●松尾駅の駐輪場、その17
気という言葉で何を思うかは人によって大きく違うだろう。数年前、TV番組で東尋坊の崖の上から海に飛び込むことを命じられた中年タレントがいた。



1時間ほどためらったあげく、飛び込まなかった。それを勇気のなさということは出来る。同番組のディレクターはよほどそのタレントに腹を立てたと思える。また、事情を説明されずに福井県まで連れて行かれたタレントもかわいそうだ。そうしたお笑い番組はほとんどタレントを奴隷のようにいじめて楽しむ。そのタレントは関東出身とばかり思っていたが、関西の若手お笑い芸人が大挙して東京のTV番組に出演するようになってからは、大阪出身であることを告白し、大阪弁を使うようになった。それだけでも大阪人らしくない、いくじのない男と思える。ま、そのあたりは生き抜くためのいろいろな事情があったのだろう。筆者の記憶では、その東尋坊に行った番組以降、ぱたりとTVに出演しなくなった。飛び込まなかったことが原因ではないかもしれないが、そうした飛び込みなど辞さない、ギャラも安くて済む新人タレントが大量にいるとなれば、TV局は中途半端な芸の中年タレントは使わなくなる。ここ数年そのタレントをTVで見たのは1,2回だ。ドサ回りをしてどうにか食いつないでいるだろうが、崖の下の海には救助員が2,3名に陣取っていて、死ぬ心配はまずなかったのに、自殺の名所であることを知れば躊躇はする。だが、タレントが一般人と同じように尻込みしたのでは、視聴者は白ける。お笑いタレントは時には後先考えない勇気が必要だ。また、その番組を見ながら、自分がその立場ならどうしたかと思った。その立場に実際に置かれないとわからないが、筆者が考えたのは、待つほどに恐くなるから、さっさと飛び込むことだ。そのタレントは待つほどにあれこれ考え、恐怖が増した。もしもという考えが100回、200回と頭とよぎったはずで、もうそうなると最初の時よりも体は強張っている。ところで、昔スティーヴ・マックイーン主演の映画『パピヨン』は封切りで見たが、特に最後の場面が記憶に強い。島流しにされた主人公は高い崖から海へ飛び込んで脱獄を実行する。その時、気弱な相棒のダスティン・ホフマンはとても自分には出来ないとあきらめ、背を向けて崖の端から去り、主人公はそのまま飛び込む。その時の両者の顔のアップの対比が見事であった。飛び込む勇気があるかないかで、その後の生活が分かれる。自由を求めるためには勇気を出す必要があると教えていた。崖から海への飛び込みはバンジー・ジャンプより恐いだろう。あるいは、どちらも似たものか。バンジー・ジャンプをやってみたいと笑顔で話す女性が身内にいる。筆者はとてもそういう気持ちになれない。バンジー・ジャンプはブランコと同じように、ロジェ・カイヨワの分類によれば眩暈の遊びだ。筆者は車を運転しないのでスピード狂ではなく、バンジー・ジャンプがいやなのは当然と言える。ともかく、筆者はそうした勇気に欠ける。
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 これは息子をロンドンに連れて行った昔のことだ。空港に着いた時、息子は空腹を覚えた。電話をして人待ちをするのに、旅行鞄やスーツケースを見ておかねばならず、筆者は1枚のポンド紙幣を息子に手わたして、買いにやらせた。50メートルほど離れたところにダンキン・ドーナツの店があって、20代の女性ひとりが売り子になっているのが見えた。顔つきからして、いかにも高卒の下町育ちだ。息子は小学3年であったが、当然英語を話すことは出来ず、店まで行くのをとてもいやがった。恐かったのだ。ところが食べたいのは山々だ。話さなくていいから、ほしいものを指で示すだけできっとわかってくれると息子に何度か言ったが、それでも半分の距離まで歩いてこっちを振り返っている。夜の9時頃だった。その待合コーナーにはほとんど人はおらず、またドーナツ店は全く客が訪れない。筆者と息子のやり取りを遠くで店員は見ている。筆者は視力はよくないが、何となく彼女の興味深げな顔つきがわかった。ようやく15分ほど経ったか、ついに息子はしぶしぶ、おそらく半分泣きながら、店の前に立った。だが、立ったままでほしいものを示すことが出来ない。その様子を見た店員は、串に3つほど玉状を刺したものを1本息子に手わたした。息子は飛んで帰って来た。筆者は店員に手を上げ、会釈をして感謝の念を示した。店員もうなづいた。勇気をようやく出した息子は、無料でドーナツがもらえた。このことで息子は何か覚えたろうか。筆者はこの話をその後息子にしたことがないが、息子が勇気のなさのために何もいいことに出会えない人生を歩んでいる今、時には勇気を振り絞ると、予想とは全く違う幸運がやって来る例として言ってやりたい。
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 そういう息子を筆者より勇気があると言った女性がある。息子が中学生であった時、筆者は勤めに出ている家内の代わりにPTAの会合に出席し続けた。中3の卒業式に当たって、花を用意するなど、役割が回って来た。一緒に行動した女性が数人いて、みんなと親しくなったが、特によく話した女性がいた。なかなかの美人で背が高く、しかも芸大で演劇を学んだと言っていた。話がよく合って一緒にいて楽しかった。卒業式であったか、とにかくもう会うことはないという日に、その女性は筆者に向かって、「大山さんは勇気がない。息子さんの方がまだある。」と言った。真面目な、なじるような顔つきであった。その言葉の意味が筆者にはわからなかった。今もわからない。その後その女性とは電車の中で2,3度会ったことがある。つまり6,7年に1回の割合だ。お互いすぐにわかるから言葉を交わすが、数十秒と経たない間に彼女は下車する。もっと話したいのに、仕方がない。PTAの会合で勇気を求められる行為は何もなかったし、筆者はどんな役割も果たしたはずだが、いったいどういう意味の勇気がないと思われたのか。そのことに関連するかもしれないが、息子の中学の同級生の母親に、筆者からすれば理想的な、知的で清楚な美人がひとりいた。いつの間にか意識するようになり、まともに目が合えばどぎまぎするようになって行った。相手は明らかにこちらを意識していた。ある日の授業参観の帰り、筆者は学校から300メートルほど離れたところを歩いていると、いつの間にか彼女は筆者の後を追っていた。ふたりの間が5メートルという近さになった時、筆者は振り向いた。彼女はばつが悪そうな笑顔を見せ、そこで立ち止まって下を向いた。筆者はきょとんとして軽く会釈し、そのまま彼女を置き去りにして松尾駅を越え、自宅まで2キロほどの道を歩いて帰った。だが、歩きながら悔やんだ。なぜ声をかけなかったのだろう。彼女はおそらく筆者が学校から出て来るのを待ち、しかも自宅とは反対の方向を、筆者の後をついて来た。筆者と話をしたかったとしか考えられない。近くにはいくつか喫茶店があったから、誘えばきっと話すことが出来た。それは筆者がずっと待ち望んでいたことではなかったか。勇気がないと言われるのは、つまりは野暮天ということなのだろう。今でのその美女の輝くような顔を思い出すことが出来るが、転勤属らしかったので、もうとっくに遠くに行ったろう。今夜も去年2月4日撮影の写真。一昨日、アスファルトで埋められると書いたが、一昨日同じ場所を見ると、砂利を敷いたままで駐車場になっていた。
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by uuuzen | 2012-01-27 23:54 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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