●嵐山駅前の変化、その317(桜の林、温泉)
大な計画を持ち上げてそれを実現させた一例が松山の道後温泉本館だ。当時はとんでもなく高くつくと言われて町長は命の危険も感じたそうだが、今となってはよくぞ思いどおりに建設しておいたものだと言える。歴史に残したいほどのものを作るとなれば、無謀とも言える考えが必要だ。



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多少の金をけちると結局つまらないものしか出来ない。民主主義の世の中になって、そんなものばかりが幅を利かせるようになった。今日は午後3時から天龍寺本堂で渡月橋付近の流域をどう改修するかの意見交換会があった。国交省を交えてのものではなく、地元代表者の集まりで、過去3回行なわれたことのまとめをしようと計画された。筆者を含めて15人の出席で、毎回少しずつ顔ぶれが違う。またこの会合は筆者のような自治会代表者は本当は交えないことが前提となっていたが、参加者のひとりから誰でも出席していいと知らされたので、これまで筆者は出席した。今日を含めて三度目で、今日はついにある参加者は今後は自治会の代表にも積極的に参加してもらおうという意見が出た。つまり、それは自治連合会の会長を目当てにした言葉で、その連合会会長を差し置いて筆者はいわば図々しく参加して来た。それには理由があるが、ややこしくなるのでここでは書かない。また参加とはいえ、過去二回は意見しなかったので、傍聴席に座っているも同然で、それならば地元代表者たちの気にも障らなかった。この地元代表者たちの会合はまだ正式な名称がない。それをどうするかといったことも今日は少し話題に出たが、それより重要なことは、この会合で何をどう決め、今後の国交省との話し合いに臨むかだ。地元代表者が地元住民のほとんどが何も知らない間に勝手に国交省と話を進めてもいいのかという一種の不安、後ろめたさはあるらしいが、最初から地元住民を交えて話をするとそれぞれが事情もわからずに勝手なことをしゃべり、収拾がつかない。それで地元代表者がこれまで国交省と話し合いを重ねて来た。そのことを地元住民がこれから知らされても異論はたぶん起こらないだろう。特にわが自治会では筆者がことあるごとにこの問題に関しては話して来たし、3回の文書にまとめて回覧して来た。それはせっかく会合を傍聴した筆者の義務と考えたからで、おおよその事情を住民に知ってもらっておく方が、地元代表者たちがこれから正式に文書をまとめ、自治連合会や自治会に配布した時、理解しやすい。また、わが自治会は中ノ島や渡月橋を含み、この河川改修の問題については一番関係が深い。わが自治会を除いて他に13の自治会が自治連合会に所属するが、それらの自治会はすべてわが自治会より南部で、去年9月の台風18号でも被害を受けなかった。つまり、自治連合会の14の自治会のうち、わが自治会のみが利害が大きく、この問題については敏感で、それもあって自治連合会会長は今まで会合に参加しなかったとも言える。だが、相手が国交省という大きな問題で、たとえばこれから署名運動ということにでもなれば、わが自治会のみでは微力で、連合会全体に関心を持ってもらう必要がある。その時のために筆者は会合に参加し、その様子をそのつど回覧文書にまとめて来た。それで今日のこともまた文書にするつもりでいるが、これまでの会合のまとめのような内容で、さして新しい話は出なかった。また筆者はなるべく傍聴だけにしておこうという遠慮があったが、前述したように、これからは自治会、連合会の長にも参加してもらおうという話になったので、今日は意見させてもらった。
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 筆者の疑問は、3月に実施された渡月橋下の土砂浚渫だ。それはどこが金を出したか。国交省ではなく、渡月橋の補修に伴って京都市が工事した。以前は大きな中洲が出来てその上に草がたくさん生えていた。それを地元代表者たちは去年の台風以前から盛んに陳情して浚渫してほしいと言って来たそうだ。改めて書いておくと、今日の会合を開いた地元代表者というのは、渡月橋付近で営業する人たちだ。簡単に言えば商売人だ。彼らは嵐山の景観が美しいことで生活が成り立っているから、嵐山を現状維持することを願っている。ところが国交省は景観問題はもう済んだこと、すなわちそれはどう変えてもよいということとしてこの流域問題を進めて行こうという方向にあり、まず最初に渡月橋付近の流域左岸にパラペットという壁を造ろうという案を出し、地元が納得すればすぐにでも工事にかかる態勢にある。それに地元代表者たちは待ったをかけている状態で、国交省の考えをどのように覆すことが可能かを模索している。パラペットを設置しなければ去年並みの台風があれば、また同じように浸水する世帯がある。去年の台風で浸水した世帯とはすなわち今日の出席者で、全員がパラペットは不要で、嵐山の景観を損ねてほしくないと考えている。だが、国交省はそうした地元代表者たちだけの問題ではなく、ほかの地元住民の家が床上浸水することも防がねばならないと考えている。それは当然だろう。であるから、この問題は最初から代表者たちのみではなく、広く地元住民に告知し、会合に参加してもらう必要があるとも言える。そう思ったために筆者は過去2回の会合に参加したところもある。これは重要な問題を商売上の利害がある連中だけで決めてほしくないとの考えだ。商売人が決めたことにほかの住民がしたがわねばならないとすれば、それは理不尽というものだろう。だが、国交省の狙いはそこにあるとも考えられる。つまり、地元で話がまとまりにくく、結局は国交省の思惑どおりに事が運ぶという考えだ。そうさせないためには、地元代表者たちがまず考えをまとめ、それを地元住民に知らせて賛同を得る必要がある。