●嵐山駅前の変化、その341(桜の林、温泉)
枝と言えば「つまようじ」だが、「つま」は「妻」かと一瞬ぼけてみる。そう言えば妻に用事があるのは「つまようじ」を取ってほしいと言う時だけのような気がするが、これは黙っていても食事が出て来ることに慣れてしまっているからだ。



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食事の回数ほど爪楊枝は使わない。どうしても歯に詰まった食べ物が舌で除きにくい時だけ使う。それに使ったものをそのままテーブルの上に置き、それが数本あちこちから見つかる場合が多い。歯に詰まったものは1,2か所で、すぐに取れるのでぱっと見は新品と変わらない。一度使った爪楊枝を再使用するのは不潔だが、自分が使ったもので、しかも口の中に2,3秒しかなかったものなので、捨てない場合が多い。全くケチな話だが、筆者は爪楊枝を友禅の仕事でも使うので、どうにも使えないもの以外はあまり捨てる気になれない。もちろん自分が使ったものだけで、他人が使ったものを確保するのではない。またテーブルの上に使用済みの爪楊枝を見つけた場合、それでまた歯をほじくることはしない。必ずふたつに折って、折れた側を使う。それは衛生上からだけではなく、筆者には市販の爪楊枝は長過ぎるからだ。ところが新品のものを最初から二分するのは気が引ける。それで口を大きく開けて筆者にとっては長い爪楊枝を口の中に突っ込んで食べかすをほじくるが、その恰好はとても外食した時には見せられないから家にいる時だけだ。口を大きく開かずに、にっと笑った形に口を開き、口の外から歯の隙間に爪楊枝を差し込めばいいようなものだが、筆者の歯が詰まるのはもっと奥で、しかも歯の裏側だ。それで爪楊枝は半分の長さがよく、一度だけ使った長いものが数本あちこちに散らばっていることが多い。毎日ほじくるのであれば数本が散らばることはないが、前述のように取れにくい食べかすが詰まるのは数日に一度くらいだ。何と詰まらないことを書いているかと思うが、爪楊枝を侮ってはならない。外食して爪楊枝が用意されていない場合は大いに困る。家に着くまでの数時間は口の中が気持ち悪い。そういう時どうするかと言えば、紙でこよりを作り、その先でほじくる。それで用が足せなかったことはない。裕福な人は金で爪楊枝を作って常に所持しているということを昔聞いたことがある。爪楊枝程度の金の量はしれているから、2,3万円で作れるように思うが、その話を聞いた時に思ったのは、使った後にどのように消毒するかだ。その手間を思うと、筆者のように一度使ったものを半分に折って使う方がいいように思う。それはともかく、誰でも人にはあまり言いたくないような癖があると思うが、爪楊枝を使うのは年齢を重ねるほどに誰しも増えるし、癖とは呼べないが、それを使っている様子は全く格好悪く、また他人に嫌な気分をさせる場合もあるだろう。他人に直接迷惑をかけない癖は問題ないとされるが、ただいるだけで嫌がられるという人もあって、迷惑を言い始めると話は簡単には済まない。それで法律を作るが、法に触れなければ何をしてもいいのかとなると、常識が持ち出されるが、それが人によって基準が違うので、結局最後は法律ということになる。
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 今日の写真は去年8月2日に撮ったもので、丸1年からは1日早いが、明日も8月2日に撮った写真をこのカテゴリーに投稿する。最初の写真には蛙の柵がついになくなった。つまり工事がほとんど終わったということだが、最後の温泉の建物の前で撮った定点撮影からは例外となる写真には温泉の玄関前に仮りの柵が置かれていて、完成はしたものの、まだ営業は先ということがわかる。それはともかく、ようやく蛙を支柱にデザインした鉄管の柵が除去されてほとんど現在の姿と同じと言ってよい。こうなるとようやく「桜の林、温泉」と題しての投稿も終わることになるが、今月いっぱいは何度か投稿する。蛙の支柱は外国人観光客が立ち止まって撮影することもあって、日本独特の「かわいい」ものとして位置づけてよい。工事関係の用具にまで「かわいい」デザインを用いるとは日本は何と美に敏感な国だろうと、おそらく西洋人だけではなく、中国人にも思われているだろう。こうしたデザインの最初は工事中を示す看板に頭を下げた作業員が描かれることから始まった。