●嵐山駅前の変化、その350(桜の林、温泉)
みが自殺の原因になるだろうか。自殺の原因は絶望が最も多いと思うが、絶望は怨みと裏表になっている場合もあるだろう。そして深い怨みを抱いて死んだ人の魂は死亡した場所を何となくいやな雰囲気にするのではないか。



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ちょうど1年前の今日は嵐山の桂川が氾濫し、渡月橋の冠水した状態は日本全国に知られることになった。そのことを今日筆者は気づいた。今日は天龍寺の友愛庵で渡月橋付近の流域をどのように改修すればいいかのシンポジウムが開催され、筆者は会計監査役のFさんと一緒に参加した。午後1時半からの開場で、ほぼ一番乗りしたが、今日は別の道をたどった。渡月橋左岸の道を上流に歩き、時雨殿の前を通って天龍寺の境内に入ると、目の前が友愛庵であった。めったにそのルートを歩かないので、少し驚いた。お土産屋などが全く見えず、その代わりに高級料亭が並び、さすがの嵐山という落ち着いたたたずまいだが、Fさんは意外なことを言った。その道は奥さんと一緒に夜のしばしば散歩するらしい。そして夜はどういう状態であるかを友愛庵への往復でそれとなく話してくれた。ほとんど街灯がなく、恐くなる場所があるらしい。そう言いながら、「その便所ではよく首吊り自殺がある」と教えてくれたが、その公衆トイレの存在は初めて知った。その前を何度も歩いているはずなのに、気づかなかったのは、筆者が外出した時にめったに尿意を覚えないからかもしれないが、どうもそれだけではなさそうだ。往路でも帰路でもそのトイレの前を通りながら、Fさんに指摘されたために初めて意識に上ったのだが、帰り道で自殺者云々と聞いてそのトイレを10メートルほど手前で見ると、いかにも不気味な小さな建物で、夜にはその傍らを歩きたいとは思わない。そのほかにもFさんはいやな雰囲気の場所を教えてくれたが、そう言われるとまさにそのとおりで、昼間でも歩きたいとは思わない。自殺者はそういうさびしい場所であるから自殺にはいいと考えるのだろうか。霊的スポットという言葉があるが、自殺者の多い場所はそう呼ぶのかどうか、とりあえずはいやな雰囲気が漂う場所というのは確実にある気がする。帰り道でFさんはそのトイレのある付近が昔はどういう場所であったかを教えてくれた。そこは天龍寺の広大な領地の桂川に近い場所で、今の町名で言えば芒馬場町だが、僧兵やそれと争って死んだ人たちを野積みしたとのことだ。天龍寺に僧兵がいたことは知らなかったが、川向こうの法輪寺を襲撃したこともあるそうで、寺領を争って寺も仲が悪かった時代があった。今もそれは変わらないかもしれない。それはさておき、ほとんどの人はめったにそのいやな雰囲気が何とはなしに漂う場所を歩かず、料亭でおいしい料理に舌つづみした後はさっさと帰路に着くので、公衆トイレでたまに自殺者があることも知る由もない。Fさんのように誰も歩かない夜に運動を思って散歩する人も、いやな場所は避ければいいのに、夫婦であれば心強くもあってついつい怖いと思いながらも歩くのだろう。今日のシンポジウムでは亀山公園は花見には最適の場所であるとパネラーのひとりが言っていた。亀山公園も筆者は5年に一度くらいしかその脇を通らない。2か月ほど前、東京から家内の友人が来たのでそこを歩いたところ、彼女は羨ましいほどのいい環境で毎朝散歩したいと言った。確かにそうかもしれないが、筆者は亀山公園は何となく不気味で好きではない。その少し上に地帯でも自殺者がたまにあると聞く。やはりさびしい場所で、人の悲しみや怨みがたくさんこもっている気がする。変な話になっているが、もう少し続ける。
