●嵐山駅前の変化、その329(桜の林、温泉、広場)
っても拭っても汗が吹き出す季節になった。今日から京都では祇園祭りの季節で、真夏の到来だ。これを書く3階の窓際は南を向いているので、夏は猛烈な暑さとなる。それで生活のリズムを早寝早起きに切り換えれば 午前中に投稿することが出来る。



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「夏時間」とやらにならって少しは早めに起きたいが、意志薄弱で実行する気になれない。それに梅雨時であるからか、何となく疲れやすい気がする。夏風邪は咳が出るだけで体温は戻ったが、風邪を引くということ自体、去年よりわずかでも体力が衰えているのだろう。老化とはそういうことだ。また、昨日は筆者にすればかなりの肉体労働をし、慣れないこともあってへとへとになってしまった。その肉体のしんどさはまだ我慢出来るが、その行為を近所の人に誤解されてとても気分が悪くなった。それで何倍も疲れを感じる。誤解を解くためにその人に説明をしたところ、理解してもらえたが、それにしても筆者はお金と労力を使い、それがありがたがられない。かつて「骨折って損する傘屋の丁稚」と明治時代生まれの女性から言われたことは全く筆者を一言で見通した名言であった。だがその一方でこうも思う。京都人はとにかく底意地が悪い。ボランティア的行為をしても、そのことを裏に回って謗る。目立つことをするなという警告だ。他人が誉められるべき行為をやることが許せない。京都人は自分の家の前と中をきれいにするだけで、周囲がどれだけ汚れていても気にしない。道端にゴミが落ちていても平気だ。どうせ誰かが掃除すると思っている。誰かが率先してそのゴミを拾うと、何か金目のものでも拾ったのではないかと、あらんことを噂する。はははは、それでも筆者は平気で、一昨日は近所の人を3人巻き込んで大掃除をした。半世紀近く伸び放題になっていた、またずっと気になっていた3本の樹木の形を整えたのだ。その作業を筆者と家内のふたりでやり始めたが、急にそんなことをする気になったのは、全長6メートルほどに伸びる梯子をその日の午前中にたまたま自治会のある人から借りることが出来たからだ。それを全部ではないが、それに近いほどに伸ばして木の幹のてっぺん近くに立てかけ、地面から4メートルほどのところまで上って枯葉や枯れ枝をはらい落とす作業をした。梯子の上端を木にくくりつけていなかったから、筆者の作業が勢いあまって幹から外れそうになった。その瞬間以外に冷静で、両手で押さえながら元の場所に移動させた。それほどに上端は不安定であった。斜めに立てかけた梯子が幹から外れると筆者は地面に墜落し、打ちどころが悪ければ死ぬ。筆者の目の高さから地面までは6メートルほどで、何度か振り返って地表を見下ろしても不思議と恐くなく、鳶職人になれる気がした。1時間半ほどの脚立の上で作業し、顔も含めて全身真っ黒、下着の中にまで細かい枯葉や埃でいっぱいになった。地面に落とした枯葉や枯れ枝のまとめ作業は、途中で家内以外に前述のように3人に協力してもらったが、最終的に20リットル入りの京都市の指定ゴミ袋19袋分になった。もっと圧縮するとその半分に出来たが、手伝ってくれている人にそこまでは命令出来ない。ゴミを袋に入れることに美意識を働かせる必要はないという意見があるが、筆者の考えは少し違う。ゴミ袋の口は結ぶことになっているが、ゴミが結び目から飛び出ては困るからだ。ゴミ回収員がゴミ回収車の後方にその袋を放り込む時、よく袋の結び目からゴミが飛び出す。回収員はそれを拾ってはくれないから、地元住民が後で掃除しなければならない。それが時にかなり面倒なことになる。ひどい時は夏場に腐った残飯や汁が路面に広がってしまう。それを掃除することを考えると、ゴミ袋はしっかりと口を結んでおくのがよい。ところが19袋の大半は、枯れ枝の束が口から30センチほども飛び出た状態になっていた。細かく折ればそういうことはないのに、少しでも早く作業を済ませたいという思いが、筆者から見れば美意識に欠けるそういう処分の仕方をさせた。だが、さすがに袋の口を解いて枝を細かく折り直す気力はなかった。
