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●嵐山駅前の変化、その346(温泉内部、その2)
に入った状態でならもっと仲よくなれると思うが、何に対して悦に入るかは人さまざまだ。温泉が豊富な日本ではだいたい誰でも風呂に入るのは好きと言われている。筆者はさほどでもないが、大きな湯船にゆったりと浸かれば気分がほぐれる。



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そこで思うのだが、地蔵盆で集めたお金が今年は料亭での足洗いの会食をせず、またその代替案であったテントを片づけた後のその場での飲食が雨で流れたので、何かそれらに代わる新行事として、「風風の湯」を利用するというのはどうか。入湯券を配布するのではなく、希望者全員が同じ日の同じ時刻に利用するのだ。ゆったりと浸かった後は「その1」の2枚目に載せた大広間で飲食をすればよい。また団体で使うのであるから、交渉次第では500円以下になる可能性はある。裸で話し合えば本音がより聞くことが出来るであろうし、懇親にはもって来いと思う。そんな夢想をした尻から思うのはそうしたことを考えるのは筆者くらいなもので、大半の人は自分の裸を他人に見せるのは嫌で、まず参加しないだろうことだ。駅前の喫茶店はたまに自治会の会合で使うが、先日新しく建つマンションの説明会での帰りがけに筆者はレジの脇に「風風の湯」の割引券がたくさん置かれていることに気づいた。平日1000円が800円、土日祝1200円が1000円になる。わずか200円でも安いに越したことはない。そのような割引券をばら撒くほどに客が少ないと見えるが、そう言えば温泉が出来る1,2年前からある人が言っていた。「自治会の人と温泉でまで顔を合わすのは嫌ですね」。気を使うことと、裸を見られるのが面白くないとの理由だ。筆者とほぼ同じ年齢の京都生まれの男性だ。男でも自分の裸を見せたくないという気持ちが筆者にはあまりわからない。大きな手術跡でもあれば別だが、たぶんメタボ腹を見せるのが嫌なのだろう。
 また、自治会の顔見知りではなければ平気というのは自分の噂が自治会内に広まらないからで、そこに京都人ならではの人との距離の取り方が見える。近所にいる人ほどある程度以上には近寄らせず、一回限りの出会いの他人ならば腹の底を割って話せる。狭い盆地に大勢の人間がひしめき合っているからにはそうして生活しなければ摩擦が増え過ぎる。つまり、最小限の付き合いで充分と考えている。したがって、地蔵盆が終わればまた来年まで顔を合わせなくても一向に平気で、それをより懇親を深めるために10月の体育祭やその1,2週間前にも集まって自治会を盛り上げようと考える筆者は陰で疎まれているに違いない。それを承知で筆者はやろうとしているのは他の自治会の様子をよく知るからだ。わが自治会は連合会下の14の自治会のうち、最北に位置し、また料亭など商人が最も多い。その特殊性のために自治会の行事はなかなか盛り上がらない。いや、正確に言えば、昔は盛り上がっていた。それはほとんどの世帯が商人で、お互い持ちつ持たれつの間で仲よくする必要があったし、またみな幼馴染で仲がよかった。ところが農地を売って現金を手にしようとする動きが半世紀前に始まり、その結果新しい住民が増え始めた。筆者はその部類で、今では新住民の方が割合が多くなっている。またそれら新住民はマンションに住む場合は転勤その他で数年でいなくなることがある。そうしたことは古くからの住民にすれば、「地元意識が育たず、自治会に所属してもらわなくてもけっこう」という排他的な感情を育みかねない。他の自治会は筆者が見る限り、どこも住民同士の結束はわが自治会以上に強く、体育祭にも大勢の人が参加する。わが自治会はひどい時は数人しか集まらないこともあった。子どもが少ないことが最大の理由だが、子どもがいない自治会でも体育祭には高齢者がずらりとテント下に並んで観戦する。
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 わが自治会はここ数年で赤ちゃんから小学6年生までが40数人と激増した。それほど新住民が増えた。となれば新住民を中心とした自治会になって行くべきだ。ところが古い住民は過去の慣例にしたがった運営を望む。「古くからやって来たことにはそれなりに意味があって、それを変えて新しいことをやるということはうまく行くはずがない」といった言葉を筆者は目の前で聞かされたことがある。つまり、暗に筆者の当てつけだ。そういう古い住民の意識を新住民は知っているだけに、自治会の行事に関しては意欲的にならない。なっても意見が否定されるからだ。そこで筆者は新住民を自治会にもっと引き込むために新しい行事の必要性を思っている。みんなから集めた自治会費が、さほど何もしない古い住民の会食代に消えるのはやはりおかしい。仕事をやった人が何らかの形で報われるのが本当で、それがなおざりにされれば誰もアホらしくて自治会の行事に熱心に参加しない。その一方で受益者負担という考えも理解してもらわねばならない。古い住民は高齢化していて、彼らは自治会の行事に参加したくても体が言うことを利かず、参加出来ない場合がある。にもかかわらず、自治会費は新住民と同じ、地蔵盆の際に集める寄付金も同額では不満が募る。そうした問題を毎年考えて広く意見を聞き、改めるべきは改めて行くのが会長や筆者の務めだ。だが、筆者は4年も会長をしたので事情はよくわかっているが、今の会長は数年前に転居して来た新住民で来年3月には2年の任務を終えて役を免れる。そのために会長としての意識は希薄と言ってよいが、同じことは今後繰り返される。そうなれば昔と同じで新行事をやろうという意欲のある会長はまず出て来ない。出て来ても2年の任務では他のことに追われて無理だ。そこで筆者が裏に回って体育祭の1,2週間前の新行事を画策しているが、筆者ひとりが先走りすると会長は面白くない。
