●嵐山駅前の変化、その351(桜の林、温泉)
算はどのようなものでも可能か。命の値段が決まることがあるとすればそうだろう。ある大臣が大地震の被災者に対して結局は金目でしょうと発言したが、金は水や空気のように人間になくてはならないものという考えが支配している。



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今日は自治会がらみのことを書く。先日天龍寺で行なわれた渡月橋付近の河川改修のシンポジウムは、国交省が考えるのは命の次に大事なのは財産で、それを災害から守るためには1000年に一度の大雨でも大丈夫なように河川を造り変えるべきと言う。命の次に財産が大事と言われれば、誰しも尤もと思い、諸手を上げて国の方針に賛成するだろう。だが、嵐山は国の史跡になっていて、景色の改造がどこまで許されるだろう。これにはたとえば渡月橋の歴史や、またそれを中心とする周囲の眺めがどう変遷して来たかを考える必要がある。渡月橋は明治時代はもっと上流にあり、しかも脆くて貧弱は木橋であった。その写真は残されている。豪雨のたびに流出するので、もっと強固なものをと考えられ、現在の鉄筋コンクリートと檜材の合わさった構造になった。木材は背後の嵐山と馴染むようにとの考えからで、実際遠目には馴染んで見える。だが、鉄筋コンクリートが使われている点を重視すれば現代の建築物であり、歴史的なものとは一概に言えない。そのように渡月橋も現代的なものに変わって来ているからには、今後も時代に応じてデザインを変えてもいいという意見があるだろう。鉄橋にすればどのような台風にもびくともせず、大型台風のたびに補修しなければならない現在に比べて経済的となる。鉄橋と聞くだけで目くじらを立てる人があるが、デザインによる。嵐山に適するものにすればそれが数百年後には大きな遺産になっている可能性は充分ある。それはともかく、嵐山は植わっている樹木も大きく変化して来ていて、特に下流の河川敷は目を当てられないほどの大変化で、もはや都会の繁華な場所と変わらない。戦前は大きな松がたくさん植わり、鬱蒼とした気配があった。今は桜を植えることすら国交省から許可が下りず、丸裸状態だ。いったいどこが桜の名所かと首をひねる観光客が多いだろう。だが、そこにすでに国の方針があったと思える。渡月橋下流をマンションその他どんなものでも建ててよいことにした後に上流に手をつける。個人主義の世の中であるから、命に次に金が大事でしょと言えば、地元住民が全員一致でそれに反対するはずがない。ひとりでも反対があれば国は思うように改修工事をすると言っているらしく、そのとおりに事が運ぶのは目に見えている。そう考える住民は少なくなく、国の言うことに反対して無駄、財産を守ってくれるというのはありがたいことで、どうぞ好きなように嵐山の景色を造り変えて下さいと思っている。そういう住民がひとりでもいれば、天龍寺で何度も開催している会合はまとまりがつかない。先日書いたように、16日の会合ではひとりの男性が何度も声を発して意義を唱えた。どうもそれはこの会合を今まで主導して来た保勝会に対していい思いを抱いていないようだ。それは一言すれば、「嵐山の景観を優先する議論ばかり重ねて地元住民の財産の減じることを無視している」で、嵐山の景観で商売が成り立っている人たちと、たまたま住んでいるのが嵐山であって、その景観などどうでもよいと考えている人たちとの対立だ。では、たまたま住んでいる人たちは嵐山の景観がどうなってもかまわないのかと言えば、そうとは限らないだろう。それに嵐山の景観は国の史跡であるからには、嵐山や嵯峨の住民のためだけのものではない。国が中心となって保護すべきものだ。
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 命の次に大事なものが個人の財産とすれば、金に換算出来ない歴史や環境はどう捉えるべきか。最初に書いた大臣に言わせれば、「嵐山の景観保護を訴える住民はどうせ金目当てで、少しばかりの金をばら撒けばみんな黙って国の方針にしたがう」であって、嵐山の景観など何の価値も認めない。つまり、歴史や環境など無価値であるから、自分たちの好きなように作り変えて行くというわけだ。30年近く前、筆者は嵐山の向こうに高速道路が走り、それを渡月橋の上から眺める時代が来ると手紙に書いたことがある。そのまさかが現実になるのはそう遠くないかもしれない。去年の台風18号の際、渡月橋を冠水させた倍ほどの水量を滞りなく流せるほどの桂川に造り変えるというのが新たな河川法で決まったが、そういった法律はどんどん作り変えられ、たぶん20年後にはさらに多くの水を流すように川の断面積を大きく設定し直す。河川改修は国の経済力が高まったことに比例して行なわれて来た。日本中に舗装道路を張り巡らせたので、次は災害に強い山や川にしようということだ。砂防ダムが今後は何千、何万と築かれ、川は大型で強固なものに改造される。それで1000年に一度の大雨でも周辺の家屋が浸水しないことになるが、1500年に一度の大雨では大災害が生じる。999年もの間、鬱陶しい堤防に景色を阻まれて生活するというのは、安心ではあるが人間的ではない。全くの漫画であり、どうやら政治家は漫画並みの頭をしているらしい。「国破れて山河なし」は現代も通じる。国の経済が破綻しているというのに、公共土木工事で景気が上向くと言い続け、かくて日本中をコンクリートで埋める。