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 ちょうどうまい具合に翌日すなわち昨日がゴミ回収日であった。幸い雨が降らなかったので、ゴミ袋の内部が雨水で重くなることもない。一袋を持ち上げてみると、見た目よりかなり軽い。やはり少なくても倍に圧縮出来たはずで、10袋で済んだはずだ。それに、袋の数を減らした方がゴミ回収作業員への印象はよい。そのかすかな心配は当たった。昨日の朝、回収車がやって来たが、去ったのがあまりにもすぐであった。音でわかるのだ。するとしばらくして、最初に書いたように近所の人がやって来た。ゴミ回収車が持って行ってくれなかったと言い、「こういうゴミは市は引き取ってくれず、業者に有料で引き取ってもらわねばならない」と持論を展開する。そこでゴミ捨て場にふたりで行くと、烏避けの青いネットを被せていた家庭ゴミ数袋だけは回収されていて、そのそばにまとめておいた19袋は手つかずだ。筆者の悪い予感は当たった。それら19袋もネットを被せておけばよかった。青いネットは縦横5メートルほどある特大サイズで、それは可能であった。ただし、そうすることを躊躇したのは、どの袋も口元から枝が長く飛び出ていたからだ。その状態では被せたネットが絡んで回収員は作業がはかどらずに激怒し、家庭ゴミをも持って行かなかったかもしれないと。ともかく筆者は昨日急に作業した事情を説明し、その人が語ることが誤解であることを納得してもらい、最後に清掃局に早速電話して引き取ってもらうようにすると約束した。そう自信があったのは、市指定のゴミ袋のどこにも枯れ枝や枯葉を処分出来ないとは書いていないからだ。早速区役所の担当課に電話した。自治会長をしていたのでそういう電話は慣れている。今は副会長なので自治会長を名乗れないし、また副会長であることを区役所の職員に言ったところで軽く見られるだろう。それで一住民として事情を説明したところ、すぐに取りに行くとの約束が得られたので、そのことを文句を言いに来た人に伝えに行った。本当に回収車がまたやって来るのかどうか、またやって来た回収員が筆者と話し合いたいと言うかもしれず、回収に来るまで外に出ていることにした。ただ出ているのは退屈なので、何年も気になっていたペンキ塗りをすることにした。隣家の玄関周りが特にひどいが、ついでにわが家の分もやる。そのためのペンキを一缶買ったのはちょうど3年前だ。3年前にやろうと思ったことがひょんなことで実行出来る機会が今日は訪れた。借りた梯子では長過ぎるので、筆者が所有しているふたつのうち、高さ1.5メートルほどの脚立を、物置になっている隣家から引っ張り出した。それに乗って鉄部の錆び落とし、雑巾での汚れの除去、そしてペンキ塗りという一連の作業をした。筆者の立ち位置から19袋のゴミを置いている場所までは20メートルほどだが、陰になっているので見えない。回収車は大きな音を発し、家の中にいてもわかるが、外でペンキ塗りの作業をした2時間ほどの間、その音が聞こえなかった。これはえらく遅いなと気になって見に行くと、袋はすっかりなくなっていた。別の車でやって来たようだ。生ゴミを含まない枯葉と枯れ枝のみと伝えておいたので、荷台つきの小型車で来たのだろう。それはともかく、筆者にすれば30年近く気になっていた3本の木がすっかりさっぱりした形になり、おまけにわが家もペンキを塗り替えてきれいになったので気分がよくなった。それはいいが、一昨日と今日は慣れない肉体労働をしてすっかり疲れた。おまけに指をけがし、ペンキで服を汚しもした。家内とふたりで長い梯子の両端を抱え、200メートルほど離れた家に返却に行ったが、手ぶらというわけには行かない。家内にとって梯子は重過ぎて、30メートルおきに地面に置いてしばし休憩をする始末であった。
