●桂川の反乱後
序正しい状態は見ていて気持ちよい。筆者はそんな思いを抱く世代で、これは学校教育に深く関係しているだろう。小学生の朝礼や体育の授業で、「前へならえ」の号令があると、両手を前に突き出して、朝礼台の上の先生から見て、隊列がきれいな一直線になっていなければ、注意されたものだ。




その様子は列を作る個人にはわからないから、ひたすらすぐ前の者の肩幅に両手を広げて、「これで真っ直ぐになっているだろう」と思うしかなかった。この前の者に倣う習性を義務教育で徹底して叩き込まれたことが幸福であったか、不幸であったのか、今頃になって自問してみる。きれいに列を作ることの出来ない児童は愚鈍とみなされたし、中学生になってそんなことをあえてする者は、今で言う反抗期ということで大目には見られず、「不良」の烙印を押されて、本人はますますぐれた。前の者にきちんと倣っておけば、全体がひとつになって「和」を生み出し、それは美しいと考えられた。東京オリンピックの日本選手団の入場行進がその最も象徴的な例だ。それから20年ほどか、詰襟の学生服ははやらなくなったが、それを着用する者はことごとく、詰襟をわざと外して着た。これは筆者が中学生の頃は「不良」の印で、そんなことをする生徒はクラスにほとんどいなかった。決められた着用方法がある服は、そのとおりに着てこそ美しいという思いをまだ誰もが強要していた。そういう時代に育った筆者は、今でも詰襟の学生服を、襟のホックを外して着ている者を見るのは好きでない。また、よりラフな時代になったのであれば、詰襟は廃止すればよい。実際そのように時代は進んでブレザーを制服にする学校が著しく増えた。これなら襟が窮屈でなくてよいという親心だ。だが、そうなったらなったで、今度はネクタイの結び方をだらしなくしたりするなど、相変わらず崩して着用する者が出て来る。中学生や高校生が親や学校に反抗する理由はわからないでもないが、制服くらいで規則を破っても筆者にはそれは子どもじみて見える。本当の反抗は、先生や親たちを唸らせるほどに感心させればよいではないか。そんなことはいくらでも見つけられるだろう。
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 それはさておき、「前へならえ」の号令にきわめて忠実で、それを疑うことを知らなかった筆者は、大人になってなぜこうも整理整頓が下手なのかと思う。今頃になって小学生に身についた習性に対して反抗しているのだろうか。逆に、当時「前へならえ」に反抗していた者が、今はきれい好きになって、周囲にもそれを熱心に薦めていることもあるだろう。こうなると、学校教育はあまり意味がないように思う。昭和30年代の日本の精神として、「前へならえ」の号令によって、全員がきれいな隊列を組んで、一糸乱れないことを美徳と考えたとして、その後それに代わってどういう集団の行為が美しいこととされているのだろう。そして、制服をきちんと着るといったことはどうでもよい些末なこととみなされたのはいいことなのだろうか。そういう小さなことをきちんとすることによって大きなことを美しく実行出来るという考えが昔は支配的で学校でもそう教えられたが、今はそんな小さなことに執着するのは時間の無駄で、大きなことはそんなことを無視するからこそ出来ると主張する人もあるだろう。そして、その考えの方が大勢を占めている。これは「自由」を尊重して来たからだ。集団生活であっても、可能な限り、どうでもいいことには目をつぶるという考えだ。ところで、個人が自己責任のもと、自由に動くことはいいとして、公共の場の秩序という問題がある。そんな場所であっても、自由をはき違えて、スプレー缶で落書きをする若者が世界中にいるが、これは誰かが最初にやったことの「前へならえ」で、ある意味、秩序を重視する態度だ。別の言葉で言えば、没個性だ。確かにそうした落書きをする者は自分だけのサインを持っていて、その点では個性があるが、高度な創造とは言えないことは誰でも同意するだろう。話を戻すと、公共の場の秩序は国柄がある。同じ国の中でも地方色がある。昔の日本はそうであった。それがJRの駅舎や駅前に代表されるように、日本全国金太郎飴化して、没個性になった。人間の作るものは結局「前へならえ」の習性に染まると見える。それを妨げるのは自然の地勢だ。たとえば京都の嵐山は、そこにしかない山と川の共鳴した姿があるとされる。山の植生や川の治水は長年かかって人間が作り上げ、また変えて行くものだが、それはいわば表面的な化粧で、嵐山はどこかから土砂を運んで盛り上げた人工山ではない。もともとある地勢を利用し、それをより美しく感じるように、植林や治水工事が行なわれ、また周辺の店や住宅も規制を受ける。そういうところに、「おれは「前へならえ」はいやなので、店の屋根を黄色に塗ってやる」と自己主張しても認められない。社会の秩序にはそういうところがある。それを理解しない馬鹿頭が昨今は急増しているようだが、その話は今日はやめておく。

