●嵐山駅前の変化、その226(桜の林、温泉、ホテル)
愛はわかるが自愛はあまり好ましくない表現かと昔から思って来た。それがようやくわかる年齢になったというべきか、ここ数日は疲れを感じる。それでも自分の体は誰もおもぱかってくれず、自分が一番大切にせねばならない。そのあたりまえのことを自愛と言う。



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それが基本にあって他者への慈愛だ。夏生まれの筆者は夏には強く、今年も食欲が落ちることはないが、今週土曜日の朝は地蔵盆のテント張りのため朝6時に起きる必要があり、それを考えると苦痛で、おまけに深夜2時3時の就寝はいっこうに改まらないので、心身ともにやや疲れが出ているように感じる。ここ数日は日中天気が急変して雷雨があるし、あまり外出しないどころか、裏庭の雑草抜きもしないので、運動不足が原因でもあるだろう。健康は自覚しているので、病院は不要だといつも思っているが、年一回の健康診断は欠かさない。それが気休めに過ぎないことはわかっている。その気休めがほしいのが人間で、老齢になるとますますそうではないか。それはともかく、今日は年一回の小学校で行なわれる健康診断に行って来た。本当は昨日であった。そのことに気づいたのは深夜だ。風呂に入った途端に気づき、すぐに濡れた裸のまま扉を開けてカレンダーを確かめるとやはりそうであった。1年くらい診てもらわなくてもいいかと思ったが、今まで欠かしたことがないので落ち着かない。幸いなことに、地元の小学校ではなく、日時は異なるが市内のどこで受診してもいいことになっている。風呂から上がって裸のまま、早速春に送られて来た健康診断票の封筒の中に入っていた受診場所の一覧を調べた。すると1日遅れの今日は桂川の向こう側の嵐山小学校で実施されることがわかった。渡月橋をわたると自転車では5分ほどだ。桂川沿いの土手下にあって、昔からその運動場をよく見降ろしている。京都西郵便局にたまに行くことがあり、その際、車の往来の多い、また狭い三条通りを走るより、歩道が車道より一段高く、またその幅が広い土手沿いの道を利用する。嵐山小学校の運動場はわが自治連合会内唯一の小学校である嵐山東小学校より狭い。だが、歴史はかなり古く、数倍の長さはあるはずだ。桂川を挟んで東西に小さな小学校あって、地図では嵐山東小学校は嵐山小学校より西にあるのに「東」がつく。これは右京区が市内の西、左京区が東にあるのと同じ意味かと思うが、本当のところはわからない。また、嵐山という山の東に位置するからかと思えば、これは南にあって、嵐山南小学校と言わねばならない。それはともかく、毎年嵐山東小学校で受診しても、ほとんど知った顔に出会うことはない。50歳以上の人が受診するが、60半ば以上が多い。勤務している人も数年前は受診出来たが、会社が指定する病院で受診すべきとされて、今は自営か無職の人のみとなっている。嵐山東小学校でも知った顔にめったに出会わなかったのであるから、別の小学校で受診すればなおさらだが、見知らぬ学校の中を拝見出来るので、うっかりして受診日を忘れたことを喜んだ。それに、うっかりは事実だが、昨日は受診の時間帯に大雨が降った。嵐山を直撃する雷雨で、珍しくも停電があった。一昨日もそうだ。パソコンを使っていたのが急に画面が消えた。そのため、書いていたWORDの文章が消えたが、まさか停電はないと高をくくっていたのがまずかった。そう言えば午後に雷雨がある日はない日よりも多く、むしっとすると思っていると急速に雲が黒くなって雷が鳴り始める。このひどい雷雨があったので、昨日は健康診断のあることを知っていても出かけるのを躊躇した。ところが今日も雲行きは怪しい。いつ雷雨があってもおかしくない。だが、今日を逃すと今度は太秦の小学校に行かねばならず、それはしんどい。それで自転車に空気を入れ、嵐山小学校に行った。
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 嵐山小学校は三条通りから少し南に入ったところにある。校門前の道に踏み込むのは初めてだ。嵐山東小学校よりもはるかにひっそりした雰囲気で、児童たちは緑豊かな静かなところで勉強出来る。校舎は日本中で規格があるのか、どこもみな同じように感じる。そのため、初めて訪れる学校であるのに、嵐山東小学校に来ている気がした。これはJRの駅が日本中似たものになったことと同じで、地域色というものが今ではほとんどなくなった。学校がそうであることは味気ない。病院も同じだ。そういう味気なさは住宅に及んでいる。建物がそうなれば、そこに住む人間もやがてそうなる。これは日本政府が国民を束ねやすいようにあえてそうなるように仕向けているのか。これでは天才など生まれようがない。子どもは数歳にして学校で個性を奪われ、誰とでも取り替え自由な人間になる。それはネットを見てもわかる。反対意見など言えない雰囲気が蔓延し、新聞やTVがこぞって別の見方があることを示唆すらしない。恐ろしいことだ。学校は少し暗かった。それは夏休みで子どもの姿を見ないことと、健康診断に訪れる地元の老人の顔つきによる。郵送されて来た受診票を提示し、500円の受診料を支払った後は、まず尿検査だ。小さな児童の机が持ち出され、その上に紙コップが積まれている。それをひとつ取ってトイレで尿を注ぐ。筆者の隣りに立っていた50歳くらい男性は声を出してうんうん唸っている。大便ではあるまいしと思ったが、尿の出にくい人もある。筆者が列の後尾に並んでから5分ほどしてその男性がやって来た。そして、白衣で眼鏡の若い女性係員にこう訊いた。「あのー、尿検査は後回しでもいいですか。15分も気張りましたが出ないんですよ。」 係員は手馴れないのか、並ぶ人はいっこうに減らない。