●『ROAD TAPES #2』その1
」という字は車が3つ使われているので、その車は自動車のことかと思う。牛車でも3台動けば大きな音がするだろうが、轟音はそれよりもまだ自動車の騒音を思わせる。つい先日、東北のある地名か駅名に、この「轟」の3つの車が3つの馬の字が使われているのをTVで見た。



牛が3つは「ひしめく」だが、馬が3つは車が3つと同じ「とどろく」の意味のようだ。今の自動車は昔の馬と考えてよいから、なおさら「轟」は自動車をたくさん見かけるようになってから生まれた漢字に思えるが、「轟」の旧字が馬3つなのだろうか。筆者の作業机の上には昨日素焼きが終わった「飾り馬」16頭が勢揃いしている。馬3つどころの騒音ではない。だが、物言わぬ土人形で、彩色が施され始めたばかりで、全体に白がまだ多く、なおさら静謐な印象がある。色塗りの作業を準備し始めた時、郵便がザッパの新譜を届けた。今月1日に発売の発表がなされた『ROAD TAPES #2』で、当日に注文した。5日に発送したとのメールがあり、21日かかって手元に届いた。3週間は少し遅い目か。いや、1か月かかる場合もある。ともかく、前回のようにプラ・ケースの破損もなく、無事買えた。「飾り馬」の彩色を始めるのと同時にステレオにセットし、ディスク2枚とももう4回ほど聴いたし、深夜の今も聴いている。さすが昼間のように轟音が近所中に響きわたる音ではまずいので、先ほど絞った。3階のステレオを鳴らすのは久しぶりで、最近は毎日パソコンのYOUTUBEをBGM代わりにしていた。気軽で便利なものについ慣れてしまい、大きなステレオの音を鳴らすのが億劫になっていた。人間は本来無精に出来ている。そのために便利なパソコンが発明された。生活の中でひとつくらい無精ではないものをと思って筆者は自転車にあまり乗らず、よく歩くことにしている。歩きながら音楽を頭の中に想像で鳴らすので、家にいる間にステレオをあまり鳴らすことがなくなったと言えばよいか、とにかくステレオのスイッチを入れ、CDを取り代えるのが面倒になって来た。そのため、ステレオの前にはたくさんのCDが散らかり放題で、しかるべき棚に収め直すのも億劫だ。そういうありさまを本当はいいと思っていない。第一ステレオは毎日鳴らしてやらねば調子が悪くなる。それを実感したのが数日前だ。ほとんど1,2か月ぶりではないか。もっとかもしれない。案の定回転がおかしく、CDがまともに鳴らない。5,6分そのままにしていると本来の調子に戻る。その5,6分が昨日はようやく10秒程度になり、今日は最初からまともであった。ここ数日は3,4時間は鳴らし続けているからで、やはり機械はいつも使ってこそ調子がよい。人間も同じで、毎日歩かないと筋力が落ちる。だが歩く時間が長ければ家でステレオを聴く時間が減る。
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 それはともかく、『ROAD TAPES #2』の発売は唐突であった。たいていネットに予告が出る。今回はそれがなかった。『#1』はいつ出たのか今調べると去年12月に聴いている。もう1年近く経った。今回の『#2』はケース裏面下に「公式発売#96」とある。もうそんなに出たのかと思ってまた調べると、#95が欠けている。これは『ROXY BY PROXY』であろう。同新譜は予約受付が7月31日に始まり、筆者は即日申し込んだが、9月22日になって発売を延期するというメールが届いた。どういうトラブルがあったのかわからない。その埋め合わせに今回の『#2』を緊急発売することになったのだろう。面白いことに、本作すなわち『#2』は『ROXY BY PROXY』の前哨戦的録音だ。フィンランドの首都ヘルシンキで73年8月に収録された。ショーは3回行なわれたようで、それらの録音から2枚のCDに編集されている。ヘルシンキと言えば『オン・ステージ第2集』が同じ2枚組で、生前のザッパが自ら編集した。これはおよそ1年後の1974年9月の録音で、今回の『#2』と比べるといろいろと興味深い。妻ゲイルにすればこの時期のライヴ録音の本命を『ROXY BY PROXY』と思っているのであろうが、それはもっぱら映像を活用したいためで、演奏の方は実際のところはどうなのだろう。もちろんザッパは『ROXY AND ELSEWHERE』でその録音を使ったが、一部の曲は音を後で被せたし、またロキシーだけの録音としなかった。『#2』は正直なところ筆者はあまり期待しなかったが、演奏も編集もなかなかよく、ひょっとすれば『ROXY BY PROXY』を聴いたとしても、こっちの方がよいと思うかもしれないという予感がある。つまり、『#2』は思いのほかよかった。これは久しぶりに大音量でステレオを鳴らし、近所中に轟音を響かせているせいも多少あるが、その轟音がぴったりの熱い演奏で、73年ということを改めて思う。
 話は変わる。実はこの1か月ほど、筆者はYOUTUBEでポール・マッカートニーのライヴ演奏を毎日のように聴いた。これは先日の来日を見に行くつもりがなく、YOUTUBEで確認すれば充分ではないかと思ったからだ。昨日のネットに、今回の来日公演はケータイなどで演奏を録画することをポール側が認めたという。そのためか、一昨日は早速YOUTUBEに大阪での演奏がアップされていることを知った。今回の来日は去年のロシアやメキシコとほとんど同じであったはずで、情報が即座に行きわたる時代となったうえ、撮影もOKあるいは黙認となったから、ネットで演奏の様子がわかるようになった。これでは筆者のように会場に足を運ばずとも、YOUTUBEでいち早く現在の演奏スタイルを知ることで充分と思う人が多くなったのではないだろうか。会場に出向くのはただ臨場感を楽しむことが目的となり、それはそれで意義は大きいが、どんな曲をどのように演奏するか、またどういう服装でどんなメンバーかといったことは予め誰でも知っている。そういう状態であるから、撮影を許可するのも半ば当然のように思う。つまり、新鮮味がなくなっていることに対して演奏家からのせめてものサービスだ。だが、演奏家が努力すれば、YOUTUBEではまだ見られない、つまり誰も接したことのない演奏を披露することは出来る。確かにポールも演奏する国や都市によって挨拶などを変えてはいるが、それはいわば綿密に計画したパック演奏のごくごく一部を取り代えるだけのことで、「予め仕組まれた」という印象は観衆の誰しも自覚している。これはビートルズ時代からそうで、YOUTUBEで70年代前半のウィングスのライヴ演奏を見た時にも同じことを感じた。そして現在も変わらない。曲の合間の語りですら、ほとんど一言一句どのステージも変わらない。これではロボットではないか。ポールは60年代終わりに死に、その後はそのロボットが活躍して来た。そんな印象すら持つ。ましてや71歳だ。もう変化するのは無理だ。そこで思うのがザッパで、この『#2』を当時のウィングスの演奏と比較したくなる。ザッパはYOUTUBE時代の到来をその頃から知っていたかもしれない。これはどういう意味かと言えば、昨日のステージを録音撮影してもらってもいっこうにかまわない。なぜなら、明日や明後日は全然違う演奏をするからだ。この「何がどのように起こるかわからない」期待感はポールのツアーにはないことがYOUTUBEでよくわかった。あるいは最初から知っていた。それで筆者は全く来日公演に関心がなかった。もうひとつ書けばポールの73のライヴ演奏はあまりに昔で古く思えるが、『#2』は「今生きている」すなわち本物のライヴ演奏のような不思議さを感じる。
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by uuuzen | 2013-11-27 23:18 | ●新・嵐山だより(特別編) | Comments(0)


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