●嵐山駅前の変化、その209(ホテル)
養の義務と言われると困ってしまう。筆者の母親は厚生年金基金に長年加入していたので、正直なところ、筆者より年収がはるかに多い。



それを母親は情けないと思っているが、筆者が金の亡者にならなかったのは、母親に育てられたからであり、経済的に不甲斐がないのは、母の責任でもあるとほとんど開き直っている。さて、今日もまたこの駅の変化シリーズに投稿することにしたが、掲載する写真は去年5月30日の撮影だ。ちょうど1年ぶりとなる5日後に投稿しようと思っていたが、ここ数日のうすら寒い天気で風邪を引いたのか、微熱がずっと去らず、ほかのカテゴリーに投稿する気力がない。それで、昨日あたりから急に大きな話題になっているお笑い芸人の母親が受給していた生活保護に絡めて書くことにした。話を戻すと、母は今は妹宅のすぐそばに住んでいる。妹が面倒を見ている形だが、実際は母は経済的に自立していて、妹にしかるべき費用をわたしている。母が自立出来ているのは、数十年の間、厚生年金を積み立てたからだ。それに母は30代まではリューマチに悩まされ、その痛み止めの薬を筆者が買いに走ったことも何度かあったが、いつの間にかリューマチはきれいさっぱりなくなり、その後は病気らしい病気をしたことがない。母方は長命の筋で、90代まで生きるだろうと妹は先日も語っていた。全く85歳とは思えない迫力があって、筆者がただひとり頭が上がらないのは母だ。その母が健康でしかも経済的に自立しているおかげで筆者はこの年齢まで好き勝手なことをして生きて来られた。母は筆者に将来面倒を見てほしいと言ったことはないし、子に迷惑はかけたくないと内心思っているのではないだろうか。筆者も息子には迷惑をかけたくない。また、たまには親の喜ぶ何かをしてほしいと思ったこともない。願いと言えば、楽しく生きてほしいということのみだ。ところが、それが一番難しい問題のようで、息子は傍目には鬱屈した日々を送っている。それにもちろん親のために何かちょっとした食べ物を買って来るとか、レストランに連れて行くといったことも一度もしたことがないどころか、たまに筆者は息子を誘って家族3人で食べに行く。息子が親に偉そうな口を利くと、筆者がいつも言うのは、一切親がかりにならない生活、つまり完全に自立してから物を言えと諭す。この経済的に自立した生活というのが今の若者には難しいのだろうか。
d0053294_0134785.jpg

 先日の子ども神輿の日に若い母親と話したことは書いた。その時、彼女は最近は結婚してもすぐに別れる女性が多いと言った。それにそういう女性は子どもをひとりやふたりは抱えているから、経済的に困窮している。それで生活保護にかかるのだが、すぐ近くに夫が住んでいて、夜になるとやって来る。離婚は偽装なのだ。生活費に困るからそのようなことをして民生にかかる。家内もそういう若い夫婦を知っていたが、それなりに抱えている事情を聞くと暗澹たる気持ちになった。生活保護についてこんな思い出もある。80年代半ばのことだ。筆者はある呉服商からキモノを染める注文をもらった。出来上がったものが相手は気に入らず、染め直した。その呉服商にはふたりの子があった。娘は日本舞踊を習い、祇園の歌舞練場で豪華な発表会を開くほどであった。そのチケットをもらったので見に行くと、息子がビデオ・カメラを回して妹の踊りを撮影していた。どう見ても中流の上といった生活ぶりだ。ところが、この夫婦は生活保護を受けていた。不正受給だ。どうして収入をごまかしているのか知らないが、もらえるものはもらっておこうという考えだ。これが筆者には理解出来ない。そういう強欲を恥と思わない連中とは親しくなりたくはない。その夫婦は今生きていれば筆者の母と同じ80代半ばであろう。これはまた別の話。友人のNはある設計会社の専属の下請けをして年収は1000万を越えていたが、生来の交際嫌いから仕事をもらうのにぺこぺこせず、敵も作っていた。そのうえ不景気になって仕事の減少が明らかになって来た。そういう頃、筆者に収入の心配をしたことがある。筆者は生活保護のことを話した。