●嵐山駅前の変化、その296(グーグル:広場)
や足の指がしんしんと冷えて来る。今日は午後から急に寒くなった。明日はまた雪が降るかもしれない。山梨は陸の孤島になっているとネットにあった。関西はましで、京都の冬は底冷えするとは言いながら、今年は例年どおりで強烈に寒いというほどではない。



それにしても都会は脆弱なもので、20センチほどの雪で交通マヒを起こしている。筆者のように毎日在宅していると、通勤の辛さがわからない。それに寒いので家に籠ってばかりいると動くのが面倒になる。今日は自治会のことで近所を歩き回ったが、それでもムーギョを往復するほどではない。運動不足が続いていて、この調子では去年秋に保健師に言われた50キロ台の体重に減らすという約束はかなり難しい。正月以来どちらかと言えば食べ過ぎで、64キロから少しも減らない。そう思っていると、昨夜のTV番組で家内が見たそうだが、皮下脂肪は健康によくないと言われていたのが、老年になるとある程度それは厚めの方がよいことが研究でわかって来ているという。皮下脂肪の中に細胞を再生させる何かがあるらしく、それが健康や若さを保つらしい。中年以降はたいていの人は少しずつ太り始めるが、それは自然なことのようだ。筆者が50キロ台を保つべきというのは、身長から計算した値で、それが正しいのかどうか、筆者は今の自分の体重はさほど気にならない。裸になっても腹は出っ張っていない。いやいや、筆者は内臓に脂肪が溜まる方だと言われた。それがよくないらしい。血管が詰まるからだ。今日自治連合会の副会長と話していて知ったことだが、筆者が30年前に嵐山に引っ越して来た時、郵便局の近くに本屋があって、毎週そこで週間朝日百科を注文して買っていた。筆者より10歳ほど上の奥さんがいて、それなりに親しくなった。ある日その女性を見かけなくなった。本屋からブティックに商売替えをした後のことだ。今日聞いたところによると、51歳で脳溢血で亡くなったらしい。51は若い。いや、それよりもっと若くても人は死ぬ。これも今日噂話したことだが、30代の女性が子どもをひとり産んで癌で亡くなった。その子はまだ11か月で、御主人が引き取り、母親に育ててもらうことになったが、その母親は70代だ。その年齢で子育てはしんどいだろう。人生は何が待っているかわからない。30代で癌で死んだ人はほかにもつい最近聞いた。おかしいと思って病院に行っても原因がわからない。あちこちの病院に駆け込み、ついに癌とわかったが、それから1年持たなかった。筆者のように60を越えると癌になっても1年で死ぬことはないかと言えばそうではないだろう。
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 今日はある本の感想を書こうと思っていた。それがいろいろとすることが多く、気づけば午後11時半だ。そうなれば適当に思いつくまま書くに限る。そういう時のための素材は常にいくつか用意している。今日は先日約束しながらザッパの新譜が届いたので予定を変えたことを書く。グーグル・アースのストリート・ヴューで見るわが自治会内の様子がここ1か月以内に最新画像に変わった。最新とはいえ、撮影してそれを誰もが見られるようにするには数か月は要するだろう。そのため、去年10月の状態だ。日にちまではわからない。同じ場所でも日を改めて撮影していることがわかる。おそらく人がたくさん写り込むので、早朝を狙おうと再考するのだろう。それは今日のパノラマ写真からもわかる。ある場所から数メートル進むと、急に光の当たり具合が変化することがある。それに人が大きく写っているのに、そこから数メートル先の地点で360度ぐるりと見渡すと、その人はどこにも見えず、代わって別の人がやや離れたところに出現したりしている。嵐山のような観光地では、なるべく人のいない時間帯に車を走らせて撮影するはずだが、人が全くいない時間帯となると、夜しかない。それはストリート・ヴューの対象になっていない。ストリート・ヴューは車道を車が走っての映像を静止画像として見られるようにしたもので、筆者は車に乗らないので疑似運転している気分になれるのが面白い。筆者の本当の好みは車があまり走らないような細い道を歩くことで、それはストリート・ヴューでは見られない。ま、細い道は私道であることが多く、そんなところを頻繁に歩き、またきょろきょろするのは気が引ける。やましいことはないが、やましいと見られかねないことが面白くない。それにそういう道ではたまに犬に吠えられる。そうでない道でも筆者は犬によく吠えられるが、犬は恐がっているのだろう。犬で思い出した。阪急嵐山駅前に毎朝犬の糞がこんもりとあるらしい。家内がいつもそれを踏むそうになる。先日高槻市内で犬の糞に子どもが驚いている看板を見た。滑り台を下まで滑ったところ、その少し先に犬の糞があって、それに尻をつきそうになった子どもがびっくりしているのだ。その看板の写真を撮りたかったが、当日はカメラを持っていなかった。犬を連れて散歩する人はたいてい新聞紙を持っている。それで糞をこそぎ取るのだが、誰も見ていないとなると、そのままにしておく人がある。そんな大人もわが子には「神様が見ているから悪いことはしないように」と一応は教える。
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 今日は自治会のある人と今週金曜日の夜にある会合で提供する缶コーヒーを車で買いに走った。一箱買うと、自販機で買う6割ほどの価格だ。少しでも自治会費を使わずに済むようにとの思いからだが、そんなことはたいていの人は関心がない。筆者も以前はそうであった。自分が役をするようになって初めていろいろと目につく。それはいいことだ。関心を抱くことは視野が広がる。とはいえ、たくさんの人と接するからストレスは生じる。そういうことが一昨日あった。とても気分が悪く、今日は数人にそのことを相談し、多少はすっきりしたが、根本的には解決しない。なぜ筆者だけがそういう目に遭わされるのか。副会長であるので責任は少ないはずだ。だが、実質的は会長の仕事をしているも同然で、あらゆる問題が筆者に持ち込まれる。我慢に我慢を重ねて来た会長時代の4年間であったのに、それがまだ続く気配だ。それはみなから頼りにされているからかと言えば、そんなことはない。せいぜい好きでやっていると思われている。実際はそうではない。家に終日いる筆者とはいえ、やるべきこと、やりたいことはたくさんある。その時間を割いて動いていることをなかなか理解してもらえない。ま、それでも少しずつ改善はして来た。そう思わない限り、やっていられない。話は変わるが、昨日TVで和田アキ子の顔を久しぶりに見ると、両の頬の肉の垂れが目立っていた。60代であるからそれは自然なことだが、あまり見栄えはよくはない。そういう筆者も同じように口の両脇の肉の膨らみが最近目に着き始めた。家内に言わせると年齢もさることながら、口をあまり動かさないからとのこと。なるほど、筆者は家内と話す以外は自治会内の人とたまに会うだけだ。それでは独り言でも終日していればいいのか。それが癖になると、道を歩いていても声を出しそうだ。体重を50キロ台に減らせば頬の肉のたるみが直るかと言えば、きっとそんなことはない。あるいは多少ましになっても、別の箇所に年齢が出る。もうどうしようもないのだ。それだけ年輪を刻んで来たのであるから、皺が増え、染みが目立ち、肉がたるむのは仕方がない。年齢相応の貫禄ないし風格が出ればいいではないか。とはいえ、筆者は軽い人間で、風格とは縁がない。肩書きもなし、経歴というほどのものもなし、何もないのでさっぱりしている。さっぱりしているのであればいいが、嫌なことに遭遇し、ストレスを溜め込むと嫌な表情に知らず知らずのうちになっている。それは自分ではわからない。家内がたまにその顔つきを指摘する。その瞬間は表情を改めるが、すぐに元に戻るだろう。

