●嵐山駅前の変化、その160(ホテル)
み放題の店が増えているそうだ。今日は午前中に合同防災訓練があって、午後から出かけたが、あいにくずっと雨で、予定していたようには動けなかった。



神戸方面に展覧会を見に行ったのに、時間がなくて予定していたひとつは見る時間がなかった。それで阪急の高槻で下車して、駅前の医大病院に先日急遽入院した家内の姉の見舞いに行き、病院で会った家内の兄と駅前で飲んだ。その時間はおそよ2時間、飲み放題であったので、よく飲んだ。ビール中ジョッキ2杯、同じ量のハイボール、そして沖縄のシークワーサーの焼酎割り1杯、ウィスキーのロックを3杯で、帰宅後2時間ほどは酔いのため眠くなった。それから醒めてこれを書き始めている。まだ酔いは多少残っているが、ちょうどいい気分だ。今日の展覧会については後日書く予定でいるが、最近見た展覧会がどんどん溜まり、感想を書かないで終わるものもあるかもしれない。最近ブログに書くネタがたくさん出来ているにもかかわらず、相変わらずこの駅前変化シリーズでお茶を濁している。それがあまり気分よくないが、考えをまとめる時間を見つけられず、つい安易なこのカテゴリーに逃避(おおげさだか)するという格好になっている。それにしても、酒に酔って気分がよくなるという世間の説に反して、筆者はたっぷりと飲んだ後、その酔いから覚めてこうしていつもの状態に戻ったかなと思える時の方が気分がよい。これは本質的に酩酊状態を好まない性質であるからだろう。それがいいのか悪いのか、また幸か不幸かは知らない。それに関連して今日はひとつ思ったことがある。合同防災訓練に出かけた時、筆者の補佐という位置の防災委員としばらく話をする時間があった。その人は筆者と同じ年齢だが、早生まれなので、1歳年長と言ってよい。今年定年を迎えたそうだが、その人の趣味は長年トライアスロンであった。その中でも走ることが一番手っ取り早いので、マラソンにはかなり参加したことがあるそうだ。今日は大阪マラソンがあって、それに走る予定があったが、防災訓練があるということで出場は控えてもらった。その人が言うには、走ることの面白味を一度覚えると、どんどん距離が延びて、毎日走らねば気持ち悪いらしい。走ることによってドーパミンが放出されることを脳が覚えてしまっているのだろう。そして、サラリーマンであっても、通勤するのにマラソンの格好で会社まで走り、そうしている間に走る距離はどんどん伸びて、やがて世界中のフル・マラソンに片っ端から出場するということになる。だが、マラソンの出場料は伸び続け、今日の大阪マラソンでは3万人の出場があったが、ひとり1万円を支払わねばならないらしい。そして、出場者が大阪のホテルに泊まるし、また観光もするので、大阪市に落ちる金は1日で数億以上ということになる。そういううまみを思って、どの地方自治体もマラソンを開催する。来年は京都でも開かれるが、駅伝とは違ったコースというから、落ちる金と、マラソンのために車を走らせない道路の条件を天秤にかけて、とにかく儲かるコースを考えるという。それはいいとして、走る楽しみを覚えると、それがエスカレートし、もっと過酷なトライアスロンに参加するというのは、かなりマゾヒスティックな性質を思うが、長距離を走ることが何物にも変えがたい快感であることは何となくわかる。
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 筆者が毎晩こうして長文を書くことも、ある意味ではマラソンに似ているだろう。だが、マラソンでは決まった距離をどれだけの時間で走るかという、いわば目標がある。このブログは誰に期待されているのでもなく、また記録というものはない。そのため、マラソン以上に何の見返りも注目の度合いもない。過酷な何かを自分に課せることは、マゾヒスティックという言葉を使わないであれば、いったいどう説明すべきであろう。禅では過酷な修行を続けるが、人間は自分に過酷なことを課すことで得られる快感を本能的に知っているのだろうか。こうした毎晩の文章は気楽なもので、誰かとの競争という側面は皆無だ。にもかかわらず、こうして毎晩続けるのは、それなりに思う何かがあるからなのだろうが、誰かとの競争なしでこういう徒労を続けられるのは、よほど筆者は鈍感なのか、暇がありあまっていると言うべきだろう。それはいいとして、そのマラソンを趣味にしている人から聞いて面白かったのは、マラソンの出発時に、ランナーに見えるような垂れ幕があって、そこに「棄権する勇気」などと書かれているらしい。マラソンで死者が出ては困るという主催者側の思いだ。実際、今日話した人も、以前のマラソンで、ゴールした時にすぐ前を走っていた30代半ばの男性が、倒れ込んでそのまま死に、翌日の新聞に載ったらしい。ドーパミンの快感はいいが、死ぬまで走りたいと思わせるほどに、マラソンは人間を変える。思い存分走って死ねば本望なのだろうが、これを笑うことは出来ない。何か打ち込めるものが人生で見つかり、その打ち込みの最中に死亡すれば、それは本望というべきだ。マラソンは仕事と言えないかもしれないが、それより楽しい趣味に没頭している間に死ぬのであれば、それはそれでいいではないか。だが、主催者側はそうして死ぬ参加者があること知っているので、マラソンを途中で棄権することも勇気だと予め念を押す。何だかよけいなお世話で、そんな垂れ幕を見て途中で棄権する人が増えるとでも思っているのだろうか。筆者はよく歩くが、心臓がばくばくするほど走ることはさっぱり駄目で、マラソンのような長距離を走る心境がまずわからない。それでもドーパミンの快感についてはわかる。こうした駄文を書くことがその放出をもたらすことはまずないが、筆者なりの快感はある。とはいえ、こうして書いていて改めて思うのは、筆者は何をしている時が一番楽しいのかだ。酒を飲んで酔っ払う気分ではまずないし、もちろん散歩でもない。そう考えると、筆者は人並みの快感を知っているのかとも思う。快感は自分だけのものであるから、他人のそれとは比べることは出来ない。そして、快感をよく味わっている人は顔つきが違うともあながち言い切れない。そのため、快感の本質、あるいは最上級の快感はいったい何かと自問してしまう。これは年齢によって少しづつ変わって行くものかもしれない。それでも、死の間際にあって、生涯最大の嬉しかったことを思い出すとなれば、それは他人から見れば、案外どうでもいい卑近なことではないだろうか。結局、人間は「ああ面白かった」と思える毎日を過ごすに限る。筆者の今日はそうだったのかどうか。最後に忘れないように書いておくと、今日の写真は去年12月16日の駅前ホテル建設現場。クリスマスが近づいている。今年はまだ少し早いか。
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by uuuzen | 2011-10-30 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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