●嵐山駅前の変化、その152(ホテル、売店、駅舎から広場、脇道)
足の程度にもよるが、靴下を履くと足の裏が汗ばむ。それが臭いの元だろう。また、今夏に両足に水虫を拡大させてしまい、その原因がよくわからないでいる。



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水虫菌は熱に弱いというから、スーパー温泉にでも行って熱いタイルを踏む必要があると思っている。車がないので、それがそう続けて何度も無理であれば、自宅ででも方法がありそうだが、思うだけで実行していない。それで、今年新たに出来た水虫の部分が痒くて、ぼりぼりやると、乾燥した皮がぽろぽろ剥がれ、そして必ず血が滲む。この水虫は秋が深まると縮小するだろうが、それには靴下を履かない方がいいのかと考え、ここ数日は靴下なしで過ごした。つまり、脂足の脂を家中に広げている。その臭いをかいで油虫が這い出て来るのかもしれない。昨夜はトイレの扉を開けると、天井から大きなゴキブリが落下して驚いたが、家内に言わせると、毎日一匹は殺しているらしい。話を戻して、スニーカーを履く時も素足で、それがまた快適に感じる。プレイボーイで有名な芸能人がいつも靴下なしで革靴を履いていると言っていたが、水虫にはなっていないのだろうか。筆者のスニーカーの内部には水虫菌が大繁殖しているかもしれず、素足で履き続けると、水虫が拡大するかもしれない。そう言いながら、実は今、片足だけ靴下を履いている。実験しているのではないが、片方の水虫が痒くて、さきほど脱いだ。秋がもっと深まると、靴下なしでは寒くてくしゃみを連発するだろうから、また履くことになるが、むれない方法はないかと思う。靴下というものは保温に便利だが、水虫という病気を蔓延させたのではないだろうか。恋人同士がセックスの最中にお互いの足の指をなめたりすることがあるが、水虫のことを思うととてもそんな勇気は出ない。そういう筆者も真冬になると、ほとんど水虫は消え去り、痒みからも開放されるが、実際は皮膚の下に菌が冬眠していて、それが湿度と温度の高くなる夏になるとまた皮膚の表に出て来るのだろう。一旦水虫にやられると、完治はほとんど不可能ではないか。ま、女性に足の親指をなめてもらうことが今後もない筆者なので、水虫を抱えていても時々痒いだけで、それは我慢出来ないこともない。終日革靴を履いているサラリーマンではその点はもっと深刻だ。南国の浜辺で数年過ごせば、海水の効果も手伝って水虫は消え去ると思うが、以前の生活に戻ればまた水虫は復活するのではないか。今日は最初からつまらないことを書いてしまった。この調子で書き進めてどういう状態で今日は終わるのか、自分でもさっぱり予測がつかない。それでも今日は写真を6枚掲げるつもりでいるから、まだまだ書かねばならない。段落を少し短めにしよう。
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 水虫が治ったと見えて、実際は皮膚の下にごわずかにその菌が眠っているというのは、筆者の想像で、事実かどうかはわからない。だが、筆者には限ってそれは事実だ。その水虫のように、表向きひどくはないが、隠れた部分にその根が宿っているというのは、誰にでもさまざまな事柄で言える。これを育ちと言ってもいいし、あるいは遠い昔の記憶を司る海馬、またトラウマといった心の傷と言ってもいい。つまり、逃れられない何か決定的なものだ。そうしたものを抱えながら、人生を歩み、人格というものを形成するが、人間みなちょぼちょぼと見る向きと、大きな隔たりがあるとする見方があって、ほとんどの人はそのふたつの見方を揺れ動いているのではないか。遺伝子の検査によって、生まれ持った性質や病気を知り、その後の人生を効率よく生きようという動きが21世紀は急速に加速化するに違いないが、そうなると人間みなちょぼちょぼという観念は減退し、優秀な者と劣性なものとは峻別されるだろう。今でもそう言っていい。給料は学歴でまず振り分けられ、次に能力だが、その一方で家柄というものもあって、優秀な者の定義は多様でないどころか、きわめて狭い。効率よく物事を運ぶことは、美の概念にかなっていると筆者は思うが、この効率のよさは、常にそれがどれほどの意味があるかという問題を抱えている。あらゆる物事に効率のよさを求めると、人間の生活の意義は何かという問題にぶち当たる。人間は長寿を願うが、死ぬ時にすべての臓器に寿命が来ているのでは全くない。だが、死体はそのまま焼かれる。これは効率の観点からすればもったいない。役立つものはそう処理すべきで、鳥葬はそういう思いにかなっているだろう。鳥に死体が食われて魂が天に上るというのが、鳥葬の最大の理由だとは思うが、鳥を食べることでも生きている人間が、最後には鳥に食べられるというのは、平等的な考えで、そのようにして自然を畏敬しているのだろう。臓器移植が盛んになって来たが、それはまだ使える臓器を焼却するのは人類にとってもったいないという理由による。困っている人を助けるというのが人類普遍の思いであって、臓器移植はそれにかなうというわけだ。だが、臓器移植が可能になったと同時に、貧困者の臓器を金で買おうとする金持ちが出現した。それもまた困っている人を助けるためと、とんでもない理屈をこねる人があろう。人間は欲深いもので、健康で長寿をどこまでも願う。だが、臓器のすべてが調子悪くないのに死が訪れることは、人間や動物は結局は無駄をしてあの世に行くことを意味している。そのため、何でもかんでも合理的一点ばりを思わない方がよい。無駄という部分を抱えての生であり、その無駄は全部が全部そうではない。
