●ムーンゴッタ・2013年11月
々たる月。月並みなる月。今夜は雲ひとつない夜空にくっきり浮かぶ満月で、寒さも手伝って、じっくり眺めていたい気がしない。今日が雨である場合に備えて昨夜も撮影したが、雲が多く、まん丸の姿は写せなかった。



それでは投稿用にならないので、雲の切れ目を待って写すべきであったが、今夜はまず晴れると思った。月並みな満月写真になっては面白くないので、どこでどのように撮影しようかと考え、いつもより早くムーギョに買い物に出かけ、帰りに従姉の家に行って屋上で撮らせてもらうことにした。4時頃出かけるつもりが、郵便局で本の代金を振り込もうとすると何度試しても入金出来ない。局員に訊くと、記号があり得ない数字になっているとのこと。家に戻ってパソコンを開いて確認し直すことにし、100メートルほど歩くと、キャッシュ・カードがない。慌てて郵便局に戻って探しても見つからない。再発行するのは1000円かかるとのこと。昔一度それをしてもらったことがある。2,3分前まであったのにどこへ消えたか。筆者の後に若い女性がATMを操作していた。局長は機械の内部に回収された可能性があると言って、内部を確認した。それでもない。カードの使用停止はパソコンを通じて自分でやるしかないとのことで、それでまた家に向かった。すると、ないことに気づいた場所の近くで、裏返ったカードが落ちていた。ちょうど目立ちにくい場所でよかった。また、表向きならば遠目にも目立って、きっと誰かに拾われた。届けてもらえるならばいいが、そうでない場合の方が多いだろう。オリンピック招致のために女性タレントが、日本では大金を落としても戻って来ると語ったが、誇張が過ぎる話だ。ともかく、カードが手元に戻って来てほっとした。そのほかにも今日は面白くないことがいくつか重なった。そういう日もある。その騒動のために、ムーギョに向かって家を出たのは午後5時になった。その時間ではまだ満月は見えないが、従姉の屋上からならば、地平線ぎりぎりにでも上がっているのが見えるかもしれない。ところが話し込み、気づけば7時になっていた。それはいつもムーギョに行く頃で、すでに満月は地平から45度くらいの角度には上がっているから、屋上に上がる必要はない。それでもいつもとは違う写真になるから、屋上に上がらせてもらった。満月がくっきり見えるとばかり思っていたのに、厚い雲が月の方角を占め、月はどこにも見えない。地平線から天に向かって一本の灯りの線が放射されている。清水寺からのものだ。それと一緒に満月を写し込めば珍しい写真になったのに、昨夜に続いてまたもや雲だ。これでは今夜は雲が切れるまで根気よく待たねばならないかもしれない。そう思いながら、せっかく狭い階段を危なっかしく上ったので、屋上で満月が上っているであろう方向の写真を1枚撮った。それを今日の3枚目に載せる。月が写っていないでは意味がないが、雲の向こうで輝いていることを想像するのもよい。
d0053294_222965.jpg

 自宅に戻ってそろそろ月が見えるかと考えて外に出てみたのが9時だ。すると雲ひとつない。それが何となく味気ない。嘘のような月、月並みな月、平凡な月といった感じで、心に響くものがない。そんなこともあるかと思いつつ、2枚撮った。そのうちの1枚が今日の最初のもの。今月はその1枚だけにするのもよいかと一度は思ったが、やはり味気ない。それで11時にまた外に出た。月が頭の真上に移動している。先ほどと同じように写しても同じような写真が出来る。それでは意味がない。これは以前に撮ったことがあるはずだが、左手の指で満月をつまんでみた。ただし、左手がそこそこ写るには街灯の近くに行くべきで、駅前近くに移動した。そうして5,6枚撮った。投稿用のサイズに加工しようとしたところ、どれも左手の親指と人差し指の間に満月が収まっていない。一眼レフではないので、ファンダーから覗いたようには写らない。それを見越して手首を満月からずらして撮影したのに、それが不十分だ。それでまた外に出て撮った。今度こそ大丈夫だろう。ところがやはり駄目。三度目の正直でまた出直した。11時半過ぎだ。駅舎はまだ明るいが、最終電車はもうなく、人は歩いていない。結局合計20枚ほど撮って、1枚だけ満月をつまんでいるような恰好で撮影出来た。それが今日の2枚目だ。月並みな月を多少でもそうでないように撮影するのはそろそろ限界か。毎月わが家の前か近所から撮影するのではそれも仕方がない。それにボロ・カメラだ。趣向の違う満月写真を撮るのが創作と呼べる行為になるが、毎月同じような満月ではただただ月並みで、「並み」は面白くない。「特別の」となればどうすべきか。特別の場所に行き、特別のカメラを用いて特別の工夫を凝らす。そういうことは筆者には無縁かもしれない。
d0053294_223552.jpg

