●嵐山中ノ島復旧、その11
痴を言っても仕方ないことはわかっていても、それを言える相手があるのは喜ばしい。相手がなければ、今は便利なブログがあって、思いのたけをぶちまければよい。筆者のブログも愚痴を披露する場として役立ってもいるはずで、こうして書くことがストレス解消にもなっている。



ところが毎日書くとなるとしんどい。それがストレスにもなるから、生きて行くことはストレスとうまくつき合うことにほかならない。それはそうと、昨夜ネットのコラムで災害警報について書かれたものを読んだ。日本はどこで暮らしても自然災害から安心という場所がないというもので、警報が出れば指定されている避難場所に向かうばかりではなく、状況を判断して安全な場所に身を置くべきとあった。9月の台風18号の際、わが自治連合会の住民は数人が避難場所である地元小学校に向かったそうで、風が強い中、それはかえって危ないのではないかという意見が出た。小学校は桂川の真横にあり、運動場は土手より低い。そのため、堤防決壊という事態になれば、運動場にいれば足元をすくわれる。避難場所は校舎の3階にあったと思うが、災害時はそこに向かうまでに被害に遭う可能性がある。そのため、自宅の2階でじっとしているか、近所の頑丈な鉄筋コンクリートのマンションを使わせてもらうべきで、そのようなことを普段から住民に理解してもらうための広報が必要だろう。まさか桂川の堤防が決壊して床上浸水することなどまずあり得ないと高をくくっているが、日本中どこにいても安全ではないというくらいに思っておいていい加減だ。今日筆者は、ハザード・マップに記されるように、床上3メートル近く浸水する可能性のあるわが家であるから、1階に大切なものを置かない方がいいと考えながら、何がそうしたものに該当するか、またより安全な場所となれば2,3階になるが、すでに物で満杯なのでどうすべきかなどとぼんやり考えた。先日書いたように、染色作家の大久保直丸先生のご自宅は、そのまさかの床上浸水に遭い、大事な作品を汚してしまった。まさかがいつでもどこでも起こり得る。それは重々承知しているつもりでも、自分は安全と思うことが多いだろう。その裏には、被害を受けてもまあ仕方がないし、さほど重要なものも所有していないといった諦めの気持ちがあるのではないか。その諦念は愚痴とどう関係しているだろう。どうせ自然災害の多い日本で、どのように備えても、ある一定の割合の人たちは一生の間にそれに遭遇し、大きな被害を受ける。ばば抜きのゲームのようだが、日本で暮らすことはそういう思いを抱くことではないか。そして自分にばばが来ないように、保険に入るように勧められるし、用心深い人はそれに大きな関心を持つ。
d0053294_20464684.jpg

