●『ROXY BY PROXY』その2
と訳せばいいのか、ルース・アンダーウッドが本アルバムで使ったMALLETはBILLY DORNという名前がついたもので、売っているのを見つけるのが難しいらしい。これをザッパは特に好んだというが、そういった演奏家ならではの事柄をルースは本作のブックレットにたくさん書く。



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本作の全曲に対して詳細に解説しているので、それらを全訳すればもう他者が書くことはないだろう。その細かい文字を追うのは骨が折れるので、適当にかいつまんで読んでいるところだが、最後にルースが「Frank,I miss you terribly and always will」と書くのを見ると、ルースが全体にどのような調子で解説しているかがわかるだろう。「あなたがいなくてひどくさびしい。いつも思っている」という表現はするがゆえのものだが、ルースの場合はザッパに対する尊敬で、ルースが最も音楽家として輝いていたのが本作を演奏していた頃であるとの自覚がこの言葉の裏に見える。ルースがザッパの音楽について語ることは以前にもあったが、今回以上の長文はなく、ルースにとってはもう二度とない機会なので、言っておきたいすべてのことを投入したという思いだろう。そしてこれは誰でもそうだが、好みというものがあるから、客観的に書くことは無理だ。文章の随所にルースの好みが書かれていて、それはそれで価値がある。たとえば、7曲目「VILLAGE OF THE SUN」は彼女は大好きで、ブックレットでは4ページを費やしているが、ザッパによる曲目紹介の中のわずか一語にも惑溺しているほどで、1秒ごとにこの曲を味わい尽くしてほしいとの思いが伝わる。それはザッパ・ファンなら理解出来る。誰でも好きな曲は100回や200回は聴き、そして何年かしてまた盛んに聴くが、ルースにとってこの曲はその代表だ。最初に接した時から好きで、年を経るごとにその思いが増す一方であると絶賛している。「わずか3分24秒の曲だが、いつまでも汲み尽くせず、力強い旅であり得ている」といった表現以上の賛辞があるだろうか。ザッパの曲と言えば楽器のソロが多く、全体に長めのものが多いが、それは饒舌で退屈と思われかねない。だが、1秒ごとにニュアンスが変わるほどに凝縮した作品をこそザッパは追求したのであって、余分な音符はない。ルースはそういうことをこの「太陽の村」という曲で言いたいのだろう。ルースはまたこの曲をラヴ・ソングと感じているが、それは歌詞に風刺の色合いが皆無で、ザッパがかつて住んだ村を愛情豊かに描写しているからと言う。そのとおりで、『ROXY AND ELSEWHERE』でもこの曲があることによってアルバム全体が明るい表情を帯びている。ルースがこの曲を年々好きになるのは、本作を録音した当時が年々遠くなるのに、その記憶が鮮烈に明るく蘇り続けているからで、この曲の眩しい情景が自分の若い頃の輝きに重なるのだ。
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 さて、全体で75分49秒で、13曲が収められ、最初の曲「岩に刻まれた」のみザッパの語りとなっている。前半はメンバーや録音エンジニアの紹介で、次に2曲目「INCA ROADS」の歌詞の説明を兼ねた話をする。アンデスの岩に刻まれた謎めいたものは地球外生物の仕業かといったUFOブームに沿った内容だが、一方でザッパのチープなSF映画好みが反映している。『ROXY AND …』でもザッパの語りは多く、「岩に刻まれた」は半分はそれに倣ったのだろう。そう言えば本作のジャケット・デザインやタイトル・ロゴも『ROXY AND …』を連想させ、『ROXY AND …』のCDとセットにし、2枚組として発売してもいいような気がする。これらのアルバムの写真を撮ったのはシャーウィン・ティルトンという人でルースの友人とのことで、ルースは本作の解説の最後に「彼のために」と献辞を書いている。1952年生まれで2008年に亡くなっているから、本作を見ずに世を去った。ルースの本作への思いはひとしおだろう。2曲目以降にもそれなりにザッパの語りは含まれるが、「岩に刻まれた」ほど長くはない。「INCA ROADS」は後のヴァージョンでは長大なギター・ソロを含み、そのソロは後年長らくさまざまに展開し、ザッパのギター・ソロの大きな柱となる。その最初の録音は『A TOKEN OF HIS EXTREME』に収録されるが、同ヴァージョンの録音は1974年8月で、本作のヴァージョンは8か月前だ。本作の録音当時にすでにザッパの脳裏に長大なギター・ソロを含むメロディが浮かんでいたのかどうかはわからない。『A TOKEN …』ヴァージョンは「INCA ROADS」の完成形としてその別ヴァージョンがアルバム『ONE SIZE FITS ALL』にやがて収録されるが、筆者はその完成ヴァージョンを聴くたびに、ザッパのギター・ソロを含む前半(実際は全体の3分の2ほどを占める)部だけでいいような気がずっとしている。これはそれほどにこの曲が複雑な形となって完成したことを意味してもいるが、本作のヴァージョンは完成形の後半部のみを拡大化したもので、その初めての公表は本作を『ROXY AND …』やその他のアルバムでは得られない価値を付与している。そして、完成形ではあまり聴きたくなかったその後半が、本作では様子をがらりと変え、ジョージ・デュークの歌とソロが大活躍し、ザッパが彼に寄せる信頼の大きなをあますところなく示している。そこで筆者の想像だが、ザッパはこの曲をジョージの活躍の場だけにしておくのは惜しいと考え、74年に入って新たにメロディを書き下ろし、ギター・ソロが登場する場を設けて、本作ヴァージョンの前に置いた。そして、長さの比率としては本作ヴァージョンの部分は全体の3分の1に縮められて最後にくっつけられた。そこにザッパの驚くべきこだわりようがあるが、普通なら2曲に分けていいものをくっつける行為は後年もたまに姿を現わす。ともかく、本作の「INCA ROADS」はギター・ソロを期待する向きには面白くないだろうが、筆者は逆に新鮮さを感じ、この曲だけでも本作は意味があると思う。同じ曲の別ヴァージョンでも、その別さ加減があまりに違っているのがよい。それを言えば本作の聴きものはこの曲と10曲目「CHEEPNIS―PERCUSSION」と最後のアンコール曲程度と言ってよい。となれば、『ROXY AND …』とは曲のだぶりが目立ち、2枚組とするわけには行かないか。ルースが最初本作はザッパが絶対に発売しないもので、そのことをゲイルに伝えたのは、もっといいヴァージョンが『ROXY AND …』に収められたからだろう。だが、同じ曲でもメンバーのソロが違っていたりするので、本作はそれなりに聴き応えがある。たとえば3曲目「PENGUIN IN BONDAGE」のギター・ソロがそうだ。本作はギター・ソロが少ないので、なおさら耳をそばだててしまう。
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by uuuzen | 2014-03-27 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編) | Comments(0)


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