●ムーンゴッタ・2012年10月
章が授与される季節になった。今日は文化勲章が授けられる何人かがTVに映っていた。そのように誉められる人もあれば、刑務所で死ぬ人もある。履歴書には賞罰の記入欄があった。今はどうなのだろう。



d0053294_163455.jpgその「賞」の欄に書くほどの有名な賞をもらったことがなく、「罰」の方が思い当たるふしがあるという人の方が多いのではないだろうか。その「罰」が、先日あった身に覚えのないパソコンによる脅迫の書き込み事件の誤認逮捕のように、警察に半ば脅迫紛いのことをされて罪を認めてしまうことがある。尼崎の変な事件が毎日TVを賑わしているが、60女の脅迫に屈して人を殺してしまうことが理解出来ないと言う人は、警察に逮捕されて身に覚えのない事件を白状させられる心境を想像すればよい。警察の巧妙な心理作戦によって、普通の人ならばやってもいないことを簡単に認めてしまう。1週間ほど前か、すでに死刑にされた人が、その後のDNA判定によって犯人ではないことがわかったというニュースがあった。無実を死ぬ瞬間まで唱えても誰も信用せず、その無念さを誰もさして憐れとは思わない。『あ、失敗しました。警察も人間の集まりですから、そりゃ間違いを冒しますよ。死んでしまったらもう謝ることも出来ないですしね。』 こんな具合で、誰も責任を取らない。何が怖いかと言えば、その筆頭は警察ではないだろうか。どうにでも理屈をつけて人を逮捕し、死刑台に送ることが出来る。人の噂などいい加減なもので、高潔な人格で通っていた人でも、逮捕されればみんなは掌を返したように、『そう言えば、おかしなところがありました』などと正反対なことを口にする。そして誤認逮捕であったことがわかっても、二度と以前のようにその人を誉めない。話は変わる。イタリアで地震学者数人が間違った判断をした罪で逮捕された。地震予知という、神様しかわからないことをまことしやかに発表して飯を食べているからには、それなりに命をかけた覚悟を持って研究に勤しんでいると一般人は思うが、案外そうでもない。『あ、失敗しました。学者も人間ですから、そりゃ間違いを冒しますよ。わたしたちの判断で大勢の人が死んでしまっても、もうその人たちに謝ることは出来ないですしね。』といった開き直りでおしまいだ。日本では特にそうだ。イタリアでのその判決は、責任の所在をはっきりさせる意味でなかなか妥当なものだ。そのことで地震学者がいなくなっても、それはそれでいい。地震学者がいなかった時代と現代と比べてどちらが地震によって死ぬ人が多いかとなれば、きっと現代だろう。地震を正確に予知出来る方法を見出した人はノーベル賞と文化勲章をもらう資格がある。そのことで思うのは、その人だけが偉いのではないことだ。その学者に先立つ無数の学者がいて、その中には万単位で人を死なせた者もいる。つまり、学問は大勢の犠牲の上に成り立っている。その犠牲があったからこそ、ノーベル賞をもらう学者がいる。つまり、「賞」と「罰」は一体化していて、罰の上に賞の花が咲き、賞の上にまた罰がある。ノーベル賞はダイナマイトの発明で巨額を得た。ダイナマイトは使い方によって大量殺戮の道具になる。大量殺戮は、時代や国が違えば「賞」になったり「罰」になったりする。賞をもらえば妬まれ、罰を食らうと蔑まれる。普通の人はまず履歴書の賞罰の欄を空白にする。それが一番いい。
d0053294_17575.jpg 昨夜自治会館で自治連合会の会合があった。毎回、月曜日の夜7時半からと決まっている。昨夜は11月の防災訓練についての話し合いだ。小学校の際に立つ会館まで徒歩8分、雲ひとつない空に皓々と満月が浮かんでいた。カメラを持参し、会合の帰りがけに撮影しようと思ったが、去年そのようにして自治会館でカメラを置き忘れて帰宅したことを思い出してやめた。それにネットで天気予報を調べると、今夜は晴れとある。保険のために昨夜撮っておく必要はなかった。つまり、天気予報を信じた。ところがだ。午後3時半頃から曇り初め、6時半には雨が降り始めた。天気予報がこれほど当たらないとは。だが、予報とはそういうものだ。