●『没後45年 詩魂の画家 山口薫展』
棒で殴られたような衝撃にふさわしい感動を覚える絵画は生涯にどれほど出会えるだろう。まだ知識も経験もあまりない若い頃は、見るもの聞くものが新鮮だが、年齢を重ねるほどに作品に対して驚くことが少なくなる。



d0053294_1254440.jpg筆者はそうありたくないと思い続けているし、何か新鮮な感動を与えてくれるものはないかと毎日探している。それで、昔接してわかったような気になっている、あるいはよくわからない作品はずっと気になっているので、機会があればまた接してみようと思っている。今日取り上げる山口薫は、20年ほど、あるいはもっと前か、何必館が出来た頃に展覧会があって、それを見に行った。ところが、ほとんどの作品は記憶から消えているうえ、どのように評価していいか、戸惑いだけが残った。それが不満であった。筆者が鈍いので、その芸術性がわからないのか、それともつまらない画家なのか。判断を保留したまま、忘れていた。それが今回久しぶりに展示があったので見に行くことにした。筆者の思いがどう変わるのか、そのことに関心があった。「やはり駄目」、あるいは「ようやく魅力がわかった」のか。家内と見に行ったのは今月8日であったと思う。ゑべっさんの帰りに立ち寄った。この美術館はいつもほとんど客がいないので、閉館まで30分ほどしかなかったが、じっくりと作品に対峙することが出来た。昔見た時もそうであった。だが、今回は決定的に違った。どの絵も、昔と同じように何を描いているのかよくわからないが、見ていて気持ちがよかった。それは「楽しい」と月並みな言葉で表現してもいいが、もっとしみじみとして深い感情だ。改めてチケットの半券を見ると、「詩魂」と形容されている。なるほど、そう呼ぶしかない何かがどの絵にも籠っている。だが、押しつけがましくない。画家はそっと呟いている。しかも他者に対してではなく、自己にだ。確かにうまく描いてきれいに見せようという構成への執念は見えるが、それは誰にでもわかりやすい写実的な意味では全くない。かといって、「へたうま」の効果をよく知ったうえでのわざとらしい技術が見えるというのでもない。絵を作り上げようという思いはどんな画家にもある。いや、ほとんどそれだけが画家の存在理由だ。だが、山口の絵は言いたいことがたくさんあるのに、口ごもってしまい、ごくわずかなことしか、しかもはにかみながらささやくというところがある。では内気な女性のようかと言えば、そういうところもあるが、女性の優しさといったものではなく、強靭さの方を思う。また、画面いっぱいに描き込むというより、地の部分が大きく、そこにほんの少し落書きのようなことを施している。それでは未完成的かと言えばそうではない。一見無地で手抜きしたよう見える背景は隅々まで精神が行きわたっている。余白が大きいのに、息苦しいほどだ。
 筆者はこのブログのようにたくさんの言葉を費やす散文の代表のようなことを毎晩やっているので、その昔、山口の絵を見てもどこがいいのかピンと来なかった。それが、山口が亡くなったのと同じような年齢に達し、ようやく作品が味わえるようになった。とはいえ、筆者は詩は苦手で、また今まで詩を読んだことはほとんどないので、「詩魂」と表現されると、別世界を思い浮かべる。相変わらず筆者は散文三昧の散文男で、山口の絵の本当の味わいは理解出来ないだろう。それを認めながら、やはり今回見て、実に楽しく、その後今日まで事あるごとに思い出している。そして自分もすぐにでも油絵を描きたいとも思う。そんな気持ちにさせる絵画はとても少ない。では、山口の絵が安易に描かれていて、その程度なら自分でもやれると思っているかと言えば、そうではない。前述したように、山口の絵はよく計算されている。これ以上は描き込んではならないというところまでに達していて、無駄がなく、足りないところもない。また、一見してわかる様式があるというのでもない。今回は20点ほどだったろうか、通常の展覧会に比べるとうんと少ない展示だが、山口の魅力はよくわかる。そして、どれも他の絵に似ていなかった。1点ごとに驚きと言ってよく、山口は手慣れで絵を量産するタイプではなかったのだろう。それは、1点ごとに苦心を始めることであって、絵を描くことは楽しい反面、業のように辛いことでもあったと思える。