するとNはそんな制度があるとは知らなかった、それでは仕事がなくなればそれを受けようと笑いながら言った。それに対して筆者は、自分名義の家や車を持たず、資産が何もない場合に限ると言った。たちまち失望の色を浮かべ、それなら早いこと死んだ方がましかと返した。実際その数年後には亡くなったが、当時仕事が激減していたのかどうか知らない。ともかく、生活保護を受けずに死んだことは確かで、Nはプライドを保つことが出来た。もうひとつ書いておく。中学生の頃の友人Mが独身のまま肝臓癌で死んだのは去年のことだ。そのことをMの姉の喪中はがきで知った。Mはほとんど崩壊寸前に見える木造の連棟の借家に住んでいた。姉に電話をかけて初めて知ったが、Mは一級建築士の資格を持ちながら、長年生活保護にかかっていた。そのことをMが筆者に言わなかったのは、せめてものプライドがあったのだろう。なぜ生活保護にかかったのかは知らないが、気弱なMは営業が出来ず、姉から敷金を出してもらって開いた事務所も数年で閉めた。そして肝臓を悪くしていることに気づいて病院通いが始まった。収入がなく、病気であれば生活保護の対象になるだろう。姉は金持ちに嫁いだので、弟の生活費くらいはどうにか出来たと思うが、嫁ぎ先にそれを言って許してもらえるだろうか。親族に金持ちがいても生活保護を受けることになる事例は多い。
 筆者の母は20代半ばで子3人を抱えて生きて行かねばならなかった。あまりの貧困で、ガス管をくわえて自殺しようと思ったこともあると聞く。ある日、そういう生活を見かねて母に助言してくれた年配の女性がいた。生活保護を受ければいいと言ってくれたのだ。母は区役所に行き、早速受給が認められた。毎月どれほどの支給であったか知らないが、母はこれを長年屈辱と思っていて、毎月区役所にもらいに行って来た後、とても不機嫌であった。係員は毎月わが家にやって来て家の中を隅々まで調べる。TVがないのはあまりまえ、冷蔵庫や洗濯機も当然、米がどれほど残っているかまで確認する。プライヴァシーのかけらも当時はなかった。本当に生活に困窮している世帯だけにわたすということが徹底していたと思う。生活保護は筆者が中学を出る時まで受給したが、高校に進学するのであれば、定時制高校ならば受給資格はあるが、そうでない場合は経済的に余裕があるとみなされて打ち切られた。高校に行けばどうにかアルバイトも出来るので、母は喜んで生活保護打ち切りを選んだ。その時の母の晴れ晴れした顔は忘れない。いくらただでもらえるものであるからといっても、その屈辱的な扱いを思うと、二度と受けたくないと語った。母は生活保護費と自分の収入だけでは生活が立ち行かず、2か月に一度くらいは泉大津に住む叔父の家に無心に行った。母に連れられて叔父の家に行った日々のことは忘れない。叔父は筆者が学校の成績がいいのでいつも大変喜んだが、それでも学費を着前よく出してくれたことはごくわずかであった。母の悔しさはどれほどであったかと思う。だが、筆者は金を儲けるという思いが欠如していて、いつか金持ちになって見返してやろうという思いを抱かなかった。まことに不甲斐ないの一言だが、Mのように生活保護にかかるようなことにはなりたくないと思っている。それに筆者は人に金を貸したことはあるが、銀行ローン以外に借りたことはない。ともかく、母が生活保護を受けなくなってから、日本は急速に金持ちになった。そして今では戦後の最も受給者が多かった時代よりも保護を受ける世帯が増えている。そして、何よりもなくなったのは、母が思ったような恥の思いだ。