そういうところにそんなややこしいことを言う人がある。筆者がはらはらしたのは、小さな机に尿の入ったコップを3,4個並べ、そこに試験薬の紙片を浸しながらその色合いを調べて行くのはいいが、係員の袖がコップを倒しそうで、そうなればまた新たに尿を絞り出してコップに注がねばならない。そうなれば「あのー、尿検査は後回しでもいいですか。気張り続けましたが出ません。」と言わねばならない。それはさておき、尿検査はトイレの前で行なわれる。そのため、男女ともトイレから紙コップをおそるおそる手に持った格好で出て来る様子を多くの人に目撃され、男女が同じ一列に並ぶ。それは仕方のないこととはいえ、あまり気分のいいことではない。男はすぐに済ませられるのでまだましだが、女性はあの小さなコップにどううまく注ぐのか。また、検査を待つ間にそのコップを持ったまま立ちつくす姿は、滑稽で悲しい。そんなことをもう考えもしない老人ばかりかと言えば、老人になっても恥ずかしさはある。それをもう少し思いやれないものか.。だが、500円で受診出来るのであればそれくらいの無粋さは覚悟して当然ということなのだろう。尿検査はその場で結果が出る。筆者の3人ほど前の70歳ほどの男性は試験紙が濃い緑色に変化していた。糖が多いのだろう。その老人は下着のシャツをズボンから少しはだけていた。虚ろな表情で、もう人生が終わったような顔をしていた。老人になれば誰しも大なり小なりそのような風体になるが、意志によって多少はきりりとしているようには見られる。もっとも、老人になることは、他者からどう見られても平気という思いが増すことであるかもしれない。
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 1日違いであるのに、尿検査やレントゲン、血液検査などの医者や係員はみな初めて見る顔であった。これは西京区ではなく、右京区から派遣しているからだろう。1年に一度、記憶にある医者や係員の顔を見るのは何だかほっとする。それがあるので老人はせっせと病院に行くのではないだろうか。医者と顔馴染みになると、ただの顔見知り以上に気丈部になれる。そう老人は思う。さて、嵐山小学校に行くのはもちろん嵐山東小学校を除けばわが家から最も近い小学校であるからだが、撮影したいものがあったことも理由であった。検査が終わると、検査終了の3時半近くになっていた。1時間以上かかった計算でこれはいつもよりかなり長いが、尿検査で待たされたからだ。それと講堂の中で最後の血液検査が終わった後、しばらく注射跡をもみながらのんびりりたことによる。それは講堂の舞台に向かって左手側の天井に近い開け放たれた窓から一羽の見たことがない野鳥が入って来て、しきりに鳴き始めたからだ。鳩ほどの大きさがあって、聞いたことのない声であった。すぐに出て行くかと思うと、入って来た窓がわからないのか、天井の端から端までも何度も往復しては休憩する。そしてそのたびに鳴く。それを講堂の中の誰も気にしない。そんな野鳥が入って来るのはいかにも田舎だ。開け放たれた窓からは嵐山が目の前に見えた。嵐山東小学校の講堂からは嵐山はそのようには見えない。さすが嵐山小学校というだけあるかと思ったが、講堂内の反対側正面の壁面には富士山の大きな絵がかけてあった。桃色の空で有名な奥村土牛の絵にそっくりであった。小さな名札が絵の下に貼ってあった。血を抜かれた後、すぐその絵の下に行ったが、緑色の何に使うのかわからない網が邪魔をして文字が見えなかった。ま、土牛の作ではないことは確実だが、富士山ではなく京都を題材にした絵にすべきではないか。そう思いもしたので、その絵は撮影しなかった。野鳥は2枚撮り、1枚が小さいながらよく写っていた。いずれ投稿しよう。野鳥が入って来た側の窓から空を見ると黒い雲が覆っている。早く帰宅せねば雷雨になり。野鳥は相変わらず天井近くを往復しながら鳴いている。講堂から出て靴を履いてからもその鳥が見えた。自転車置き場は講堂のすぐ裏手にある。そこは講堂の高さほどの樹木が生い茂り、ちょっとした森の雰囲気だ。野鳥が飛び交い、時には窓が開いていればそこから内部に入り込む気になるのは充分に理解出来る。カメラを持って行ったのは、写したいものに出会うかもしれないと思ったからで、予想どおりにどれはいくつか見つけた。ところが空の雲を気にして帰りに自転車を止めて撮影する気分の余裕がなかった。日を改めてもそれはなくならない。また天気が安定した頃に出かければよい。雷雨は案の定、帰宅後1時間経たない間にやって来た。さて、今日の4枚の写真は去年8月22日のものだ。本当は昨日投稿すべきが、健康診断と同様、うっかり忘れた。それだけならばいいが、ヤフー・ボックスに保存していた写真をさきほど消してしまった。一旦そうするともう元には戻らない。さてどうしたものか。ヤフー・フォトにまだ残っているかもしれないと思いつき、早速調べると、データをすべてヤフー・ボックスに移した後も消えずのそのままになっていた。それで「嵐山駅前の変化、その226」をパスすることなしにこうして載せることが出来る。うっかりが多くなっているが、まだ明晰な部分も残っている。写真の説明を少ししておくと、温泉が建つことになる桜の林にはもう囲いが出来て工事に入っている。これは温泉を建てる前の試掘だ。掘って何か古い遺構でも出て来ると温泉は何年も先送りになる。
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by uuuzen | 2012-08-23 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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