●ムーンゴッタ・2012年3月
みは「甘い」か「辛い」か、あるいは「苦い」か。どうも「甘さ」と「辛さ」だけでは物事が二分されないようだ。ところで、体質が変化して来ているのか、ここ数か月、体中が痒くて、爪でごしごしとやる。



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そのため、下着が血の斑点で細かい水玉模様になり、家内が洗濯のたびにうるさい。普段と違うものを食べているかと言えばそうでもない。原因がわからない。息子がひどいアトピー性皮膚炎で、首周りの肌が象みたいになっているが、筆者もだんだんとそれに似て来ているのかと思わないでもない。筆者にもアトピー性皮膚炎になる遺伝的資質があり、それがいつもは眠っているが、何らかの拍子に活性化するのかもしれない。息子は筆者のそういう資質を極度に受け継いだのか。そんなことを考えながら、一方で思うのは、精神的ストレスだ。自分ではそれはほとんどないと思っているが、元来わがままな筆者は少しでも物事が予定どおりに運ばないことがあると、いらいらが募る。そういうことはしょっちゅうだが、ここ数か月は多かったかもしれない。それを反映しての肌の痒さかと思ってみる。だが、それが原因なら、昔からそういうことがあってしかるべきだが、そんなことはなかった。となれば、還暦を迎えてから体質が変わり始めているのかもしれない。老化に伴なってそういうことがあっても不思議ではない。あまり自分の体のことを過信しない方がいいのだろう。これは最近書いたと思うが、全身のそのひどいかぶれのような肌荒れは、正月に銭湯の薬湯にたっぷり浸かって完治した。それは薬のせいではなく、リラックスした精神的なゆとりが大きな原因ではないだろうか。その後また痒みはぶり返しているが、正月以前ほどにはひどくない。とはいえ、いつ猛烈な状態にならないとも限らない。さて、その痒みだが、2日前から急に目がしらに生じ始めた。花粉の影響だ。その痒さと同時にくしゃみが止まらない。出始めると10回はする。それも5メートルほどしぶきが飛ぶ強烈さだ。以前家内に話したことだが、そのようなくしゃみを満員電車で、しかも女性の顔にまともに浴びせればどうなるだろう。痴漢ではないが、それと同じほどの騒ぎになって駅員が飛んで来て、そして警官が呼ばれて、迷惑条例防止法によって逮捕されるかもしれない。これほど花粉によるくしゃみが多いのであるから、そんな事件があっていいはずだが、まだ紹介されないところ、痴漢とは違ってどうにか許される行為であるのか、あるいは、誰もそんな恐ろしいことをしないと見える。筆者はたまに家内の顔にそうしてしまう。家内の避けるのが遅いので顔にしぶきがかかってしまうのだが、当然怒りながら、すぐに顔を手で拭ってその手を筆者になすりつけて来る。それは、そうしたところで、かかったしぶきはどうしようもないことがわかっていながら、そうするしかないからだ。家内も仕返しに筆者に同じことをすればいいが、上品と言うか、小柄のせいか、くしゃみの威力は筆者の100分の1ほどだ。それでいつも筆者のマンモスのようなくしゃみの大きさに驚嘆している。
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 花粉は筆者が子どもの頃からあったのに、当時はそれでくしゃみが出たり目が痒くなることはなかった。となれば、時代につれて人間の何かが変化して来ているとしか思えない。先に「老化に伴なって」と書いたが、それだけが理由でもなさそうだ。時代によって変わるこの体質は、体力が衰えているためか、その反対に免疫力が高まっているためだろうか。時代とともに食物の質が微妙に変化しているのは確かであろう。食品添加物の問題もある。そのように、時代の変化に伴なう体質を左右する要素があまりにさまざまであるため、何がどう影響してアレルギー反応が多く生じているかはわからない。アトピーも同じで、根本的な原因を突き止めることが出来ない。それを言えば癌もだろう。複雑に絡み合っている現在という世界では、病気もまたその複雑さを背景にしている。