それが3,40年前のことだろう。工事ははた迷惑なので、少しでも工事関係者は工事現場のそばを通る人にお詫びの姿勢を見せた方がよいという考えだ。その会釈をする工事作業員の立ち姿の看板絵の次に「ゆるキャラ」が急増し始めた。狭い日本でみんなひしめき合って生きているので、少しでも気分を緩めてほしいという思いだ。半世紀前なら工事現場に蛙をかたどったものを鉄柵に使おうという意見が出れば、「お前、ふざけてるのか!」と反対が多かったであろう。今も内心そのように感じて苦々しい思いを隠している人がいないとも限らない。「こんな蛙ごときで工事中の迷惑を許してもらおうとは厚かましい!」という思いだ。最初から詫びておくと問題が起こる確率が減るという考えで、日本中がそういう思いに囚われているとすれば、よほど人間関係がギスギスしている。ま、そういう意見はゆるキャラを見ても心を和ませられないタイプの人で、そう目くじらを立てる問題ではないというのが大方の見方だろう。それで派手な黄緑色の蛙の列が工事現場を囲っていても、何も思わない。「かわいい」と言うにはあまりにも工事現場はふさわしくない。工事現場にかわいさをもっと持ち込むべきという風潮が起こると、工事関係者はみなお洒落な色と形の作業服を着なければならず、ダンプ・トラックやバック・ホーも花模様が描かれる。それでは保育園児が保母さんに引率されて毎日見学に訪れ、しまいに危ない目に遭う。なので、蛙の柵がせいぜいのところで、それを誰しも知っているので、その蛙に不感症になる。あるいは「かわいい」の押しつけに何となく嫌な気になる。「工事現場に蛙が何の関係があるのか」「はい、ありません。ですが、派手な蛍光色の黄緑色で、遠目に目立ちますし、そういう色を使うのであれば、蛙だと安直に連想しました」「そうだ! 安直なのだよ。それで道行く人に大目に見てもらおうなどとは強欲だぞ!」「はい、それはわかっています。でも黄緑色の四角い板では味気ないですし、ならば手をかけて蛙にでもしようと苦心したのです。何かもっといい形がありますか」「それを考えるのはお前たちの仕事だ!」「はい、そのうち新たなデザインが出て来ると思います。もうかえるろー」。
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 桜の林の中に出来た温泉なので、周囲が桜で囲まれ、さほど建物が目立たない。これは法律をぎりぎり守って最大限の大きさと高さに建てたもので、その点では駅前ホテルやまた再来年2月に完成する駅前マンションと同じで、確保した土地を目いっぱい使って少しの無駄もなく、見事な職人仕事と言ってよい。しかも工期を厳守してのことで、無駄も余裕も全くない。それはそれできわめて美しいことと言えるが、本当の美は無駄や余裕を含む。そうしたものを含まないのは先日も使った言葉で言えば、「世知辛い」だ。一度使った爪楊枝をふたつに折って再使用する筆者が偉そうなことは言えないが、あらゆることに無駄や余裕を省くと、しまいにはそうして生きている本人が無駄ではないかと他人から思われる。つまり、ケチな人として敬遠される。ケチな人はたくさんお金を貯めて老後に備えるのだろうが、死んで大金を遺してどうするのだろう。それは人の勝手でどうでもいいが、世知辛く思われながら始末して貯めたお金はいざという機会に使うためと自覚し、また実行してこそ生きている実感がある。そしてそういう人は世知辛い思想で無駄や余裕がなく建てられた建物をいかにも大衆向きで安普請と思うが、それが現在の日本文化の基準になっている。ブラック企業という言葉がはやっているが、それも全く同じ思想で経営していて、人間は取り替えに利く機械と思われているし、実際そうした企業ではそのとおりだ。そこで思うのは経営者だが、彼らは巨万の富を得てどうするのだろう。それが楽しいと言われるとそれまでだが、彼らもまたロボットと同じで、無駄や余裕がない。飲み放題の居酒屋が多いが、そういう店やファストフード店に入ると、自分がロボットのような気がする。ギリギリに原価計算された食べ物が運ばれて来て、それをたくさん食べねば損とばかりに胃に流し込むと、ストレスが発散出来るどころかかえって病気になる気がする。本当の無駄や余裕はそういうところにあるはずがない。嵐山を臨む桜の林の中にせっかく温泉施設を建てるのであれば、それなりの無駄や余裕を承知でいてほしいものだが、残念ながらそこらの食べ放題の居酒屋やファストフード店と大差ない世知辛さを感じる。