 さて、昨日で地元嵐山を襲った桂川の増水の話はやめておこうと思ったが、今日水が引いた現場を見て考えが変わった。そう思いつつも、きれいな姿の嵐山の写真を載せるのは気分がよいのに、流木が散乱し、見る影のなくなった嵐山公園の姿を撮影し、それをブログに載せることは、美しくないものを見せる行為であるから、どう工夫しても美しい行為とは言えないなと迷った。それで、中ノ島に並ぶ料亭、食堂、お土産店の後片づけの様子は一切撮影せず、自然の脅威を示すものとして、河川敷の現況だけを撮ることにした。中ノ島にある店舗はみな浸水し、中は泥まみれになって、営業再開までには早くて2週間はかかるのではないか。汚れた什器や使い物にならない畳や襖の堆積を見ると、心が痛む。わが家のすぐ近くでそんな被害があったことは、にわかには信じ難いが、2年半前の大地震や津波の被害でもことは同じで、家がすっかり流された人があると思えば、ほんの数メートルの差でそれが免れた家庭もある。また、昨日の朝、中ノ島が濁流の中で孤立し、各店がどのように浸水しているかはおおよそ想像したが、今日歩いて思ったのは、想像を越えた傷跡だ。それを実感したことが今日の投稿を決心させた。また、昨日に続いて朝から各地から電話が鳴り続け、筆者のことを気遣ってくれる人がいることを改めて思い、嵐山の今日の様子を紹介しておく方がよいと判断した。忘れないうちに書いておくと、昨日は「中の島」と表記し、今日は「中ノ島」にしているが、通称太鼓橋を今日わたりながら、橋柱に「中ノ島橋」と刻まれていることに気づいた。どうやら「中ノ島」が正しいようだ。ついでながら、大阪は「中之島」で、これは図書館名の表記で覚えている。今日の最初の写真は昨日投稿しなかったパノラマで、中ノ島の最下流部を望遠で捉えた。いつものようにクリックで拡大する。この3枚続きの写真のうち、最左に見えるベンチのもうひとつ向かって左手のベンチに1か月ほど前、夜に家内と座った。そのベンチは濁流に流されてどこへ行ったのはわからない。写真中央左寄りに東屋が見える。今日はその前に行って下流側を向いて1枚撮った。それが2枚目だ。夕焼けがきれいで、満月に近い月も写真右上に出ていた。どの写真も午後6時10分頃で、やはり写真を撮っておこうと思い直して、家に戻り、すぐに出かけた。もう20分遅いと、暗くなってうまく写らなかった。
d0053294_0481451.jpg 東屋が流されなかったのはよかった。また2枚目の写真では東屋の背後に「日中不再戦」の大きな石碑が見える。これも無事だ。この石碑は最初の写真では松の幹と紛らわしくなっているものの、直立した横向きの全体像が見えている。ついでながら、2枚目の写真の山並みは、東山で、最も高く見えるのが比叡山だ。中ノ島にはトイレが3か所ほどあるが、東屋に近い大きなトイレは使用不可能になっていた。尿意を覚えたので、帰宅しようかと迷いながら渡月橋に向かうと、店が立ち並ぶ間のトイレは電灯が点っていた。そこは使用出来そうで、用を足したが、手洗いの水が流れなかった。渡月橋一帯のこうした被害を復旧するのにどれくらいの費用がかかるのだろう。先ほどのニュースでは市長が中ノ島の料亭を訪れて慰労の言葉をかけていた。筆者がその店の前を今日歩いた時、NHKのTV斑が5人ほどいて、若い男性アナウンサーが現場報告をしていた。ちょうどその背後を筆者は通り過ぎたので、カメラにちらりと映り込んだと思う。渡月橋のすぐ下流の河川敷にはTV各局の中継トラックが数台停まっていた。また、今朝もヘリコプターが3,4時間旋回していて、その映像もTVでは流れたであろう。「花筏」の玄関前に巨大なクレーン車が停止していて、渡月小橋の歩道上に大勢の人がそっちの方を向きながら、写真を撮っていた。筆者は10分ほど見続けたが、そのクレーンが何をするためにやって来たのかついにわからなかった。小橋の上流側右岸に大きなボートが逆さになってへばりついていて、それをまともな形に戻すために呼ばれたのかもしれない。今日の2枚目以降の写真は、全部中ノ島の立ち入り禁止の区域で撮った。ぽつぽつと同じようにしている人を見かけたし、また足元に注意すれば、立ち入っても問題はない。他人の価値ある財産のようなものはなく、見るのはひたすら流木で、そのほかは倒壊した電灯や、深くえぐれた樹木跡、そして何より驚いたのは、水辺に近い区域の砂がすっかりなくなって、基礎の大きな石が丸見えになっていることだ。