 今日は缶コーヒーを買いに走った際、渡月橋を越えた。上流の保津川下りの船着き場付近にショベル・カーがいて、何やら工事していた。川底を浚っているのかもしれない。渡月橋の下は相変わらずの橋脚補強の工事のようだ。渡月小橋沿いにある渡月亭の別館は青いシートで玄関を覆って工事に入っていた。去年9月の洪水で被害を受けたので、その本格的な修復だろう。近日中にまた渡月橋周辺の工事写真を撮るつもりでいる。そのほかのブログのネタとして、映画や本、展覧会の感想がある。そうしたことは今日のような雑文以上に多少腹をくくらねばならない。もっとも、そうした思いの差は文章に表われていないだろう。同じようなどうでもいい文章で、文体というものもない。そのため、たまに他人の文章を読んで到底自分には真似が出来ないと思うことがある。さて、今日は4枚のストリート・ヴューから取り込んで加工した写真を載せる。投稿の題名を「広場」としたのは、これまでの本カテゴリーに倣ってのことで、駅前広場そのものではないが、それにつながる道であるからだ。それを説明する適当な言葉を思いつかなかった。今もそうだ。それはいいとして、3、4枚目の横長写真のみ、いつものようにクリックで拡大する。最初の写真と3枚目は2009年12月の撮影、2枚目と4枚目はひとまず同じ場所で、去年10月のものだ。「ひとまず」というのは、ストリート・ヴューは車から撮影した写真をつないで連続写真に見せかけていて、撮影位置からずれた場所ではうまく画像が画面上に現われない。つまり、2009年12月と2013年10月は同じ道を撮影の車が走りながら、撮影ポイントにずれがある。そのため、全く同じ角度の写真は得られない。3、4枚目はそのずれが大きい。また、3,4枚目は1,2枚目の写真を左端に含む格好になっている。最初の写真では路上にカメラのマークがある。それが撮影点だ。このカメラ・マークは確かWINDOWS98のパソコンでストリート・ヴューを見た時のものだったと思う。その当時のストリート・ヴューは航空写真で見る街路上に撮影点を示す球体が浮かんでいた。その球体をクリックすると道路上から見た360度の画像が展開する仕組みで、しかも道の先に最初の写真で見るようなカメラ・マークが表示された。今ではWIN98のパソコンでそれが見られるのかどうか。カメラ・マークの代わりに今は太い白線が表示されるが、これは設定で消すことが出来るのかもしれない。それはさておき、4年少し前の阪急嵐山駅前から桂川に向かう道は車道と歩道の区別がなく、田舎じみていた。それがよかったと思うが、車を運転する人は今がいいと思うに決まっている。車本位の社会で、人は端をこっそり歩く。そこからの眺めは車道の真ん中からとはいささか違う。何事もその視点を忘れてはならないのではないか。

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by uuuzen | 2014-02-17 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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