●嵐山駅前の変化、その260(桜の林、温泉)
われ過ぎかと思わないでもない。このブログのことで、冒頭の一字を二度使わないことや、毎日欠かさずしかも一回のみ投稿すること、またこのカテゴリーの写真を最も古くて1年前のものとするといった、自ら決めた制約を守りことに頑なになっているかもしれない。



他人に強制されていないので、いつでもそうした決め事はやめることが出来る。だが、決めたことはそう簡単に破らない方がいいという思いがある。それが頑固で、いいことばかりとは言えない。ところで、早速今日の話題に関しての枕だが、先日TVで日本の憲法の第96条が話題になっていることを知った。第96条は憲法の改正を行なうのに必要な議員の賛成が3分の2以上とするもので、自民党はこれを過半数に改正したがっている。過半数となれば、憲法がしょっちゅう変わる可能性が生じるとして、自民党の中でも反対議員がある。しょっちゅう変わってもかまわない。首相が毎年のように変わるのであるから、憲法もついでにそうしてもいいではないか。と、これは半ば冗談だが、憲法を変えようという動きはいよいよ活発化して来ているので、もう時間の問題だろう。現在の憲法のどこがよくないのか、あるいはいいのか、旧弊に囚われずに改めるべきところは改めてよい。日本は急速に少子高齢化に向かっている。昔のものが通用しないことは誰でも経験している。そこで、国の形がどうあるべきかは今大いに議論されるべきだ。とはいえ、憲法を変える必要があるのかどうか、変えればどうなるのかを、もっとわかりやすくマスメディアや政治家は意見すべきだろう。憲法を変えずとも、時代の激変に対応出来ればそれでいい。変える必要のないものを、年月がかなり経って古びたので変えようというのは、たとえば何でも建物と一緒のようなものと考えてはしまいか。それはともかく、第96条に謳われている「3分の2」を「過半数」に変えようという考えは、憲法改正の大きな第一歩で、そこをまずどうにかしておこうというのはいかにも自民党らしい。このニュースから、わが自治会の規約のことを思い出した。このカテゴリーは5か月ぶりに投稿し始めた。その間、筆者は自治会の規約作りをした。今日はそれについて少々書いておく。写真が5枚あって話が長くなりそうなので、まず写真について書いておくと、去年4月11日の撮影で、雨が降って観光客の姿は一気に見えなくなった。明日と明後日の投稿も同じ11日に撮った桜の写真を載せる。これほどたくさん撮ったのは、昨日も書いたように、林の西半分に温泉が建つことがわかっていたからで、そこに咲く最後の桜の満開であるからだ。
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 さて、わが自治会は本年度まで規約がなかった。また、これは1週間ほど前にたまたま見つけたが、20年ほど前の自治会の役員名簿がある。そこに並ぶ名前は、もう亡くなった人や、引っ越した人が多少混じるが、9割はまだお元気だ。ただし、20歳は老けているから、後期高齢者の仲間になった人が多い。もうひとつの特徴は、95パーセント、いやもっとか、ほぼ全員が古くから地元に住む人たちだ。つまり、新参者は含まれない。これは旧住民の好意からそうなっていたのか、あるいは非寛容ゆえか、なかなか微妙な問題だ。ひとつ言えるのは、20年前は旧来の住民らが集まって自治会を牽引していた事実で、それなりに自治会がよくまとまっていたことだ。これは自治連合会傘下の他の13の自治会とはかなり違う特質だ。それほどにわが自治会は自治連合会の属する14の自治会の中では歴史が最も古いという自負もあるのだろう。だが、連合会の役員から見れば、一自治会のみ異質であるという批判的な見方が出来る。そうであっても、わが自治会がそれなりに問題もなく機能しているのであれば、ほかの自治会や連合会からとやかく言われる筋合いはない。連合会に上納すべきお金だけ滞らせることがなければそれでよい。そのようにしてわが自治会はやって来た。ところが、4年前に筆者は前会長から会長になってほしいと言われ、それを引き受けた。その時言われたことは、「規約を作ってほしい」で、その前会長との約束を果たせば、会長を退くつもりでいた。そして規約を作るのに丸4年要し、ついに本年度は新会長を据えることに成功した。そして本年度は筆者は副会長に収まって彼を補佐する。本来ならば筆者が毎年やって来たことをそっくり新会長に引き継げばよいし、またそうあるべきだが、あまりの仕事量の多さで、筆者以外には無理だ。これは筆者の仕事処理能力が抜群という意味ではない。勤めに出ておらず、終日在宅しているので、時間のつごうがつきやすいという理由だ。つまり、暇は自由に見つけられると他人は思っているし、実際そうでもある。そうでもあるのは、収入仕事をほとんどしていないからだ。これは仕事をせずとも食って行ける優雅な身分ということではない。全くその逆で、お金がないならないで贅沢しないというだけのことだ。