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 先週ある古美術品に入札した。それから二度いやな夢を見た。落札出来ない夢だ。そのことがいやな思いにつながっているのではない。入札したその古い掛軸のオーラとでも言うか、それが夢にいやな形で出て来た。作者は伏せておくが、ここ5,6年、ほしいと思い続けていた。封書で結果が届くのだが、今日がその日であることはわかっていた。シンポジウムに行く1時間ほど前にそれが届いた。手にした途端、落札出来たことを感じた。開封するとそのとおりであった。長年ほしかったので、嬉しいのはあたりまえだが、それとは別にその掛軸を長年大切にして来た人の思いというものを今日は考えた。手放すことになったことを怨んではいないと思いたいが、実際はわからない。また前の所有者がどう思っていたにせよ、筆者が大事にすればそれでいいと思うことにしているが、先のいやな場所というものがあるとすれば、作品にも何となくそう感じさせるものがあって、それは手にして初めてはっきりと実感出来る。もちろん筆者はそんな作品をほしいとは思わないが、作者の気迫と言うか、強烈な思いは名画と呼ばれるものには必ずあって、いいと思える作品ほど、それは何百年経っても火花が絶えず散っているかのように熱い。そしてそういう作品を高いお金を出して手に入れて喜ぶ反面、それを持っているという重圧のようなものを常に感じさせられ、時に息苦しさを覚えることがある。時にであって、いつもではない。いつもを言えば、その作品の気迫を自分の体内に取り込んで、自分が絵の作者の人格に憑依する気分を味わう。これは複製では無理な話で、本物を間近に置く必要がある。それで美術品は自分のお金で買ってみなければよさがわからないとよく言われる。その意見を全く馬鹿らしいと貶し、ギリシア神殿や「モナリザ」のよさを味わうのにそれらを買う必要があるのかと言う人がいるが、それは屁理屈というものだ。当然のことながら、「ほしくてたまらないもので、なおかつ金で買えるものなら買うべし」との意味で、そこまでして惚れ込むものがあることは幸福なのだ。その一方、その幸福には前述の一種の恐さのようなものが混じっている。そしてそれは所有者だけが感じ取るもので、そこに絵画を所有する醍醐味がある。たとえが悪いかもしれないが、美女のヌード写真を見ることで済ますことと、その美女を抱くこととでは、まるで経験が違う。複製で満足するのは前者で、本物の作品を所有するのは後者だ。さて、今日は先に書いた友愛庵での長いシンポジウムについて書こうと思っていたのに、それに出かける直前に届いた掛軸のことに話が進んで来た。それには理由がある。今日の4枚の写真と同じ日に撮った写真は去年の今日、「桂川の反乱」と題して投稿した。同じ日の同じような時間帯に撮った写真であるのに、今日の4枚はまるで洪水の雰囲気がない。最初の写真では桜の太い枝が折れて手前の地面に横倒しになっている。大雨の影響を伝えるものはそれだけだ。同じ日の撮影と筆者が書かなければ誰もそうとは思わないだろう。たとえば今日の最初の写真の左端から2,30メートル先に桂川が氾濫している。にもかかわらず、温泉の玄関前を歩き人たちには緊張感がない。50年ぶりの大洪水の朝というのに、わずか数十メートル離れれば平和そのものの風景だ。だが人生とはそういうものだ。たとえば癌細胞があるとして、その周辺はそれに侵されず、いたって健康な細胞だ。何となく不気味な場所の周囲はさほどそれを感じさせず、もっと離れるともう全くそれはなくなる。ブリューゲルの名画「イカロスの墜落」もそのようなことから味わえる。イカロスが墜落しようとも、大多数の人はそれに無関心で、世の中は何事もなかったかのように動いて行く。去年の今日、嵐山の桂川は大洪水に見舞われたが、その後の急速な復旧によって、今ではそのことがなかったかのように見える。だが、確実に事情は変化し、この1年、改めて渡月橋付近の川の流れを今後どうするかについて議論されるようになり、そしてちょうど1年目の今日のシンポジウムだ。
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 怨まれることは誰しもいやだが、怨まれていることを知らなければよいかとなると、そうではない。怨みのエネルギーはどこからともなく伝染して来る。だが、誰からも怨まれないことは無理だ。ヘイトスピーチをする連中はヘイトする対象を怨んでいるからで、ヘイトスピーチ集団に同意する人もまた怨みに囚われている。今問題になっている「イスラム国」の連中も怨みの塊であって、怨みは簡単に拡大するもので、消え去ることはあり得ない。怨む人を赦すという表現がよくあるが、怨む側がそんな態度を取られれば却って怨みは増す。