躍り出た大蜘蛛逃がす裸舞い。昨夜風呂場に入ってシャワーから湯を出すと、大蜘蛛が石鹸などを置いている網棚の下から這い出て壁のタイルによじ上った。昨日書いた洗面台の下に追い込んだ蜘蛛だ。
それがなぜ風呂場にいたかと言えば、早く外に逃げ出してほしかったので、昨夜風呂場の扉を1センチほど開けておいたのだ。そこから入って、開いている窓から外に逃げてほしかったが、この思いは半分は的中した。まさか風呂場に隠れているとは思わなかったから、壁にくっついて逃げ回る蜘蛛をシャワーで脅して窓辺に行くように仕向け、そこに近寄った拍子に窓を開けてやった。すると慌てて窓の外に消えた。蜘蛛はびっくりしたであろうが、こっちも丸裸で滑稽な慌てぶりだ。ともかくシャワーの熱湯を浴びせずに済んだのがよかった。また窓から入って来るかもしれないが、その時はその時のこと。さて、先ほどこのカテゴリーに投稿する予定表を少し改変した。現在ザッパのアルバムの解説を書いていて、多大な時間が取られる。そのため、毎日写真2枚とし、文章を短くて済むようにした。一方で自治会の文章作りや会合、行事もあるし、ほかの用事で外出せねばならない場合が少なくない。ブログを書く時間が以前にも増して見つけることが難しいが、毎日書くことを義務づけているから、文章量が少なくなっても欠かしたくはない。このカテゴリーでは多い場合は写真を5枚載せる。段落もそれと同じ数がひとつ少なくする。筆者の段落はひとつで1300字かもう少し多くなる場合がほとんどで、一段落を書くのに3、40分要する。写真3枚の場合は3段落が普通で、昨夜はそうであったが、2時間ほどかかった。紙に書く倍ほどの時間で、キーを叩く速度が遅い。家内が笑うが、左右の人指し指2本で打っている。10本の指を使い、またブランド・タッチなら紙に書くのと同じほど早いと思うが、我流では覚えられない。どうでもいい雑文に毎夜2時間も取られていては、あまりに暇と思われるし、筆者もそう思うが、毎日書くことで書くことがさほど苦にならなくなっている。それにこうも思う。確かに読む価値はないが、そう思う人が筆者と同じように毎日同程度の文章を書き、また写真を載せることが出来るかとなれば、たぶんそんな人はごく少ない。三日坊主のたとえがあるように、思うことと実行することには大きな開きがある。ところが、口先だけの人ほどそれを認めたくはない。それはそうと、今朝からブログジャンルのバナーが自動的に表示されるようになった。前に書いたように、筆者は「クリエイター」と「日々の出来事」に登録している。今調べると前者は320人だが、後者は6938人もいる。人数が多いほど上位になる可能性は低い。前者では筆者は28位で、表示される100位に入っている。後者では100位外で、筆者は存在しないも同然だ。これを思えば、登録者の少ないジャンルに参加すればよい。だが、エキサイトの案内は、登録ジャンルとあまりにかけ離れた内容の場合、警告をして削除もあり得るとしている。たとえば筆者の駅前の変化のシリーズは「日々の出来事」に属するので問題はないと思うが、上位100内に表示されて目立つのは「クリエイター」部門だ。これをエキサイトが見た場合、『何をクリエイトするのかさっぱりわからん! 削除してやろう』と思うかもしれない。
ブログの内容は誰しもある程度多岐にわたるはずだ。エキサイトが用意しているジャンル分けにはだぶりも目立ち、洩れもある。ふたつまで登録出来る仕組みは、煩雑さを防止する意味からは理解出来ないこともない。だが、これも前に書いたように筆者が選んだジャンルは20個ほどに上った。それだけ多岐な内容を意図していることになる。またこの多岐さかげんでは、たとえば「クリエイター」を自称しても、毎日本職の創作について書くとは限らない。むしろその反対に、本職とは関係のない息抜き的なことを書く場合が多い。その息抜きが全く創作とは無関係かと言えば、筆者のような長文になるとそうとは断言出来ない。創作までのアイデアや心の動きを書き留める場合は多いであろうし、結局のところエキサイトが言う、ジャンルとは関係のない内容というのは誰にも即断出来ない。それほど他人のブログを毎日じっくり読む人は少ないし、ましてやエキサイトの社員に何がわかるか。それにジャンルに無関係なことを書くなということは、一種の検索行為だ。これは問題とすべきではないか。確かにランキングで上位を目指すあまり、あらゆる手を使って他者に目障りなことをする人はいるだろう。そしてそういう人がエキサイトの評判を落とすこともあり得る。だが、一番見抜いているのはブログの書き手だ。話は変わるが、ネット・オークションでも同じ問題がある。カテゴリーを選んでそこに出品すべきが、時々全く関係のない出品を見かける。たとえばチケットのカテゴリーに本を出す人がある。それが目障りで、その出品をヤフーに報告して削除してもらおうとしたことがあるが、そういう出品が多いのか、無視された。目障りである理由は、その本の入札開始価格が1億円という馬鹿げた数字になっているからだ。最初から売る気はない。そのような高額をつけて人目を惹くという宣伝なのだ。どういう本かと言えば新興宗教がらみのトンデモ本で、無料でもほしくない。たった10円で最大3週間までそのように宣伝出来るのは安い。そう本人は思っているだろうが、誰も相手にせず、嘲笑している。これと似たことがブログにもある。これは今日初めて見たブログだが、名前を堂々とブログの題名に掲げていた。自己顕示欲が強いことがわかるが、時々ちょっとした有名人が同じことをしているのを見かける。投稿をいくつか拾い読みすると、これがトンデモ本と同じで、馬鹿さ加減を晒していた。本人は大真面目で、また東京の有名大学を出ているようだが、文章からは焦点の定まらない、狂気で愚鈍な眼差しが目に浮かぶ。『かわいそうにこの男は生涯この調子で人生を過ごして誰からも顧みられないのだろうな』と思ってそそくさと画面を切り替えた。ブログの文章とはいえ、誰しもその人柄を感じ取ってしまうから怖い。そこで先の話に戻ると、筆者のこの文章を読んだ人が、『いつでも同じようなことは書ける』、あるいは『トンデモ内容』と思ったとして、それを知らぬ筆者は言い返すことは出来ないし、せいぜい、『出来ると思えばやってみたら?』と内心つぶやくしかない。だが、それがクリエイターの姿で、つまりはまず自信を持って毎日欠かさない何かをしておくべきだ。今日の写真は去年9月12日の駅前ホテルの内覧会で撮った。撮った順序からすれば数日後の予定であったが、1階の次は2階がよいと思って変更した。本当は1階からエレベーターに乗って4階に行き、そこからたくさんの写真を撮った。見晴らしが最もいいからだ。2枚目の窓からの写真はホテルの南東方向を臨む。多い緑は弁当屋の大きな庭だ。