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 家内が筆者を非難したのはそのことよりも3人を手伝わせたことだ。筆者にすれば、手入れをした木は筆者だけのものではなく、それらの人にも権利があるし、また3人のうちふたりは今年は組長に当たっている。地域のことに手伝いをして当然であり、最も危険で力も必要な作業は筆者が担当している。それにたまたまそれら3人を見かけたので手伝ってもらっただけで、家にいなければ筆者と家内のふたりでやるつもりであった。ところがそういうボランティア行為が陰で非難を浴びかねないことを今日ははっきりと知った。最近ある禅僧に関する文章を読んだところ、そこに街角の清掃について書かれていた。毎朝の清掃を数年も続けると、必ず協力する人が出て来るというのだ。京都ではそれは甘い考えのように思う。10年、20年も続けても、「あの人は好きでやっているだけだ。それに人目につくことをやるのは嫌味たらしい。清掃は役所の仕事で、自分の家の前だけ掃いておけばいいのに」と思われるのが落ちだ。ま、そういう人は放っておけばよい。筆者は陰で嫌われようが、気の済むようにやる。「拭っても拭っても」と今日は始めたが、どんなことでも一度やっておけば一生やらずに済むということはない。ペンキ塗りにしてもそうだ。何年か経つと必ずどこかが剥がれる。そういう箇所が毎年加速度的に増え、ついに塗り直すべき時が来る。塗り直さなければ風化がひどくなるだけで、それは所有者の勝手で他人がどうこういう問題ではない。ペンキ塗りなど面倒なことは業者に任せようと考える人が多いはずで、業者に任せてもまた何年かすると業者を呼ばねばならない手間を考え、ペンキを塗らずに済むアルミ製に変える人もある。それなら一生同じ状態で安心ということだが、交換して間もないのに、家が競売にかけられたり、火事に遭ったりもして、一生安泰が案外そうでもないことは誰でも感じることだ。話は変わる。長い梯子を貸してくれたのは先日も書いた自治会の会計監査役Fで、その人と一緒に月曜日はホームセンターに自治会で使う細々としたものを買いに行った。その中に倉庫の鍵があった。その倉庫はFの所有物で、長年使っていたのでかなりぼろくなっているが、あちこち補修すればどうにか使える。その倉庫を自治会の掲示板の裏手に据え置いて、長年気になっている「自治会防災倉庫」にすることにした。そこに入れるべきジャッキやヘルメット、笛やバケツといった防災用具は自治連合会が筆者が会長になる以前にまとめて購入したらしい。それを各自治会に分けるべきなのに、防災倉庫を用意していない自治会がまだあって、学校内の倉庫に仮置きしてもらっている。いつまでもそうするのは宝の持ち腐れだ。それでどうにか防災倉庫をわが自治会で持ちたいと筆者は考え、そのことを自治会の総会で話題にしたところ、Fが自分のものを使ってくれと発言した。筆者の予想よりかなりのボロだが、買えば5,6万円はする。それくらいの金額は自治会にあるが、無駄使いはしたくない。ところがFの倉庫は鍵が壊れていた。ふたりであれこれ試しても駄目で、同じ鍵を見つけることにした。Fはネットをしないので筆者の役目だ。30分ほどで見つかり、その型番を控えてホームセンターに行き、注文した。それを引き取りに行ったのが月曜日の昼前だ。ホームセンターで筆者は高枝切り鋏をいろいろと見た。1万円以上のものは頑丈でいいが、めったに使わないのでもったいない。5000円ほどのものはおもちゃのようにちゃちだ。それでどれを買うか決めなかった。そのことを帰りの車中でFに話すと、長い梯子があるので、それに乗って作業すればもっと簡単ではないかと言う。早速その脚立をFとふたりでわが家の前まで持って来た。そして先に書いたように半世紀ほど伸びっ放しになっている3本の高い木を散髪することにした。
