●『自由の代償』
の正義、拳の権利、拳の法。この映画の原題「FAUSTRECHT DER FREIHEIT」は「自由の代償」と訳されている。「FAUSTRECHT」は「FAUST」の「RECHT」で、「FAUST」は英語の「FIST」だ。



d0053294_13471966.jpg「FAUSTRECHT」は辞書では「強者の権利」「暴力政治」「自力防衛」といった訳語が並ぶ。いかにも肉食系の人種が住むヨーロッパを思わせる言葉だが、日本では戦国時代の農民による一揆を連想する。拳を挙げて戦うことで自由を勝ち取る行為や権利を意味する題名は、「自由の代償」と訳すと意味がかなりずれてしまう。DVDのケース裏面には劇場未公開と印刷されている。日本でDVDを販売する際に題名が決められたのであろう。この映画の内容を知り、どういう題名がふさわしいかを考えると、筆者なら「自由の暴力」とする。人間が自由を獲得し、それを守りながら生活することは、野獣の世界と同じで、暴力を誇示しなければならない。無慈悲に振る舞えということだ。この映画、ファスビンダー監督の作品と知って右京図書館で借りて来た。昨日見た。ところで、1960年代後半にニュー・ジャーマン・シネマと称して3人の若手監督が名を挙げた。ヴェンダース、ヘルツォーク、そしてこの映画のファスビンダーで、前二者に関してはドイツ文化センターなどでそれぞれ全体の3分の2の作品は見た。80年代の同館は映画をよく上映してくれたが、筆者がよく訪れるようになって以降、ファスビンダーの作品だけは10年ほど前の「ベルリン・アレクサンダー広場」以外、上映はなかった。「ベルリン・アレクサンダー広場」は15時間であったろうか、確か5夜連続で上映された。内容を大半忘れてしまったが、あまりに面白く、いったいどういう結末を迎えるのかわくわくしながら毎晩通った。同館の係員の若い女性と少し話したことを昨日のように記憶する。最後の回は尻すぼみの印象が強く、悪く言えば拍子抜けした。原作の小説を読めば映画との違いがわかって面白いが、まだ手にしていない。ファスビンダーは、小説「ベルリン・アレクサンダー広場」を読んで、そこに自分のすべてがあると思ったらしく、いつか映画化したいと考え続け、それを果たした。1945年生まれで、82年に37歳の若さで急逝した。この映画は74年の製作であるから29歳だ。脚本と監督、そして主役を務め、すでに大家の風格を伝える。天才とはこういう人物のことを言う。30年もファスビンダーのことは気がかりでありながら、そして「ベルリン・アレクサンダー広場」を全編見ながら、このたびようやく彼の真の才能がわかった。画面の色合い、編集、演技、カメラワークなどなど、どこを取ってもよく出来ている。日本の劇場で公開されなかったのは、同性愛者たちの間でのトラブルという、あまり大っぴらに出来ない、またしたくない内容であったからだろう。今ではTVでは化粧をした化け物のような男たちが女言葉を使いながらバラエティ番組に連日登場し、日本における同性愛者は70年代とは比べものにならないほど開かれたものになった。同性愛だけではない。ネット社会になって、女子校生が自分の陰部を撮影してネット通販して逮捕されるほどに、性に関してはあけすけになった。そのため、この映画を特殊なものとして見る人も少ないであろう。筆者は同性愛への関心は皆無で、これまでファスビンダーが女性と結婚しながらも男性と関係を持ったことを知りつつ、ヴェンダースやヘルツォークとはかなり異質なその印象にとっつきにくさを感じていた。その思いはこの映画を見て吹き飛んだ。感動し過ぎかもしれないが、ヴェンダースやヘルツォークを超える20世紀を代表するドイツ映画の巨匠ではないかという気さえしている。他の有名な作品をまだ何も見ない間からこれであるから、13年ほどの間に40数本残したという全作品の半分でも見れば、どれほど評価が頑丈なものになるのか空恐ろしい。
 ファスビンダー演じるフランツは、サーカスに雇われて、胴体がなく、首だけが語るフォックス(FOX)という芸人だ。だが、団長が度重なる税の滞納をし、司会をしている間に刑事がやって来て団長を逮捕する。団長と舞台で別れる時、フランツは団長と抱き合って口にキスをする。その場面に違和感を覚えるのは誰しもだ。そこでフランツが男色であることがわかる。団長のような年上の男にかつて犯されたことがあるのだろう。サーカス小屋は解散、職を失ったフランツは故郷に戻り、酒浸りの日々を送る独身の姉に身を寄せる。ふたりの両親はすでにこの世におらず、フランツは姉に向かって「母がいればいいのに」とつぶやくが、その弱音を姉は叱る。フォックスを演じていた頃からフランツはロトが趣味で、いつか自分に幸運が舞い込んで大金が転がり込むことを夢想している。無職になってからも、どうにか10マルクをつごうしては毎週のように数字を書き込んだ用紙を持ってロト宝くじ売り場に向かう。