前にも書いたが、嵐山や桜を主題に装飾をふんだんに尽くせば、さすがの嵐山で贅を凝らしていると人気が出るはずだ。だが、美術効果は建物を建てるのと変わらないほどの費用がかかり、そうなればまたかけた費用にしっかり見合うだけの計算が世知辛く行なわれ、入湯料が2000円といったことになる。それでもそうした方が長い目で見た場合、成功すると思う。阪急嵐山駅前のホテルも同じで、そこには美的に凝るという考えがほとんど感じられなかった。ということは、嵐山は大衆居酒屋が似合う町ということになりそうだが、先に書いたように、日本全体がそのように文化が貧しくなっている。
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 今日の写真はこれまでと少し違う。2枚目はいつもの「桜の林、温泉」の2枚目と同じ場所に立ってのものだが、その写真に収める範囲の右手がどうなっているかを示すために写真をつないだ。同じパノラマは「その339」にも載せ、クリックで別画面が開くようにした。今回はさらに変化を持たせて温泉の玄関前がよくわかるように2枚載せる。まず3枚目は、2枚目の横長写真の右手、赤いコーンがふたつ並ぶ左に茶色の裾広がりの塔のように見える看板を捉えた。これは夜間に灯り、その様子が改札が1か所しかない阪急嵐山駅を出ると真正面の奥にまともに見える。その効果を狙ってこの場所にこの向きで建てたのだろう。看板と呼べるのはこれだけで、気づかない人も多い。玄関上に温泉マークの赤いネオンくらいつけても、怪しい昭和のレトロ感覚でよいと思うが、そこまで品を落としたくないだろうし、また許可が出ないはずだ。この看板の右手に高さ50センチほどの植え込みがずっと奥まで見えている。赤いツツジの花が咲くのはいいが、奥に行くほど雑草が多く、今年初めての開花なのに最奥部は半分以上が枯れて茶色になった。4枚目は左端奥に3枚目の看板が見える。温泉の玄関前で、大きな木は桜の古木をそのまま残したものだ。ただし、どうしても邪魔な枝は切られた。それでも極力古木は残され、工事がしにくかったと思う。また残した木の向きなどはデザイン的によい。今年の4月からだったか、この「風風の湯」には家内と10数回行き、家の近くに温泉が出来たことを喜んでいる。勝手なもので、桜の老木を切って温泉を建てることに難色を示したのが地元の旅館や料亭で、署名運動を自治連合会で行ない、4000名以上の署名を府庁と市役所に筆者は他2名と一緒に届けた。地元の有名旅館が反対するのであれば桜の林はそのまま残るのかと思えば、何事もなかったかのように温泉は建ち、地元の人たちも訪れる。「どうせ温泉は出来るが、桜を極力残せと最初に言っておくと、そのことが受け入れられる」。それが本音であったはずで、またその予想どおり、桜は露天風呂の敷地に取り込むなど、最大限切らずに施設が完成した。それもあって、広くて豪華なスーパー銭湯とはかなり違うが、その狭さや素っ気なさが鄙びた感じでよいと言う人もあって、筆者もひとまず同意する。ただし、今まで何度も書いて来たように、前庭を含み、周囲の雑草はこまめに抜くべきで、今日通りがかって眺めたところ、とても筆者ひとりでは1時間では抜き切れないほど、また背丈が60センチほどにもなって生えていた。この真夏の暑さではとても暇潰しに雑草を抜きに行く気にはなれない。わが家の裏庭も放ったらかしで、気になる作業はどれもそのままになっている。そうそう、ベランダの手すりのペンキ塗りも2日分を残したままで、いかに筆者が中途半端な人間かを自覚する。このブログだけはどうにか投稿を続けているが、これは人が見ているからだ。これは全くよくない性質で、誰も見ていないとなると、筆者は何もしないことになる。そういう本性を家内はよく知っているので、爪楊枝を取ってくれと言うと、「妻の用事はそれだけか」と返し、また「テーブルの上に4,5本あるやろ」とも言う。
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by uuuzen | 2014-08-01 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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