●嵐山駅前の変化、その349(マンション)
d0053294_20595234.jpgしい変化と言わざるを得ない今日のマンション建設現場の写真のようだが、4枚目をクリックして拡大写真を見てほしい。塀に囲まれた内部で作業をしている人物が点々と数人見える。そしてきれいに掘られた溝のようなものもあるが、これらは遺跡の発掘調査だ。京都市内はどこを掘っても遺跡が出て来る。



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だが、嵐山は洛外の果てで、発掘調査をする前からたいしたものが出土しないと考えられていて、結果はそのとおりであった。どこにでもあるような土器程度は出たようだが、広大な屋敷跡といったものはなかった。このマンション建設地はすぐ際に農業用水路が走っていて、江戸時代でも一面田畑であった地域だ。マンションの建設に先立って教育委員会から待ったがかかり、発掘を終えてから整地をすることになったが、筆者はその発掘現場の様子をこまめに撮影しようと思っていながら、塀の外から眺めるのではあまり様子がわからず、また様子がどうにかうかがえた場合でもあまり見栄えせず、結局撮影はほとんどしなかった。最終段階では発掘した場所に大きな青いビニール・シートが被せられたりしていたが、その様子も撮らなかった。それはともかく、今日の写真はちょうど1年前の今日、9月11日の撮影で、発掘の様子が写っていなければほとんど現在と変わらない。つまり、同じ塀で相変わらず囲まれ、その内部は整地中で、建設が始まるのは年明けからだ。もう少し詳しく書いておくと、現在は塀で囲んだ箇所をコンクリートでしっかり固めている。マンションが出来た時、その区画を道路と隔てる塀を設けるためだ。もうひとつ目立っている工事は、前述の用水路に面した側はそのままでは4階建ての鉄筋コンクリートの建物が建てられないので、擁壁をしっかりと造り直している。整地工事は比較的簡単で、それが終わった後に1か月ほどかけて擁壁工事を始めると説明会で聞いた。現在はその段階だ。またそれと同時にマンション用に電気、ガス、水道工事が必要で、それが順番に毎晩遅くまで行なわれていて、深夜2時、3時頃まで騒音で眠られない時がある。発掘調査が終われば今度はそうした下準備の工事で、根回しという言葉がふさわしいと思うが、目に見える大きな建物が建つ前にさまざまな工程がある。それらは地味で、日を置いて定点撮影しても変化に乏しく見える。だが、そういう時に本当は将来へ向けての地固めが行なわれているのであって、変化に乏しいことはむしろ重要だ。そうした基礎を疎かにすると上に建つ建物に支障が出る。そう考えれば人間の下積みも同じことで、若い頃からあまりちやほやされて自惚れると、将来のしっぺ返しが恐い。それを昔の人は「若い時の苦労は金で買ってでもせよ」と言ったが、今では苦労してもそこから脱出出来ない若者が多いようで、儲けるのは大企業ばかりで、人材は消耗品とみなされている。それがいやなら這い上がって自分たちのようになれと経営者は言うが、金本位の弱い者いじめみたいなものだ。経営者にも言い分はあって、今の若者は苦労知らずと考えるが、それにも一理はある。だが、「親の苦労、子知らず」の表現にあるように、昔から親世代は「今の若い者は」と否定的に見る場合がよくある。この話の延長に今世界的に話題になっている「イスラム国」について書いてしまいそうだが、話の脱線が過ぎる。
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 今日は自治会のことを書く番だ。9月、10月は自治会の行事が目白押しだ。11月に小学校校庭を使って総合防災訓練があるが、それが終わると来年3月の年度末総会まで何もない。今月の行事は20日に小学校講堂で「敬老の集い」がある。去年もそうだったが、会長はつごうがつかず、筆者が代理で出席する。朝から午後4時近くまで時間が取られるが、もう連続6年も参加している行事で事情はよくわかっている。「敬老の集い」は満70歳以上の人を対象に、出席を募る。自治連合会全体では2000人ほどいるのではないだろうか。そのうち参加するのは毎年200名未満だ。それで講堂がちょうどそこそこいっぱいになる。赤白の幕を張り、座席を用意し、昼食を作って配布するなど、自治会長と社会福祉協議委員が全員その準備や実行を担当する。食事は20名近い社会福祉協議会の委員たちが学校の調理室を使って当日に作るのだが、目いっぱい頑張っても200食が限度で、毎年の老人の参加者がそれを上回ることがないのでどうにか毎年同じように行事は実施される。だが、実際は2000名もの老人がいるのに、たった1割の人しかやって来ないのでは、「敬老の集い」の意義は形式だけのものと言われても仕方のないところがある。そこで自治連合会はもっと広報を拡大し、より多くの老人に出席してもらうべきと思うが、老人の昼食を作る社会福祉協議会は200食作るのが限界で、それ以上には老人に参加してほしくないというのが本音だとある人から聞いた。その昼食代は200人分として10万円を毎年自治連合会が社会福祉協議会に提供している。ひとり500円という計算で、それは材料費だ。電気、水道、ガスは学校のものを使うからだ。そこで筆者は疑問に思ってさらにそのある人に質問すると、毎年きっかり10万円の領収証が社会福祉協議会から手わたされると言う。それはおかしいではないか。市議が年末になると政務活動費を全部使い切らねばと考えて大量の切手を買ったり、また私用の備品を買ったりすることが今問題になっているが、それと似ている。200人きっかりの参加者があったためしはないし、食材をきっかり10万円分購入するのはとても難しいだろう。それはさておき、筆者はまたこういう疑問をぶつけてみた。2000人の老人は毎年増加の傾向があり、おそらく数年以内に「敬老の会」の出席者は200名を越える。その時に社会福祉協議会はどうするのか。