隧道という言葉の方が趣があってよい。「トンネル」は豚が寝るかと子どもの頃に思ったものだが、中学生になってそれが「tunnel」という綴りで、「タネル」と発音することを知って、なおさら豚が寝ることを連想させる「トンネル」が漫画じみた言葉に感じられた。
トンネルの両方の出入り口の上部、つまりアーチの中央頂部によくトンネルの名前を記した銘板が貼られていて、そこには「○○隧道」と書かれていることが多いように思う。重みがあってよいが、「隧」は難しい漢字で、何となく厳めしく、そのことがトンネル内部の暗さと相まって中に入ることを尻込みさせるところがあり、「○○トンネル」と書いている場合もあるかもしれない。何でも軽さが歓迎される時代で、トンネルは「トンネルズ」というお笑い芸人にも使われている。これが「隧道ズ」ならば人気が出たであろうか。そんな前置きはさておき、桜並木が道の両側から迫り、満開時にはトンネル状を呈していた場所があった。昨日最後に載せたパノラマ写真の右手に延びる道だ。写真では桜ではない、濃い緑色の樹木が見え、桜は奥に延びる道の手前で途切れている。だが、そうなったのはこの20年ほどだ。20年前はずっと奥まで桜の老木が連なって見事であった。それらが枯れるままにされたのは、桜の根が桂川の河川敷の堤を脆くするという理由だ。川沿いの土手の桜は景観としては全く歓迎されるべきものだが、河川管理からすれば好ましくない植物とのことだ。もし洪水があって土手が決壊すれば、それは桜を長年植えていたことによる地盤の軟弱化ということにされる。桜が本当に地盤を弱くするのかどうか、筆者はどこまでそれが事実かは知らないが、少なくとも嵐山を見る限り、土手に植わる桜はなくなる一方だ。なくなってもこれ幸いとばかりに代わりの苗木を植えない。20年前、筆者は嵐山のこの桂川右岸の土手沿いの桜隧道を、上を向いて歩くことが毎年楽しみであった。今でもところどころに生えてはいるが、昔の比ではない。
自治連合会の会合でこの土手に植わる桜がなぜ枯れた後に植樹されないかが話題になった。岸辺の地盤を弱くするという話をその時に聞いた。筆者がその時思ったのは、桂川の流れから100メートルほどは離れた土手であり、その土手を決壊させるほどの洪水は1万年に一度くらいしかないのではないかという疑問だ。これは河川を管理する土木事務所に問い合わせなければならないが、数百年に一度の大雨程度で溢れることはない気がする。それでも桜が悪者にされるのは、そのもしものことが起こった場合、誰が責任を取るかだ。もともと誰も責任を取らない国であるから、土手が決壊する可能性を恐れるより毎年見事な桜を楽しんだ方がいいと思うが、何事も「花より団子」主義であって、洪水に財産を奪われる方を問題視する。わが家は渡月橋からさほど遠くない場所にあり、また桂川の土手からかなり低い土地なので、土手が決壊するとたぶん2階あたりまで水が浸かる。それを思って大切なものは3階に置いてあるが、この30年、土手が決壊したことはない。ただし、松尾に近い下流ではごく一部がそうなったことはあるそうだ。そういう事例があるので、桂川の氾濫を懸念し、土手の桜も枯れればそのままにしておかれている。話のついでに書いておくと、渡月橋のすぐ下流には毎年大量の土砂が溜まる。これを観光客の少ない2月頃にブルドーザーで取り除くことが毎年行なわれているようだが、それでも追いつかないほどの量で、その土の上に草やちょっとした木までが生えている。それが景観的によくなく、また川の断面積を小さくして洪水の可能性を増しているという理由で、川幅を広げればどうかという考えが国土交通省から出ているようだ。その方法は3つほどあって、それを3月の年度末総会で聞かされた。そのひとつは右岸の嵐山公園を半分ほど削って川にしてしまうというもので、そうなれば10年ほど前に植樹された桜が全部なくなるし、また渡月橋を臨む広々とした景観が台無しになる。ところが「花より団子」であって、財産を守るためには景色などどうでもよいだ。