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 一昨日自治会の人々に順番に仕立て上がったキモノを見てもらった時、電話をかけていないのに、あるおばさんが一緒にやって来た。その人を初めて見たのは20年ほど前か、その後出会うたびに筆者をあまりにじっと見つめるので、変な意味ではないが、気になる存在なのかと思った。その後少しずつ話をするようになったが、一昨日はふたりきりで初めて長話をした。その人が子どもを産んだことがないことは噂で知っていたが、年齢が70後半とは知らなかった。おっとりした人で、肌の色艶もよく、10歳は若く見える。それは子どもを産んだことがないことと、そこそこ金持ちで生活苦がなかったためもあろう。筆者の年齢を訊くので、今年60になったというと、びっくりして、「もっと若いと思ってました」と言った。お互い若いと思っていたのだ。その人は格好いい男優の夢をよく見るそうだ。それを聞きながら微笑ましかったが、女性が70代後半になっても若くて素敵な男性に憧れるということが若さの秘訣でもあるのだろう。「男は老いると若い女性がいいと思うと言ったりしますが、女性も同じでしょう?」「そりゃそうですよ。若い男性がいいに決まっています。」こう話しながら、その女性の思う若い男性の範囲は何歳までかと訊くことはしなかったが、夢に見る有名な男優の年齢は60代後半であるので、10歳ほど下までは対象になっているのだろう。筆者は女性とデートする夢は見た記憶がないが、誰かわからない謎の女性の後ろ姿がよく夢に出て来て、その彼女の跡を追って遠くに旅すると、いつの間にか場所がわからず途方に暮れるといったパターンの夢を何度も見る。先日は寝室の暗闇の窓に女性が見え、それがじっとこっちを見ているという恐い夢を見た。そして、その女性を追い払おうとして声を上げ、足をばたつかせたところを家内に起された。そのように最近は夢でよくうなされる。あまりに筆者の寝言が鮮明で、家内はそれを聞きながら、これはまずいと思ったところで筆者を揺り起す。でないと、手足をばたつかせて隣に寝ている家内は怪我をするかもしれないからだ。起された瞬間は夢の細部までよく記憶しているのに、朝になるとほとんど忘れている。時にこれが残念だ。数日前は、夢の中に売茶翁が出て来た。そして、ついに筆者は売茶翁がそのように生きたことの意味を悟って大喜びし、そのことを翌日のブログにでも書こうと思ったが、朝になるとそのことをいくら思い出そうとして出来なかった。筆者だけが変な夢を見るのではなく、先の70代後半の女性も同じと言っていた。彼女の見る夢はどこか旅行するものが多いそうだが、帰りにはいつも道に迷って途方に暮れるらしい。その点は筆者の夢によく似ている。これは何か心配事があるからか。だが、心配事のない人などいない。
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 心配事で思い出した。福島原発の放射能のストロンチウムが横浜あたりでも高い数値で見つかっているという。世田谷で見つかった高濃度セシウムは瓶に詰まったものが原因とわかったそうだが、それもまた不気味な話ではないか。無駄を省いて最も効率のよいエネルギー源が原子力と考えられたはずなのに、それに見事に復讐されている形で、合理的を考え過ぎてろくなことがない。もっとも、これは科学を信頼し過ぎた結果だ。科学が自然を完全に制御出来ると思い上がった結果、そのしっぺ返しがとてつもなく大きかった。だが、人間が科学的に同じ場所に留まることはあり得ず、あらゆることが試され、合理化の思いは進む。そして、一方では非合理的なものが排除されるが、そこに神秘的な宗教が入っているのかどうか。西洋では宗教と対になる格好で科学とその技術が進歩した。日本では見事にそこが切れていて、科学者は神を恐れない人種になっている。ついでに仏もだが、そのために自分が推進したことで大きな事故や被害が出ても、責任感をほとんど感じない。神や仏の前に出て恥ずかしくない行動という考えが最初からない。それは結婚式を見てもわかる。教会で式を挙げながら、平気で離婚するし、神との契約などまともに考えたこともない。であるから悪魔の意味もわからない。その結果、福島から遠く離れた横浜で放射能の心配をしなければならないという、全く悪夢としか言いようのない現実に見舞われている。そうした深刻な心配事が、今後の日本にどのような影響を及ぼすかは、50年や100年ほど経たないとわからない。未曾有の巨大地震による未曾有の被害であった、またあるだけに、今後どのような未曾有の影響が出るやらだ。その最初の顕著な例は、菅首相を罵倒することであった。