その一方で街角のトイレに立って客を取る生活だが、ある日年配の美術骨董商のマックスに体を売る。そこからフランツはそれまでに経験したことのない上流社会へと踏み込むが、その前にフランツはついに50万マルクを当てる。1974年当時、対ドル・レートは360円時代を過ぎて300円ほどになっていたが、1マルクは100円ほどだろう。50万マルクは5000万円だが、現在の価値では2億か3億ではないだろうか。大金をつかんだフランツがそれから2年後にどうなるかまでを描いた映画で、まことに残酷なことにフランツはほとんど無一文同然になって野垂れ死にする。上流の同性愛社会に迎えられたはいが、それはフランツの大金をむしり取るための一種の罠だ。マックスはある日、自宅にフランツを呼び、また得意客で同じくホモセクシャルのオイゲンとその恋人の男性も来させる。フランツは彼らから粗野で無教養の男と一瞥されるが、オイゲンはマックスからフランツが最近ロトで50万マルクを得たことを伝えられる。すると、恋人といちゃついていたオイゲンは目の色を変え、フランツと目を合わせる。その日早速ベッド・インし、交際を始める。オイゲンは本を印刷する会社のひとっり子だ。父は仕事しながら酒を飲み、また母はクラシック音楽など教養豊かで、それをオイゲンは受け継ぎ、ファッションや住まい、食事に至るまで、贅を凝らした生活を送っている。文化や教養に関心のないフランツは、オイゲンの印刷会社で働き始め、またオイゲンから嘲笑されながらもどうにか趣味を合わせようと努力する。印刷会社は経営が思わしくなく、フランツは10万マルクを貸す。それでも経営が好転しない時には、オイゲンのインテリア趣味でまとめた自分名義のマンションまで与える始末だ。そして、ある日フランツは、雑誌の裁断ミスをやらかして12万マルクほどの損失を出し、オイゲンの父から激怒される。会社で2年働き、ついにフランツはオイゲンとは住む世界が違うことを思い知り、別れ話を持ち出す。そして10万マルクの信用貸しの返却を迫るが、フランツは不利な契約を結んでいて、かつて自分が買ったマンションに入ることすら拒まれ、すっかり縁を遮断されてしまう。
d0053294_13544465.jpg この映画は当時同性愛者たちから非難を受けたという。理由はたぶんオイゲンやマックスらのドライな振る舞いだろう。映画の最後ではマックスとサーカスの団長が仲よく歩く場面があって、そこでもフランツが疎外されていることがわかる。この映画を見た同性愛者たちは、フランツのような社会的弱者に残酷な仕打ちはしないと言いたかったのであろう。だが、恋愛は男女と同性も同じはずで、同性愛者たちだけが心優しく助け合うなどという夢のような話があるはずもない。むしろ、オイゲンやマックスのように、美意識が高く、洗練のなさを侮蔑する場合が多いのではないか。フランツとオイゲンは育ちがまるで違い、知性を重視するオイゲンに対しフランツは常に野生で接するしかない自分を悲しむ。これは男女の間でも同じだ。韓国ドラマでも大学を出ていない女房が美大の夫を持って苦しむ内容のものがあった。だが、オイゲンの家族は、老舗の会社とはいえ、いつも火の車で、上流社会といっても高が知れている。それでもその高の度合いが、無教養な人には恐ろしい壁となって立ちはだかる。それには学べばよいという意見があろうが、教養はそんなに簡単に身につくものではない。20年、30年と積み上げて初めて外見からもそれが備わるように見える。30歳ほどのフランツはもう遅過ぎたとも言える。オイゲンがフランス語をよく話すので、フランツは辞書を買って備えるが、そういう健気な努力をいとおしく思わないほどにオイゲンは冷酷だ。それがわからなかったフランツが愚かということになるが、オイゲンやマックスにとっての自由は、相手を拳でなぐってでも死守すべきものだ。それは野生動物と同じであって、むしろだまされたと知って表向きはきっぱりと断念するフランツの方が人間らしい。ところが、そんなフランツは結局全部むしり取られて誰からも憐みをもらえずに死ぬしかない。フランツは拳で自由で守ろうとしたか。同性愛者たちの間にそのような暴力が必要だろうか。それは当然否であるし、そのことは映画でも意見される。
