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●嵐山中ノ島復旧、その4
が濃く色づく頃で、半袖では少し肌寒く感じるようになって来た。中ノ島の復旧具合が気になって今日も出かけた。昨日と全く同じ時刻で、4時45分に家を出た。2,3分で桂川が見える。



●嵐山中ノ島復旧、その4_d0053294_064597.jpg中ノ島公園の縦半分がオレンジ色の細い杭に通されたロープによって立ち入り禁止になっていたのが、今日はその範囲が著しく狭くなった。下流側の一部のみで、大きな砕石を金網に詰めた袋が並べられている。その上にコンクリートを流すのだろう。すっかり流された細かい砕石を敷き詰めた広々とした川岸は元通りになって、砕石が真新しいので、新調そのままの光景だ。これで一番目立つ箇所は復元され、大勢の人がやって来ても台風の爪痕がほとんどわからない。今日は中ノ島を最下流から上流の先端まで歩いてたくさん写真を撮った。1日では全部紹介し切れない。今日撮ったものを明日や明後日に載せるのは気が引けるので、同じ角度で撮り直そうかと思っている。だが、今日は今日だけの作業などの状況があるので、写真を没にするのはもったいない。それはさておき、今日は最下流付近の写真を数枚使う。何と言っても、まだそこは工事中の柵があって、復旧途上だ。それらの柵が取り払われれば工事も終わりだが、あちこち綻びは残っている。ただし、それらは役所がやるべきことではないのだろう。民間がかつてやったことは、民間が直さねばならない。そして、それらの工事まで全部終わるのはやはり来年までかかるかもしれない。あるいは、ごくわずかの被害なので、そのまま放置される可能性もある。そういったことはたぶん筆者しか注視せず、また紹介しないだろう。そのため、完全に嵐山が元の姿を取り戻したと喧伝された後、その細部の被害がどうなくなっているのか、そのままなのかを紹介する予定でいる。それにしても嵐山というだけあって、復旧の速度がとても速い。京都へ来る観光客のほとんどは清水寺と金閣寺、それに嵐山の3か所を訪れる。それだけ地元の商店にお金も落ちるから、洪水の被害を一時でも早く見えなくせねばならない。ということは、同じ桂川流域でも、もっと下流では流木などの後始末はずっと遅れるか、そのまま放置されるかもしれない。放置したところで、また大雨が降れば下流に流され、やがて海の底に行き着く。それならお金がかからないで済む。迷惑なのは下流流域の人々と、海の生物だ。
●嵐山中ノ島復旧、その4_d0053294_20031686.jpg
 そのことで思い出すのが福島原発だ。ここ2,3日、筆者はまた原発関連の記事をネットで調べて何時間も過ごした。だが、知りたい最新情報がない。悲観的な意見と楽観的な意見が混じり、また当然政府は後者で、それに賛同する研究者も多い。嵐山の観光地が浸水すると10日でほとんど元通りにされるのに、2年半前の巨大地震の被害はそれこそあまりにも巨大で、どこからどう手をつけていいのやら、誰もが途方に暮れている感がある。それで何もかも中途半端なままで、震災前の姿を取り戻すのがいつのことやら誰にもわからない。それどころか、もう福島県を捨て去って、全員他県に移住すべしという意見もある。もっとも、それは放射能の恐怖からだ。この放射能の影響がよくわからない。目に見えないことをいいことに、誰もがその恐怖を実感出来ないでいる。いくら計測して数値が異常であっても、「それで?」といった反応だ。チェルノブイリでは自己から5年後くらいから特に子どもたちに異常が多く見つかるようになった。福島原発事故ではその半分過ぎた段階で、もう2年半の余裕がある。問題はそれからだ。まず、甲状腺癌の報告が目立って増えるだろう。医師や放射能の研究家たちの中には、福島原発事故との因果関係がわからないと発言する者がきっといる。はははは、因果関係がないなどいい加減なもので、どうにでもこじつけることが出来る。因果関係が現代の拙過ぎる科学ではわからないのがあたりまえで、疑わしきは罰せずの考えからすれば、原発事故によって数年後に癌が多く発症するという経験知からして、患者全員に保障すべきなのは論じるまでもない。だが、「絶対に」そうはならない。ザッパがよく問題にした、「誰が支払うのか」という最大の問題が日本でも常に最初に考えられる。これはまず「誰も支払いたくはない」から、被害者はたいていは泣き寝入りだ。戦争の被害者といった、問題が大きいほどにそうなる。福島原発事故は戦後最大の保障問題でもある。あらゆる場面で、被害者は救われないだろう。それどころか、復旧特需を狙って金儲けを企む者が政界や財界にうようよいるだろう。人間は共食いをしないと言われるが、すべての動物の中で最も残酷で、また共食いするのは人間と言ってもよいほどだ。
●嵐山中ノ島復旧、その4_d0053294_074317.jpg