昨日のもう1枚のパノラマ写真について書いておく。写真に小さく透明のビニール傘を被った下校中の児童が見える。わが自治会内に住むかわいらしい女の子で、バレエを習っている。一昨日の最後から2枚目の写真の左端にも彼女は写っている。つまり、その写真を撮った直後に昨日のパノラマ写真を撮影し、2枚のパノラマ写真は同じ場所に立って左右に分けた。2枚のパノラマ写真は少しだけだぶりがある。駐車禁止の道路標識で白いポールが画面右端と、もう1枚には左端に見える。また左端に見えるパノラマ写真には写っているが、そのポールのすぐ右手に桂川がS字型に蛇行する様子を横向きに描いた広域避難場所を示した看板が見える。これは現在もあるが、温泉施設の建設に伴う道路拡幅工事のために、場所が少し上流側に移動した。その様子はいずれこのカテゴリーで紹介する。それはともかく、この2枚のパノラマ写真を撮った立ち位置は、一昨日投稿した前述の女子が写る1枚を撮ったのと同じ場所で、この地点は測量に使われる半永久的に移動されない場所で、温泉の建物をちょうど真横から眺めることになり、筆者は現在も定点撮影を続けている。それはともかく、2枚のパノラマのうち、歩み去る女子が遠くに見える1枚は気に入っている。満開の桜であるのに雨が降り、観光客は来ない。そのため、桜を独り占めしている気分だ。そう言えばこれを撮った11日であったろうか、この撮影地点から20メートルほど離れたところで英語を話す中年女性に話しかけられた。笑顔を絶やさぬ気さくな人柄で、仲よくなりたいタイプであった。英語で印刷された地図を見せられ、どこが見どころかと訊かれたが、あいにく雨天ではどこも徒歩で行くには苦労する。それで界隈で桜を楽しむことを薦めた。話を戻して、傘を差す後ろ姿の女子は昨日の最初の写真もだ。見知らぬ人で、駅舎に向かっている。図らずも同じ日に傘差す後ろ姿の女性を満開の桜とともに撮ったが、雨で桜が急速に散ることを暗示しているような一抹のさびしさがあってよい。11日の桜の写真をここ3日間で投稿して来た。今日の4枚は一昨日の最後の写真とセットにすべきもので、いささか投稿順序を間違えた。5枚とも温泉が建つ場所での撮影で、今はほとんどがない惜別の桜だ。
さて、今日の本題というほどでもないが、昨日の続きを書いておく。自治会の規約で会長を含めた四役は2年の任期となった。本年度は筆者は副会長に収まり、今までの副会長、会計、監査の3名は自薦によって留任した。そのため、新会長を迎えて四役は5人体制となった。これは新会長に筆者がこの4年間行なったことをすべて委ねるのが無理と判断したからだ。規約には盛り込まなかったが、会長職を大きく三等分し、そのうち自治連合会の会合に年20回ほど出席することのみを新会長にお願いした。残る仕事はふたつに大別出来る。ひとつは年に50ほど作成する文書だ。もうひとつはそれを各組に配布することで、配布作業は市民しんぶんなど、全部で年に200点ほどある。これら三本柱の仕事のほかに自治会内の行事を統率し、また葬式への出席や臨時の相談などもある。それら全部を予め誰かに割り振ることは無理でもあるので、ひとまず文書作成は筆者、文書配布は監査がすることにした。もっとも、これは本年度限りだ。監査は数十年も同じ人が担当しているが、年に15分程度で終わる全く楽な仕事であるから、筆者はこの4年間、何度も当人にほかの仕事も引き受けてもらうように話し合いをした。そこでようやく文書配布をしてもらえるようになった。つまり、会長職を3人で分担することにした。こうすれば今後、誰でも会長を務めることは出来るだろうとの思いだ。逆に言えば筆者は3人分をひとりでやって来た。それはいいとして、新会長は50少し手前の男性で、働き盛りだ。2年の任期はとても無理で、1年であれば引き受けると言って譲らなかった。新会長を決めるために会合を開催し、その時にちょっとした事件があった。そのことをいずれこのカテゴリーに書くことがあるかもしれない。ともかく、せっかく規約で会長は2年の任期と決まったのに、それを覆す意見を新会長が固執する。そこで筆者は前会長に相談し、ひとまず特例として1年限りとして本年度をやってみようということになった。そこで筆者に降りかかったことは、規約の改正だ。各種委員は毎年交代する。空きとなる四役もこれと足並みを揃えるのはどうか。筆者は当初からそう思っていたが、過半数を得たのは2年の任期であった。2年では誰も会長を引き受けられないだろう。1年ならば仕方なしにでもまあいいかとなる。そこで筆者は本年度、また規約改正のために全員にアンケートを取り、無理にでも四役も1年交代とすることをねじ伏せねばならない。憲法ではないから、現実に即した形としていくらでも変えればよい。結局会長を辞したはいいが、実質的な会長と言ってよく、もう1年は波乱がありそうだ。