どのような作家でも作品となれば推敲を重ねるから、山口だけが特別とは言えないが、キャンバスに「描いては消す」をさんざん繰り返してようやく仕上げるという苦心の跡が明瞭な絵には見えず、かといってたとえばデュフィのように迷いなく猛速度で描いた素描性豊かな絵でもなく、つまり洒落た素振りを見せていながら、どこかギリギリのところで描いている感があり、作品の前でどれほど多くの呻吟を繰り返したのだろうかと思う。そうなると、筆者が明日からでも同じように油絵を描くとして、とても山口のような絵にはならないはずで、この文章のように、たくさんの筆使いをしているが、結局のところ画面から訴えたいことが見えない絵になるのはよくわかっている。それでも描きたい思いにさせるのは、描く楽しみや苦しみなど、人生と引き換えにするに足る行為という信念が山口の絵から伝わるからだ。これは山口の絵がつまるところ、幸福感に満ちているからと言える。それは美術でも音楽でも、芸術の根本だ。それを忘れてはならない。だが、それを根本にしつつ、そのほかの思念が作品には付加される。人生がさまざまな味わいから成り立っているのと同じで、幸福はそれだけで独立しているのではなく、必ずほかの思いと隣り合わせになっている。たとえばの話、登山だ。しんどい思いをして高い山に登る人の気持ちが筆者にはわからないが、しんどさが楽しみにつながっていることは理解出来る。誰でもそれなりにしんどいことをしているし、しんどさがあるから幸福感も大きい。幸福だけならのっぺらぼうのようなつまらない人生だろう。
 今回、山口の写真が何点か展示された。筆者は男の顔に興味がある。年々そうなって来ている。70になっても馬鹿面をしている人はたくさんいるが、いい顔をしている人はきわめて少ない。稀と言ってよい。女も同じかもしれない。これは男前、美女という形を言っているのではない。内面は顔に出る。つまり筆者は内面の深みが顔に刻印されている様子を見たい。山口の顔はどうかと言えば、美形では全くないが、芯が強そうでしかもぎらつき感がない。会場の説明パネルによれば、最も安いウィスキーを毎日飲み、その酔いを醒ますために茶を飲んだという。そのことで癌にはならないと確信していたが、胃癌によって死んだ。安酒がその原因でもなかったろう。高価なウィスキーを毎日飲める身分ではなかったとしても、たまにはそれも出来たはずなのにそうしなかったのは、強いこだわりの性質からで、そのことは作品にはっきりと表れている。また、安酒は山口の絵を清潔なものにしている。これが高級ウィスキー三昧の生活であれば、絵はもっとぎらついて嫌味になったに違いない。では、安酒のペーソスが絵に刻印されているかと言えば、そうでもない。悲しみも喜びも、あらゆる感情を封印し、ただ美しい絵がそこにあるだけという感じが伝わる。そう見られることは山口の望みであったろう。漫画や童話の絵は鑑賞者をある気分にさせる目的を持っているが、山口の絵はそういった有益という考えからは遠い。それこそが芸術で、絵に向かっていると、無限の時間を過ごせる気になる。飽きないのだ。それは具象のようで抽象でもあるからで、絵に縛られながら、絵の中で解放されている気分になれる。山口は関東の人で、東京芸術大学を出てその教授になった。東京では大規模な展覧会が開かれたことがあるが、関西では何必館の館長が特別の思い入れがあって、作品もまとまった数を所有するが、ほかの場所では展覧会はほとんど開催されたことがないし、今後も当分はそうではないだろうか。本展を見て、もっと多くの作品に触れたいと思ったが、一方で今回の経験で充分という気もする。それは、こうして書きながら、息苦しさを覚えるほど、どの作品も充実した内容で、たくさん見てももう別の感情は湧かないと思うからだ。それは筆者が深い感動をしばしば覚える年齢ではもはやないという理由からではない。1点見ただけでその画家の本質はわかるもので、それほどに山口はどの作品にも真剣に挑み、心身を削った。そういうことが見えて来るには20や30歳では駄目だろう。わからないから否定してはならない。それでは自分の愚かさが増すだけで、いい年齢の大人になっても馬鹿面が自覚出来ない馬鹿になる。チケットの絵は「娘二人像」という題名で、題名を見なければ何を描いたものかわからないが、幸福感は伝わる。それに悲しみも少し。
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by uuuzen | 2014-01-22 23:59 | ●鑑賞した韓国ドラマ、映画 | Comments(0)


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