 2年半先から原発事故の放射能の影響が顕著になるとして、その被害がどこまで広がるのか。そのことについて予測した記事がないでもないが、チェルノブイリよりましと言う人もあれば、かえって深刻ではないかと考える人もあって、現段階では何が正しいのかわからない。東京も放射能がたくさん降り積もって危ないと発言した有名な評論家がいるが、それは本当だろうか。そうだとすれば、東京オリンピックを開催するなど、あまりの狂気だ。東京が危ないのであれば政治家はみな逃げているから、東京は放射能の心配を全くする必要がないと言う人もある。それに先日は福島の海でまた漁が始まって、獲れた魚からは放射能が検出されなかったとあった。このニュースが真実であれば喜ばしいが、一方では「そんな馬鹿な」という気が拭えない。放射能は確かに海に流れ出ているが、海は巨大であるから、福島原発程度の放射能は充分に希釈してくれるというのが、楽観的な人たちの思いで、今のところはそれが正しいことになっている。ならば、なぜ汚染水の漏れをそれほど気にするのかと思う。こっそり夜間に海に流しても、魚に影響がないならば、それを食べる人間にも無害ではないか。また、現実には地下水に混じって放射能の海への流出は止まらないが、それでも獲れる魚は安全だと言う。全くわけがわからない。魚や農作物など、口に入るものはみな放射能の検査をし、安全が確認出来たものだけを市場に出しているというが、これもどの程度の検査か一般人にはさっぱりわからない。安全そうなところのほんの微々たるサンプルの検査だけ、またすべての放射能ではなく、適当に2,3のものだけを調べていないとも限らない。いや、「絶対に」そうだろう。すべてのものをどのように調べられるか。色も臭いもしない放射能はまったく便利で、検査などしてもしなくても誰にもわからない。そうして少しずつ体内に蓄積して被曝する。やがて癌になっても、「福島原発との因果関係がわからない」の一言で相手にされない。ま、日本に住む全員がそうであれば、誰も文句の言いようがない。そんな諦めが2年半以降には蔓延するのではないか。実際、諦めるしか方法がない。体内に溜まってしまった放射能をどう吐き出せるというのか。
●嵐山中ノ島復旧、その4_d0053294_073716.jpg 山から掃き出された岩石や草木は川の流れに乗っていつか大洋に行き着く。そうでないものは中洲を作って、そこが畑になったり、また茶店が並んで人々が憩う場になる。わが自治会が属する自治連合会が出来て10周年記念の記念冊子がある。ある人から借りた。今年40周年であるから、この冊子は筆者が嵐山に引っ越して来た時に製作された。40周年は切りがあまりよくないので、今年は大きな記念事業はない。10年後の50周年記念が節目となる。その際にまた記念誌が作られるだろうが、10周年記念を元にそれを膨らませたものになるに違いない。10周年記念誌を見ると、中ノ島が現在のような姿になったのは明治40年頃とある。当時石ころだらけで、近くの農家の人はサツマイモを植えていた。明治40年頃から桜や松の木が植えられ、小学校の運動会が開かれたそうだ。この小学校は苔寺の近くに今もあるもので、当時わが自治連合会内に学校はなかった。「中の島公園は後にカフェーの店が開店し、歓楽地として脚光をあびるようになる。夏には赤もうせんを引き、夕涼みをしながらアユを食べたと云われている。芝居小屋や映画会なども行なわれたと記録にある」。中ノ島は右京区に属する。だが、西京区により近く、数軒並ぶ料理屋や茶店には西京区の住民による経営もある。中ノ島が右京区であることが、渡月橋下の堆積土砂の浚渫問題にややこしさを投げかけているところがあるように筆者は思う。桂川は右京区と西京区を分けている。これは先日書いた和歌山と奈良県の間を流れる吉野川と問題は似ているのではないか。右京区の嵯峨地域の方が、西京区の嵐山地域よりも面積が大きく、人口も多い。それに歴史もある。そのため、桂川の問題は右京区側がリードしやすいし、事実そのようにして国土交通省との協議も進んで来ている。そこで西京区側がどのように住民の問題意識が高く、また意見が一致しているかとなると、川底の浚渫が問題になっていることすら知らない人が大半で、先週の洪水の被害にしても、ごく一部のわが自治会内の最北地帯だけのこととして危機感がないように見える。それではまずいのではないかという意見をようやく先週の台風はもたらしてくれたようでもあって、自治連合会発足50周年となる10年後には、右京区側と協力した結果、地元住民が納得行く形で、桂川の氾濫については問題がひとまず決着し、それなりに工事も終わっているのではないか。放射能の問題と同じく、何事も楽観的に思いたいのが平均的な人間ではないだろうか。今日の最初の写真は、中ノ島の最下流から下流を眺めたもので、2枚目は同じ場所から180度反対を向いて撮った。左に中ノ島橋、右奥に渡月橋が見える。3枚目は少し上流。左に修理中のトイレ。その前に仮設トイレが見える。4、5枚目は説明が不要だが、5枚目は手前にベンチがあった跡が見える。ボルトがむき出しになっていて、つまづく恐れがある。
●嵐山中ノ島復旧、その4_d0053294_20101802.jpg

by uuuzen | 2013-09-27 23:59 | ●駅前の変化
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