怨みには怨みで対峙するしかなく、またその怨みを少しでも小さくするように生きるのがよい。それは怨んでいる相手を勘違いからそうしていると考え、そのことで小さな存在と思えばよい。つまり無視することで、会わないことだ。それが出来ないので自殺者が若者にも多いが、公衆便所で首を吊っても人はその場所を何となく不気味と思うだけのことで、敬遠されるが落ちだ。さて、シンポジウムだが、筆者は4度目の参加であった。今日は150人という桁違いの人が集まり、TVカメラも来ていた。後援は京都市を初め、多くの人々があって、嵐山の景観保護と治水問題の関係については認知度がかなり広まって来たことを実感する。今回はわが自治会のほか、隣接するふたつの自治会に案内を回覧した。わが自治会からの参加は筆者を含めて4名で、他の自治会も同じようなものだろう。大多数は嵯峨地域の人たちで、関心の差がうかがえる。音頭を取ったのはいつもの嵐山保勝会で、予め意見や疑問については用紙に書いてFAX送信することになっていた。筆者はよほどそうしようかと思ったが、今回は何も書かずに参加することにした。3時間近い話合いは、今までのおさらえで、目新しいことはほとんどなかった。今回の目玉は気仙沼からやって来た男性で、3年半前の東北大震災の後処理に携わった地元代表のひとりだ。住民がどのように動けば行政と意見交換が出来、双方にとって理想的な形で復興問題が解決するかという、その中間発表を聞くことが出来た。その人が言うには、去年の台風18号の後、短期間で元の姿を取り戻した嵐山で、さすが1500年ほどの歴史のある嵐山の桂川流域だけあり、天下に轟く嵐山の名声を利用すれば、地元住民の意見が大きく取り上げられた形で流域の改修問題が解決するのではないかとのことだ。今回は傍聴者は意見を述べることが許されなかったのに、ある男性が何度も大声を上げて意見を言わせろと詰め寄った。どうも嵐山保勝会の運営が気に入らないようであった。これは筆者の想像だが、この河川改修問題は保勝会に所属する人たちの利益を最優先して事が運ばれていると非難する人がいる。保勝会は嵐山の風光明媚さを大切にしようという団体で、嵐山の景観のよさによって商売が成り立っている。だが、嵯峨も嵐山もそういった人たちはごく少数で、大多数は嵐山の景観に関係のない仕事をしている。景観を優先すれば去年のような洪水が今後50年に一度は確実に生じる。一方、国は200年に一度の雨でも大丈夫なように、つまり水が堤防から溢れないように河川を改修すべきと考えているし、またそのような法律が数年前に出来た。では、保勝会がどう頑張っても国の思いどおりに渡月橋が作り替えられ、流域も大変貌するのかと言えば、そこは地元住民の意識の高まりによりけりだ。だが、残念ながら地元住民は関心が低い。この問題を自治連合会がわが自治会に任せていることからもそれはわかる。今日はこれまでの勉強会のまとめに終始し、初めて参加する人はどういう現状にあるのかがわかったと思うが、要は景観を重視しようということで、これは保勝会が中心に動いているから当然だ。会場で大声を出した男性はその保勝会に怨みでもあるのだろう。だが、国の言うように嵐山を大改造すれば、渡月橋は鉄橋になるはずで、また上流の景色はコンクリートで覆われて景勝地は消える。国は命の次に大事なのは人々の財産すなわちお金と明言している。だがそうか。そういう考えで日本中を破壊して来たのが政治家だ。気仙沼では日本第3位の透明度の高い湾がある。誰も人が住まない地域というのに、そこをピラミッドのような巨大な護岸で囲ってしまうことが決まったらしい。増税した分はそういう景観破壊工事の費用に回される。命の次に必要なのは景観と言えるほどに嵐山を愛する人ばかりであれば、この問題は国が大きく譲歩するだろう。これを機に儲けようと考える人もあるはずで、大きな金が動くことには必ず怨みが湧き起こる。
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by uuuzen | 2014-09-16 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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