●『磯江毅=グスタボ・イソエ』
江毅がグスタボ・イソエとイクォールという題名の展覧会で、どちらも初めて見る名前だ。しかも奈良県立美術館が個人の画家の展覧会を開催するのはきわめて異例のことで、その点でもただならぬ気配を感じる。



d0053294_195973.jpgそれはチラシを見てなおさら誰しも同感するのではないだろうか。そこには仰向けに横たわる裸婦の顔が印刷されている。これは部分図で、全体は横長の等身大に近い絵で、裸婦をやや足元の方から見つめて描いている。ハンモックのような柔らかいものに身を沈めているようで、くの字に曲がっているが、眠っているようにも、また死体にも見える。髪の毛1本ずつまでもが鉛筆で描かれていて、写真館で撮る写真とは比較にならない細密さだ。写真館のデジカメはこの礒江の絵以上に細かいところまでを写すことが出来るが、それでは客はいやがる。そのため、あえて少しだけピントをぼかしたような処理をする。そのことは、人間はあまりにリアルなものをいやがり、少しソフトなものを好む性質を持っていることを物語る。ところが、礒江の絵はそういうごまかしや甘さを拒否し、写真の解像度に負けないほどの緻密さに徹する。これでは出来上がった絵が気味悪くなるのはあたりまえで、礒江の絵は死体を思わせ、部屋に飾りたくなるものではない。写実的な油彩画は今は多いし、また女の子や美女を描く人気作家が目立つが、礒江にはエロティックもなければロマンさもない。これを好まない人は日本では多いだろう。だが、たとえばホルスト・ヤンセンのような画家を好む人ならば魅せられるだろう。それほどに日本人離れした硬質さがあり、礒江の前ではたいていの現在の売れっ子であるやわな写実画家は吹き飛ぶような気がする。礒江の絵が死体を感じさせるとすれば、それは「静物画」を英語で「Nature Morte(死んだ自然)」と言うことにつながって、その意味で礒江は正しい表現をしたとも言えるかもしれない。また、今回の展覧会は礒江が亡くなって4年目で、没後の本格的な回顧展としては初めてだが、なぜ奈良かと言えば、礒江が大阪生まれで晩年は神戸に住んだ関西人であるからだろう。昨日と同じく、鳥博士さんからもらった招待状で、何も前知識もなく、会期の最後の18日に出かけた。予想どおり、この美術館としては異例のたくさんの人で、これはTVで宣伝が行き届いていたのであろうか。
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 美術館の100メートル手前に来た時、前からやって来た中年の女性が胸に図録を抱えていた。その表紙がチラシと同じであった。館内に入ると、その図録と思っていたものが4つ折りのパンフレットであることを知った。入場者全員にこれを一部ずつ配布するのであるから、めったにない大盤振る舞いだ。確か図録は販売されていなかったが、会期途中で完売したかもしれない。あるいは、礒江の家族が礒江の名誉を今後高める思いもあって、印刷費を負担したかもしれない。礒江は大阪市立工芸高校を卒業している。この学校は筆者も中学生の時に一時行こうかと思って模擬試験に志望校として書いたことがある。結果は志望した大阪市中の生徒の中で2,3番の成績で、こう書けば具合が悪いが、50年ほど前は誰でも入れる学校であった。それで興味を失ったが、歴史があり、有名人をそれなりに多く輩出している。礒江は筆者より3歳下で、この高校卒業後、芸大を目指してデッサンに精を出したようだが、20歳の時にシベリア鉄道でヨーロッパに入り、スペインのマドリッドに住む。そしてデッサン研究所で学ぶ一方、美術学校にも通うが、抽象表現や観念主義の作風を優先する傾向に背を向け、プラド美術館で模写に励む。これが20歳であるから、自分のやりたい仕事をまっすぐに見定めていたことになる。たいていの者は名を売るために時代の流れを受け入れるのに、礒江にそれがなかったのは、写実で自己表現が出来るとの確信があったからだ。実際それは53歳の人生の間に成し遂げられたと言うべきだろう。画家は絵で勝負であるのに、日本では必ずどこの大学を出たかなど、どうでもいいことが問われる。三島由紀夫は、いつまでもどこそこの大学出を言うことの愚を批判していたが、現実は三島のような能力のある人間は稀で、たいていは凡人かそれ以下であるから、大学というものはそういう連中にとってはなくてなならない存在だ。20代の数年いただけの大学が生涯勲章のように輝くのであるから、凡人にとっては日本は住みよい。凡人が凡人同士手を取り合って、非凡を排斥する。これは蛇足だが、数日前、京都のある大学の図書館に電話をかけた。係員の若い女性の言葉の調子が横柄で、耳を疑った。大学は国を滅ぼすと思ったが、実際そのとおりだろう。多額の税金を投入して、鼻持ちならない連中を毎年量産している。その大学では、職員が教授より偉そうにしていると、その大学の教授から耳にしたことがあるが、まさにそのとおりで、大学の職員などみな業者を雇って経費を節減すればいい。話を戻して、礒江は思い切って20歳でヨーロッパに行った。油彩画家を目指すのであれば、それはごく自然なことだ。芸大に行かなくても絵は描けるではないか。その勇気と思い切りが見事だ。
