●嵐山駅前の変化、その286(桜の林、温泉)
味調味料と言うのか、味の素がないことを怒ってスタジオで暴れた武勇伝のようなエピソードが大阪で有名であった歌手兼タレントの昨日の死亡ニュースの中に混じっていた。味の素を使わなくなって何年経つだろう。



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その会社がつぶれたのかと思いきや、食卓のテーブルに味の素を見かけなくなって何年かした頃、東南アジアでそれが大いに売れていることが伝わった。倒産どころか、海外で大量に売れて会社は大きくなった。それはいいとして、日本で味の素を見かけなくなったのは、化学調味料は体によくないという考えが広まったためだろう。本当に体によくないのかどうか。毒になるようなものを売っていたとなると、犯罪だ。そうそう、味の素の瓶の赤い蓋には小さな穴がいくつか空いていて、それが40年ほど前か、穴の直径が2,3倍になった。そうなると、以前と同じように瓶を振っても2,3倍の量が穴から落ちる。穴を大きくすれば売り上げが2、3倍になると考えた社員は一気に位が上がったといった噂もあった。そのようにして何にでも味の素をたくさん振りかける人が多くなったので、それをやっかんだ誰かが化学調味料はよくないという噂を流したのかもしれない。ともかく、筆者は味の素を家庭で見なくなって40年近くなるが、先のタレントはよほどその味に愛着があったらしく、何にでも振りかけねば気が済まなかったのだろう。ということは、まだ日本で味の素は売れているということだ。人は関心のない物事は存在しないと思いがちで、筆者は味の素をよいかわるいか知らないまま、使わなくなったことによって、てっきりそれがもう日本では販売されていないと思っていたが、昨日はそうではないことをネットの記事で知った。それで味の素を買ってみようという気にはならないのは、なくても平気な生活を続けて来たからだ。だが、筆者がそう思っているだけで、旨味調味料はあらゆるところに使われているだろう。たとえば、味噌だ。近年知ったが、出汁成分入りが売られていて、それを買うことがある。その出汁成分は味の素のようなものに思える。わが家は冷凍食品は買うことは年に一度あるかないかだが、先日冷凍食品に農薬が混入されて大騒ぎになっている。筆者は買わないも同然であるので安心しているが、外食する時、知らず知らずのうちに冷凍食品を食べさせられているかもしれない。それに、どうしても冷凍食品に頼らねばならない人がたくさんいるはずで、やはりそれに農薬を混ぜるという物騒な事件は早期に解決してほしい。
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 さて、何を言いたいために最初に「旨味」という言葉を出したかだが、もう冒頭の一字として使っていない文字が枯渇同然になって来て、それを探すのにとても手間取り、今日はまず「趣旨」という単語を思い浮かべた。「趣」は使ったことがあるが、「旨」はない。それで「旨」で始まる言葉となれば「旨味」しか思い浮かばなかった。「旨味」を使うと「旨味調味料」が思い浮かび、そして先日亡くなった大阪の有名タレントのエピソードを思い出した。だが、こうした連想の順序はこじつけだ。最初に頭にあったのはそのタレントのことだ。そこから味の素、化学調味料、旨味という連想が働いたというのが正しいかもしれない。ま、どっちでもいいが、このように瞬時にいくつかのことを思い浮かべるのが人間で、それらは関係がなさそうであったりする。では、今日の投稿の主たる部分と前述までのことがどういう関係があるかだ。それを今こうして書きながら考えているが、そうそう味の素だ。筆者はそれを使わなくなって久しいが、今も売られている。今日掲げる写真はちょうど1年前、すなわち2013年1月9日の撮影で、今日1年ぶりに画像を取り出したところ、まさに今日と同じような光が映っているが、撮った記憶はもうないに等しい。それをよくもまあ、1年ぶりにこうして忘れずに載せるものだと思うが、1か月ほど前からこのカテゴリーの再開が気になり、写真の撮影日である1月9日を確認しておいた。前にも書いたが、撮影から1年を過ぎての掲載は間延びすると思うので、どうせなら1年ぴったりの日がよいとした。で、このカテゴリーは去年9月16日の台風の被害に際して、いわば臨時で、撮ったばかりの写真を載せて被害や復旧の様子を報告することを10数回続けた。今日からはまた去年8月23日以来、桜の林に今は建って営業中の温泉の建設の様子を順次紹介して行く。もう温泉はあるので、今さらそれが建って行く様子の変化を少しずつ書いて行くのはそれこそ間延びそのものだが、せっかく紹介しようと考えて撮っておいた写真であるので、没にはしたくない。また、ちょうど1年ぶりの写真の掲載ならば、写真は投稿日の空気とそっくりであるはずで、違和感はほとんどないだろう。つまり、たとえば今日の写真を見る人は、現在の阪急嵐山駅から北へ100メートルほど行ったところに広がる桜の林の様子と思うかもしれない。だが、実際は1年前の姿で、もうどこにも写真と同じ風景はない。ところが、それが味の素とどういう関係があるのか。さて困った。そこでまた考えると、筆者が見かけない味の素はまだ存在しており、今日の写真で見たような気になった風景はもう存在しないが、それは現実を基準にした話で、それとは違う尺度はあり得る。つまり、筆者が見かけない味の素はもう存在しないも同然だ。意識にないのであるからそう言える。一方、今日の写真は、どういう写真であるかその細部はもう忘れているが、その現場に立ってシャッターを押したのは筆者で、写真を見ればおぼろげにせよその風景の中に立ったことが蘇る。これは想像の尺度で、人間にはそれも実在感となることがある。
