●嵐山駅前の変化、その175(ホテル)
ったり増えたりしながら、全体的には少しずつ訪問者が増えて来ている筆者のブログだが、『下山の思想』が何に対しても当てはまるのであれば、いつかこれが少しずつ減少することになる。



そういう全体としての山型の曲線グラフは、TVなどで見慣れているせいもあって、ごく自然な物事の生態に思える。だが、そんなグラフを知らなかった時代の人間も、同じ感覚は持っていたに違いない。そして、自分が今その山型曲線のどこにいるのかもわかっていたであろう。ところが、人間はほかの動物とは違って、その山型曲線の後半の下り坂にいるのもかかわらず、それを凝視したがらず、抵抗しがちだ。男女ともそうだ。閉経を実感する女性の方がまだそうかもしれないが、男性の方が往生際が悪いようにも感じる。これは美意識の問題で、人によって感じ方が違うことだが、筆者はここ数年は男性が髪を染めている様子によく目が行き、しかもそれを美しい状態、また行為とは思ったことがない。一昨日のTV番組に、数年前に中国地方の知事を経験し、確か筆者と同じか1歳上のある男性が出ていた。その男性の発言には以前から好感を持っているが、その日は髪の色が黒々とし過ぎ、また量もかなり多く、そのことが顔の皺とバランスがとても悪かった。顔だけ見れば紛れもなく60かそれ以上に見えるのに、髪は30歳だ。本人は常日ごろ、ゴマ塩頭は格好悪く、世間に姿を晒す時は視聴者に失礼に当たらないように髪を黒に染めようと思っているのだろう。それはそれでわかる。筆者のようにほとんど人に合わない暮らしをしていると、不精髭もあまり気にならず、ましてや白髪は全く平気だが、これが一旦TVに出る身分になると、様子が一変するかもしれない。というのは全くの嘘で、そういう暮らしになっても今のスタイルを変えない。それは筆者なりの美意識だ。白髪は顔の皺と同様、自然なものだ。わざとらしい、虚飾といったことは、男には似合わない。髪を染めることで年齢を隠すことが出来ると考えるのは、格好よいこととは思わない。ところが、TVを見ていると、髪を染めている男性が実に多い。何とも憐れだ。いつまでも若くいたいのは誰しもだ。だが、それは髪を染めること以前に、気の持ちようだろう。60歳は60歳であり、どんなに若い気持ちを持っても、皺やシミを隠すことは出来ないが、それでも若く見える人がある。同じ年齢でも、人さまざまだ。そうは言っても、60は60であり、みな大差ないこともよく知っているから、せめて色鮮やかな服を着たり、髪を染めたりする。ま、髪を染める染めないはどうでもいい話で、染めていることを人に悟られることの格好悪さと、染める手間を思うと筆者はとてもそんな気にはなれないことを言いたいだけだ。人生の下り坂にある人は誰しもそれをどこかで自覚しているが、髪を染めることもいずれはやめる。80、90になっても染める人があれば、それはそれで見事な腹のくくり方だが、通常はいつかはやめる。そのやめると決心した時が、本当の老いを自覚した瞬間かと言えば、案外そうではなく、かえってさばさばして心が若返るのではないかと言いたい。つまり、自分の老いを日々実感し、白髪を隠そうなどとせず、思いをほかに移している人の方が若い。であるから、先に書いた元知事は、かえって筆者には70歳くらいの老人に見える。だが、本人は全くそうは思わず、50歳に見えているときっと信じ込んでいる。男の方が加齢に対して往生際が悪い。
 五木寛之の『下山の思想』は以上のようなこととは全く関係がない。本を読まずに話題にすることはよくないが、読まない前からの話題という方法もある。筆者は五木の本を読んだことがなく、新刊の『下山の思想』も読まないだろう。今の日本が山登りにたとえれば下山の最中にあるというのは、改めて言うまでもないことだ。それを一番実感しているのが、団塊の世代と呼ばれる人たちではないだろうか。筆者はその世代の末端に位置する。戦後産めよ増やせよの時代の人間だ。総理大臣で言えば田中角栄を真っ先に思い出す世代だ。日本列島を改造するという掛け声を上げ、実際そのように日本の社会が動いて来た。そして、その呪文はいまもって風化していないように思える。人類の最期まで残る職業は土建業者だ。そのことはブリューゲルが聖書から題材を採って『ベベルの塔』を描いたように、ルネサンス以降のことではなく、人類が世界に出現した時から始まった。国が豊かになると、まずやるのが、至るところに建物を建てたり、土木工事をすることだ。ローマ時代や秀吉の時代を思えばよい。これが田中角栄時代の日本では著しく加速化した。それを五木は山登りの頂点を目指す行為であったとする。そして、世界第2位の金持ち国になったが、日本中で言えることは、道路だらけ、したがって車だらけになったことだ。そして信号だらけになったが、それが今は風化し、根元から倒壊するものが続出している。ところが、それを建て替える予算はかつての10分の1以下で、今後は撤去に向かうか、あるいは老朽化したまま使って、人身事故が増える。つかの間の日本の経済の潤いは、本当はなくていいものを膨大に増やしただけで、それが負の遺産となって、後の世代の肩に重くのしかかる。列島改造は劣等改造への道であったかもしれない。原発をいくつも作って、その被害に苦しむ姿もその例としていい。日本中がそのように右肩上がりを信仰し、その記憶に今なお囚われているが、自治体によって差もあった。たとえば大阪では美術館のふたつ3つはいつでも建てられる経済状態であったのに、作品購入に予算をもっぱら使い、今もなお美術館が建つ目どがつかない。前市長は中之島の国立国際美術館の隣りの駐車場を取得して建設することを約束したが、それは最初の規模の半分ほどに縮小したものであった。ところが、橋下知事が市長になってからはその話は白紙に戻った。そして、先日報道があったように、大阪都が実現すれば、現在の府庁を市立近代美術館に転用する話が出ている。府庁は歴史ある建物で、近くに大阪城やNHK、歴史博物館があって、立地条件は中之島と同じほどいいのではないか。現在の府庁前の道は、一般人はあまり歩かないが、美術館になればそれがかなり変化するだろう。また、府庁を美術館として使うことは、京都の小学校をさまざまに使っているのと同じで、建物を保存する一方、有効利用も出来る。斬新な建物を建てるだけがいいとは言えない。下山の時代であるから、まだまだ使える既存のものを活用するのは税金の無駄使いにもならずによい。府庁は部屋がたくさんあって、大阪市が所蔵する美術作品を全部展示してもまだ余裕があるのではないか。早く大阪都になって、府庁を利用した展示室の覗きたい。橋下知事には批判も多いが、こうしたアイデアを連発するのは見上げたものだ。これが普通の市長ならば、土建屋を潤すためにきっと新しい建物を考える。100億単位のそんなお金があれば、その分美術品を購入する方がどれほどましか。ところが文化に鈍感な日本の政治家は、まずそんなことを考えない。外見だけ立派で中身がからっぽの連中であるから、建物ばかりを次々に建てることを考える。入れ物の建物より中身で人が集まる。歴史のある大阪を示すには、レトロな建物をもっと宣伝するのがよい。白髪頭を隠さずに、それを堂々と見せる方が格好いい。下に掲げる阪急嵐山駅前のホテル建設現場写真は、2日前のものより2日経った去年1月22日のもの。
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by uuuzen | 2012-01-19 23:13 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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