●嵐山駅前の変化、その195(ホテル、駅舎から広場)
(から)いと辛(つら)いが同じ漢字で、苦(にが)いと苦(くる)しいもそうであることを思うと、人間は甘いものが好きであることがわかる。それゆえに悩みや心配を取り除いてくれる存在を「甘い」と思うだろう。



漫才師の中島という女性がマインド・コントロールされて貯金をほとんど全部霊能者に使い果たすという出来事が連日TVをにぎわせている。オウム心理教で有名になった評論家に意見を仰ぎ、マインド・コントロールの恐ろしさを改めて宣伝するのにいい機会と思っているのだろう。マインド・コントロールはどんな宗教でもつきもので、マス・メディアも重視している。常に知辛い社会において人々はせめて一瞬でも甘い夢を見させてくれることを望んでいるから、そこにつけ込んで心を支配しようとするのは、霊能者や宗教に限らず、どのような商売にもある。また、自分の心が他者からコントロールされていることを疑わない人は多いし、TVのワイド・ショーが霊能者のマインド・コントロールを非難するのは、何となく商売仇を叩いてやれといった行動に見えなくもない。先日自治会のある人と久しぶりに話をして、また日本赤十字社の話題になった。以前にも書いたが、その人が言うには、日本で一番大きなパーティを東京の歴史あるホテル開催するのが同社であって、その費用は取りも直さずみんなから集めた募金から出ているという。また、宮家の人々が同社の偉いさんに就任しているが、東日本大震災で日本中から集めた多額の募金の幾分かが同社を運営する人々の懐に入っていて、人々の善意の100パーセントが被災者に届いていないとのことだ。わが自治会は毎年同社に集めた募金を納めているが、1軒当たり500円が最低と決まっていて、そのことに別段どの家庭も意義を唱えず、わが自治会だけでも6万円ほどになる。これが日本全国であるので、巨大地震に関係なく莫大な金が毎年決まって同社に集まる。それがどのように使われているのか、いちおうはパンフレットで報告があると記憶するが、誰もまともにそれを見たことがない。みな日本赤十字の活動は空気のようなあたりまえの存在で、活動に全く疑いを挟まない。心優しい人は、赤十字という世界共通の輝かしい目印と名前の前に、同社に携わる人々もボランティアで活動しているどころか、毎年多額の寄附をしていると思っているが、現実はそうではなく、同社を運営するに必要な経費は募金から天引きするのだろう。それだけならいいが、何しろ数百億という巨額であるから、多少は恵まれない人々に届かなくても誰にもわからない。筆者はそんなことを考えたこともなかったが、その人は以前から同社に批判的で、巨額を集める裏でどう勝手に使い込まれているかわからないと言う。そこで思うのは、マインド・コントロールを国民に長年施して来ている新興宗教と大差ない集団ではないかということだ。違うのは、宗教は信者だけを甘い思いにさせることだ。巨額の集まるところには、必ず美談があり、その美談を形成するのにマインド・コントロールの手法は欠かせない。
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 巨額は甘い蜂蜜にたとえられる。それに大勢が群がる。「辛い」は「けちんぼ」と同じような意味でも使われるが、そこには金を出し惜しみする、あるいは金がないといった情景がある。それを人々は醜いと思う。つまり、マインド・コントロールは、誰しも待望しているものであり、本来孤独である人間は群れを作って安心し、その群れのリーダーを崇めるという習性がある。それは本能だ。漫才師の中島をたぶらかしたかもしれない霊能者が非難されるのは、中島という個人に寄りかかったからだ。これが数百人、数千人単位になれば、そこには甘い甘い匂いが漂い、霊能者は偉大な教祖と持ち上げられたり、政治家としてかつぎ出されもするだろう。中島ひとりに寄生したところに、人々はどこかちっぽけな詐欺師や「けちんぼ」を連想してしまう。どうせ人心を制御するのであれば、多数である方がよい。この多数が信頼しているということに人は弱い。そのため、TV局は視聴率を気にし、また庶民は一流会社に憧れ、有名芸能人を雲の上の偉い人のように思う。それはさておき、昨日ワイド・ショーで中島事件を見ていると、コメンテーターの中に東大の非常勤講師という女性が出ていて、その人の他の職業を見て笑ってしまった。簡単に言えば何でも屋で、TVに出て顔を売り、何か発言させてくれる場所にはせっせと媚びを振りまいて出かけるのだろう。こういういかにもTV向きの、正体不明でどこかいかがわしい感じの女性を、TV局がどこでどう見つけて来て出演させるのか知らないが、当然本人の強い売り込みがあるだろう。その女性は甘い蜜をよく知っているのだ。その点では中島をたぶらかした霊能者と大差ない。ちょっとした何かが違って、片やTVのコメンテーター、片やいかがわしい霊能者と見られる。その対比は全くTV向きで、TVそのものがまた巨大な甘味の塊であることを晒け出している。東大の非常勤講師と大書される身分が世間でどれほど黄門さまの印籠となり得るのか知らないが、当人もTV局も視聴者をひれ伏させるに充分なマインド・コントロールの武器と思っているのだろう。