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 規約を作るに当たって、まず自治会内部のことや会長職についてよく知らねばならなかった。そのために3年を要した。4年目に入った時、その1年の間に規約を作って会長を退こうと決めた。そのとおりに事を運んだが、そこには紆余曲折があり、また予期せぬ出来事にも見舞われた。筆者が会長をやめるには、絶対に次期会長を見つけねばならない。それは最初からわかっていた。それにふさわしい人物を見つけられないのであれば、おそらくもう10年は会長をずるずるとやる羽目になった。筆者は会長を心安く引き受けたが、当初はそういう者はひとりやふたりはいるだろうと高をくくっていた。それが間違いであることは最初の年にわかった。それどころか、前会長から口約束された会長の仕事は、実際ははるかに多かった。その最も難儀なことは、体育委員や少年補導委員など、各種委員を決めることだ。これを前会長は仲のよい旧住民に何年にもわたって連続担当してもらっていた。ほかにやる人がいなかったこともあるが、それは前会長がほかの人を説得して回ることを嫌ったからだ。頭を下げるのがいやというのでもないが、頭を下げてもまず断られるので、それなら仲のよい人に引き続き担当してもらうということで、同一人物が同一の委員として固定化して来た。それはそれで利点がある。毎年新たな人を見つけるのは大変であるし、同じ人が何年も担当すると要領がわかって職務が円滑に運ぶ。この各種委員のほかに組長が10数人いて、毎年変わる。わが自治会内には13の町があって、第1組から第13組と名づけられ、数字の若いほど古い町だ。各町すなわち各組からは毎年長が選ばれる。どの組でも輪番性だ。だいたい時計回りに隣りの世帯へと順に担当する。各種委員、組長とは別に会長、副会長、会計、監査の四役がいて、自治会の頂点は自治会長だ。筆者が会長を担当した最初の年、改革点を拾い出し、どれをどの順で改めて行くかを考えた。最初に手をつけたのは、組の整理だ。驚くことには、組には欠番があったり、また2世帯のみで構成される組もあれば、20軒もある組もあった。前者は2年ごとに同じ人が組長を担当しなければならないし、後者は20年に一度で済む。これはあまりに不公平だ。そこで組の再編を実行した。自治会の地図を作り、各組の範囲を明確に区分けする一方、どの組も約10軒程度になるようにした。ところが机上では簡単に町分けが線引き出来ても、それを住民に納得してもらうことは別問題だ。旧住民は結束力があるし、仲のよい隣り同士が別の組として新たに分離してしまうことを好まない。そこで、再編に際して対象になる全世帯を戸別訪問して説明し、理解を得た。もちろん反対や別案が出る。それらを全部勘案して、どうにか再編を終えた。
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 それは2年経った頃だ。そして、いよいよ規約を作ろうかという頃になって、また組の再編の必要性を思った。今度はごくわずかな移動だが、規約発効に際してより現実的となる再編を狙ってのことだ。こう書けばわかるだろう。規約運営の根幹は各組にあり、組長が各種役員を担当するという方法を考えた。それには各組がなるべく平等な世帯数になっているべきだ。せっかく決めた各組の範囲にまた手をつけ、それが完成したのは去年末、規約の完成と同じであった。組の再編を再度実施して完全に理想的な形に固定化したかと言えば、今後数年はそう言えるだろうが、10年後は無理だ。その理由は、少子高齢化だ。老夫婦だけの世帯はいずれ組長が担当出来なくなる。そして自治会を脱退したいと言うだろう。また、そのほかの理由でも組長の仕事が出来ない場合もある。話が前後するが、会長になって最も困ったことは、各種委員をどう決めるかだ。