●嵐山駅前の変化、その173(ホテル)
当者がロベルトという名前で、今朝メールをチェックすると、早速返事をくれていた。昨日書いた、通販で注文したザッパの新譜の件だ。予想外にも早い対応で、2週間ほどの間に再発送の手続きをしてくれるらしい。



もちろん支払いはしなくていい。だが、本当に再発送したという案内メールが届き、そして商品が送られて来るかどうか。実際に手元に届くまで喜ぶのは早い。また、3枚しか入っていなかったものは、再発送してくれたものが届いてから返送すればいいのだろう。そういうことは今後ロベルトとのメールでやり取りする。ともかく、もうしばらく様子を見る必要がある。ロベルトが筆者のメールを信用してくれたらしいのは、商品が届いてすぐにメールを出したことと、そして今まで予約受けつけメールが届いた当日に注文していたので、優良な買い手ということがおそらく記録されているからであろう。これが毎回のように難癖をつける客であれば、ブラックリストに載って、文句を言えば突っぱねるに違いない。だが、今後同じように注文して欠陥商品がさらに届かないとは限らない。そういうわけで今朝はひとまずほっとし、午後から大阪に出かけて、いつものようにいくつかの用事を済ました。で、今こうしてブログを書き始めている。最近寝るのがいつも深夜3時過ぎという不健康なことになっていて、気づけば今日ももう1時を回っている。それで、今日も書こうと思っていた内容は、今からではハードなので、この安易な、段落がひとつで済むカテゴリーにする。今日の写真は今年1月15日の撮影だ。このカテゴリーは先々の投稿分まで写真を整理してある。日によっては写真を数枚載せる場合もあるが、駅前の工事はホテルのみとなっていた(過去形で書く。というのは、ホテルはもう完成しているから)ので、もっぱら建って行くホテルが背後の嵐山をどう隠すのか、それをあれこれ予想しながら、毎回同じ角度、これは新しく出来た駅前の京都バスのバス停から、適当な日を置いて撮り続けた。その嵐山駅前は今日は大変な人であった。電車が到着するたびに大勢の人が広場に繰り出て来て、一斉に渡月橋に向かっていた。いつものことだが、筆者はそうした観光客の流れとは正反対の方向に向かう。嵐山の紅葉は先週家内と一緒に散策して確認したが、あまりきれいではなかった。期待は多少したのに、拍子抜けした。嵐山の紅葉が美しいのは10年に1回もない。筆者はこの30年間、たった一回のみ、最高にきれいな紅葉を味わった。その時の思い出で充分だ。それが死ぬまで心の中に蘇り続けるだろう。そういう見事な紅葉をまた見たいとは思うが、欲を言えば切りがない。それで、『やっぱり今年も駄目か』といった調子で諦めがつく。これは、人生にさほど期待することはないという、老い特有の感情なのかどうか。ザッパは最晩年のインタヴューで、自分はスポーツに関心がないので、そういう楽しみを味わうことが今までなかったことを何ら後悔はないと語っていた。それはスポーツ好きな人からすればかわいそうなことだろう。だが、人それぞれに満足する対象がある。スポーツ嫌いな人はスポーツ好きの人にはわからない楽しみを持っている。ギャンブル好きな人は、ギャンブルのスリルを知らない人に対して優越感を抱きがちだが、これも同じことで、ギャンブルをしない人は別のスリルを知っている。
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 話は変わる。先日家内はまた以前と同じことを言った。これも老いて来ていることの証しだろう。それはいいのだが、その同じことというのは、今までに何が一番嬉しかったかという質問に対しての答えだ。これは、誰しも人生最大の喜びを一応は持っているので、答えるのが早いか遅いだけで、その質問に対して思い当たることはあるだろう。だが、この質問の答えは簡単なようでいて難しいのではないか。若い人なら、内心『まだそんな最大の喜びを味わったことがない』と思いがちであろうし、老いた人はかつてそういう喜びを知っていたが、生きることがつらいという思いを少しずつ抱くようになって、かつて大いに喜んだことをもう忘れているかもしれない。今までに何が一番嬉しかったかという質問は、今が幸福と思っている人にはいいが、そうでない人には、嬉しくない質問だろう。家内が答えたのは、以前、これはもう何年前か忘れたが、その時と同じで、筆者が染織新人展でグランプリをもらった時が一番嬉しかったと言う。確かに、電報でその報せが届いた時の家内の喜びようは今までになかった。その新人展は、筆者が京都に出て来た時から年1回開催され始めた全国規模の公募展で、グランプリは100万円もらえた。1970年後半のことだ。筆者は5年目にそれを獲得したが、その5年間の途中で家内は家を飛び出し、筆者と同棲を始めた。筆者はその公募展で最高賞を獲得することがひとつの大きな夢で、日夜技術の練磨に励んだ。だが、そうした公募展は実力も必要だが、どういう作品が歓迎されるかという一種の予知能力、それに運、そして審査員に好かれなくてはならない。当時の100万円は価値が大きく、それもほしかったが、一緒に暮らすことを猛反対されたので、見返すと言っては何だが、自信を得るためにも、そういう公募展で認められたかった。2回展から出品したものの、平入選あるいは選外ばかりで、グランプリ以外にあったいくつもの賞に、かすりもしなかった。そういう事情をよく知っていた家内は、今年もきっと駄目だろうと思っていたし、筆者も4年目に入っていたので、駄目でもともとといったように、多少を息を抜いて作った。ところが、それがよかったのだろう。住まいには電話がなく、それで夕方に電報が届いた。全く期待していなかったので、喜びは大きかった。家内が人生を振り返って、筆者のそのことが最大の喜びと言ってくれるのは泣かせる話だ。自分自身のことで喜びはないのかと質問すると、どうもそれはないらしい。では、筆者は人生最大の喜びがあるか。たくさんあった気がするので、甲乙つけ難い。だが、ひとつ言えることは、何でも最初の経験が喜びとなる。受賞も最初がそうであって、重なると、贅沢な話かもしれないが、感激はない。筆者は最初のグランプリの後に、賞をあちこちでいくつかもらったが、それらはほとんど記憶にない。先日八尾の家で掃除した際、筆者が小中学校でもらった賞状の入った筒がたくさん出て来た。こういうものは邪魔になるだけで、捨ててもよかったが、とりあえず嵐山に持ち帰った。今それらの賞状のことを思うと、小学校1年生の時、区役所かどこかでもらった習字のものが一番記憶にあることを自覚する。それは筆者が初めてもらった賞状で、確か300人ほどの同学年の中では筆者のみ選ばれた。その後同じように習字や絵画で賞状をもらったが、それらを持ち帰っても母はさして喜ばなかった。それは筆者も同じで、受賞は重なると感激がうすれることを知った。筆者は公募展に出品しなくなって久しい。受賞しても人生が変わるとは思えないし、人から誉められなくても、自分で作品のことはよくわかっている。それはともかく、たまには胸に手を当てて、人生最大の喜びを反芻してみるべきだ。そして、それは自分のことではなく、自分が愛する人の喜びである場合、喜びはさらに大きいのではないか。自分に関しての喜びなど、たかが知れている。人を喜ばせることが最大の喜びにつながる。それは難しいことだろうか。案外身近なところにそれはあるのではないか。
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by uuuzen | 2011-12-04 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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