その様子は3枚目以降の写真でわかる。3枚目の横長写真もクリックで拡大するが、遠くに渡月橋を臨む。5枚目の写真は、河川敷にあった嵐山を起点にした各名所指示板の倒壊を捉えた。これは10年ほど前か、地元のライオンズ・クラブないしロータリー・クラブの有志が建てた。3枚目の写真に見えるが、彼らは桜の若木も植えた。近くで見ると、それらはみな根が露わになっていたので、たぶん全部処分されるだろう。この名所指示板は、筆者はなくてもいいものに思えた。だが、設置者にすれば大金を投じたもので愛着があろう。早速訪れて、被害を確認し、「処分しないでください」と書いたテープを分解された基礎石などに貼りつけていた。元通りの場所に設置されるかどうか、注目したい。前述の桜の苗木が植えられたと同時に、「ライオンズ・クラブ寄贈」の石柱が目立つ場所に建てられたが、これは流されたようだ。寄贈行為は立派だが、費用をかけて石碑を立てるのであれば、自分たちの名誉を誇示せず、嵐山に因む短歌や俳句の碑の方がいいのではないか。だが、金持ちはそんな無駄はしない。しっかりと自分たちの寄贈を誰にもわかる方法でやる。
d0053294_0472249.jpg 5,6枚目の写真は、中ノ島の桂川寄りで、河川敷である嵐山公園の東半分だ。この地帯は、川辺に向かってなだらかな坂になっている。その坂部分はコンクリートで玉石が固められ、昨日の洪水による剥落や陥没の被害はなかった。ひどいのは坂に続く平地で、そこがそぞろ歩きに楽しい広々とした細かい砂利を敷き詰めた場所であったことは写真からはわからない。そこは国土交通省が築いたものだろう。コンクリートでまず仕切りを作り、いわばそれらの地下の各部屋に大きな玉式を敷き詰め、その上に金網を被せた後、土を被せ、そして最後に細かく粉砕した砂利を敷き詰めて平地にした。昨日の濁流に土と粉砕砂利はすべて飲み込まれたが、コンクリートの仕切り壁はあまり傷んでいないようで、復旧は早いだろう。ただし、元通りの姿にひとまずするにしても、今回の浸水被害によって、地元住民からまた川底の堆積土砂の浚渫を求める声が強くなると予想される。国土交通省は、先ほどのTVが伝えていたように、その方法では渡月橋の橋脚が露出し、景観が悪くなると語っている。そして、代わりの案として、5,6枚目に見えるコンクリートで仕切った区画すべてを川底にしようとしている。その方法ではなだらかな坂はなくなり、垂直の岸辺になる。それに嵐山公園は面積が半減する。新たなそうした秩序によって、住民が浸水被害を受けないようにするというのだが、川幅を広げても土砂は溜まり続けるから、やがてまた別の方策が必要になるだろう。そのようにして、秩序を変えて行くのも仕方がない。3枚目の写真中央に姿が見えるように、早くも測量士が訪れていた。一方、この区画に接する店側に近い植え込み沿いに、トラックが土を運んで応急の道を作っていた。渡月橋の上流まで行ってみたところ、流木の多さは同様で、また渡月橋の欄干下の裳裾に当たる板は、冠水がひどかった右岸側が流木の激突によって粉砕されていて、この修復にも費用を要する。嵯峨側は浸水がもっとひどかったと聞いたが、今日はそこに行かなかった。こういう騒然とした光景は東北の大震災では何万倍もの規模で眼前に出現した。それを思い出すと、また落ち込む気がして来る。そう言えば午後7時頃にいわきのTさんからお電話があった。半年ぶりに話す。しばらく話をしたが、最後にTさんは明日どうなるかわからないと二度発言した。日本中どこにいても絶対安全はないという意味で、同じ言葉は今日同じ町内の人と長らく立ち話をした中でも出た。昨夜のTVはそれを「漠とした不安」と、まるで芥川龍之介の言葉そのままを用いて表現していたが、どんなに経済的発展が著しい時代でも見方によってはそうだろう。将来は漠然として誰にもわからない。そのために人間は眼前に秩序を本能的に求める。そうすれば、少しでも自然の反乱に対抗出来ると思っているのだろう。科学は秩序であって、それを見つけることでもある。そのためにも、「数十年に一度の規模」とった表現をするが、そんなことを言いながら、毎年観測史上最高の気温を更新し、科学の不充分さを認識する。
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by uuuzen | 2013-09-17 22:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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