●嵐山中ノ島復旧、その9
を今年はムーギョで二度買った。最初はLサイズ、次はMサイズで、重さは書かれていなかった。たぶん1kgだ。丹波産とあったが、どうだか。どちらも3,4個にひとつは虫が食っていた。茹でた後、スプーンでえ栗ながら、虫食い以外の部分だけ食べた。



d0053294_2354169.jpgゴミを買っているようなものだ。それでも季節のものだ。秋を感じる。意地になって10数個は続けて食べる。また食べようかと家内と話し、買いに行くと、もう売っていなかった。やはり季節のものだ。それに促成、抑制栽培は出来ない。ほかに旬の果物があるので、それに目を移せばよい。そう思いながら、二度目は二袋買っておけばよかったと思った。探せばまだどこかで売っているはずだが、ムーギョは安い。Lサイズは398円、Mサイズは298円ではなかったか。あるいはもう100円ずつ高かったかもしれない。Lは普通のMで、Mはどう見てもSサイズ。そのために安かった。「安物買いの虫食い栗」。栗のLサイズはびっ栗するほど大きなものがある。さて、栗から始めたのは理由があってのことではない。なぜか栗を思い出したからだ。茹でた栗を食べるには、包丁でふたつに割ってからだ。小さなスプーンを突っ込んで実をほじ栗ながら、少しずつ口に放り込む。金属のスプーンがなかった頃はどのようにして食べていたのだろう。栗栗した目をした子ども相手に親は「餓鬼みたいに(ガツガツしたらあかん)!」と叱りながら、小刀でせっせと皮を栗っ栗っと剥いたであろう。家内の父は毎年秋になると、特大の栗をたくさん買って来て、鬼皮を剥いた状態で甘く煮た。鬼皮の下の渋皮と言うのだろうか、それはそのままだ。したがって、煮上がったものはコーヒー色だ。毎年そうして作ったものをパックいっぱいもらって帰った。きれいな栗で、虫が食ってはいなかった。それは正確にはわからないが、考えてみれば、栗を食う虫は人間が食べても害はないに違いない。その虫は栗の味がするだろう。苔を食べる鮎が香りがいいのと同じだ。植物が動物に置き変わっただけで、虫食いの栗はかえって栄養があるか。それにしても栗のあの固い皮を破って内部に入る虫はどんな強力な口をしているのか。栗は包丁で割るにも大変で、家内の父がやったように、包丁で鬼皮をきれいに剥ぎ取るのはもっと手間がかかる。LLサイズであればまだ簡単かもしれない。そんな栗はムーギョでは売っていない。百貨店あたりでは1kgで1000円以上はするだろう。来年は思い切ってそんな栗を買って甘露煮を作ろうか。