 この映画でひとつ救われた気分になれるのは、フランツが大金をつかむ前からよく入り浸った同性愛者専門の安いバーだ。そこを一度だけフランツはオイゲンを連れて行くが、マスターはたちまちオイゲンの本性を見抜き、素っ気ない態度を取る。そのことに激怒するオイゲンだが、同性愛者の仲間にもさまざまなグループがあって、溜まり場が異なるのは現在でも同じだろう。フランツは初めてオイゲンと寝た後、バーのマスターにオイゲンについて「上流だが虫のすかん奴」と言う。その言葉を聞いてマスターは、「どうせ持っているお金を全部巻き上げられてポイ捨てされる」と諭す。それでもオイゲンと2年も暮らしたのは、上流への憧れもさることながら、オイゲンとの愛を保ちたかったからだ。同性愛者も愛情がほしいのは異性愛者と同じだ。だが、温かい家族のある、またいつでも昔の恋人とよりを戻すことの出来るオイゲンと、天涯孤独なフランツはあまりに違う。オイゲンの母はフランツに対して「あなたは家族よ」と言う。それはうわべだけのことで、一旦話を始めるとあまりに教養のレベルに差があり過ぎる。話を戻して、映画の最後の方で、フランツはゲイ・バーで少し暴れる。それを見たマスターは、ひじてつを食らわすのはいいが、暴力はいけないとたしなめる。確かにそのとおりだが、オイゲンがフランツから金を奪った行為は暴力ではないのだろうか。木嶋何とかという女性が言葉巧みに独身男性に接近して大金をせしめては練炭で殺したという事件は、女の武器を使った暴力だ。実際に拳の力を使わなかったが、それに匹敵する固い信念があっての事件だ。オイゲン家族の巧みな罠もそれに類する。そういう一種陰険な連中が同性愛者にいるという表現が、この映画がゲイたちから攻撃された理由だろう。
 フランツを演じるファスビンダーはどこからどこまでが演技か本気かわからないほどに役をこなしていた。自伝的な作品というが、そのために自分が演じたかったのだろう。29歳のファスビンダーがこの後どのように貫禄が出て、つまり太って体が崩れて行くかは他の作品や写真を見ればよい。この映画の最初の方、マックスと会った時、老人云々の話が交わされる。フランツはまだまだ若い30そこそこだが、マックスは50を回った中年だ。マックスは誰しも老いて死ぬと言うが、そのことの実感がまだフランツにはない。そして、マックスの機転によって時間ぎりぎりにロトを買うことが出来たフランツは、マックスの年齢の高さを言うが、すぐその後でそれがマックスの気に障ったことと考えて謝る。この場面のやり取りは面白い。ファスビンダーは老化を恐れていたのではないだろうか。この映画でマックスは全裸を正面から二度見せる。そこには自分の裸を美しいと誇示している雰囲気があって、三島由紀夫を思い出した。だが、美しい肉体もすぐに緩む。それを年々感じていたファスビンダーは、マックスが言うように老齢になって死ぬことを拒否した、あるいは37歳がすでに老境と思ったのかもしれない。この映画ではフランツの死因は明らかにされない。薬物過剰摂取の自殺に見えるが、薬を飲まねばならないのに、それが間に合わずに死んだかもしれない。それはどっちでもよく、とにかく若いままで世を去った。フランツの死にファスビンダーのそれを重ねたくなる。だが、フランツはファスビンダーそのものではないだろう。脚本を書き、また監督となることは、本を読むなどあらゆる教養が欠かせない。となれば、ファスビンダーはオイゲンに近かったか。それも違うだろう。オイゲンの母はストラヴィンスキーを理解せず、モーツァルトがいいと思う人種であり、それはオイゲンも同じで、家具はビーダーマイヤー様式やそれ以前のイギリスやフランスのものがいいと思っている。フランツがプレスリーのロカビリーのレコードを聴くのを、「後でもっと高尚なものを聴こう」などと口走るが、ファスビンダーがいわゆるクラシックを高尚と思う向きを嫌悪したことは確実だろう。あるいは、映画で語るように、それらは博物館的であって、現在の生きたものではないと思った。そうそう、裁断ミスをしたフランツに対し、オイゲンはもはや仕事が無理と考え、「自由にしていい」と言う。するとフランツは困惑し、どうしていいかわからない。ここはさりげないが、悲しい場面として印象深い。フランツはロトでいつか大金をつかみ、それで自由になれると考えた。だが、本当にほしかったのは愛情や優しさであった。それは手に入らないどころか、常に自分に支払う役が回って来る。貧しい者はますますそうなり、富める者もますますそうなる。だが、貧しい者に自由がなく、金持ちにそれがあるかとなれば、さてどうだろう。この映画を見る者は、オイゲンはいずれ経済的に破綻するか、ろくでもないことに巻き込まれるかするとでも思わないことには、フランツが憐れでならない。さて、以上で書きたいことの半分ほどだ。それほどに見どころが多い。筆者はファスビンダーが筆者と同じ世代で、しかも友人であればどのように接したかと思う。この映画を見る限り、またフランツの役柄から垣間見えるファスビンダーを思う限り、彼と親しく話して、抱きしめてやりたい。ただし、同性愛はいやだが。
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by uuuzen | 2012-07-19 23:59 | ●その他の映画など | Comments(0)


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