●嵐山中ノ島復旧、その7
内は直撃せず、東海、関東を舐めるように北上して行きそうな台風26号だ。先月の台風18号からちょうど1か月ぶりだ。不謹慎だが、台風18号で浸水した地域の人たちは胸を撫で下ろしているだろう。



10年ぶりの規模というから、京都を直撃していれば、18号の時のような被害では済まなかったかもしれない。うまい具合にと言うべきか、ほとんど同じコースを行く台風は同じ秋に二度はないような気がする。18号で被害を受けた京都の嵐山はこれ以上はないというスピードで復旧がなされ、中ノ島公園は9割方は元通りになった。残り1割は渡月橋の被害、多少残っている漂流物、そして中ノ島下流の護岸工事だ。今日は昼間は雨風がまだひどくなく、中ノ島に行って変化を調べた。まず、中ノ島橋をわたってすぐ正面にある大きなトイレの建物は、まだ下流側に臨時トイレが設置されているが、黄色いテープを巡らせての立ち入り禁止状態ではなくなっていた。そう思って見ていると、男性が用を済まして中から出て来た。他に3か所のトイレがあるが、どれも修復は終わったのではないだろうか。これで紅葉の季節になっても観光客は困ることはない。残るは見映えで、渡月橋は上流に面した一部の木材が破損されたままになっているので、その工事をする必要がある。今日改めて見ると、コンクリートに木材を打ちつけてあり、そのコンクリートは被害がないので、大工が1日で仕事を終えられるのではないかと思う。ただし、橋の欄干に届くほどの高い足場を川底から建てる必要がある。それを含むと1週間弱といったところか。その工事の前にまず被害の程度を調べねばならない。その回覧用チラシを先日の小学校での体育祭で受け取った。調査会社が20日から月末まで、渡月橋と同小橋の全体を調べる。その後に修復業者の選定、そして工事に入るはずで、調査の結果、大した被害がないとなれば、紅葉を求める観光客が押しる11月下旬までに工事は終わるかもしれない。その工費は市にとってはよけいな、臨時の出費で、普段から蓄えがなければならない。これを家庭に置き換えると、貯金がなければ、家の内外は荒れたままとなる。高齢者が住む家はよくそんなことになっている。どうせ間もなく死ぬのであるから、新品同様になるまで手を入れる必要がないとも言えるが、本人たちは経済的余裕があればきれいにしたいと思っている。そこで思うのは、借家の方が気が楽かもしれないことだ。昔は大阪のような都会だけかもしれないが、借家が多かった。それがいつの間にか持家主義がいいと喧伝され、銀行ローンに追われてそれで一生の大半を過ごすような時代になった。ローンが終われば家は修復する必要があり、また金をかけねばならない。家に振り回されて大概の人は一生を終える。銀行と保険屋、工務店だけがいつまでも恵比須顔だ。

 渡月橋の上流側欄干下部が台風18号に伴う洪水でどのような被害を受けたかは、今日の最初の写真で示しておく。合成パノラマ写真であるから、いつものように写真をクリックすると別画面で拡大画像が現われる。これは9月23日の夕方近くに撮った。ひどい状態であることがわかるが、その4日後に撮った2枚目の写真からは、橋より5メートルほど上流に設置されているコンクリート製の柱に絡まっていた草木などが除去されていることがわかる。今日も同じ場所に立ったところ、この2枚目の写真と同じ状態で、上流から流れて来た草木やゴミは撤去したので。川底に関しては元の状態に戻したということだ。ただし、今日はカメラの電池切れのために撮影出来なかったが、渡月橋下流50メートルほどの中ノ島に接した川底には、何に使うのか、赤い金属のダルマ・ストーブ型の機器が等間隔に3つ、壊れたまま横倒しになっている。そこまで川岸から真下へ1.2メートルほどなので、飛び降りて調べることが出来ないでもない。上流から流されて来たにしてはあまりに等間隔にぴたりと川岸に接して倒れている。何かの観測機器のようにも見えるが、ひょっとすれば夜間の照明か。ともかく、洪水以前には気づかなかったものだが、筆者が知らないだけで、以前から同じ場所にあったものかもしれない。壊れた状態のままであるから、いずれ修理されると思うが、上流から流れて来て持ち主不明の物であれば、ゴミとして処分される。ところが、川底の清掃は終わったのに、撤去されないことは、持ち主や用途がわかっているのかもしれない。謎の物体であるだけに気になる。また、上流から流れて来た持ち主不明の物であるかどうかだが、特殊でまた目立つ色合いと形であるから、持ち主が知らないはずはない。それを黙っているのだとすれば、撤去するのに手間がかかるので、役所が処分するのを待っているのかもしれない。そんなことをいろいろ考えながら、中ノ島の修復は細部まで手が回っていないことを実感した。
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 これも細部かもしれないが、何とかクラブが設置した石製の方位盤は、今日見ると元通りになっていた。その写真を3枚目に載せる。これを「○は○か、その4」に使うことも考えたが、その投稿では写真が多くなる。それで今日の投稿を「嵐山中ノ島復旧、その7」に決めた。昼からあいにく雨であったので、方位盤の表示部分は水滴で見えない。以前は黒っぽい銅板であったと思うが、記憶違いかもしれない。周囲には東西南北があり、内部の円形には渡月橋が描かれたイラストで、この方位盤の位置から周囲を見た景色となっている。「桂川の反乱後」に載せた写真では、土台の上流側に上向きに落ちていた。その後見当たらなかったのは、修復工場に移したためで、1か月ほど経って元の場所に帰って来た。土台は多少の欠けが生じたが、この方位盤を嵌めれば見えなくなった。また、方位盤も傷を負ったと思うが、今日見た限りではそれはなかった。石の欠けは修復が困難なはずであるから、無傷であったのだろう。わずかな傷を嫌って作り直すことはもったいない。筆者なら、方位盤に大きな欠けが生じたとしても、その傷をそのままにし、傷の脇に「この傷は2013年の台風18号に伴う桂川の洪水の際に負ったものです」と彫らせ、白色をそこに埋めさせる。それはともかく、方位盤も元の姿となり、被害の痕跡が見えなくなりつつある。今日も嵐山は人がたくさんいて、渡月橋で写真を撮る姿は途切れることがなかった。昨日自治会内のFさんと小1時間ほど話をしたところ、「花筏」の女将はTVで顔がよく知られ、客からは一緒に記念撮影を求められるようになったらしい。また、「花筏」の名前は先代の社長時代に新たにつけたもので、それ以前は「嵐山観光旅館」という、普通名詞のような名前であったという。そう言えばそうだ。筆者が嵐山に転居して来た30年前はそうであった。「花筏」になってからまだ20年ほどではないだろうか。Fさんとはまた渡月橋の下の堆積土砂の話をした。文書を依頼されている筆者は、筋道を立てて動かねば、面倒なことになる恐れを思っているので、そのことを伝えた。用意周到に、そしてあまり手間と経費をかけずに事を運びたい。それは筆者に一任されている格好で、今月中に文章をまとめるつもりでいる。一任というのは、Fさんからのみであって、他の人はほとんど誰も知らない。であるから、まず自治会の住民に今どういう問題があって、それがどういう協議を重ねて来た結果、国土交通省からどういう意見が出ているかを知ってもらう。本番の動きはその後だ。そのため、文書を整えても、それ一回では終わらない。今午後11時半で、1か月前の夜と同じように雨が降っている。関東の被害が大きくなければいいが。
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by uuuzen | 2013-10-15 23:34 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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