●嵐山駅前の変化、その214(ホテル)
否しても結局予定されたように出来てしまうという声を、地元住民への説明会の席で横にいた人から聞いた。阪急嵐山駅前の開発がホテル建設からぐんと活発化し、周辺地域が今後まだまだ様子が変わろうとしている。



古くから住む住民は商売をやっている場合がほとんどで、そうした人たちの心配は大きな資本による新しい施設が出来た時に自分たちの商売への影響だ。デヴェロッパー側にすれば法律を守っているのであるから、何をどう建てても文句はあるまいという考えを根底に持っているし、またそことを地元住民はよく知っているので、建設説明会の際には表向きは反対寄りの意見を述べても、内心それが意味をなさないことを承知している。また、地元住民のすべてが店を経営しているのではないから、地元の足並みが揃いにくい事情もある。こういう話をし始めるとネタが尽きないが、問題が大きくなるのでこれ以上は書かない。筆者の思いは、昔ほとんど田畑ばかりであったところに電車が通り、人家や新しい道路が増えて来たので、地元住民の新旧をより先に来た人たちが主張するのはどうかということだ。長い歴史からすれば先に居着いたひとたちと後から来た人たちの差はない。京都は閉鎖的なところで、どこそこの出ということをとても気にするから、新しく移住して来た人ほどに仲間には加えてもらいにくい。どうせすぐに別のところに移住するだろうと思われていることにもよる。だが、京都人は表向きは相手に対して拒否の表情を見ず、何か事をするに当たっても、もしものことを考えて自分に火の粉がかからないように動く。これを知らないのは野暮というわけだ。筆者は頼み事をよく処理して親切と思われていると思うが、実際は野暮すなわち馬鹿と思われているのが正しい。よく言われるように、京都はせせこましいところに民家が密集しているので、隣とはいさかいを起こさないように、つまりよけいなことは言わないようにするという意識が発達した。下町はどこでも密集しているので大阪でも同じでなければおかしいが、京都と大阪は気質が違う。それで思うのは原発稼働に対する運動の熱さだ。どうせ拒否しても予定されたように動いてしまうと思いがちなのが京都という気がするが、大飯原発は大阪より京都が近いから、本当は京都が中心に運動を活発化させるべきだ。ところが、関電本社は大阪にあり、また圧倒的に大阪が電力を使い、また人口も多いので、大阪中心に盛り上がっている気がする。それは大阪人の気質に負うところも大きいだろう。
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 今日掲げる駅前のホテルの写真はちょうど1年前の7月2日に撮影した。空にジェット機雲が見える。今日も昼間の空にジェット機を見た。ただし、雲を後に引いていなかった。白い蚊がゆっくり動いているように見えた。高さ何メートルの上空だろう。1000と2000では倍も違うが、凡人にはどっちも空高くで、数字に実感がない。そのジェット機の下にヘリコプターが15分ほど旋回していた。嵐山から松尾にかけて何かを撮影しているのだろうか。その音があまりにうるさいので外に出て見上げたが、それよりやや小さめに同じように絶えず聞こえる数羽の鳥の声があった。ヘリコプターはどうでもよく、聞きなれないその音がどこからするのかを確かめるために外に出た。それは電線に止まっては少し飛ぶを繰り返す4羽のツバメであった。すぐに雀とは違うことがわかったが、ツバメがそのように表情豊かに鳴くことは知らなかった。4羽はおそらく同じ巣から飛び立ったばかりではないだろうか。一人前に空を自在に飛ぶことが出来るようになったことをいかにも楽しんでいるようで、目を細めて5分ほど電線を見続けた。聞こえているのかどうか、ツバメは自分たちの頭上でけたたましく鳴るヘリコプターの音にはさっぱり気に留めていない様子だ。それが面白かった。ましてやもっと高い、音が届かないジェット機はなおさらそうだ。同じように空を飛ぶものであっても、鳥たちは地面に近く、いつも人を見降ろしている。人間が自然を破壊して建物を増やそうが、鳥たちは「どうせ拒否しても同じ」との考えから全くの無抵抗だ。森林破壊、田畑の減少によって活動範囲が制約されても、それなりに生きて行く。一方では時には朱鷺のように子孫を絶やす。そうなったところで勝手な人間は罪滅ぼしとばかりにまた復活されようとするが、鳥たちにすれば「いったいどっちやねん!」だろう。散歩して雀やツバメを見かけない日は何となくさびしい。京都国立近代美術館で井田照一展を見た後、細見美術館の近くに来た時、植え込みの中から急に一羽の雀が白くて丸い菓子をくわえて飛び出た。どこへ行くのかと思っていると、筆者を誘導するように前方へ飛んで行き、人がほとんど通らない横道の中央、筆者から5メートルほど先に舞い降りた。そして、植え込みで見つけた食べ物をつっ突き始めたが、大きくてまた固いのか、食べるのに骨が折れている様子であった。やがて諦めて飛び去ったのを見届けて、その雀には大き過ぎる餌を見に行った。あちこちくちばしの跡が見えた。靴でそっと踏んで半ば粉にして元の場所に戻ってしばし待ったが、雀は戻って来なかった。筆者が観察した場所は先の植え込みから10数メートルの距離で、そこに目を移すと相変わらず数羽の雀が出入りしては同じスナック菓子をくわえて飛び立っていた。彼らは筆者が見ていることに気づきはしても、何を考えているかは知らないし、関心もない。雨が降って来てどうか植え込みの中にまだありそうな菓子や、筆者が粉にした菓子が濡れてしまわないように願って、傘を振り振り古書店に向かった。
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by uuuzen | 2012-07-02 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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