今日の会合でそこまで話がまとまった。話を戻すと、渡月橋下の堆積土砂はすっかり浚えられて川は全面が水面となった。そういう姿は数十年ぶりではないだろうか。去年の台風があってようやく地元住民の願いが実現した形だ。てっきり筆者はそう思っていた。ところがわずか2週間かそこらでまた土砂が積もり始め、もう元の姿、すなわち中洲が生じ始めている。この2,3週間はさして大きな雨はなかった。なのになぜ流木や土砂が橋の下に流れて来るのか。この調子ならば、1年もするとすっかり陸地が生じる。となれば毎年ブルドーザーが川に入って浚渫しなければならないのではないか。筆者はそう意見した。それに対して意外な答えが返って来た。橋の下にあった中洲は浚えてどこかに運んだのではなく、均しただけらしい。これは浚っても捨てる場所に困るかららしい。そしてわずか2,3週間でまた中洲が姿を見せ始めた原因は、上流の日吉ダムの影響という。ダムは放流する。その際にダム湖に溜まった泥や土砂が下流に流される。このダムの放流のために、渡月橋上流1キロほどだろうか、千鳥ガ淵という渓谷は半分ほどの深さになったらしい。つまり、底に大量の泥や土砂が溜まり、それが藻を繁殖させ、その臭いが大変で、地元代表者たちは毎年船を一艘出してその藻を除去している。上流がそれでは渡月橋付近に土砂が堆積するはずだ。問題は複雑に絡んでいる。ダムがある限り、渡月橋付近はダムが出来る以前とは比較にならないほどに早く、また多く土砂が積もる。ダムはいいことづくめのように言われて建設されたはずだが、こういう問題が必ず生じる。どんなことでもいいことの裏には同じほどに悪いことがある。いや、いいことと悪いことは差がなく、いいと思ってやったことがことごとく悪いということも出来る。実際そのとおりなのだ。
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 25年前に筑波で亀岡から渡月橋辺りまでの流域の模型が造られ、それで流水実験を繰り返し、その時に得たデータで国交省は桂川の改修を考えていると今日聞いた。その模型はもうとっくにないらしいが、模型で算出した数値で川を改修して行こうというのは学者らしい考えだ。そこには景観問題が入る余地はない。人間のことを考えず、ただ川の断面積をどう大きくすれば何年に一度の雨を流域に溢れさせずに流せるかを計算する。そこには税金をどう平等に投入するかという別の制約も加わるが、一方ではきわめて人間的な、議員の利権も絡むはずで、つまりは寄ってたかって自分たちのつごうのいいように事を運ぼうという小さな人間の思惑が渦巻く。今回のこの改修問題は地元代表者たちが国交省との話し合いを重ねた結果、4つの案がまとまっている。その第4案がいわば傑作で、国交省はにべもなく否定している。それは莫大な金がかかるという理由だ。つまり、あまりに論外で、検討するに値しないというわけだ。この第4案を出した人は今日の会合に出席した。今日筆者は初めて話をしたが、なかなかの人で、その壮大な考えに魅せられる。前にも書いたが、その考えとは、渡月橋より2,3キロ上流の岸辺に直径10メートほどのトンネルを掘り、それを嵐山の中を通し、松尾橋より下流で桂川につなぐものだ。この施工費は地元流域に投じられる年間予算の40年分に相当する。それをどうにか20年に圧縮するとしても、20年は長いというのが国交省の考えだ。この放水路が出来れば、渡月橋付近の景観を一切変える必要はない。嵐山の景観を守るために1000億単位の工事費が無駄かどうかだ。筆者は20年かけてでもやればよいと思う。高さ80センチのパラペットを築いたところで洪水の際にはほとんど何の役にも立たない。パラペットを設けようという考えは、いかにも役人の発想で、わずかな工事費の投下で目に見える効果があると考えるものだ。これはケチと言うべきで、また役人の手柄主義ではないか。地元から放水路の案が出た時、国交省はたぶん度胆を抜かれたのではないか。役人にはとてもそんな太っ腹な発想は出来ない。嵐山が日本の誇る観光地というのであれば、1000億や2000億費やして、また20年や40年かけてでもトンネルを掘ればいいではないか。それが出来れば、日本は美しい景色を守るために壮大なことをやる国であると、世界の注目を浴び、そのトンネルを見るために世界中から人が集まるだろう。新たな観光名所になるはずで、1000億や2000億は安い。第4案として申し訳程度に国交省が挙げているこのアイデアこそが、最も理想的なものであるという考えを一度してみる価値はある。先に書いたように、どのような工事をしてもいい面ばかりではなく、予想外の難儀も生まれる。だが、それは出来上がってみないことにはどうなるかわからない問題でもある。今日の会合ではこの第4案は全く俎上に載らなかったが、今後話を煮つめて行く中で改めて吟味してよい問題と筆者は思う。現在の嵐山の景観を守るのであれば、この案しかない。いかに巨費がかかろうとも、柔軟な発想で今後100年、200年先を見据えた方がよい。そんな馬鹿なという考えが案外最も優れている場合がある。ただし、瓢箪から出た駒は元に戻らないし、大工事であるほどに調査と研究は重ねるべきだ。昨日書いたように今日の写真は去年4月22日の撮影で、1年と1日目の投稿になる。今日の写真と同じように今日はすっかり晴れた。
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by uuuzen | 2014-04-23 23:56 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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