 お笑い芸人が有名になって年収5000万はあるのに、母に相変わらず生活保護を受けさせていた。これを非難する書き込みがネットでは満載だ。そこで思うのは、扶養の義務だ。たいていの親は子に頼りたくないと本来は思っている。親や兄弟でもお金の話は別なのだ。生活保護の受給は、親族に余裕がない場合と定められている。この親族は親兄弟、姪や甥まで含む。だが、実際問題として、姪や甥が生活に困窮していて、それを助ける親族がどれほどあるだろう。それほど日本は家族、一族が一致団結した運命共同体としての意識を全員が持っているだろうか。一族の中である者のみが経済的に困れば、それは他の者から疎まれるであろうし、本人も恥じて親類とはつき合わないようにするだろう。年収5000万もありながら母に生活保護をもらわせ続けたというのことが法律的に問題となるのであれば、その息子の年収がいったいどこまでならそれに抵触しないかということを明らかにせねばならない。たとえばの話、その芸人は年収100万に満たないので母に受給させたと言うが、100万でも多いと言う意見がいずれ出て来ないか。100万でも親子でどうにか餓死しないで食べることは出来るだろうし、実際にそういう親子はいるに違いない。筆者が思うに、その芸人の5000万という年収が面白くない連中が騒いでいる。芸人を引きずり下して「ざまあみろ」と言いたい根性だ。そういう連中がどれほど親孝行しているのか、ともかく最低限は自立しているべきだ。そのうえ、一族に貧しい者がいれば、自分の食べるものを削ってでも生活を援助するという覚悟を持ってもらわねばならない。昨夜のTVコマーシャルに、ダウンタウンの松本が出ていて、「正直もんが損をするという奴に限って正直もんはおらへん」といったものがあった。まさにそのとおりで、今回の芸人の母の生活保護事件で言葉の限りでののしっている書き込みを拾い読みすると、背筋に寒いものが走る。生活保護の仕組みが曲がり角に来ていると言われるのは、日本経済が下降線をたどり始めているからだろう。金に余裕のある時代は、政治家は自分の懐が痛まないものであるから、どんどん金をばら撒いたではないか。生活保護の仕組みだけがおかしいのではなく、改善しなければならない問題が山積している。その一例が大阪市の職員の給料カット問題もあるが、先に書いたように、戦後のいつからか、急速に恥ということを知らない世代が急増した。これは学校教育を改めれば済む問題か。それは違うだろう。日本が金持ちになるにつれて必然的に抱えることになった内的腐敗のようなもので、いつかまた経済的貧しい国になれば昔のようになるだろう。ただし、それを望む人が多いとしての話だ。戦後の闇市が盛んであった時、米を買わずに餓死した裁判官がいた。人はそれを融通の利かない馬鹿と思うか、聖人のように立派であったと思うかさまざまであろうが、裁判官のようにみな餓死していたならば、戦後の復興はなかった。清濁合わせ飲むという言葉があるが、清ばかり強く主張する者に限って濁にまみれていることを自覚しない。
[PR]
by uuuzen | 2012-05-25 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


●嵐山駅前の変化、その208(... >> << ●『愛の選択~産婦人科の女医』
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
> フランクザッパさん ..
by uuuzen at 17:50
コメント欄がわからなかっ..
by フランクザッパ at 13:51
ご指摘どうもありがとうご..
by uuuzen at 12:22
Frank zappa ..
by ザッパ at 08:30
何年も前に書いた文章に感..
by uuuzen at 16:20
はじめまして。興味を引く..
by 文学座支持会元会員 at 11:15
最近あまりに多忙で録画は..
by uuuzen at 15:31
唐突に失礼いたします。ど..
by タイタン at 14:59
暴力事件は訴えても警察が..
by uuuzen at 15:11
地下鉄の件事件になります..
by ネイル at 19:07
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venusha..
ファン
         ブログトップ
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  © Copyright 2017 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.