●ムーンゴッタ・2012年8月、その1
治のお宅にはお邪魔したことがなかったが、毎年個展では親しく話をさせていただいた大久保直丸先生が亡くなっていた。今日奥さまから送っていただいた満中陰を済ませたはがきで知った。



d0053294_2322925.jpg今日は満月で、毎月のようにその写真を数枚載せるが、内容は大久保先生の思い出になりそうだ。先生の作品に囲まれて何度も話をさせていただいたことは、ほとんど染色家との交際のない筆者にとっては楽しい出来事であった。それがもうないと思うとさびしさがこみ上げる。まだ70前のはずで、食道癌であった。去年と今年の年賀状が届かず、また個展の案内もこの2年はなかったので、体調を悪くされているかと想像していた。個展のたびに背中が少しずつ丸くなられ、声が小さく、また元気なさそうに見えたからだ。はがきが届いてしばらくして思ったのは、数年前から先生に会うたびに発売されると言いながら、いっこうに埒が明かない筆者の本だ。必ず購入するから本に振込用紙を挟んで送ってほしいと言われながら、出版が間に合わなかった。筆者はあえて本の内容を話題にしなかった。出版されてからと決めていたからだ。先生に読んでいただければ、染色の話題も広がったはずで、残念だ。今年の1月中旬に「フランク菜ッパ」を投稿した。その自然農法野菜を販売する店の前でIさんと話しながら、先生の話題にもなった。Iさんも先生の体調が思わしくないかもしれないと語っていたが、訃報は先月中旬に届いていたろう。先生はローケツ染の作家で、日展を始め、京都の染色、工芸作家のグループに属され、交友範囲は筆者の比ではなかった。友禅をやる筆者は京都に住みながら、先生が関係する日展の作家とは無縁で、また先生とは直接の師弟関係はなかったので、先生の個展会場で話す以外の交際はなかった。初めて会話したのは記憶が定かではないが、80年代終わりであったと思う。先生が同世代の他3名とグループ展を開催していた頃だ。全員が芸術大学の先生で、しかもローケツ染を専門とした。だが、4人は作風が大いに異なった。その中で先生は最もわかりやすい、妙にひねるといった部分のない作品を染めた。「もう40年も同じことを続けているので、どんなものでも手堅く染められる」と言っておられたように、技術的には極地に到達していた。技術重視の筆者は、その点いつも大いに納得し、安心して作品の前に立つことが出来た。何か言いたいことがあるとすれば、技術の向こうにある作者の思いだ。結局はそれに尽きる。とはいえ、それも完璧な技術の獲得を前提にしてのことで、それのないものは最初から相手にはしたくない。先生も同じ思いであったろう。ただし、先生は筆者の作品をどう見て、何を思われたかは知らない。6年ほど前か、筆者が切り絵に手を染め、毎月作品をネットに載せていることをメールで伝えた。それに対するお返事は、emiさんの作品を筆者のものと勘違いしての内容で、それを指摘すると、今度は返事がなかった。おそらく先生は筆者の切り絵が筆者の友禅染とはあまりに違う世界を表現するので、面食らわれたのではあるまいか。先生は風刺や言葉遊びを好まなかったと思う。その点では筆者とは全面的に話が合わなかったかもしれないが、そもそも全面的に話が合う人物などいるはずがない。
d0053294_23223432.jpg 先生と画廊で会った時はいつも最低1時間は話した。美術談義に花が咲くといった感じで、あまり染色の話題にならなかった。先生の作風はここ30年ほどのローケツ染では典型的なものと言っよいが、透明感のある華やかな色合いと、花や風景など、何をモチーフにしても洒落たセンスが溢れていた。特にここ10年はこれ以上の発展はないのではないかと思わせられるほどの多彩さと完成度の高さで、それは余命がもうないことをどこかでわかっていたからゆえのことであったのだろう。先生の作品はGOOGLEの画像検索でそこそこの量が表示されるが、どれも実物を前にした時の味わいからはあまりに遠い。実物はもっと華やかでしかも渋い。それがネット画像ではただ薄暗く見え、また細部の味わいが皆目わからない。先生の作品は、帯や額絵のように比較的小さな作品もあるが、個展会場には必ず畳2枚以上から六曲一双の屏風が並んだ。先生が使っていた染料はプロシオンや今では製造中止になっている反応性のインジゴゾールで、透明感が最も高く、また日光による褪色にも強い。前者は麻を染める時に筆者も使ったことがある。酸性染料とはあまりに違うその透明感は、それまでオンボロのステレオで聴いていた音楽がコンサート・ホールで生で聴くような質の変化に思える。後者は確か数十年前に製造が中止され、今後はこれで染める作家は現われないと思うが、筆者は使ったことがない。使用する布地によって適合する染料は異なる。その仕上がりの特徴はさまざまな染料を実際に使わないことにはわからない。これは染色に携わらない人をたちまち門外漢とさせてしまいかねない問題で、そうした技術的な事柄が染色なるものを未だに一般の美術愛好家にとって縁遠いものにしている。そのため、技術云々を言う作家を戒める態度が染色作家の間にもある。日本画や油絵の分野でそんなことを言う作家や鑑賞者がいないからだが、まだ歴史が著しく浅い、先生が携わった現代のローケツ染では、折りに触れて染料や技術的なことを説く方がよいと筆者は信ずる。あまりに専門的になるのでこれ以上は書かないが、先生の作品は技術にこだわり、それを極限まで洗練させたものだ。そのことに他のローケツ染の作家との差が表われている。化学染料は一応はどんな色合いでも出せると言いながら、実際は染料の種類によって専門家に言わせると極端に発色が違う。