d0053294_1103647.jpg ホキ美術館というのが関東にあって、そこは写実絵画を専門に集めていると聞く。写実的な絵は普段絵に馴染みのない人でも即座に感心出来る利点がある。また、本物そっくりに克明に描写されていると、絵に興味のない人でも、それは長い時間を費やして描いたものという、一種尊敬の念を起す。これが1分ほどで描いたような、しかも子どものなぐり書き同然の絵であると、自分が馬鹿にされたように感じる。だが、ピカソほどの有名になると、絵に関心のない人でも、その子どもが描いたような絵の前で、それなりに納得したような顔をする必要を思う。先日、画家は抽象を目指す方が金儲けにはいいと書いた。写実は制作に時間がかかり、元を取ろうとすれば1点をそうとう高額に売らねばならない。その点、礒江はどうであったかと言えば、スペインで描いていた頃は、狭い部屋で描くしかなく、雇ったモデルを見つめるのと同じ側に画布を据えることが出来ず、モデルを凝視した後、その記憶がうすれない間に振り返って描いたという。それも才能がやがて認められ、広い部屋に引っ越すことが出来るようになる。そして、日本でも制作するようになるが、それはそれなりの価格で売れたからで、画家は写実、抽象にかかわらず、売れると宝くじ以上に大きく、安定した状態で制作出来るようになる。また、礒江は最初スペインで売れたが、日本では長谷川町子美術館が所蔵しており、外国で認められた結果、日本でも大手を振ることが出来たのだろう。パンフレットの略年譜を見ると、日本にもアトリエをかまえたのは1996年、42歳だ。主に百貨店の展覧会に出品しているから、百貨店が売れると見込んだ。こうなると名が出るのは早い。翌年TVで紹介され、武蔵野美大や広島私立芸大で講演、44歳で東京芸大の非常勤講師にも呼ばれる。芸大に進まなかったのに、実力でそこまでのし上がって来たが、これは若い人が芸術家として有名になるには、芸大に進まずとも、積極的に海外に出て力をつけるべきことを示している。だが、東京芸大の教授にまで昇進するのはまず無理だろう。礒江がなぜ日本にもアトリエをかまえたのか知らないが、そこには日本人としての矜持のほかに、スペインにいくら留まっても頂点にはなれないことを思っていたためではないか。また、日本を本拠地に変えても、東京芸大卒の肩書きがなければ、いいお客さん程度にあしらわれることも知っていたのではないだろうか。スペインと日本のどちらが閉鎖的かとなると、当然後者であろうが、日本人である限りはまだ後者で仕事をする方が楽とも言える。グスタボ・イソエとスペインでは名乗ったが、これは帰化してカトリックになったからではない。そこに、礒江の揺れる心を思う。日本で描かなくても生活は充分出来たはずだが、日本に眼を向けたのはなぜなのか。世界の礒江を目指すのであれば日本などどうでもいいではないか。
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 チラシ裏面には、「鮭“高橋由一へのオマージュ”」という、高橋由一の有名な画題を描いた作が載っている。これは板に荒巻鮭を一匹吊るしたところを描くもので、板絵であるのに木目を描いてある。それはいいとして、礒江が高橋にオマージュを捧げることは、日本の写実絵画のために頑張るという決意が見えるようだ。だが、この絵を描いて4年後に世を去る。20歳でスペインにわたり、それから30年ほどの画業だ。これは筆者のように還暦を迎えた人間から見ると、とても短い。チラシには、「日本での活躍が期待されたまさにこれからという時期に急逝した」とある。確かにそうだが、ザッパも全く同じ活動年数で、死んだ年齢も同じだ。それを思うと、死期を予想してやるべきことはやったと見るのがいい。ただし、礒江の今後の評価はスペインでより、日本でなされるはずで、その第一歩が今回の展覧会ということだろう。また、ホキ美術館のように、写実絵画を好む層は厚く、今は礒江のほかにも注目される画家が何人もいるが、そういう写実画家の系譜が今後は編まれ、そこに時代性を見るという動きになるだろう。それは大きく言えば高橋由一から始まった、日本独自の写実という見方がなされるに違いない。では、その日本独自の写実が何かとなると、これは今までに何度も企画展が開催されて来ているし、その末端に新たなページを記入して行くのが礒江など現在の写実画家で、礒江の絵に何を読み取って、日本の写実絵画の伝統の何に連なっているかは、今後なおよく見えて来るだろう。