 実は今日は「愚息」という言葉で始めたかった。書いているうちにやはりその言葉に行き当たる。昨日保険屋から電話があった。息子が乗っているバイクの保険代が振り込まれなかったので、ついに保険が切れたという。そうならないように数か月前から息子に電話し続けたのに、ずっと留守番電話の設定だ。督促状を転送したのに、それでも振り込まなかった。保険代はごくわずかな金額で、その分さえも貯金にない生活をしているようだ。保険屋は非常に心配してバイクに乗るのは危ないと言う。事故を起こせば全額事故負担になるし、誰かを轢けばその保証も自分でせねばならない。そのことに自覚があれば滞納するはずがないが、息子は自分は事故を起こさないと思っているのだろう。保険なしで事故を起こしても筆者が代わって弁償してやるつもりは毛頭ない。一昨日NHKの動物番組でライオンが取り上げられていて、たてがみがまだ生え揃わない若い雄が、雄親から群れの外に追放される場面があった。どんな動物でもそのような時がやって来る。ひとり立ちを促さねば、かえって子どものためにならない。逞しくなってもらうためには心を鬼にしなければならない。先日著名なTV司会者が、息子が起こした事件の責任を取る形でいくつかの番組を降りた。その人はそれ以前に、外国では30にもなる子どものやったことに親が責任を取ることはおかしいと発言した。その点は、筆者は全く同意する。だが、いろいろ事情がわかり始めた。事件を起こしたその息子は高校の時から手癖が悪く、また入社試験では絶対に受かるはずのない回答用紙を出した。それを父親は、自分が有名であることをいいことに、TV局に頭を下げていわば裏口入社させてもらった。それがいけない。そんなずるいことを通そうとした時点で、その父親は芸能界から抹殺されるべきではなかったか。息子はやすやすとTV局の社員になって能力を過信し、何か事があっても親の七光りでどうにかなると人生をなめた。筆者はその有名な司会者は昔から嫌いであったので、今回の事件でやっぱりと思ったが、それでもまさか息子が関係して大恥をかくとは、人生何が起こるかわからない。筆者にコネや財産があるはずもないので、息子には自力で世をわたって行くようにと今までに数万回も口にして来た。それでも持って生まれた限界というか、性質というか、痛い目に遭っても学ばない。だが、30を過ぎた男に誰が何を言ってももう遅い。
d0053294_2048478.jpg 全くの愚痴になってしまった。わずか1000円や2000円の保険代を家内は息子に代わって、毎月届く督促状をコンビニに持参して払ってあげるべきと言う。だが、筆者は頑としてそれをしない。ライオンの雄親は、子どもを追放した後、自分たち家族も必死に生きていかねばならない。そのことを追放された若い雄ライオンが知るのは、自分も親になった時だ。だが、親になるのは運がよい場合で、息子は野垂れ死にするかもしれない。番組では群れから放り出されたその若い雄を探す場面が最後にあった。よほど父親の剣幕が恐ろしかったのか、息子はとんでもない遠方まで逃れ、そこで別の同じくらいの年齢の若い雄と草原に寝そべっていた。一匹だけでは狩りは出来ない。孤立すると餓死する。そのことを本能的に知っているので、同じ境遇の雄と力を合わせて狩りをする。その時期を経て、いつか自分の家族を持つ。ライオンの世界ではそれが昔から変わらぬ鉄則だが、人間はもっと複雑に出来ている。今朝も大阪で31歳の女性が餓死しているところを発見された。どうやら野垂れ死にする若者が増えつつある。そのこともまたライオンを初めとした動物にも存在することかもしれないが、人間の方が愚かかもしれない。困っている人を見かければ助けるというのが、人間社会では常識とされ、学校でもそのように教えられる。だが、いつどんな時でも助けることが助けられる人にとっていいとは言えない場合がある。助けることで自分が偉いことをしたと自惚れることが出来るが、助けられる方は自力でどうにかすることを忘れてしまいかねない場合がある。先のTV司会者は、息子がどこにも就職出来ないではかわいそうと思ったのだろう。そのことを子どもに対する慈愛として讃える人もあろうが、父親は息子がどこにも就職出来ないことは恥ずかしいという思いがあったかもしれない。きっとそうだろう。「あの有名人が出来の悪い息子を持っている」 そう思われることが耐えられなかった。息子が何をしでかそうと親は関係ないと言うならば、息子を裸一貫で家から放り出し、それで野垂れ死にしても仕方ないと覚悟を決めるべきではないか。そういう態度は獣の世界であって、人間は愛で包むべきという意見がきっと出る。だが、ライオンでもわが子に愛があればこそ、一定の年齢に達せば群れから遠ざける。となると、人間の愛は甘えではないか。その甘えがいつか人間全体を滅ぼすこともあり得る。「愛」の言葉の陰に隠れて何でも許されるのは、長い目で見れば人間にとって具合の悪いことかもしれない。ともかく、大物司会者は回り回って晩年に大きな恥をかいた。バッハはたくさんの息子に恵まれ、そのうちのひとりは賭博狂で早死にした。そんな息子に育てたつもりがなかったはずだが、成人して親元を離れると、もうどうしようもない。天才のバッハからもそんな愚息が生まれる。
d0053294_20485360.jpg

 長い人生は途中でどんなことが待っているかわからない。これも先日ネットで読んだことに、フィリピンの台風の大きな被害を受けた元日本人がいる。70代であったと思うが、家を失い、今まで積み上げて来たものを全部なくした。同じような人は2年半前の大地震でもたくさん生まれた。自然災害相手に恨み節を言っても始まらないが、それでもひょっとしてという予感からの備えは出来る。それは保険屋嫌いであってもかまわない。たとえば家を買うとして、地名にさんずいへんのついた漢字が使われていないか、近くに氾濫しそうな川がないか、またどのような住民が多く住んでいるかなど、ある程度災難を避ける心がまえは出来る。筆者は割とそれを普段からしているつもりで、それをしたうえで、たとえば事故に遭うのは仕方がない。子どもの頃に「君子危うきに近よらず」という言葉を耳にしてなるほどと思った。それでも人間であるから、無茶をすることがあるし、それを避け得ない弱さを持っている。人間が愚かであることは、筆者は数歳の頃から思った。周囲にいかにも愚かな人がいたからだが、そういう愚かでない人にも別の愚かさがあることを知っていた。であるから、筆者は自分も愚かと自覚しているし、ここに書くことも愚痴に過ぎないと思っている。で、話をどうつないで行くかを立ち止まって考えるに、ともかく今日撮った写真の説明をまずしよう。最初は中ノ島橋から撮った五木茶屋だ。ここは洪水の被害を受けた。割合早く営業を再会したが、今日気づいたのは川に面して白砂が敷かれ、そこに松が植えられていることだ。写真のほぼ中央だ。洪水以前はそうなっていなかった。また、瓦も新しく葺き替えられたようで、浸水を機に新しくなった。これが新しい状態で浸水に遭えば大損だが、幸いと言うか、もうリニューアルする時期に来ていたのだろう。9月の被害によって、数十年に一度は大きな損害を被ることをより自覚し、修復のための積立金をすればよいし、そういう態度が君子的であろう。とはいえ、修復程度では済まない大きな災害が起こり得るし、来年はもっと大きな洪水が襲うかもしれないから、やはりいつ何が起こるかわからず、そういう事態に対して無力すなわち愚かであるほかないのが人間だ。