そういう複雑化時代に「甘さ」と「辛さ」の対立項で物事を捉えることは出来ない。スイカに塩をかけて食べるように、甘さに辛さを足すことで何事もバランスがよくなる。つまり、甘さにはわずかな辛さを混ぜ、また辛さにも甘さをそうする必要がある。さて、どうでもいいことを書きながら、今また目がしらを強くこすった。一旦こすり始めると1分ほどはぐりぐりとする。痒い箇所が半ばただれていて、そこを強く刺激することで痒さが収まった気になる。これはかなりSM的な性質だ。痒い部分を血が出るまでひどく掻いて満足すること自体、マゾとサドをひとりで演じているも同然だが、痒みは動物にとって普遍的な感覚ではないか。猫や犬もよく体を掻いている。小さな虫もそうなのかもしれない。痒みがなぜ生じるのか。これは動物の始源を知るのと同じほど遠大な研究テーマではないだろうか。またどうでもいいことを書いてしまった。そろそろ今日の本題に入ろう。今日は写真を3枚載せる。それを思って上記の二段落を書いた。
d0053294_0534352.jpg 今日が満月だが、あいにく曇り空だ。午後7時頃、いつもよりかなり遅い目にムーギョに買い物に出かけた。途中で満月が拝めるかもしれないと考えてカメラを持って出た。いや、買い物はどうでもよく、満月を撮るために出かけた。途中大きな畑があって、その横の小川沿いに白梅の古木があるが、一昨日の夕方は8分咲きの状態で、根元からライトアップされていた。今日は家を出た途端、満月が見えないほど分厚い雲が空全体にかかっていることがわかったので、満月の写真は無理だが、そのライトアップの白梅を撮影しようと思った。ところが、家主は満月が見えないならライトアップは無駄と判断したようで、照らされていなかった。時間が早いためかと思って、ゆっくり買い物をして帰り道にまた通りがかると、やはり点灯されていなかった。満月もなく、夜の観梅もなく、今夜はさっぱりだ。深夜になれば少しは晴れて満月が見えるかもしれないと思い、何度か表に出て空を仰いだが、雲の向こうに全く月明かりは見えない。今、日づけか変わったが、窓から見える空は雲が厚く、月も星もない。明日は終日出かけねばならないのに、雨のようだ。ともかく、今夜はせっかくの満月であるのに、とうとう今月はその写真を載せることが出来ないか。昨夜はそのようになることを想像し、予備として撮影しておいた。昨夜も今日と同じ時間帯に買い物に出かけたが、雲の厚さは今夜よりかなり薄かったようで、ごくうっすらと月が見えた。その写真も撮ったが、さっぱり面白くない。満月は明るいのが値打ちで、空全体を覆う雲の向こうにかろうじて位置がわかる程度に見えても仕方がない。ところが、昨夜は9時過ぎから雲が消え始め、地面を浩浩と照らし始めたではないか。今日の最初の2枚はその頃、家の前、つまり阪急嵐山駅の真上に昇っているのを撮ったものだ。昨夜は厳密には満月ではない。それは今日でなければならない。そのことが気がかりであった。それでだ。昨夜は午後11時半頃から久しぶりに長文の手紙を書き始め、夢中になって5枚書き終わったのが2時半であった。満月はどんどん昇り、南の空に移動していた。布団にもぐり込む直前にベランダに出て撮影した。縦画面にし、下方に嵐山の稜線を入れた。それは日づけが変わって3月8日の撮影で、今月の満月の写真として載せることに問題はない。予備に撮ったとはいえ、今月もどうにか満月の日の写真を載せることが出来る。この明るい満月は「甘い」か「辛い」か。満月に思い出がある人は多いとだろうが、筆者はもちろん「甘い」思い出だ。まさか「痒い」思い出を持つ人はなかろう。月アレルギーという病気が時代が変われば生まれないとも限らないが。
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by uuuzen | 2012-03-08 23:59 | ●新・嵐山だより(特別編) | Comments(0)


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