 数十年に一度クラスの洪水は、嵐山の中ノ島公園の表面をすっかりえ栗取って行った。復旧が急ピッチで進んだのは、秋の観光シーズンに間に合わせるためだ。もうすぐ紅葉の季節だが、すでに秋だ。嵐山にはたくさんの人が訪れている。中ノ島公園の復旧工事は最も目につく箇所を優先し、細部は後回しになっている。それは当然、何事も段取りがある。これは段取りでもないが、この半ばシリーズ化している「嵐山中ノ島復旧」は、毎週火曜日の投稿が決まりつつある。今日もそう思って写真を撮りに出かけた。きっと変化があると思った。これは改めて書くことがあるかもしれない。実は一昨日も渡月橋を眺めた。その時は中ノ島公園内に入らず、復旧状態はわからなかった。今日はムーギョには行くつもりがなく、ならば中ノ島行きはわずかでも散歩になると考えた。目指すは前回の「その8」で取り上げた川沿いのベンチ設置工事のその後だ。予想どおり、完成していた。川沿いには全部で14台ほどになった。コン栗ート製の丸太を半分に割った形のものが1台と、木と鉄で出来たもの1台は以前からあって、これは流されなかった。残りが新しく設置され、上流側と下流側とでは形が違う。座る部分は板で、やや黄緑色を帯びている。それは同じだが、下部の黒い鉄脚の形が違う。全部同じにするより、その方がいいかもしれない。というのは、また洪水があって流されたとして、残るものがあるだろう。それはそのままに、新しいものを補充するとなれば、また違う形のものしか入手出来ない可能性が大きい。そう思えば、いっそ全部違う形にすれば面白い。先ほど写真を加工しながら、誤って上流側を向いて撮った1枚を消してしまった。そのため、今日は2枚のみで、それではさびしいので、以前撮ったものを使う。その前に今日撮ったものを説明すると、最初の写真は下流側で、中景にベンチが並ぶ。右端にごく小さく写っている、何とかクラブが建てた植樹記念の石碑に接して見えるものが流されなかった。拡大すると脚の形が違うことがわかると思う。また、近景に見える丸太半割り形は、前述のように川沿いにも1台置かれている。それを写真中景の左端に収めることが出来なかった。2枚目は2枚つなぎのパノラマで、栗ックで拡大する。これは新しいベンチに座って撮った。先ほど消してしまった写真は、そのベンチを手前に、奥に新しいベンチが並ぶ様子を捉えたもので、ま、いつでも撮れる。
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 今日は新たなベンチが設置されていなければ、中ノ島で写真を撮らなかった。それでも「その9」を投稿するつもりでいた。そのための写真が3,4枚目だ。どちらも9月23日に撮った。2枚とも松尾橋で撮ったから、「中ノ島復旧」の題名にはふさわしくない。それで今日はちょうどおまけの形で使うことが出来る。3枚目は松尾橋の上から上流側を見下ろした。見てほしいのは、テントを張ってバーベキューに興じている人たちではなく、写真左下隅の集められた流木だ。誰がまとめたのだろう。そう言えば、先週はあった「風風の湯」の近くの桜の老木の太い折れた枝の集まりは、今日はなかった。その中の一本、白緑の苔がたくさん生えた直径8センチほどの枝を確保したかったのに、先週は持って帰ろうとしながら、雨で湿っていたのでやめた。樹齢70年ほどの桜の枝はめったなことには手に入らない。勝手に切ると怒られる。自然に落ちたものなら、それはゴミと考えてよい。焼却場で燃やしてしまうなら、筆者がどうにか一部を保存したのに、後の祭り。それはいいとして、3枚目に見える流木の集まりを見下ろしながら、いい形のものがあるかもしれないと思った。下まで行くのが面倒で、これもいつの間にはなくなった。いや、待てよ。昨夜ムーギョからの帰り、同じ右岸の河川敷でキャンプファイヤーのような火が3,4つ見えた。明らかに流木を燃やしている大きさで、火の場所も写真の流木の位置と同じだ。嵐山は観光客でにぎわうのに、松尾橋はほとんど無名。それで流木の回収もされないのではないか。4枚目も栗ックで拡大する。これは松尾橋東端から撮った。写真右手が上流で、そのずっと先に渡月橋がある。手前は左岸で右京区だ。手前には大きな木が2,3あった。それらが洪水でなぎ倒された。特に目立つのが橋脚に最も近い1本で、逆光のシルエットになって見えにくいが、根の塊が剥き出しになっていることがわかる。昨日見ると全く同じ状態だ。このまま枯れるか、新たな根を張るか、冬を越せばわかる。現在は緑の葉がまだたくさん残っていて、根の一部がまだ土の中にあるのだろう。昨夜はこの木を見ながら、「七置き八転び」を思った。「七転び八置き」は勇気づけられる言葉ではあるが真実ではない。誰でも最後は死ぬから、「七置き八転び」ではないか。この木がそのいい例だ。倒れたまま枯れてしまうだろう。いや、待てよ。ひょっとすれば倒れたまま生き続けるかもしれない。そうなればややこしい。「七転び七置き」ということになるか。松尾橋の下は渡月橋ほどに景観問題はうるさくないから、おそらくこの倒木は放置される。ムーギョへの途上、信号待ちで振り返りながらこの4枚目の写真の光景をよく見る。そして倒れた木が気になる。元どおりにするにはたくさんの人が栗出す必要がある。あるいはブルドーザー1台で充分か。中ノ島公園の桜はそのようにして元どおりにされた。同じ木でも扱いがえらく違う。これが栗の木なら、何人か誘って立て直してもいい。

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by uuuzen | 2013-10-29 23:58 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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