現時点で思うのは、明治大正に渡欧して学んで来た画家から100年以上も経って、まだ西欧から学ぶべき絵画や技法があるという、西洋の写実主義の普遍性だ。これは抽象主義や観念主義とは違って流行を超えたものと捉えるべきで、画家が同じ対象を同じように克明緻密に描いても、そこに表現されるものは、画家個人の思いであるという、絵画の不思議だ。もちろんそれは抽象や観念主義でも同じことだが、動物に眼があるという事実を前にする時、まず眼前に存在する物が何を意味するかという問いが最初に浮かぶ。睡眠中に見る夢にしても、それは抽象絵画のようなものではあり得ないから、絵画の根本は写実と捉えることも出来る。また、眼前の物を見えるとおりに描くとして、その物は腐敗もするから、一瞬で像を捉えることの出来る写真とは違って、絵画は時間を費やす分だけ思いが刻まれると言ってよく、それは写真のような写実であっても、写真とは違う何かを持つ。1993年から翌年にかけて描かれた鉛筆画の「新聞紙上の裸婦」はスペインで確か受賞し、雑誌に載るなど評判になった。新聞の活字まで1文字ずつ描いたような微細な表現で、日本人の器用さをあますところなく伝えるが、よく見ると、右腕の線が何重かに引かれている。これは書いては消しを何度も繰り返したためで、その執念の強さを物語る。そうした凝視は表面だけには留まらないのがあたりまえと言うべきだが、礒江は皮膚は内部の筋肉、筋肉は骨に支えられているという思いを描く間に思い続けたはずで、解剖学を学ぶようになる。これはレオナルド・ダ・ヴィンチらルネサンスの画家がやったことで、それをまた一から始めようと思うほど、写実絵画は深い。
d0053294_1111174.jpg 会場にはたくさんの礒江の言葉があった。みなあたりまえのことで、取り立ててここに書くものはないが、ひとつ書くとすれば、写実を徹底すると、そこに幻想が現われるという思いだ。その例は、女性の髪を蛇にして、メドゥーサのように描いたデッサンだ。そうした素描を油彩画にはしなかったが、もっと人生があればそういう画風に入ったかもしれない。結局礒江の代表作ともなった裸婦の絵は、芸大を目指して励んだデッサンであり、マドリッドで最初に学んだデッサンに大きく影響を受けている。油彩画の根本にこのデッサンがあるのは言うまでもないが、礒江は現地でそれを徹底して学んだのが大きな財産となった。このデッサンは、日本とは違って、マンチャという木炭を使うが、それを用いて、モデルにどれだけ似ているかどうかを先生から試されながら描いた。一方、プラドでの模写は、今回ロヒール・ヴァン・デル・ウェイデンとデューラーが2点ずつ出ていた。みな有名な絵画だが、なぜ北方ルネサンスの画家を選んだかと言えば、マドリッドに学びに来ている貧しい外国の学生はたいていそうであったかららしい。デューラーの「自画像」の模写は、実にそっくりに描かれていたが、顔が微妙に違って、力がないように見えた。寸部違わぬ模写をしても、何かが違うのであれば、同じことは人物や静物を描いても言える。そこには画家のすべてが表われ出る。礒江は人物画と静物画を専門に描いたが、稀に風景画がある。大阪の梅田のビルの屋上から淀川方面を見た風景を好んだ時期があって、鉛筆の写生画が展示されていた。ほとんど完成しているように見えたが、未完成とあった。1点を描くのに時に数年を費やした。それは自分に正直であったからだろう。他人から見れば、完成作と未完成作の区別がつかなくても、自分だけは知っているという思いが、ごまかしを許さなかった。それは絵を信頼し切っていたからにほかならない。絵にすべての思いが出てしまうことの恐さだ。それは絵に限らないかもしれない。表現とはみなそういうものと思う敬虔さが必要だろう。今回は100点を会期途中で展示替えしながら見せたが、パンフレットには所蔵されている作品はわずか3点に留まっている。礒江はスペインで知り合った大阪出身の女性と結婚し、その女性が大使館に勤務することで初期の生活を支えたと思うが、礒江の遺した絵をこうした展覧会で問い、礒江の業績を後世に伝えようとしている。今回の展覧会の後援はスペイン大使館となっていて、それは奥さんの今までの勤務も大きく関係しているであろう。死因はパンフレットなどには書かれていない。それは今となってはどうでもいいことで、作品を凝視することで礒江の思いを辿ることだ。
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by uuuzen | 2011-12-27 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON | Comments(0)


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