見つけた。それは潜った口からすぐのところだ。地下通路は壁面が全体にきれいであったのに、阪堺電車の出入口に至るまでの10メートルほどの通路は古いままであった。つまり、ハルカスを所有する近鉄は地下通路全体を化粧直ししたが、阪堺電車が所有する部分はそのままに残した。これは未来都市から一気に半世紀以上も前に連れ戻されたような気分で、その地下通路の阪堺電鉄用通路との接続部は実に面白い。先に書いたように、阪堺は半壊かと冗談を言いたくなる様子がそこにも表われている。10メートルほどの狭い通路を通り抜けると地上に出る階段がある。それを上るとすぐに小高いプラットフォームで、すぐに電車に乗れる。通路にもまた駅にもNHKの朝ドラの広告が貼ってあって、阪堺電車沿線はちょっとしたブームになっているようだ。サントリーの社長が最初に商いをしていたのが住吉という設定で、筆者もその連続ドラマを見てはいないが、1か月ほど前か、たまたま画面を見た時、夜の住吉大社の太鼓橋が映っていた。ロケをしたのだ。筆者が住吉大社を訪れるのは今回が3回目だ。以前の2回は南海電車を利用したから、今回は初めて阪堺電車沿線の家並みを見た。それは予想以上にレトロで、大志万さんもそのことに気づき、車窓から見える風景を楽しんでいた。同乗しているのは老人ばかりで、しかも住吉大社の手前でひとりふたりと下りて行く。その一方で乗り込んで来る客もあって、沿線の人たちの重要な足となっていることがわかる。数年前に亡くなった友人Nは住吉生まれで、阪堺電車をよく利用して天王寺に出たそうだ。Nの父親の葬式に出席するために大社の近くの家に行ったことがあるが、その時は何を利用したのだろう。阪堺電車ではなかったはずだ。また、家は大社より北で、葬式の後は大社の鳥居を見ることもなかった。Nは家の近くに大きな池があると言っていたが、その池が大社に着く少し手前で車窓から一瞬見えた。万代池と言うそうだが、筆者はその池の畔に立ったことはない。大志万さんと他愛ない話をしながら、Nのことを思い出していると、やがて大社前に着いた。大きな石燈籠が林立していて、さすがの風格を漂わせる。Nは20歳前に実家を出た後、東淀川区に住み、そして家族を持ったが、毎年初詣は住吉大社と決めていた。一度筆者は伏見稲荷大社も大きくて面白いと言うと、その言葉にしたがって初詣に訪れたことがあった。だが、その2,3週間後に会った時、伏見稲荷は門前の店が少なく、全く面白くないと文句を言い、また翌年からは住吉大社に通った。筆者はそれを実家に近いから懐かしいのだろうと思い、一度そう言ったことがあった。ところが、実家とは若い頃に縁遠くなり、むしろ嫌っていると言いながら、筆者の言葉に真剣に怒った。Nにとっては実家の話はタブーであったのだ。それならばなぜ実家に近い住吉大社に毎年家族で訪れたのだろう。
d0053294_1165666.jpg 大志万さんを住吉大社に誘った理由のひとつは、彼女が3年ほど前にわが家に来て波動スピーカーを試聴した時、小さな土人形に関心を示したことだ。それは筆者が手作りした小さな箱型の棚4個にびっしりと並べた住吉大社の有名な初辰猫だ。それを筆者は毎月通っていた弘法さん、天神さんの縁日で多少親しくなった業者から買った。その業者は大きな透明ビニール袋ふたつにその土人形を1000個以上は持っていた。どこかで保存されていたものをまとめて買って来たのだろう。また、それが何のための人形であるかを知らなかった。それにどの人形も多少汚れたり、色が剥げていたりした。初辰猫は裃姿で坐りながら片手を上げているが、右か左の違いがある。これを大社ではそれぞれ24個、合計で48集めることを奨めている。始終発達に引っかけてのことだ。毎月初辰の日にお参りし、右、左と交互に1個ずつ買って来る。1年で12個であるから丸4年通わねばならない。それほど熱心であれば商売も繁盛するだろう。筆者は数個を弘法さんや天神さんの縁日で買い集めていたが、前述のようにある日大量に売られているところに遭遇した。その業者は筆者が土人形を集めていることを知っていて、筆者に真っ先に見せたのだ。価値がわからないその業者は1個10円でもよかったかもしれないが、筆者は100円ほど支払った。そしてその日のうちに収集は48個になった。今度はそれを収納する飾り棚がほしい。12個を収める小さな箱を4個作り、そこに右、左手を交互に上げる猫を並べた。それを大志万さんは見てすぐに興味を持った。高さ3センチほどの土人形は、最小の部類に入る。そういうものに目を向けたところに彼女の好みが現われているかもしれない。彼女は背が高い。筆者と同じか、1,2センチ高いかもしれない。そして彼女のご主人は彼女より低いように見えた。長身の女性は自分より背の高い男性を求めがちと思うが、現実はなかなかそうも行かない。とはいえ、彼女はご主人の身長に文句はないだろう。背の低い人は身長にコンプレックスがあるように思われがちだが、筆者にそれはない。というのは、電車やバスの中で、筆者より低い男性をよく見かけるからでもある。それに、男の価値は身長だけではない。昔は背の高いことを「うどの大木」と言って嘲笑したもので、背の高い級友は小さくなっていた。それがいつの間にか背が高いことが何より値打ちがあるようにみなされるようになった。とはいえ、筆者にはそれはどうでもいいことで、背の高い男性が目の前にいて女性にちやほやされていても屁とも思わない。身長が140センチ程度の小柄な女性タレントが不倫現場を旦那に目撃されて鳴りを潜めていたのに、最近いよいよ禊ぎが終わったとばかりにTVに出演し始め、そして身長の高い男性が好きと言っている。背が高ければどんな男性でもよいのだろう。自分が小さいから大きい相手を求めるのかもしれない。話を戻して、初辰猫は1個500円で売られている。それを大志万さんは1個買った。初辰の日ではなかったが、売り手の袴姿の男性は、「初辰の日に必ず来られる人ばかりではありませんので」と言った。ともかく、彼女はわが家で初めてその小さな猫の置物を見てようやくそれが売られる神社で新品を1個買った。しかも筆者が誘ってのことで、彼女に始終発達の幸運への糸口がもたらされたか。それに、筆者としては大阪にも京都に劣らぬいい場所があることを知ってもらえたようで、それば何よりだ。撮った写真は2日分あるので、今日は「その1」とする。今日の写真を説明しておく。最初は本殿で、クリックで拡大する。2枚目は境内の東端にある初辰社に向かう途中で、左端に彼女が収まる。筆者が写真を撮ったことを彼女は知らないが、顔が見えないのでまあいいだろう。写真奥を右に折れるとすぐに3枚目の初辰猫がずらりと並べられる場所がある。その左に4枚目の社内部が見える。猫好きは一度は訪れるべき場所だ。そう言えば大志万さんは猫だけを描いた作品を見せてくれたことがある。猫好きなのだろう。筆者は犬の方がまだよい。ならばなぜ48個の初辰猫を飾っているのか。思い入れが少ないからか、それを集めて以降、さっぱり発達がない。足踏みしている境をどのようにすれば越えられるのか。そんな話を大志万さんとまたしたい。そうそう、この投稿を今月の初辰の日にしようと思いながら、それが一昨日であったことを今日知った。いかにも筆者らしい。けじめや境を曖昧にすることがますますひどくなって来ている。
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by uuuzen | 2014-12-13 23:59 | ●新・嵐山だより | Comments(0)


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