●『宗廣コレクション 芹沢銈介展』
を防染に使うと聞いても染色に関心のない人はぴんと来ない。富士正晴は若い頃に京都の日本画家、榊原紫峰の子どもの家庭教師をしていたことがあって、後年紫峰についての本を書く。



d0053294_1412447.jpgその中で紫峰の染色を生業としていた父についての記述はとても面白いが、ひとつ残念なのは、富士が友禅染の「糸目」をさっぱり理解せずにとんちんかんを書いていることだ。編集者が指摘してやることが出来たはずなのに、そんなことは恐れ多いと考えたのだろうか。あるいは編集者も知識がなかったかだ。友禅の「糸目」は、糸のように細く防染糊を生地上に置くことを言う。この糊が生地に付着して染料の浸透を防ぐ。つまり糸目を境にして両隣に異なった色を染めることが出来る。インクジェット・プリンターで一気にどんな色でも全面印刷出来る時代、なぜそんな面倒くさいことで異なった色を隣接させる必要があるのかと、染色を知らない人は疑問に思うが、水気が浸透する一枚の布を染め分ける際、何らかの堰を設けてそれを境にして異なる色を染めねばならないことは誰でも少し考えればわかる。布に染める染色の歴史とはそのように、布がいかに染料で染まらないかという「防染」の技術の開発と言い換えられる。友禅の糸目はその技術の頂点にあるものだが、糸目糊を最後に水洗いで除いた後、そこが生地の白さとして現われるので、これを嫌う染色家がある。また、友禅を知らない人はだいたいその白く上がる線が目について仕方ないらしい。だが、日本画では逆に墨線の輪郭内に色を塗るから、その黒が白に変わっただけでと思えばよい。黒の線を奇異と思わないのに糸目の白上がり線をそう思うのは奇異なことだ。これは慣れで説明出来る。最初は奇異と感じる糸目も、やがてはそれが友禅の美しい特徴であることがわかる。一方、友禅の糸目をなくした無線友禅というものも昔からある。これはたとえば付け立て筆で描いた日本画と同じで、染色特有の様式がない点で筆者にはさっぱり面白くない。そういう染色はどこまで行っても日本画の下位に甘んじなければならない。ところが、糸目友禅は友禅の代名詞となっていて、友禅だけの技法だ。その様式は完成されたものだ。無線友禅に属する、つまり糸目を否定した絵画のような染色でキモノを染める作家が絶えないが、持論とは裏腹に作品は醜悪でしかない。それもまた見慣れると美しく見えるかと言えばそうではない。表面的には日本画そっくりに染めても、日本画家にかなうはずはない。そういう仕事をしたければ日本画家になればよい。そんな努力も技術もないから、中途半端に染色を手がけ、しかも糸目友禅に戦いを挑んでそれを超えたと豪語するでは、批評の対象にもならない。だが、そういう話はごく狭い染色の中のことで、一般人には興味もないし、またわからない。富士正晴が友禅の糸目を知らずに本を書くことからすれば、そのことはあまりにも明らかだ。それで結局は作品が一般に歓迎されればそれでいいではないかという、「売れた者勝ち」の論理がいつの時代でも支配する。そうなると、醜悪と見えるものもいずれは神々しさを獲得するという考えだろう。そこには一抹の真理はあるが、それとは別に厳然たる伝統というものがある。
 先日、京都文化博物館で『芹沢銈介展』を見た。今さら芹沢の作品もないので、感想を書かずにおこうかと思ったが、会場で面白いことがあった。午後4時に家内と館内に入った。いつものようにそれぞれ勝手に見る。最初のコーナーに芹沢の型染の技法についての説明パネルがあった。この「型染」という言葉は、伝統的には「糊を用いて型で染める」という意味だ。型を使うので、版画に似ているが、版画のように仕上がりが裏表対称にはならない。それはいいとして、芹沢の「型染」の「型」は、和紙を素材にしたもので、カッター・ナイフを用いて切り絵のように穴空きの型を作る。その型紙を、動かないように固定した生地に密着させ、型紙に空けた穴にヘラで糊を置く。そして型を外して糊を乾燥させ、糊を置いた以外の、生地がそのまま見えている部分に刷毛や筆で染料で染める。詳しいことを書けばきりがないが、芹沢は染料よりも顔料を用いた。染色では顔料も染料のうちだ。ただし扱いは少々違う。それはいいとして、以上のようなことが説明パネルにざっと書かれていた。筆者の目の前で20歳くらいの女性ふたりがそれを読みながら首をかしげていた。防染に用いる糊に糠を入れると書いてある部分が理解出来ないのだ。ふたりは美術系の学生に見えた。