その菅さんがまた四国の遍路さんになっているというニュースが先頃あったが、SPつきとはいえ、以前のような境遇に戻ったわけで、本人はほっとしているだろう。あのような未曾有の大事件のさ中に、どんな総理大臣であってもみんなからひどく言われたはずで、それを思えば、筆者はとても罵倒する気にはなれなかった。そのため、罵倒した人はしごく単純で、放射能のように何事にも染まりやすいが、筆者が心配するのは、そういう人が今後数十年単位で増加し、日本が3,4流国に没落することだ。国民の質がそれを決めるとすれば、菅首相を罵倒した、先に書いた皮膚下の水虫みたいな人たちが増殖することは避けねばならない。だが、罵倒した人は怒りの持って行き場所がなかったのだろう。新しい首相になったところで、放射能が減るのではなし、また景気がよくなるはずもないことはわかっているが、ともかく巨大地震と今後も密接に記憶される菅首相に去ってもらいたかったのだ。だが、そこにはいやなものは見たくないという、ごく単純な思いが働いていて、その現実を直視したくないという思いは、相手が放射能では危険だ。
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 福島原発がらみのネット・ニュースに、山本太郎が以前の収入の10分の1に減ったというのがあった。その以前の収入がどれほどか知らないが、個人の収入がそこまで減ったことが原発への抗議だとすれば、本人も納得出来ていいことだろう。これが逆に以前の10倍になったのであれば、原発事故を食い物にしたと、どれほど叩かれるかわからない。とにかく、いじめだらけの世の中だ。人がドン底に落ちることを誰しも期待していて、菅首相罵倒もそれと同じ思いによる。そんなうっぷん晴らしはネットに溢れている。それをマンガ家の小林よしのりが新たに意見していて、それを昨日ネットで垣間見たが、なかなか面白かった。筆者は小林のマンガは目を通したことがないし、また通そうとも思わないが、ネット右翼を年収200万未満の連中で、そういう境遇に甘んじていることを批判していたのは、成功者の思い上がりか、あるいはそういう連中が増殖していることが国家的に見て危機を感じてのことかは知らないが、ネット右翼の意見にまともにつき合っていられないという思いはわかる。筆者は右翼も左翼も、とにかくほとんど他人のブログを見ないから、読んで気分の悪いことにも出会わないが、その思いもあって、あまりTVも見なくなった。以前書いたが、特に読売TVの時事放談の番組は、胸糞が悪くなる連中が出ていて、そんな連中を見ないだけでも精神衛生上よい。60になると、今後は限られた時間の人生であり、気分がいやになることには触れない方がよい。そう思うと、山本太郎はまだまだ若いので、大いに思うように活動してほしい。日本で活動する芸能人では珍しいタイプで、そういう者がもっと増えると、日本の芸能界もヤクザ絡みで話題になるのとは違って、多少は変わるのではないか。とはいえ、山本の前途は多難で、ほとんど忘却されてしまうかもしれない。そして、50年や100年ほど経った時に、先駆者として奉り上げられるか。そういう瀬戸際に自ら立ったことは立派なものだ。そういう勇気が今の日本には欠けている。それどころか、それを嘲笑し、ひきずり降ろそうとする。有名人に絶対になれない、年収も200万を絶対に越えることはないという絶望から、とにかく罵倒三昧で気晴らしをするというのだろう。ザッパが言っていたように、そういう連中は好き好んでそういう嫌われ者の立場にいるのであるから、放っておけばいい。それはそうと、子どもたちに影響が真っ先に出る放射能が、ロシアの学者も言っているように、日本は信じられないほど基準の数値が甘い。それに、ぼつぼつ福島の子どもたちに甲状腺の異常が見つかり始めている。横浜にストロンチウムが検出されるのであるから、それはあたりまえのことだが、結局原発の放射能との因果関係は認められないといった考えで切り捨てられるのではないか。他人がどうなっても自分には関係ない。それどころか、他人が苦しんでいるのを見るのが何よりもの楽しみと思う人種が増えているのだろう。国がいじめを実践しているのであれば、国民が染まって当然だ。脂足の話からここまで即興で書いた。今日の写真は去年11月29日のもので、ホテル工事現場の1枚も加えた。塀で囲まれてわからないが、内部は基礎工事が着実に進んでいる。水虫もきっとそうなのだろう。
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by uuuzen | 2011-10-13 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(1)
Commented by 河村髄研 at 2014-05-02 17:04 x
水虫 昔は悩まされました。蚊取り線香の火を近づけて乾かすか、ドライヤーで熱くして、乾かしました。


●ムーンゴッタ・2011年10月 >> << ●嵐山駅前の変化、その153(...
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