 先日、家内の妹から電話があって、その会話の一部を家内が話してくれた。妹は「おいしいものが食べたい」と言ったそうだ。妹は近年体調が悪い。それは若い頃の美食が原因と言える部分がかなりある。美食家を筆者は否定しないが、還暦近い年齢になってまだおいしいものが食べたいと真剣に思うほどの、食べ物に対する熱意が筆者にはない。腹がふくれれば何でもよい。最近は粗食ほど気持ちが落ち着くとさえ思っている。栄養不足になっては困るが、美食で早死にするよりきれいな生き方に思える。そういう筆者であるから、毎月の満月の写真が月並み、平凡になるのはもっともなことではないか。と、いいわけじみたことを書く。ところで、毎月の満月写真の投稿日は、筆者にとって息抜きになっているかもしれない。何を投稿するかが決まっているので、その分、気楽であるからだ。だが、空が晴れて満月が見えるかどうかに気を揉むので、その点はストレスがある。そして、いつもとは違う満月写真をと思うことも多少はストレスになっているだろう。もうひとつ書けば、今日は筆者はやるべきことがあまりない気がして、比較的のんびりした。そういう日は気楽ではあるが、実際は「これでは駄目だ」との思いがあって、ストレスの原因になっている。そのストレスが、筆者の行為を厳しく見つめ、満月写真を月並みであると思わせる。ということは、筆者は忙しくしている方が気楽であるのだろう。その忙しさというのは、自分でそうしているだけで、人から強いられていない。そのため、筆者は絶えず忙しくするための何かを見つけ、それに携わっている必要がある。そんなことで毎日過ごしていると、「ああ、おいしいものが食べたい」などと思う暇がない。そのため、家内の妹の発言は筆者にはきわめて異様なものに聞こえた。そして、「ほかに考えることがないのだろうか」と思った。おいしい食べ物はだいたい高価と決まっているが、筆者はきわめて安価なものでも、食べ物である限り、それを粗末に扱うことは嫌いだ。そして、どんなものでもありがたく思うことにしている。それでは輝く月はつかめず、月並みな創造家にしかなれないだろう。
d0053294_232750.jpg

[PR]
by uuuzen | 2013-11-18 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編) | Comments(0)


●『さがの人形の家』その2 >> << ●嵐山中ノ島復旧、その11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
何年も前に書いた文章に感..
by uuuzen at 16:20
はじめまして。興味を引く..
by 文学座支持会元会員 at 11:15
最近あまりに多忙で録画は..
by uuuzen at 15:31
唐突に失礼いたします。ど..
by タイタン at 14:59
暴力事件は訴えても警察が..
by uuuzen at 15:11
地下鉄の件事件になります..
by ネイル at 19:07
上から目線で頭が悪い人
by 名無し at 08:13
上から目線で頭が悪い人
by 名無し at 08:13
漢詩や篆書など、中国のサ..
by uuuzen at 12:57
サーチしました所、ビスタ..
by インカの道 at 11:38
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venusha..
ファン
         ブログトップ
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  © Copyright 2017 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.