●嵐山駅前の変化、その193(ホテル、脇道)
害は備えがあれば被害を少なく抑えられる。そのため、わが自治会でも防災委員を毎年選んで区役所に報告する必要がある。



その締切りが3月中旬だが、他にまだまとめていない数値などがあって、書類を書いていない。また、防災委員は自治会長が兼務し、補佐としてもう1名必要だが、これは気安い人に3年前から担当してもらっている。4月から4年目の自治会長を担当する筆者は、防災委員も担当するがも、役割と言えば秋の防災訓練に出るだけで、ほとんど日頃は用事がない。つまり、緊迫感がない。この安心し切っている態度がまずいのはよくわかっている。だが、大地震が来れば命運は天に任せるしかないとたいていの人は思っているだろう。特に京都ではそうではないか。京都は巨大地震が昔からあまりないところに思いがちだが、大判の防災マップが2年前に配布され、それを見ると、嵐山の3キロほど南方の桂あたりからそのさらに3キロほど南方の樫原(かたぎはら)まで断層が走っていて、それが動けば震度6から7くらいの大きな地震があるとの予想がある。確か20年ほどは心配無用らしいが、自然はどう動くかわからない。樫原断層は京都盆地では最も大きいもので、京都市内の洛西に昔からあまり人が住まなかった理由がわかる気がする。つい数日前、親類の車に乗ってその樫原地区に行き、車内から伏見に似た古い町並みを見て楽しんだが、そのまま断層上を走って桂に戻った。防災マップを見ると、嵐山は樫原断層の北端の延長上に位置しているので、断層が大きくずれると、嵐山もその害を免れ得ない。だが、津波や原発ないので、去年3月の東北大震災のような大災害にはならない。日本中どこにいても地震の被害に遭うので、常に腹をくくっている必要があるが、地震の被害の比較的少ない地域というのはやはりあるだろう。それが京都市内と言いたいのではないが、長らく都があって天皇が住んでいたことは、それだけ大昔の人の知恵や本能が働いて、比較的安心な土地という信頼があったのではないか。そういう迷信に似たことを今の科学者は否定しがちだが、科学の歴史は人間の歴史よりはるかに短い。そのため、自惚れない方がよい。多くの計器や頭脳がよってたかって計算しても、大災害は起きるし、それどころか、かえって大昔よりその規模が拡大している。さきほどNHKで去年の巨大地震当日の揺れや津波の映像特集を1時間見たが、一羽の雀が廃墟となった鉄筋コンクリートの建物内部を眺めている光景が一瞬大写しになった。雀は風景が激変したことを知っているだろうが、飛ぶことが出来るので、大地震の被害を人間ほどには感じていないはずだ。鳥たちにはほとんど何の被害もなかったのに対し、人間は愚かで、自然の驚異を侮った結果の大災害であったと見ることが出来る。
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 3月11日まで1週間で、毎日地震特集がTVで放送される。それが忘れ始められた頃にまた巨大な災害が起こるだろう。災害に遭うのは運命と割り切れるかどうか。前述の特集番組では、津波の襲来に備えて市役所の職員が向かい側に建つ鉄筋コンクリート集会場に避難したが、少しだけ遅れて外に出た女性は、先の女性が避難した建物の屋上にいる人が大声で津波がすぐ近くにやって来ることを怒鳴るのを聞き、慌てて市役所に戻り、その屋上に逃げたことで助かった。市内では津波の高さより高い建物は3,4つしかなく、そのうちのひとつが市役所であった。少し遅れて市役所を出たことで死を免れ、他方は先に出て、普段から津波の避難場所と定められている集会場に入った女性は溺れ死んだ。これを運命と言わずしてどう表現すればいいか。ほんの一瞬の判断や行動の差が生死を分ける。助かった人もいつかは死ぬので、死は早いか遅いかだけのことであり、そういう運命を人間は受け入れながら生きていかねばならない。去年還暦を迎えた筆者は、ポツポツと仲のよかった友人が死んで行き、この1年は、毎年感じることだが、やはり早かった。そして、例年とは違って、毎日の根底は晴れていなかった。それは今も同じだ。今年の遅い春を前にしながら、また桜が咲き、新緑の季節があり、夏の暑さにげんなりし、そして秋の紅葉を見て寒さに震えるという一年を一瞬で想像してみる。すると、何だかもううんざりだなと思わないでもない。そういうしんどさは、年齢を重ねるほどに増すのだろう。それを思うとさらにしんどくなる。家内の姉は亡くなる2か月ほど前、70になればどれだけ疲れやすくなるかを言った。それは体内に癌細胞が増殖していためだが、そのことを差し引いてもそういう気分になるのが70代だろう。そうした老人が大震災に遭遇し、避難所暮らしを始めたりしている現実を知ると、人間が長く生きることの意味がどこにあるかと思う。人生で最大に楽しくていいことは、晩年になるほどに生じるとは限らない。生きていて本当に楽しいと思える瞬間に死ねばいいものを、そういう例はまずない。たいていの人は尾羽を枯らしたような無残な気分に浸って、うんざりしながら死を向かえる。「終わりよければすべてよし」が真実であるとすれば、老境の憂鬱を抱えた日々というのは全く残酷で、割に合わないことではないか。人間が幸福を追求し、それを実現することに生甲斐を見出して来た動物であるならば、なぜそういうむごい老年が待っているのだろう。そして、現代の医学はそういうどうしようもない老年時代を長引かせるだけのことで、幸福感の増幅には貢献していないのではないか。そういう素朴な疑問は誰でも思って来たはずだが、これからますます老人だらけの世の中になる日本では、老年を人生で最高に楽しい時期と思えるような過ごし方をアドヴァイスする職業が増えるに違いない。また、それは必要なことだ。さて、今夜の駅前写真は去年3月14日の2枚だ。地震から3日後だ。だが、表向きは地震前と何も変わらない。
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by uuuzen | 2012-03-04 23:40 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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