●嵐山駅前の変化、その151(ホテル)
のように山がさまざまな色に彩られるといいが、今年の紅葉はどうなるだろう。今年の猛暑は去年ほどでもなかったが、そのことが紅葉にどう影響するのか筆者にはわからない。



今日もまたこのカテゴリーとするが、以前書いたように、駅前広場はリニューアルが終わったので、次は駅前ホテルの建設現場の写真が主体になる。ここしばらくの投稿はちょうどその移行期といったところだ。今日の写真は2枚で、1枚は去年11月26日のホテル建設現場、もう1枚は駅前広場のすぐ北側に新しく出来た駐車場だ。これは以前に食品会社があったが、倒産した後、建物が解体され、更地になった後に駐車場になった。駅前であるので、当初は目立つ企業の建物が建つかと思っていたが、前の道の幅が狭かったり、権利者の問題もあって、駐車場にしかならなかったようだ。この元食品会社があった場所の定点観測写真を今までに何度か載せて来た。だが、投稿の題名中には書かなかったので、今となっては筆者もどの回に掲載したのか、順に全部を確認しないことにはわからない。なぜ題名に書かなかったと言えば、この会社が倒産したことをあまり公にすべきではないと思うからだ。工場がなくなって駐車場になったのであるから、駅前の変化には違いないが、広場のリニューアルとは意味が違う。そして、完成した駐車場は当分そのまま変化はないはずで、この元食品工場の変化写真は今日で終わることになる。この元食品会社関連の話題をそれなりに持っている。書いてもいいかと思わない話題がないでもないが、筆者の近隣の住民がこのブログを読むかもしれず、やはりまずいだろう。それはさておき、今日の投稿はこのカテゴリーではなく、「新・嵐山だより」にし、題名は「若冲の「薔薇小禽図」の訪問着、完成」にでもしようと考えた。どのカテゴリーにどんな題名で投稿しようが、筆者の文章であるから大差ないし、また検索によって後日すぐに調べることも出来る。そのため、なるべくせっせと消化したいこのカテゴリーにした。それで、昨日と今日はちょっと心の錦の気分に浸った。1年ほどかけて染めた若冲の「薔薇小禽図」の訪問着の仕立て上がりを、今頃になって衣桁にかけた。地域体育祭も終わり、気分的に少しだけゆとりが出来たことによる。1階の部屋を少しだけ片づけ、倉庫代わりに使っている隣家から衣桁を持参して組み立て、それにキモノをかけた。仕立て上がってからそのようにして見るのは初めてだ。製作中は常に部分しか見えないが、仕立て上がった状態が脳裏に明確に見えているので、全く不自由は感じない。だが、他人にはわからない。それで仕立て上がりを衣桁にかけて見ていただく。そのようにすると、脳裏にあったものが現実化し、それはそれでとても楽しいが、最初から思い描いていたとおりに仕上がっただけのことで、一方で気分は冷めている。それでも納品するまでは筆者のものであるし、また久しぶりにこうして重い仕事をこなしたので、筆者の仕事を見たことのない人を中心に、電話をかけて見学に来てもらった。昨日今日で10数名といったところで、明日も呼ぶつもりでいる。異口同音に素晴らしいと言ってもらえるが、1年もかけて作ったのであるからそれは当然だろう。
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 精魂込めた作品を人に見てもらうことで、自分の才能を見せびらかしたいというのではない。ただ、自治会長をしていて、筆者がどのような仕事を普段しているのか知らない人がほとんどで、そういう人に知ってもらうにはちょうどいい機会と考えた。そのため、昔の筆者の個展に来てもらった人には原則的には声をかけていない。また、電話しているのは同じ自治会の住民、しかも女性ばかりだ。男は女性のキモノに関心がない。とはいえ、今回のキモノは若冲の絵をほとんど再現しているので、絵画として見ることは可能だ。また、若冲の絵そのままでキモノにはならないので、絵をキモノに展開した時に、どのように微妙に部分をずらせたかが見所だが、それについて書き始めると、若冲論とキモノの文様配置論のふたつを絡ませる必要がある。そして、美術評論家は、前者はわかるが後者の知識は全くない。一方、友禅染に携わる作家やキモノの着つけを専門にしている人は、後者はお手のものだが、前者の知識がない。そのため、筆者がここで説明しても、それが全面的に理解出来る人は、まず日本にはほとんどいない。つまり、筆者が若冲の描いた葉や花のひとつずつをどのようにキモノのしかるべき位置に置いたのか、誰にもまともにわからない。それでいいのだろう。キモノはキモノとしての文様のつけどころがあって、着用時におかしいところはそれが明らかになる。また、若冲の絵をほぼそのままキモノにどこまで再現が可能かは、キモノとして仕上がった作品を衣桁にかけた時に、若冲らしい迫力を失っていないかどうかで判断されるべきだが、誰もが見た瞬間に声を上げているところ、迫力と呼べるものは失ってはいないと思う。それは、若冲の絵の模写をしながら、キモノという全然別なところに違和感なく収めているからだ。若冲の作品に内在する均衡を崩したように感じさせず、しかもキモノとして見た時に、文様の配置が完璧に調和を保つことに唯一の正解があるとものではない。だが、若冲の絵を最大限元にしながら、若冲の絵を全く知らない人が見た時に訪問着として立派に成立していることを条件とするならば、ほぼ唯一に近い文様配置があると筆者は思う。その意味で、今までに誰も筆者のように若冲のこの絵を訪問着に再現しなかったが、今後もまず筆者のようには作ることは出来ないだろう。今日来た女性は、2000万円ほどの価格で売らないと引き合わないでしょうと嬉しいことを言ってくれた。現実はそんなに甘くない。だが、採算を度外視して、全く手抜きをしなかったので、改めてじっくり見つめていると、葉1枚、花弁1枚ごとに込めた思い入れが蘇る。衣桁にかけた状態の写真をここに掲げることも出来るが、実物とは迫力が違う。実際に作品を見たい人があれば、コメント欄に書き込んでいただくと、対応したい。ただし、11月の錦の紅葉にはまだまだ早い嵐山まで来ていただかなくてはならない。また、衣桁にかけておくのは今週いっぱいと考えている。
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by uuuzen | 2011-10-11 23:59 | ●駅前の変化 | Comments(1)
Commented at 2014-05-02 16:34 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


●嵐山駅前の変化、その150(... >> << ●ムーンゴッタ・2011年10月
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