あれこれ言い合いながらどれも的を射ていないので、筆者は迷いながら背後から声をかけた。糠を入れなければ糯米の糊だけでは粘着性が強く、型を生地から外す際に糊が生地上にすっと落ちないのだ。そのほかにも理由があるが、こっちは調子に乗って、その疑問から派生して、ふたりに同行しながらあれこれ作品解説した。会場はとても空いていたので、他人の迷惑にはあまりならなかったと思うが、説明し終わって家内に合流すると、恐い顔をしていた。すぐにふたりはまた筆者に追いついたが、親切にしてもらった笑顔に満ちて見えたのはおっさんのおめでたいところか。話を戻して、糊型染の技術的なことがわかれば作品の見どころがまた違うかと言えば、さてどうだろう。友禅の糸目ですら一般にはほとんど知られていない。またそうであっても友禅の名だけは誰でも知っているし、そのキモノも何となく記憶にあるというのが実情だ。ということは、技法などどうでもよいことになる。昨日書いたように、「版画とは何か?」が日本の現代版画で盛んに取り沙汰されたとして、そのことは染色でも同じと言ってよい。このことを書くと本展とはかなり話がずれてしまうので控えるが、井田が日本の現代版画に突きつけたような作品での解答は、現在の染色界にあるとは言えない。もちろん井田と同じように芸大卒が盛んに新しい染色を目指して挑戦し続けているが、「日本の現代染色に何が起こり、何が起こらなかったか」という問いは、「起こらなかった」部分があまりに大きい。今後起こる可能性はどうかと言えば、染色は版画ほどマーケットを確保していない。確保しているのはキモノ業界だが、そこでは友禅が幅を利かせているため、井田のような前衛が入り込む余地がない。またあってもそれがキモノの美を拡張するとはとても思えない。「常套的な【染色】の彼方にある概念的な染色」というものが、版画に比べるとまだ行なわれておらず、そのことが染色のたとえば型染が版画に似ながらも、版画にきわめて遅れていることを明らかにしている。だが、そこには「常套的な【版画】」に対する「常套的な【染色】」が現実味を帯びていなければならないし、またその「常套的な」が否定的に捉えられるかどうかの問題もある。これは逆から見れば、つまり常套的の側から見れば、常套的は普遍的であるということも出来る。友禅の糸目を思えばいいが、技術の問題を持ち出すとややこしくなる。なぜなら、井田の用いた石版画、シルクスクリーン、銅版画は、技術的には常套的なものだ。もちろん井田はそれを超えた技術も用いて作品を生んだが、その前衛部分が版画の本質と見事につながり、また独自でそれを獲得したところが、常套的ではない創造性豊かなと評価される部分だ。
 筆者なりに昔から「染色とは何か」を考えている。それは最初に書いたように、染料が生地に浸透することと、それを防ぐということのふたつであって、そのことを純粋に抽出すればどういう作品が可能かだ。ジョン・ケージの不確定性をことさら意識するのではないが、その概念を用いた作品も可能であることは知っている。そうした作品はその気になれば明日にでも実行することが出来る。だが、そういう作品は版画のように市場には乗らず、また前衛は芸大卒に任せておけばよいということで、誰からも相手にされない。それはいいのだが、筆者の思いの中でより強く占めるのは、デュシャンなど、西洋の前衛の思想に染まって作品を作ったところで根なし草に過ぎないとの思いだ。そこで振り子をすっかり反対に揺らし、いわゆる「常套的な」ものに思いが帰る。それは前衛からは非難されるべき旧態だが、侵しがたい「様式」の美というものが、たとえば友禅にはあるという考えが繰り返し頭をもたげる。「友禅」と断ったが、芸大卒の染色家はそれに携わらずに、芹沢のような糊を用いた型染か、蝋を防染剤に使ったローケツ染に二分される。後者は前者ほどにはよく知られていない。それは芹沢のような、日本全国で有名な作家を輩出していないからだ。簡単に言えば歴史が浅い。彼らは正倉院にローケツ染めの屏風があることを主張するが、ローケツ染めはその後途絶え続けた。復活という言葉は妥当ではないが、蝋を防染剤に用いる作家が登場するのはここ数十年のことだ。また、一方では防染に厳密にこだわらない作家もいる。そのことによって染色は技法的には混在、多様化している。それは言い変えれば特徴がなくなり、作品の力としては脆弱化したことでもある。そこで芹沢の作品だ。彼は最初は商業デザインを手がけた。今で言うグラフィック・デザイナーだ。