 中ノ島を歩くのは一週間ぶりで、たぶん変化はないと思っていたところ、案の定そうであった。そのため、今日は古い写真を次に2枚使う。そのうちの最初は先月22日の撮影で、今日確認したところ、同じ状態であった。これは何を捉えたものかと言えば、ストーヴのような赤い器具が等間隔に川岸に転がっている様子だ。その物体が何かわからない。写真には3つ見えるが、全部で4つあったと思う。上流から流されて来たものには見えず、ならばこの場所で元通り使えるようにするのが筋と思うが、忘れられた存在になっている。これが撤去されない限り、中ノ島公園の復旧は終わったとは思えない。これは渡月橋の下流すぐにあって、渡月橋と嵐山を高精度撮影すれば写り込むのではないか。観光客が喜んで記念撮影をする渡月橋のすぐ近くに、こんな謎めいた物体が転がっているのが奇妙だ。次は先週11日に撮った。渡月橋上流の照明装置で、今日もそのままあった。渡月橋のライト・アップに使うもののはずで、いつ出番があるのか知らない。昨日は夜に渡月橋を車でわたったが、ライト・アップはなかった。4、5枚目は今日の題名にふさわしくない。松尾橋の上から上流側を見たもので、昨日撮影したのに写っていなかったので、今日また撮り直しに出かけた。すると、昨日とは違ってショヴェル・カーが2台川底を浚っていた。渡月橋周辺はあらかた修復が終わったので、今度は松尾周辺ということか。4枚目はパノラマで、いつものようにクリックで拡大画面が現われるが、ブルドーザーの仕事だろうか、河川敷に大きな畝が数本出来ている。これが作られたために、川岸の平らな場所でバーベキューに興じることが難しくなった。横断するには畝の高低さが大きい。この畝は何のためか。それがわからないので撮影した。それに、このパノラマ写真は筆者が松尾橋をわたる際に好きな風景で、江戸時代の人は同じ立ち位置を味わえなかったことを時に思う。それはともかく、この畝が今後どうされるのか、注目したい。最後の写真も今日撮ったもので、松尾橋の東端から上流を臨んだ。遠くに愛宕山、一番手前に9月の洪水で倒された名前のわからない木を写し込んだ。まだ緑の葉がたくさんあって、どうにか一部の根が土にまだしがみついているようだ。この木は邪魔とばかりにいずれ撤去されるかもしれない。そうなっても、また知らぬ間にほかの木が成長する。そうであるから、倒れた木を悼むべきではないかもしれない。人間でもいつ何時何があるかわからない。であるからこそ、危険にはなるべく近寄らない。それは動物の本能と思うが、人間はそれがなかったりする場合がある。動物より愚かかもしれない。
d0053294_20491080.jpg

[PR]
by uuuzen | 2013-11-19 20:51 | ●駅前の変化 | Comments(0)


●ムーンゴッタ・2013年11月 >> << ●錦市場の若冲、その4
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
ご指摘どうもありがとうご..
by uuuzen at 12:22
Frank zappa ..
by ザッパ at 08:30
何年も前に書いた文章に感..
by uuuzen at 16:20
はじめまして。興味を引く..
by 文学座支持会元会員 at 11:15
最近あまりに多忙で録画は..
by uuuzen at 15:31
唐突に失礼いたします。ど..
by タイタン at 14:59
暴力事件は訴えても警察が..
by uuuzen at 15:11
地下鉄の件事件になります..
by ネイル at 19:07
上から目線で頭が悪い人
by 名無し at 08:13
上から目線で頭が悪い人
by 名無し at 08:13
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venusha..
ファン
         ブログトップ
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  © Copyright 2017 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.