●嵐山駅前の変化、その257(駅舎から広場、桜の林、温泉)
合も分裂もあるのが核であるから、核家族という言い方は誤解を招きやすいのではないか。核のようにしかりとまとまっているとも受け取られかねない。だが、「核家族」は散り散りばらばらになって暮らす状態で、「大家族」と対になっていることは誰でも知っている。



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それにこじつけるわけでもないが、今日も4枚載せる写真はちょうど1年前の4月10日の撮影で、満開になった日であったのか、たくさん写真を撮った。それらをまとめて1日の投稿に載せることはあまりの長文になって不可能なので、3回に分ける。つまり、核分裂の手法を使う。そのため、明日と明後日は1年より1,2日遅れの写真を載せることになる。昨日、日本が核家族化し、若い夫婦が誰の手助けもなく子育てをせねばならない状況にあることを書いた。筆者らもそのようにして子育てをした。嫁ぎ先で夫の両親と同居するのは、嫁にとって心配りが大変というのが昔からの常識になっているが、子育てや家事のそれなりの手助けが得られる利点もある。何よりいいのは家賃だろう。これがあまりに高いため、若い夫婦が共働きをせねばならない。家賃を払いながら、マイ・ホーム資金や教育費をどうにかせねばならず、どうしても共働きはあたりまえという状態になる。筆者らもそうであった。共働きせねばならない経済状態と、3歳までは自分らで子どもを育てることを天秤にかけ、今は前者を重視せねばならず、後者に関しては内心涙を飲んで無視するというのが、若い夫婦の現実だろう。そこには、近所つき合いが希薄になり、誰に相談することも、手助けしてもらうことも出来ないという都会の世帯の核化がある。これを少しでもどうにかするために自治会があると言えば、話が飛躍し過ぎか。筆者はそこまで言い切りたくない。自治会長を4年務めたことは、家内に言わせればとんでもなく時間の無駄であった。家内は外に働きに出ていて、近所のつき合いはほとんど筆者任せだ。普通の家庭の夫婦の関係が逆転している。それもまたいいと筆者は思っている。であるから、町内のこと、地域のことに首を突っ込んで、少しでも役立てばいいと4年前に思った。それは今も変わらない。ただし、自治会長という役割は、切りがない。無限にすることがあると言えばある。いくらでも改革ないし新たにすべきことはあり、それらを熱心にやり始めると、市会議員どころではない激務だろう。しかも全くのボランティアだ。それには年金をもらっているなど、それなりに恵まれた経済状態であらねばならない。筆者はそうではない。そこで4年で充分と思ったが、どうも残した問題などがあって、最低でもこの1年は新会長を表に立て、副会長として裏方を固めねばならない。
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 この4年間、筆者の会長役は目立ったのだろうか。自治連合会に対してはそうであったのだろう。というのは、この1年、連合会からの勧誘を受けている。連合会は会長が1名、副会長は6名いるが、その副会長のひとりになってもらいたいと、全員から言われた。新年度が始まっているというのに、昨夜もそうであった。筆者が副会長になれば、連合会の役員では最年少だ。連合会の役員は選挙に頼らず、全員の思いの一致によってこれぞという人に声をかけるそうだ。自治会長は各自治会で選挙などによって選ばれるから、その上部団体の連合会役員も同様のいわば公平な仕組みで選ばれるべきと思うが、昔からの方法を踏襲し続けている。連合会の役員になりたいという人は多いらしい。定年を迎え、さして何もすることがない人なら、暇潰し半分、名誉欲半分でそう思う人がいるであろうことはよく想像出来る。ところが、そういう人に限って、能力はないらしい。そのため、自薦者は断っているそうだ。つまり、なりたい者は選ばれないから、筆者のように声をかけてもらえることはそれだけ人格が認められている証拠で、これは喜んでよいということになりそうだが、筆者にはその気がない。4年も自治会長をすれば、連合会の仕組みはよくわかるし、また改善すべき問題や新たにやってよい事柄なども見えている。それは筆者が比較的若いからだ。今の連合会の役員は全員が筆者より年配者で、今後はますます高齢化する。筆者のような少しでも若い世代を迎え入れ、世代交代を徐々に目論見たいのだろう。勧誘のひとつの説得の言葉として、「連合会の職務は自治会長よりはるかに楽」がある。これは、各副会長がある程度年間行事を分担しているからだ。そのことはわかるのだが、前述のように、何か改革をとなると、その役割はたちまち言い出した者に降りかかる。連合会の職務があまり難しくないとすれば、それは何年も同じ行事を繰り返しているからで、そのことがやがては地域の実情とはかけ離れて行く。ところが役員は長年同じ人が携わっているから、新たな何かをすべきという意識や行為は乏しい。筆者が副会長になれば、2,3年は従来のままの連合会だろうが、新しい何かをしようという思いが大きくなるのは目に見えていて、そのことで忙殺されるのも確実だ。それで申し出を断っているところが大きいとも言える。
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 このブログに書くことは出来ないが、自治会長をしていたことで小説の格好のネタになるような出来事にいくつも遭遇した。筆者が地元に住む限りはそれらは文章にすることは無理だ。小説ネタにふさわしいというのは、作り話としても面白いという意味だが、それほどに現実は意外なことが溢れている。そういうことに遭遇出来たのは自治会長になったためで、これは役得かと言えば、全くそうではない。むしろ知らずにいた方がよかった。それでもなお、筆者はそうした出来事を面白いと思うだけの余裕を持っているつもりであるし、また人間関係の複雑さを面白がる傾向がある。この点は筆者に限るかもしれない。普通はそういうややこしい人間関係に嫌気が差し、自治会に所属したくないという人が多いかもしれない。若い夫婦にはその傾向が強いのではないか。京都では地蔵盆の行事があって、小学生を卒業するまでの子どもを抱える家族はみな8月下旬に地域のお地蔵さんの前に集まって1,2日を楽しむ。その行事に自治連合会は関与しないが、どの自治会も一年の最大の催しとして住民が交流する。この地蔵盆は子どもを含めて自治会住民が顔を合わせる唯一の祭りで、普段核家族となっている世帯が一堂に会し、大家族のような趣を呈する。その短い時間の和みを1年を通じて自治会に底流しているようにするのが、自治会長やまた各種役員の務めであるが、では子どもが小学校を卒業すればその家庭はもはや地蔵盆に背を向けるのか、また子どもいない夫婦、また老夫婦、独居老人は無視するのかという問題がある。これは自治会に所属しながら、各世帯がどれほど距離を置いたつき合いをすべきかという問題でもあって、そこに核家族化した日本の現状が色濃く反映する。それは世代によって考えが違うであろうから、やがては地蔵盆の行事は縮小ないしなくなってしまう可能性がないでもない。そうなってもその時の人たちがそれでいいと思うのであれば、それでいいのであって、筆者が嘆く問題でもない。核家族が問題であると言うのは易しいが、天皇家がそうであって、それを模倣しているのでないが、戦後の日本がますますアメリカ化して核家族があたりまえになって来たのはやむを得まい。今でも山奥の村社会があって、そういう地域では都会とは全く違う人のつながりがあると想像するが、TVがそんな地域にも浸透して、物の考えは山奥であろうが都会であろうが、大差はなくなっているだろう。そのため、田舎の若者は昔からのしがらみをかえって嫌悪するかもしれず、かくて核家族の思いは日本中どこでも広がっているのではないか。そんなところに自治会に何が出来るか。それを考えさせられた4年であり、また現在でもある。
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by uuuzen | 2013-04-10 11:12 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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