その仕事は最初前会長が引き続きやってくれるという約束であった。ところが、最初の年度末、それを決める頃になって、前会長は入院してしまった。そのため、筆者ひとりがどうにかしなければならない事態となった。各種委員は全部で10人だ。大半は毎年同じ人が担当していることは先に書いたが、筆者が会長になってからは、辞退者が増えた。それは会長が変わったので義理を果たす必要がなくなったという意味合いが多少は混じるだろうが、長年の担当で疲れたというのが実際のところだ。新しい各種委員の名前は3月末までに本部に届け出なければならない。筆者が会長を担当した初年度の終わり、3月半ばに決算総会を開いた。本来ならばその頃には委員は全部決まっているべきであるのに、まだ数人が見つからなかった。これを総会の席で訴えた。誰か引き受けてくれる人はいないかと藁をつかむ思いであったが、全員黙りこくる。それを見かねた旧住民のある人が、筆者が気の毒で、入院している副会長は仕方ないとして、会計や監査は何をしているかと大声で詰め寄った。それでも全員無言で、結局総会では埒が明かず、残りの日数で筆者が引き受けてくれそうな人に頼み込みに行くしかなかった。これが最も厄介な仕事であった。この空席となった各種委員をどう決めるかをまず最初にどうにかしなければ、今後会長を引き受けてくれる人は絶対にない。そう考えて、会長2年目は各種委員をどう決めるかについて模索した。
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 ひとまず決めたことは、「本年度の組長は次年度に空きとなった各種役員を担当する」という仕組みだ。これを年度半ばの総会において、文章にまとめはしないが、いちおうの規約として決めた。それと同時に組の再編も行なった。どの組のどの世帯も10年に一回は組長を担当し、翌年は何らかの役員に当たるかもしれない可能性を等しく負うためだ。筆者の考えは、全世帯が同じ会費を支払っているのであるから、どの世帯も平等で、責任も同じだけ負うべきというものだ。旧住民ばかりがまとまって、新しく建ったマンションなどの住民が疎外感を味わうのであれば、そうした新参者は自治会に入らねばよい。今までは新しく引っ越して来た世帯は会費を支払っても、自治会のまとまりの内部には加われない雰囲気を味わいがちであった。これでは、新住民から金だけ吸い上げて旧住民が好き勝手に使っていると言われかねない。筆者が崩したかったのはそのことだ。旧住民にすれば、地元の古い習わしが新住民にわかるはずがないし、理解しようという気もないだろうという思いがある。それで20年前の名簿のように、ほぼ全員が旧住民で役員を固めて来た。それは円滑に動いて来たことに囚われ過ぎだ。また、まるで「お上主義」で、新参者は無知で何も出来ないだろうという老婆心が働いているようにも見える。皆川淇園が書いているが、お上がいなくても町民だけで充分自治は出来るでのあって、お上が思うほど町民は馬鹿ではない。同じように、どの世帯も大人であるから、新しく引っ越して来た人であっても、わかりやすく説明すれば、誰でもすぐに自治会の仕組みはわかるし、活動も出来る。また、そうなるように会長は活動すべきだ。前会長は筆者をいずれ会長にしたいと昔から思っていたようで、それにはうすうす気づいていた。息子が小学生の頃は少年補導委員を2年ほど担当したが、その後は組長はやっても自治会の活動には無関心であったし、声もかからなかった。それが筆者に会長職が回って来たのは、他に快く引き受けてくれる人がいなかったからだ。筆者にしても快くではない。仕方なしだ。だが、自分が住む自治会のことだ。規約を作って新時代に備えるということはよくわかる。それで引き受け、規約を作った。明日はそのことをさらに詳しく書くとして、筆者が最初に実行したのは、憲法第96条と同じく、住民のどれほどの賛成があれば、物事を決めてよいかということであった。
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by uuuzen | 2013-04-13 10:44 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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