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 長い梯子か脚立をどこかで借りることが出来ないかというのは筆者の長年の思いであった。それが意外なところで身近な人から調達出来た。ただし、Fとの縁は筆者が自治会の会長をしたことで深まった。正確に言えば、筆者が自治会長を辞めてからFとは親しくなった。会長をしていた4年間は筆者は何度かFに相談に行った。Fが自治会の各種委員に非協力的で、1年の間わずか15分で作業が済む監査役を務めるだけでは、長年地元に住んでいるFとしては任務が軽過ぎて不公平ではないかと抗議したのだ。それでもFは協力を拒んだ。Fは70代で筆者より何歳上か知らないが、そういう年配者をつかまえて筆者はずけずけと物を言う。Fが筆者の説得に応じないため、筆者は周囲の人にFの冷淡さをよく話したほどだ。それでもしFが筆者に文句を言って来ることがあれば、筆者はいつでも会長を辞める覚悟はあるし、だれか代人を見つけてほしいと言うつもりでいた。筆者が会長を務めた4年は、こう言っては自慢になるが、おそらく他の誰も同じ役割をこなせないほどに激務であった。それで予定したとおり、4年務めて5年目に新しい会長を筆者が見つけ、筆者は副に収まった。Fは相変わらず監査だが、これはFの父親がずっとそうであったからで、いわば世襲だ。Fは父の代に嵐山にやって来たが、随分いじめられたらしい。それに今でもFは新参者の気分だという。いかに京都という土地がよそ者を受け入れないかがわかる。それはともかく、新会長は50代前半で、当然勤務しているから時間はあまり取れない。それで会長の役割を3つに分担し、筆者は文書係、Fはその配布係、新会長は連合会の会議に出席することにした。この体制は2年目に入っているが、筆者の役割は文書だけに留まらない。4年の間にやり残したことを少しずつ実現させることもあって、会長時代よりかえってしんどくなった。防災倉庫の設置もそうだ。そんなものは不要で、どうでもいいではないかという考えも一方ではあるだろうが、せっかく連合会で購入したものが死蔵されてはもったいない。だが、現実とはそういうもので、さまざまな無駄がどういう団体にも必ずある。防災倉庫のほかにも手がけている企画があって、そのためにあちこち動き回る必要があるが、言い出したのは筆者であるから、どうにか成功させねばならない。だが、多少心強いのは、Fが全面的に筆者の味方になってくれたことだ。それには理由があるが、あまりに個人的なことなのでここでは書けない。その理由とは違うもうひとつの理由は、Fはいかに筆者が会長を務めた4年の間、多大な労力を費やしたかを文書配布で実感したからだ。文書配布はほとんど毎日のようにある。筆者はそれをあたりまえにやり、しかもその文書を自分で書いてコピーした。だがその程度のことはまだ簡単だ。問題は自治会住民がお互い顔見知りになり、雰囲気のよい状態を保つことだ。会長はそのことに全力を尽くさねばならない。このことについて筆者はひとつだけ思いがかなわなかったことがある。それについても個人的なことで書けないが、京都人の底意地の悪さの前に撤退したのではなく、無視を決め込んだとだけ言っておく。来年はもう副会長も辞めたいが、さてどうなることか。それはそうと、ホームセンターで受け取った倉庫の鍵はぴたり同じもので、交換は2,3分もかからなかった。そんなちゃちな鍵で中に保管しているものが大丈夫かという心配もあるが、いざという時は開けやすい方がよい。去っても去っても災害はやって来る。最後に書いておくと、今日の5枚の写真は去年7月1日に撮影した。
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by uuuzen | 2014-07-01 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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