200食しか作られないのであれば、いっそのこと仕出し屋に注文すればどうか。それなら社会福祉協議会の手間が省けるし、学校の電気やガスを使わずに済む。そういう考えは自治連合会にもあるらしい。だが、「敬老の集い」は社会福祉協議会にとって年に一度の活動を誇示する機会で、何が何でも昼食を作っているところを見せたい。市会議員や区長、校長といった来賓が居並ぶ中、同会の長が挨拶をするのであるから、その晴れ舞台をより効果的に飾るには、老人たちの昼食を作りましたという行為は持って来いだ。この社会福祉協議会は自治連合会とは別組織で、聞くところによれば市や町によっては自治連合会より格が上らしい。つまり、自治会長など目ではない。では彼らはどのようにして活動しているかと言えば、各自治会から自治会に所属している世帯1軒当たり500円を2月に徴収している。それはけっこうな額になるが、同会がどのような活動をしているかについてはほとんど知られていないだろう。筆者が知っているのは「敬老の集い」での昼食作り程度で、もうひとつはA3サイズの新聞を年1回発行することだ。それをまともに読んだことがないが、決算の報告もされているのだろう。社会福祉協議会を筆者が初めて意識したのは20年ほど前のことで、家内の兄がその長になった時だ。その役目を義兄は10数年続け、近年ようやく長から副になった。義兄からは毎年2回発行される同会の新聞をもらっていたが、その内容は前述の筆者の地元の同会の1枚ものの新聞に比べてかなり充実していた。そのため、どうしても筆者は比べてしまうのだが、筆者の地元の同会は人口の少なさもあるのだろうが、目立った活動をしなさ過ぎる。つまり、何をしているのかよくわからない。名前だけの会ならなくなってもいいはずだが、一旦出来た組織はまずなくならない。
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 近年小学生が変な事件に巻き込まれることが多くなった。それが原因でもないが、わが自治連合会では小学生の送り迎えを各自治会からボランティアを募って行なっている。ところが朝は8時、午後は3時少し前にそれぞれ30分ほど時間をつごう出来る人がなかなかいない。老人が急増しているのであるから、人材は昔より豊かになっているはずなのに、自分の孫でもない子になぜ役立たねばならないのかと思う老人が多いのだろう。前にも書いたが、「敬老の集い」の開催日、講堂の開け放たれた扉の向こうの運動場では老人たちがゲート・ボールなどの競技に興じている。「敬老の集い」に目もくれないが、自分たちの趣味には熱心だ。それはさておき、児童の学校への見守り送迎をわが自治会では来年は誰がやるかという問題が持ち上がっている。わが自治会は自治連合会の中でも最も交通量が多く、また事故が起こりやすい場所をいくつか抱えている。そのため、児童の送迎はとても重要な問題だ。本来ならばPTAが動いて処理すべきと思うが、今は共働きがあたりまえになり、幼ないわが子を他者に金を出して預けて母親は働きに出る。そのため、どのように登下校しているのか見たことがない。つまり、わが子の安全はすっかり他人任せだ。その手助けのボランティアは当然定年退職した高齢者がほとんどで、足腰が悪いこともある。そうなれば児童たちの方が歩くのは早かったりする。それどころか、7月になるともう誰も引率者の言うことを聞かない。校門を出た直後は集団だが、100メートルも歩くと、その集団は長さ100メートルほどの蛇状に伸びる。それをひとりの老人が往来する車に注意しろと怒鳴りながら引率するのはほとんど意味がない。それどころか、事故や事件があれば真っ先に責任追及される。それがいやでなり手がない。そこで、どんな事故があろうとも、責任は問われないことになっていると説得するのだが、現実問題としてそれが通用するほど世間が甘くないことを老人はよく知っている。さて、その子どもの見守りだが、それを義兄の地元では社会福祉協議会が行なっている。同会は高齢者と児童、つまり社会的弱者の手助けをするのが役割だ。わが地元の同会は「敬老の集い」では自分たちの活躍を誇示するが、児童の送り迎えに関して何か積極的に動いているとは聞いたことがない。それでお鉢が各自治会に回って来て、筆者を含めて来年は誰を推そうかと頭を抱えている。最低でもふたりは必要だが、適当な人材がない。いくらでも脳裏に浮かぶが、誰も快く引き受けてくれない。そういう現実を社会福祉協議会はどう思っているのだろう。さして活動もせずにお金だけしっかり徴収する会などなくていいではないか。誰でもそう思うだろう。それが間違いと言うのであれば、同会はもっと活動の様子を知ってもらう努力をせねばならない。だがそのことは自治連合会にも言える。この6年間、筆者は自治会内の多くの人に自治連合会の印象について訊いているが、誰ひとりとして同連合会が何をしているかを知らない。自治会を統率する自治連合会があって、それとは別の組織として社会福祉協議会があるのはいいだろう。だが、どちらもお互いの活動をよく知り、また地元の現状を把握して今年は何をすべきかを絶えず考えるべきだ。人口が減少し、子ども少なく老人ばかりの世の中になって行っているというのに、毎年去年と同じ行事を繰り返すだけでは能がない。暇のある老人は大勢いても、大多数は利己主義で、ボランティアをアホらしいと思っている。そういう大人が「今の若いものは」などと言う。そういうのを乏しい心と言うのだろうが、高齢者が増加の一途をたどる日本は乏しくなるばかりだ。

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by uuuzen | 2014-09-11 23:35 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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