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 先日「よーいドン」という朝の番組で、円広志が滋賀に住む若い画家の紹介を見ながらコメントしていたことが印章に残った。以前も似たことを発言していたが、それは日本では一般人が絵を買って家に飾る習慣がなく、若手の画家はみな経済的に苦労しているという意見だ。それに引き換え、漫才師はTVに出て有名になり、恵まれた暮らしをするとつけ加えていた。それはヨシモトの活発な営業活動の賜物である一方、日本中がお笑いを強く求めているからでもあるだろう。それほどに笑っていなければ辛くて仕方がない世の中なのかもしれない。絵画が生活上必要でないものという感覚は昔からそうであったか。床の間がどの家庭にもあった時代はそうではなかった。それが今ではまずそんな無用のものはさっさと取り払われ、広い部屋にリフォームされる。季節に応じた掛軸を飾るなど、考えもつかない人ばかりが増え、一方で若手画家はどこに飾っていいのか困るほど大きな絵を1年に2回描いて公募展に出す。とかく画家は生活が苦しく、甘さからは徹底して遠い存在であると認識され、ますます一般人からは遠い存在となる。有名になるには、とにかく「甘さ」を念頭に置いて、人を喜ばせることを考えねばならない。筆者のこのブログも同じで、毎日こうした辛口のことを書いていると、誰も読まなくても当然で、せいぜい口当たりのいい、甘い笑いを誘うようなことを書くに限る。1日に数万人が見るブログは、どれもそうした壷をよく押さえていて、「甘さ」に人が群がることをよく知っている。この「甘さ」は大衆文化の最重要の要素で、かくて日本中が甘さだらけに浸っている。「甘さ」は一方では昔から子ども向きと思われてもいて、大人は「辛(から)さ」や「苦味」「渋み」がわかるとされる。甘い食べ物は誰にも歓迎されるが、この大人向きの苦さや渋さは少数派が歓迎する。少数派はどこまで行っても少数派で、大きな動きにはなりようがない。甘さ大好き人間からすれば、無視してよい存在だ。したがって、世間では表に出る幕がない。そのため、TV番組はどれも甘味万歳で、マス・メディアもみなそれに右へならえだ。そう言う筆者も甘いものは大好きだが、それを食べ過ぎると体に悪いことは重々承知いている。それに、酒と一緒に食べるなら、やはり辛いものか渋いものに限る。その複雑な味は、甘いという、子どもでもわかる単純さとは別格だ。
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 母乳が甘いことが、甘さを歓迎する世界の根本になっている。母親は自分の子に笑顔で乳を与えるが、かくて乳児は「甘さ」と包み込んでくれるような笑顔を人生の最初の段階で決定的に記憶する。その一方で言われるのが、子どもの将来を駄目にしようとすれば、玩具を与え過ぎるに限ることだ。甘さだらけの状態に浸らせると、そこで精神がふやけてしまうということだろう。そのため、母乳の甘さと母の笑顔を見るかたわら、子どもは自分の望みは常に満たされない「辛(から)さ」を覚える。この甘さと辛さのバランスが子どもを正常な大人に育てて行く。大人になれば人生の甘いも辛いもよくわかるようになるが、誰でも「甘い」笑顔は歓迎で、そういう人に接していたいと思う。しかめっ面をした大人に近寄りたくないのは子どもでも同じで、笑顔、つまり甘さの威力は何にも代えがたい。ところが、こんも笑顔もいろいろで、その奥の心が本当に微笑んでいるかどうかが問題だ。そうなると、表面的にしかめっ面をしていても、内面がその反対という場合もあり、そういうことは子どもでも敏感に感じる。TVを見ていて思うのは、タレントがその点どういうように自覚しているか、また番組製作者がどうであるかだ。視聴率を稼ぐ必要のあるTV番組は、こぞって「甘い」笑顔を前面に押し出すが、そこにわざとらしさが微塵でも感得出来れば、たちまち見るに耐えないものとなる。大阪は「笑い」つまり「甘さ」を長年培って来た土地で、そのあたりのことに関してはタレントや番組製作者も他県の人よりきわめて敏感であり、視聴者の心の奥を解きほぐすことについては抜群の能力がある。ただし、円広志が言うように、お笑い芸人が歓迎されて、成功すれば経済的に豊かな生活が出来ることに対し、画家はまずそんなことはないというのは、「甘さ」を「笑顔」だけに結びつけているためで、それは乳児的、幼児的文化と言えるだろう。真に大人の文化国家を思うのであれば、お笑い芸人と同等、もしくはそれ以上に大勢の画家を初めとする芸術家が世間をにぎわす必要がある。ところが、TVは人の動きと言葉で成立しており、無言の絵画を静止画像で見せる場ではない。静止している絵は死んでいるも同然と思う人の方が多いはずで、日本では今後も画家がお笑い芸人以上の地位を獲得することはない。そういう人があるとすれば、乳児や幼児に歓迎されるような、徹底して「甘い」笑顔を描くに限る。日本文化のキーワードとして世界的に有名になった「かわいい」は、まさに乳児国家で「甘え」だらけの日本を象徴している。だが、誰でも乳児期に甘い笑顔でマインド・コントロールされるのであるから、それは日本の先進国家ぶりを示しているのかもしれない。さて、今日の駅前写真は去年3月26日撮影の3枚だ。MUSICTODAYが2月17日にキャプテン・ビーフハートの新譜CDを発送したとのメールを送って来たが、もうそろそろ届くだろう。その到着日までこのカテゴリーを続けるつもりでいる。
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by uuuzen | 2012-03-06 22:41 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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