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 そんなことを考えるのは、化学調味料で子どもの頃に徹底的に頭がどうにかされたからか。そうではないとは誰にも言い切れない。だが、化学が自然のものとは違う一種のまがい物を人間に与え続けているとして、それに左右された思考しか出来なくなったとしても、それも人間であって、別にどうでもいい気がする。これは、味の素を好もうが、嫌いであろうが、どっちでもいいことで、人は選ぶことが出来る。話のついでに書いておくと、先日のTVでアメリカのビヴァリーヒルズの大金持ちが有機野菜しか食べない様子が紹介されていた。それらはとても高価だが、金持ちは健康に大いに気を使っているので、それくらいの出費はあたりまえだと思っている。50年代の話と思うが、レニー・ブルースが有機肥料で育てた鶏の卵と称して、普通の安い卵にほんの少しの糞をこすりつけて売った。それが飛ぶように売れたそうで、有機野菜と安心していると、しっかり農薬が使われていたりする。前述のように、味の素は嫌いだと思っても、化学調味料は至るところで使われていて、それを全く口にしないことは不可能だろう。これは時代の流れに何事も任せるしか仕方がないという考えにつながるもので、有機野菜を毎日食べることが出来ない貧乏人の遠吠えに過ぎないと思われそうだが、筆者は金持ちであっても、有機野菜にはこだわらない。健康などどうでもいいと思っているからでもないが、健康に気を使い過ぎるとかえって健康に悪い気がする。TVでは健康食品の宣伝がやたら多く、それほどにそれらが売れていることがわかるが、それは健康に不安を抱いている人が多いことを示している。それはさておき、最初に書いた歌手兼タレントは60半ばで癌で死んだ。味の素が好きであったところ、有機野菜や健康食品に関心はなかったであろう。好きなタバコにワイン三昧の人生で、それで癌になって60半ばで死ねば、これはおめでたいことで本人も喜んでいるのではないか。タバコをやめ、酒を控え、化学調味料を拒否し、それで90まで生きたとしても、人生を楽しむ密度がうすければ何のための長生きかだ。60過ぎくらいで死んで行く方が若い世代が活躍出来る場所が増えるし、60過ぎで死ぬと思えば、好きなことを思う存分という気になって燃焼の効率がいいだろう。そうなると、日本の食卓に味の素を見かけなった頃から寿命が伸びたはいいが、味気ない人生を過ごす人が増えたと言えるかもしれない。実際そのとおりだろう。
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 なかなか今日の主たる話題に入れない。だが、今日から数日はこのカテゴリーに投稿するので、そう自治会の話ばかりで行を埋めることも出来ない。そういうことを考えながら、どうでもいいことをぐだぐだ書いているが、4段落目に入ったので、締めにかかろう。というのは、今日の写真は5枚で、これは4段落あればよいからだ。4段落のうち3段落が前置きで、最後のこの段落が主たる内容とは羊頭狗肉もいいところだが、ま、勢いに任せて最後まで行こう。今日の最後の2枚の写真は多少見るのがつらい。樹齢70年ほどの桜が倒されている。根こそぎにして処分するのではなく、建物が出来るまでどこかへ移植しておくためだ。だが、温泉がすでに建った今、引き抜かれた何本かの桜がまた温泉を取り囲む形で移植されたかと言えばそうではない。どこか別の場所で生きているのであればいいが、樹齢70年と言えばもう寿命だろう。今さら別の地に植え替えても根がつくかどうかわからない。またそこまで労力をかけて大事にするほどの有名な桜でもない。筆者の想像では、もう輪切りにされてとっくにこの世から消えている。写真だけがその姿を思い出すよすがだが、今日の写真のように、開花の時期まで2,3か月というのに倒されているのは見るに忍びない。それでも地元が極力桜を守れと自治連合挙げて署名運動をしたせいもあってか、最少の本数が考慮されたうえで抜かれた。それは平面図を見ればわかるし、また温泉が建って行く様子を見ればなおさら実感出来る。建物の壁ぎりぎりに桜の枝が出っ張っているのに、それを避けながら建設が進められた。これが1970年代ならば、桜は全部伐採され、もっと早く工事を済ましたであろう。また、そのような手っ取り早い工事に誰も抗議しなかったのではないか。今の中国がそうだ。経済成長のために、水も空気も、国民平等の旗印も、何もかもが無視される。それを冷やかに見て、はた迷惑と考える日本だが、数十年前は日本も同じことをして来た。だが、過ぎ去ったことは忘れやすい。裕福になればなおさらだ。その裕福とは金があるということで、桜の林がなくなって、くつろげる温泉が建った方が楽しいと思うことでもある。桜の林は無料で楽しめたが、温泉はそうではない。金のない者に行き場がなくなることが経済発展の大国で、世の中の旨味にみんなが群がって叩き合いの競争をする。これが今日書きたかった主たることとは思えないのに、何だか急にキーを打つ手が止まった。
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by uuuzen | 2014-01-09 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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