そうした結果、頑丈になったような国土は予想を超える自然の猛威によって大災害を惹き起こす。だが、それも国としては好つごうかもしれない。その後に超大型土木工事が出来るからだ。その例が16日のシンポジウムで話された。気仙沼には日本で三番目に透明度の高い湾がある。そこは人が住まない地域であるのに、湾全体を底幅100メートルの超巨大防潮堤で囲む工事が進行中だ。金をドブに捨てているようなものではないか。誰のための工事かと問えば、国は個人の命と財産を守るためと言うが、その防潮堤が万全かと言えばそうではない。予想を上回る津波が襲えばひとたまりもないし、また1000年に一度の巨大地震でも大丈夫と言いながら、コンクリートの寿命は60年で、1000年に至るまでの間、どれほどの改修工事を続けねばならないかだ。そしてその費用はきっと地元負担だ。地元は巨大堤防のために漁業が芳しくなくなり、自治体は機能が衰えて行く可能性があり、とても巨大防潮堤の修理費を捻出出来ないだろう。今日のネット・ニュースに地方自治体が老朽化した建物の維持管理に困っているというのがあった。そんなことは誰でも知っていたことだ。箱ものをせっせと造ってゼネコンを潤した後、自治体はその維持管理に四苦八苦し、あげくに取り壊す費用もままならない。伊勢神宮は20年に一度遷座するが、それをたぶん見倣ってのことだろう。まだまだ寿命がある建物でも、耐震基準に満たないなどと適当な理屈をつければいくらでも建て替えが出来る。そしてそうして建て替えた建造物が地震で被害を受ければ、「想定外でありました」と言えば誰も責任を取らずに済む。史蹟であろうが地元住民の反対がどうであろうが、結局合法的にうまく儲けようとする連中の思惑どおりに工事は進む。その仕組みは民主主義的とはうわべだけで、やくざ社会と変わらない。
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 16日のシンポジウムは地元住民全員に開かれた初めての集まりで、今まで保勝会が国交省と重ねて来た話し合いや勉強会の総まとめであった。であるから、肝心の問題解決がようやくスタート・ラインに立ったと言えるが、今後のなりゆきは困難をきわめるだろう。先に書いたように、国交省はひとりでも反対があれば住民側が提出する意見にしたがわないと言っている。それで現在保勝会と国交省の話がどのような状態で止まっているかと言えば、とにかく去年の台風18号の倍の雨量でも渡月橋が冠水しないように、橋付近の川を改修するということで、そのためには3つの方法があるとされている。子どもでもわかるように、川幅を広げる、川底を深くする、高い堤防を築くだ。そしてこれら三つの方法を組み合わせて、どうにか見栄えの変化を最小限に食い止めるしかないと言われている。だが、どの方法も嵐山の景観を著しく損なうし、10年や20年先にはさらなる雨水を流せるように改築するという案が出されるに決まっている。三案とは別に、渡月橋上流1キロほどの右岸にトンネルを掘り、そこに大きな流量を溜め込み、渡月橋を迂回して下流に流すという案がある住民から最初期の話し合いで出された。ところが莫大な工事費が必要で、そのような案を出すとは非常識であると国交省から一喝されたと耳にした。そのため、その第4案は、16日のシンポジウムではわずか10秒ほど言及されただけで、たぶん誰ひとりとしてそれが現実的であるとは思わなかったに違いない。筆者が考えるに、渡月橋と嵐山が合わさった景観が日本の財産であるならば、いくら金をかけてもそれを守るべきで、第4案を退けるのはおかしい。景観を守り、しかも住民全員の財産も守るというのであれば、第4案しかない。そのあたりまえのことがなぜ議論されないのか。筆者が今までに参加した天龍寺での話し合いでは、一切第4案について話されたことがない。最初に国から一喝されたために、おじげついているのだろうか。一方で国は、嵐山は上流の亀岡のことを考えず、嵐山をどうしたいかだけを考えて意見してほしいと言っている。国は各地元の意見を擦り合わせて最も妥当な計画を立てると言うのであるから、嵐山は莫大な工事費がかかろうとも、景観も住民の財産も守るために第4案しかないと主張すればいいではないか。第4案は工事もさることながら、トンネル完成には40年かかるらしい。それは予算に限りがあるからで、年度予算を大きく取れば20年に圧縮出来ると聞いた。20年は長いか。あるいはさほどでもないか。国は長過ぎると言うに決まっている。その間に大臣が何人交代するか。それでは誰の業績かわからない。筆者は20年は短いと思う。その年月で渡月橋や嵐山の景観が全く変化せず、しかも何百年に一度の大雨でも洪水被害がないというのであれば、莫大な工事費は安いものだ。それにそのような大型の公共土木工事ならばゼネコンが大喜びする。つまり、誰も困らない。さて、今日の写真は最後のもののみ、去年9月19日、最初の3枚は去年9月23日に撮った。最初の写真では台風で折れた桜の太い枝が除去されている。その枝の写真を撮って保存しているが、ブログに載せる機会があるかどうか。
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by uuuzen | 2014-09-23 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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