民藝の柳宗悦の著作に出会った当時、展覧会で沖縄の紅型に目を留める。30を少し過ぎた頃だ。沖縄のキモノを目の当たりにしたのだが、実物の圧倒性は今でも写真図版を超える。それがあるために展覧会が開催され、人々は会場に足を運ぶ。話が脱線するが、先日古書店で1冊100円の「国際写真情報」というグラフ雑誌を数冊見かけた。ほかにもほしい本があったので、1冊だけ買った。どれも昭和6,7年の発行で、当時1円で販売されたものだ。驚くのは、カラー印刷が昭和30年代よりもいいのではないかと思わせられた点だ。買わなかったうちの1冊は紅型特集号で、表紙以外にも原色図版が多かった。芹沢が実物の紅型のキモノに感動して数年後の発行だが、芹沢が実際に沖縄で紅型の技法を学ぶより7,8年前のことだ。芹沢の型染は紅型から出発しながら、そこに商業デザイナーとしての才能によって、また民藝で教えられた素朴で力強く、また単純な造形性を加えたものだ。民藝ブームが去った今では、芹沢の作品に似たものを染めても時代遅れを感じさせるだろう。だが、一方で紅型は今も健在で、昔ながらの「常套的」な模様と色合い、つまり普遍的な様式を固持している。そう考えると、芹沢様式も別人が伝えていくべきという考えが生まれるし、実際そのようになっている。
 型染は版画と同じく、同じ型で複数の同じ、あるいは色違いの作品を作ることが出来る。そのため、芹沢の作品は同じものが各地に保存されている。今回は宗廣陽助コレクションの紹介で、珍しいところでは、1点制作のガラス絵を多く含んでいた。宗廣陽助は父が人間国宝で今は亡き宗廣力三で、親子とも岐阜の郡上八幡に工房をかまえる。会場には宗廣邸の内部の写真が何点か展示された。その重厚な日本家屋はまさに民藝が似合う空間で、芹沢の作品もひときわ映える。そう思えば、芹沢の作品は京都の洗練された祇園などでは似合わない。芹沢は静岡生まれでもあって、京都での人気は東京ほどではないだろう。前述した京都の芸大系染色作家が手がける糊型染は、芹沢のように紅型にルーツを持つものではない。芹沢は紅型から出発したこともあって、キモノでは小さな型を反物の長さ全体に繰り返し用い、のれんや屏風などでは作品全体として1枚の大きな型紙を用いるが、京都の型染作家はキモノをあまり手がけず、後者の全体として1枚型技法がほとんどだ。これは型の繰り返し表現にはもはや限界を感じていることと、屏風全体でひとつの大きな絵を表現することは、油彩や日本画に匹敵すると思っていることによる。ついでながら、糸目の友禅は型の思想とは無縁であるので、最初から日本画に近いし、また実際それから派生した。芹沢の作品をたまに見るのはよい。筆者は伏見人形が好きで、それは郷土玩具全体に通じる色や形の素朴な温かさへの着目であって、同じ印象を芹沢の型染に抱く。そう言いながら、民藝のひとつの条件である無名性はそこにはなく、芹沢の強烈な個性を見えて仕方がない。それが鼻につくと言うのではないが、身近に置いてほっとしたいのであれば、伏見人形など、無名の人の手になるものがよい。このことは柳の民藝論に照らすと重要な問題を孕むが、ここではそれに触れない。宗廣陽助の芹沢コレクションはその数の多さにまず驚く。チラシに書いてあるように、それは「渾身の蒐集」で、よほど作家と作品に思い入れがあったが、田舎とはいえ、黒光りした大きな空間に置かれる家具や芹沢の作品を見ると、まずその経済力に思いを馳せてしまう。田舎の素朴さと言えばそうなのだが、その一方で、金持ち具合がどうしてもちらつく。そういう時、筆者は自分が所有する名もない職人が作った、掌に乗る小さな土人形を思い浮かべる。柳が評価した民藝は、今ではもう金持ちの独占品になってしまったところがある。作品を作って生涯暮らしたいと考える人はいつの時代も多いが、その生き方はなかなか困難だ。これから老齢化一方の日本、新たな民芸と呼ぼうか、何かそんなものが生まれる予感もある。それはアール・ブリュットとも接したもので、欠かせない条件は、手元に置いて愛玩したくなるようないじらしさだ。
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by uuuzen | 2012-06-26 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON | Comments(0)


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