●嵐山駅前の変化、その194(ホテル)
みや不安が高ずると、何かにすがりたくなるのが人間だ。それは永遠に変わらない。悩みや不安を抱えない、精神的に強い人もまた人間にはいて、それも永遠に変わらない。



そしてこの2種の人間がいる限り、いわゆる宗教というものがなくならない。筆者は特定の宗教やそれに類する教えに無関心だが、今までに熱心な信者にそれなりに出会って来たし、今でもたまに宗教の誘いを受ける。話し好きなこともあって、つい相手の話に耳を貸してしまうからだ。これは相手にとって結局時間の無駄になるので、筆者は親切のようでいて、本当はその逆だ。相手の誘いに乗らないという自信があるならば、中途半端に話を聞かずに、さっさと恐い顔をして拒否すればいいのだ。ところが気の弱い筆者はそれがなかなか出来ない。それでついずるずると関係が続いてしまう。だが、いつも最後には相手は諦めてやって来なくなる。筆者がそうした新興宗教に興味がないのは、まず立派な建物があることが不思議だからだ。それらの資金がどこで集めているのかと言えば、当然信者らから巻き上げたものだ。悩みを解消出来た代わりに信者はその感謝を他者に広めねばならず、そうしてねずみ算式にお金が教祖のもとに雪崩れ込む。集金団体として新興宗教は学校についてぼろい商売だ。無税であることをいいことに、また悩める人の心をマインド・コントロールによって喚起に導くことで、教祖および側近らは雲の上の暮らしが出来る。それを理不尽と思ってはならないだろう。何しろ悩める人や不安を抱える人を助けたのであるから、これは芸能人や政治家どころの実力ではない。そういう優れた才能を持つ人が大金持ちになるのは当然過ぎることで、現在の世の中は、どれほど多くの人を感動させたかで収入が左右する。だがそこで思うのはキリストだ。本人は十字架上に釘で磔にされ、槍で刺されて死に、最期は水さえろくにもらえなかったのに、後にローマ帝国が認め、神に祀り上げて教会が栄え、ローマ教皇は金ピカの衣裳に身をくるみ、飢えとは無縁の生涯を送るようになった。こんな理不尽な話はないと思うが、どの国の大きな宗教でも大同小異で、教祖は迫害に遭って悲惨な死に方をする。その看板を盾に安泰な暮らしをするのが、後の教祖たちだ。そして、日本の戦後の新興宗教は、最初から教祖が裕福な暮らしを目指して活動する。現世の御利益主義ということで、それを歓迎するのがまた現代の信者たちだ。
 ザッパの自伝に、若い頃の一時期、宗教の教祖になろうとしたことが書かれている。また、若い頃、つまり20歳頃の新興宗教家を主人公にしたB級映画の音楽を担当したこともあり、金がなければどうしようもない資本主義社会のアメリカにおいて、いかにして金を儲けるかについて悩み、また興味を持っていたかがわかる。結局ザッパは新興宗教の教祖にはならなかったが、音楽においてそれに似た立場を獲得した。ザッパ・ファンは熱烈な人が多いとよく言われるが、筆者はその点を否定はしないものの、ザッパの音楽だけが最高とは思っていないし、またザッパの生涯の活動に関しては割合冷めた目で見ている。熱烈ではあっても、熱狂ではない。冷徹さが裏打ちされている。ザッパもそうであった。ザッパの音楽は冷徹であり熱烈だ。そしてすべての芸術はそうあるべきだ。ところが、冷徹さを一面では拒否するのが新興宗教だ。ただただ信者を熱烈な境地に誘い、教祖の言葉を冷徹には判断出来ないようにしてしまう。中にはそれがよくわかっている人もいるが、そういう人はいずれは独立して別の宗教団体を作る。教祖が名誉も金もひとり占めしているからくりを知ると、いつまでもそこにとどまっていることをアホらしく思う。そのように冷徹に判断出来る者は教祖になり得る。筆者はどちらかと言えばその部類だと思っているが、元来が慎ましやかな生活で満足出来るので、教祖は無理だ。教祖は貪欲な人しかなれない。その貪欲さは、そうではない人には時に神々しく映る。人間は圧倒的に強い者には弱い。
 さて、10日ほど前のこと、ある見慣れない老婦人が予告なしにわが家にやって来た。あまり詳しく書くのはまずいが、筆者は知らないが、相手は筆者を知っていた。婦人はいきなり当日の午後に開催される集会にぜひ参加してほしいと言う。外出するので無理だと応えると、1冊の本を置いて行った。筆者は他人から無理強いされた本は絶対にと言ってよいほど読まないが、簡単に読めそうな本なので、早速目を通し始めた。2時間かからずに読破出来たが、巻末の著者の写真を見ると、筆者と同世代の女性で、かなりの美人だ。女優もしくは高級クラブのママといった雰囲気だ。名前をネット検索すると、ヒット数は筆者より少なかったが、父親がどうやら新興宗教の教祖で、その二代目を継いだことがわかった。本の内容は信者の体験談だ。つまり、その女性教祖にアドヴァイスを受けて物事が好転したという話が10ほど紹介されている。それだけなら、なかなかいい話で、読んでいても楽しいが、問題は、随所に教祖の他の著書を紹介し、また集会に参加することを促していることだ。その集会は研究会と称して会費が必要だ。どこかホテルでも借りるのであるから、会費がいるのは理解出来る。また、研究会と表現しているのは、宗教ではないという考えからだろう。その女性が中心となるその会が、宗教であれ何であれ、人の悩みに耳を貸し、また不安を除くような活動をしている点で存在理由はあるし、また活動のために会費を求めるのも当然だ。わが家を訪れた老婦人はその会にぞっこんはまっていて、筆者を説得して入会させたいらしいことがすぐにわかったので、読後に手紙を同封してポストに返却しに行った。だが、翌日またやって来て別の本を読んでほしいと言い、さらに厚い1冊を置いて帰った。その題名がまるでオカルトで、思わず笑ってしまうし、今度は読みたくない。だが、美貌の持ち主であるし、学もそれなりに入っているので、魅せられる人は多いのだろう。教祖という職業はなかなかいい。何しろ人々の悩みや不安を解消して感激される。日本がますます不安な老人社会になるにしたがって、老人たちは楽しい時間をいかに過ごすかに腐心する。そういう老人相手に悩みを聞いてあげて金を儲けることは悪いことではない。むしろ奉仕だ。だが、筆者は信者にはならない。むしろ教祖になりたい。そのためのオーラはどのようなものが必要なのだろう。簡単に言えば人間的魅力だが、それを高めるには人に多く交わらねばならない。引っ込み思案の筆者は無理か。今日の写真は去年3月18日の駅前ホテルの建設状況。
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by uuuzen | 2012-03-05 22:20 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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