地震の予知とは違って誰も文句は言わない。気象台も責任など取らない。呑気きわまる職業で、気象台は真に役立っているのか。予報が外れても毎月同じ給料がもらえる。無責任でいい職業は、社会の最低賃金でいいではないか。易者は『あ、外れました。易者も人間ですから、そりゃ間違いを冒しますよ。わたしたちの判断で大損しても、そりゃ謝りませんよ。』と思って商売しているし、人も半分以上はお遊びで易者に見てもらうから、娯楽にお金を使ったと思えば腹も立たない。そこをうまく利用しているのが宗教の教祖で、口先だけで商売をする点では政治家も同じだ。おまけに今は何でもタレントの時代で、政治家も人気商売、恫喝でも何でもあり、目立つが勝ちの価値だ。そういう口先連中は責任という考えがない。無責任であるからそういう職業に就く。政治家をすべて無給にすればいいと以前書いた。同じ意見を先日ネットで見た。だが、無給にしても利権は常にあるから、かえってまずいことが起こる。無給となると金持ちしか政治家になれないからだ。そしてそういう連中が私腹を肥やす。無給と言えば自治会長だ。多大な時間を取られながら、地元のためとばかりに愚痴をこぼさない。連合会の会長などはそうだ。自治会長とは違って自ら進んでやっている。わが自治連合会には副会長は8人いる。昨夜の会合の初めに、会長の口からそのうちのひとり、長身で左官屋のTさんが先日亡くなったことが告げられた。Tさんは1年前に病院に通うようになった。今春筆者は黄色の幟旗を2,3もらうために家を訪問し、言葉を交わした。病気らしい様子は感じられなかった。気さくな人で、宴会の時には必ず筆者の席にやって来て肩に手を置きながら笑顔で話しかけてくれた。頑健な体で日焼けした顔は精悍であったのに、病には勝てなかった。連合会の会合ではいつも筆者の1メートル斜め横に座り、目が合って話すことは常であった。連合会の会長がTさんの死亡を告げても、筆者以外の13人の自治会長はTさんの顔を知らないから反応がなかった。さびしい話だが、無名の人とはそういうものだ。連合会のために活動出来ていたことがTさんにとっては楽しかったと想像するしかない。自治会長も含めて地元のそういう役員は、賞とは無縁だ。それでこそいい。給金のようなものが発生すると、後ろ指を指されることにもなる。話を戻して、天気予報を呪いながら、どうにか今夜中に晴れてくれないかとそわそわした。雨ならばムーギョ行きも中止だ。ヤフーの天気予報を見ると、3時間おきに表示が変わるが、明日の予報は曇りから晴れであった。今夜は夜更けに晴れるかもしれないと期待を持った。家内が帰宅した9時過ぎにカメラを持って表に出ると、祈りが通じたのか、雲は多いが晴れ間も見えた。風が強くて雲の流れが速い。雲の穴がやって来て満月を覗かせた。写真を2,3枚撮り、一旦部屋に戻り、服を着替えて渡月橋と一緒に満月を写すことにした。夜9時はほとんど誰も歩いてしない。ムーギョに行けなかったので、往復40分ほどを費やして渡月橋上流、桂川左岸で満月が顔を覗かせるのを待って写真を撮った。今日の最初の写真がそれだ。下に光るのは電球が入った灯籠だ。満月は高く上り、橋と一緒に写すには無理があった。誰もいない川沿いの道でしゃがみ込んで写真を撮っていると、黒い豪華なタクシーが数台連なって筆者の横を山手に走り去った。奥の超高級の料亭に政治家が行くのだろう。帰りは渡月亭の前で浴衣に丹前姿のビニール袋を提げた40代の男女数人を見かけた。買う場所と言えば駅前のコンビニしかない。その買い物の姿を想像して、自分が観光地に住んでいることを改めて知りながら、その旅行者と同じように旅行している気分になれた。
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by uuuzen | 2012-10-30 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編) | Comments(0)


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