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●嵐山駅前の変化、その180(ホテル)
回りする時計の針を反対回りにさせ、また文字盤も裏表反転した時計がある。日本の発明かどうか知らないが、散髪屋で見かける。



髪を切ってもらう人が鏡に映る自分を見ながら、その横、実際には背後の壁にかかっている時計の時刻を読みやすくするために考え出されたアイデア商品だ。今日散髪屋に行った。伸びたら切るで、だいたい2か月に一度だ。小雪が舞っていたので、髪を短くするとまた風邪を引くかと思ったが、マフラーで首周りをくるんで自転車に乗って出かけた。その散髪屋では、円形の大きな時計は鏡と鏡の間にかけてある。そのため、散髪をしてもらう者は、鏡の中ではなく、眼差しを鏡からほんの少し横に向けるだけで時間がわかる。どの散髪屋もそのような場所にかければいい。順番待ちをしている人も目の前にそれが見えるし、散髪屋も同じようにすぐにわかる。それが左回りで文字盤も裏表逆の時計であれば、みんなが鏡の中を覗き込む必要がある。鏡がなくては用をなさないでは不便ではないか。第一、鏡の中を覗くということが筆者は好まない。そこに見えるのは、左右対象の像で、現実ではない。それでいて現実の細部を見せるから気味が悪い。それはさておき、筆者が刈ってもらう番になったのは、80歳ほどの男性が終わったからであった。刈り始めてもらってから5分ほどして、その老人が慌てて店に戻って来た。順番待ちの間に眼鏡を外したと言うのだ。そのため、店のどこかにあると騒ぎ立てた。店員はみな困った様子であった。その老人はいかにも少々物忘れが激しいように見えたが、老人は頑固であるから、考えを容易に曲げない。結局店主が電話番号を聞き、それで帰宅してもらった。その様子を見ていた筆者の髪を刈ってくれていた店員は、同じような経験を話し始めた。以前大阪のミナミで勤務していた時、同じように老人が戻って来て眼鏡を忘れたと言った。みんなで探しても見当たらない。ふと気づくと、その老人が頭に載せていた。そのような経験は誰でもよくある。そのため、今日の老人も案外家に置いたままやって来たのだろう。これからますます老人国家になる日本、そのようなことは毎日至るところで繰り広げられる。その候補に筆者も入っている。
 筆者は歯を磨く時しか鏡を見ないが、今日のように散髪屋の大きな鏡で顔を見ると、いつもと違うように感じる。そして、注視したくない。髪がますます白くなって来たのはいいとして、痩せているうえ、肉のたるみで、頬に深い皺が目立つ。おまけに家内がよく言うようにシミも濃くなる一方だ。つい先日も家内は残念そうに言った。「ああ、昔はほくろひとつないきれいな肌であったのに。」自分の肌の衰えよりも筆者のことを心配するのであるから、よほどの変わりようなのだろう。あるいは、誰しも自分の変化にはあまり気づかない、あるいは気づきたくないが、身近な者の変化には敏感なのだ。家内が言うように、シミもほくろもないつるんつるんの肌をしていた20代半ば、妹ふたりと一緒に八尾の写真館で撮った白黒写真が1枚ある。割合その顔を気に入っているが、家内はそうでもない。一点を凝視している様子が、どこかきつい印象があるからと言う。妹たちはカメラの方に視線を向けているのに対し、筆者は斜め横から撮影され、視線をやや下向きにして、カメラのレンズに向けていない。カメラマンがそう指示したのだ。その写真館は今でも駅前にあって地元では有名だ。ともかく、その写真をごくたまに見ながら、筆者にもそういう若くてきれいな頃があったのかと、毎年思いを強くする。夏に撮ったもので、スーツは誂えのうす黄緑色、ネクタイは麻の無地で深緑色、心斎橋の虎屋で買ったものだ。ところで、このことはまた書くが、還暦の記念に写真館で撮ってもらいたいと思いながら、その機会がまだない。実際には、以前書いたように、去年11月、若冲の「薔薇小禽図」を訪問着に染め、それを注文者に着てもらって京都下鴨の写真館で撮影した時、その店の主人は筆者がそのキモノの作者だと知って、一緒に収まったものを1枚サービスで撮ってくれた。それを見ると、帽子で白髪が隠れていることと、おそらく顔のシミを少しは消してくれたのだろう、60歳よりかは少し若く見えると思う。それが今のところ、還暦に撮った記念写真みたいなことになっている。ただしその写真は筆者の真横に筆者より背の高いキモノ姿の女性が笑顔で立ち、筆者はまるで彼女を引き立てる黒子だ。還暦の年齢期間はまだ半年ある。どうにかその間に写真館で撮りたい。
●嵐山駅前の変化、その180(ホテル)_d0053294_0102632.jpg

 今日は以上のような枕で何を書きたかったのだろう。何か忘れている気がしてならず、どうしたものかと思っていたが、今それをようやく思い出した。今日の散髪屋の老人とほとんど大差ない物忘れが日常茶飯事になりかけているのかもしれない。ともかく、その「物忘れ」ということが今日の主題であった。今日は去年2月4日に写した阪急嵐山駅前のホテル建設現場写真を載せるが、2月4日は毎年思うことがある。ザッパが京大西部講堂で演奏した日で、1976年に筆者はそれを見に行った。同じ講堂は同じように今もある。その2月4日が近づいて来ているこの頃は、極寒の季節であるにもかかわらず、筆者は好きだ。そしてさきほどこのブログを書きはじめる前に去年2月4日は何を投稿したのかを調べた。すると、「おにおにっ記 フィナーレ」の第114話の「イヌマキMEETSマッド・ジャム」であることがわかった。実は「おにおにっ記 フィナーレ」は中断したままになっている。それを忘れたのではない。最終投稿は去年2月24日で、もう1か月すると、丸1年の開きが出来る。それはなるべく避けて、出来れば同じ2月24日か、それまでに再開したいと思っているが、さてどうなることか。たぶんそれは無理だろう。書くべき内容がないのではない。それはすでに用意している。ただ、「おにおにっ記」全体としての最後の投稿を、ある決めた日にしたいと、「おにおにっ記」を始めた時から考えている。その見通しがまだ立たない。それにしても、1年前のことをあまり覚えていないのは、物忘れが毎年少しずつ高まっているからか、あるいは1年の間にいろいろと多くのことを考えるからだろうか。そのどちらでもあると思うが、来年の2月4日はどう迎えているだろう。今年は節分祭にどこに行こうか。
by uuuzen | 2012-01-26 23:59 | ●駅前の変化
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