 そこが難しいところで、正直なところ筆者の神経もそうとう擦り減っている。何もかも放り出して自治会をやめてやろうかと思わないこともない。その次には反省して、とにかく我慢に我慢を重ねて丸く収めようと考える。それで最初に書いたことだが、新行事として「風風の湯」に一度希望者全員で入ればどうかと考える。その話で面白いことを地蔵盆の2日目に聞いた。6,7年前にわが自治会内に大きなマンションが建った。そこの売りは家族で利用出来る温泉があることであった。トラックで向かいの温泉口から湯を運ぶのだが、その経費が大きく、また次第に利用住民が減り、今は週3日しか稼働していないそうだ。予約性で1時間の利用で300円で、これは家族なら何人でも利用出来る。それは「風風の湯」と比べれば湯船その他の設備はかなり劣るが、裸を見られて恥ずかしい他人はいない。しかも家族で300円は安い。それでも利用客が減って来たのは日本の経済事情を示している。ともかく、そのマンションではそんな状態であるから、マンションから100メートルほどの「風風の湯」を利用する人は皆無ではないか。皆無であっても自治会から無料で利用出来る機会があればそれなりに参加者はいるだろう。だが、いきなり参加者を募るのではなく、まずはそれとなしに何人かに説明し、意見を聞くのがいいだろう。梅津の従姉の自治会では毎年往復のバス券つきで西院や四条大宮のホテルでの会食をしている。わざわざバスに乗って自治会住民と一緒に食べに行きたい人があるのかという意見がわが自治会にはある。そんなことをしなくても料亭がいくつもあるではないかとの考えだ。そこが古い考えで、それを筆者が改めるのはほとんど無理だ。それが可能となるのは、新住民が自治会長を担当し続けることだ。今はちょうどその過渡期で、来年の新会長を新住民から選ぶことを筆者は考えている。当然固辞するはずで、そこを筆者が補佐をすると口説くしかない。だが、補佐はそれなりに大変で、会長との間で軋轢が生じる。ならば筆者が会長をすればいいようなものだが、それをすると筆者が新住民からは旧住民と映って改革がうまく進まない。
●嵐山駅前の変化、その346(温泉内部、その2)_d0053294_22301824.jpg
 さて、今日の写真は去年8月25日に撮った「風風の湯」の男湯だ。最初の写真は「その1」の4枚目の写真右端に見える扉を開けて中に入ったところで、手前右手にかかり湯の大きな壺がある。その裏手が洗い場で、中央は湯船がふたつ並ぶ。手前は炭酸温泉で常に湯は不透明で微細な泡が湧き続けている。左端は露天風呂に出る扉で、3枚つながりになっている。2枚扉に慣れていない者は開け閉めにてこずり、たいてい扉は開いたままになっている。本人は後ろ手に閉めたつもりがそうはなっていないのだ。夏場ならいいが、冬ならまともに寒い風が吹き込むので、開閉には留意したい。またこの3枚扉は3か所にあって、露店風呂とサウナに出ることが出来るが、露店風呂とサウナはほとんどつながっているので2か所で充分と思う。3か所に増やしたことでなおさら扉が開けっ放しにされることが多い。2枚目はサウナ側の扉を開けて出たところだ。右手にサウナ室への出入り口がある。正面は水風呂で、2名が使える。3枚目は水風呂の前に立って桂川の支流と隔てる塀に対面した。植え込みの中央は桜の木で、それを取り囲みながら多少の草木を植えつけてある。残念なのは雑草が繁茂することだ。筆者が行くのはたいてい夜で、その雑草が見えにくい。気づけば抜いておくが、裸では入り込めない場所があって、そこの雑草は伸び放題だ。写真で言えば塀のすぐ内側で、植え込みの最奥だ。4枚目は植え込みの前に立ってやや露店風呂側を向いたが、露天風呂はあまり写っていない。3枚目では中央右寄り奥がそうで、屋根がついている。座るのにちょうどよい高さに石があって、そこに座って膝から下を湯に浸すのが筆者の好みだ。洗い場以外の状態は今日の4枚でわかる。京都市内にはもっと豪華で広いスーパー銭湯がいくつもあるが、広いほどに客が多く、湯は汚れる。また騒々しい。それに引き替え、この温泉はいつも静かで鄙びた味わいがある。駅前ホテルの宿泊客は無料で入湯出来るが、彼らは嵐山に来た感激をこの温泉で味わうだろう。筆者の見るところ、利用客の半分はそのホテルの宿泊客で、いつ行ってもほとんど初めて見る顔ばかりだ。そして2名と顔馴染みになったが、ひとりは嵯峨、もうひとりは筆者とは違う自治会の住民だ。同じ自治会の住民と会ったことも何度かあるが、筆者と入れ替わりに出て行くことがほとんどで、話が出来る状態ではない。
●嵐山駅前の変化、その346(温泉内部、その2)_d0053294_22314117.jpg

by uuuzen | 2014-08-28 23:59 | ●駅前の変化
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