プロシオンを好んだところに先生の性質が見える。一言すればまじり気のなさだ。純粋と言い換えてもよい。先生はぼかし染めの多用を好まなかった。晩年のマティスの色紙による切り絵のように、色を平坦に用い、そこに別の平坦な色を重ねる方法を選らんだ。これは反応性染料ゆえのある程度仕方のなかった方法だが、染色はそのように技術的制約を表現の強さに転化させる絵画技法だ。色を平坦に用いることは、タネも仕掛けもありませんよという意思表示にもなる。これを誤魔化しのなさと言うことが出来る。失敗した箇所を後で小筆でちょこちょこと直すといったこととは無縁だ。この一発勝負的な技術、工程は、その分最初に下絵や色の染め順を厳密に決めておかねばならないこととあいまって、完成作は簡潔な美しさをまとう。先生はぼかしを多用した作品や、また汚れて見える画面を嫌悪した。日本画ではあえて茶や黒を多用してドロドロのと言ってよい画面を構築する前衛寄りの画家がいるが、そういう作品を評価しなかった。それは先生の限界ではない。自己をそのように規定してこそ、独創が始まる。だが、絵画が美しい花や女性を美しい色合いで美しく描くことだけとは言い切れない。色があまりに暗く、汚濁した見える絵であっても、その前にたたずむと作者が把握していた真実味が伝わるのであれば、それは名作であろう。美術は美しい術であるが、その美しさは人によって考えが違う。そのため、美しい色合いで花や風景を染めた先生の作品を、否定的な意味での「きれい事」と思う人もあるかもしれない。
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 先生の作品に対する感想を面と向かって言ったことはないが、先生が好むであろう画家の名前を挙げると、それがみな当たっていて話が弾んだ。と言うより、せっかく個展でお話しするからには、こっちから話題を絞り、先生が話しやすいように仕向けた。先生がダダイズム好みならば、そっちの方向に話を持って行ったが、そうではないことは早くからわかった。先生の画面から連想するのはたとえばデュフィだ。デュフィの水彩や油彩と染色はあまりかけ離れた技法だが、透明感や洒落たセンスの点では先生の作品と共通する。デュフィとなれば音楽を連想する。だが、先生とは音楽の話はほとんどしたことがなかった。先生も音楽好きであったろうが、いつもそこまで話が進展しない間に個展会場には別の客がやって来て、筆者は腰を上げねばならなかった。10年ほど前、先生は自作に短文を添えた本を出したいと漏らしていた。分厚いカラー印刷の豪華本ではなく、文章と図版が相半ばするような本だ。そのための文章を書き溜めておられたのかどうかそれは訊かなかった。先生の小品は挿絵あるいは本の余白のカットに持って来いで、そのことを言うと納得しておられた。そうした仕事は小説家や随筆家の本に載せることが最も実現しやすいが、出版界ないし文筆家のつてはなさそうであった。ないならば自分で文章を書けばよい。ただし、物書きとしては無名であったので、自費出版になったかもしれない。あるいは出版社に原稿を持ち込んでも実際の本になるまでには年単位の時間が必要で、染色の仕事がおろそかになる恐れが多分にあった。やはり餅は餅屋だ。先生が染色に本腰を入れ続けたことはよかった。だが、それは正確ではない。芹沢銈介を強く意識していた先生は、10年ほど前か、ガラス絵を手がけ始め、その後の個展では欠かさず小品をたくさん並べた。また、ガラス絵だけではなく、染色作品を収める額を全部手作りする凝り様で、どこまでも器用な完璧主義者であった。額は表面にカーヴを伴ったものがほとんどで、それには極小の鉋を用いる必要があった。削り跡が見えないほどの仕上げで、そこに白や黒など、無地の塗装を施して完成させた。染色は生地に絵を染めてそれで終わりではなく、それを収める額や容器まで作家が決めるべきという先生の態度は、いかにも工芸の作家で、平面作品の染色を立体として捉えてもいたことを伝える。また、小さな額でも手作りする先生の制作態度は、ただただ手作りを愛するという思いあってのことで、1点にどれほどの時間がかかっているのかといつも思った。多大な手間暇をかけたそうした作品は、個展会場であまり売れている気配がなかったから、アトリエにどのように保管されているのか、また生活の経済的な面はどうなのかと、心配しても始まらないことも毎回思った。筆者がそれを口に出さなかったのは、先生にはお子さんがなく、その分制作費の心配はあまりなかったのかもしれないと勝手なことを考えたからだ。そうそう、先生の学生評価は厳しかった。絵が好きで大学に入って来た連中がさっぱり描かないと不満を露わにし、もうその話題はそれから先に進まなかった。とはいえ、個展には学生もやって来たから、先生の作品は若者に人気があったと思える。わかりやすいと言えば語弊があるが、女性がいかにも好みそうな色合いや画風であった。それは同じ技法でキモノや帯を染め続けていたことも理由としては大きい。キモノや帯は女性が美しく見えることを念頭に置かねばならない。そのサービス精神が額絵や屏風を手掛ける際にも出た。いずれ先生の作品はまとまっての展示があるだろう。いつか代表作を網羅した作品集も見たい。
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by uuuzen | 2012-08-02 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編) | Comments(0)


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