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●「嵐山法輪寺で月を愛でる」
光灯という言葉が昔はやったが、今の若者でもその意味がわかるだろうか。わが家の1階の蛍光灯は、スイッチを入れてから20秒ほどかかってようやく点く。



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まさに蛍光灯で、その待ち時間がいつもイライラさせられるが、蛍光灯を交換すればいいだけの話で、それにすぐ気づかない筆者が同じ蛍光灯だ。3日前、自治会の配りものをしていると、その町内の人と出会い、「大山さん、この上の蛍光灯切れてまっせ。」と言われた。法輪寺の前の道路に取りつけられている街灯だ。「わかりました。明日区役所に電話しておきます」と答えたが、その日の夜、その道を通ると、ちゃんと点いている。それで翌日その人に会った時にそのことを伝えた。すると、「切れたり点いたりするのが蛍光灯でっさかいにな」との返事だ。つまり、早めに交換してもらえというわけだろう。だが、本当に切れているなら区役所に電話してもいいが、交換に来てもらったのに点いているとなると、「自治会長の奴、嘘つきやがった」と思われる。そのため、全く点かなくなってから電話したい。また、その街灯のすぐ下には、京都バスが通る電光掲示板があって、街灯がなくてもさほど暗くない。翌日、つまり一昨日また確認すると、やはり点いていた。だが、筆者の知らない間に切れると、先の人は、「あの会長はわたしが言ったのに言うことを聞いてくれへん」と言いふらす可能性がある。そうなっても別にかまわないが、毎晩確認しに行くのも面倒で、本当に切れた場合、その人が筆者に電話してくれればよい。あるいは自分で区役所に電話するかだ。区役所の街灯係の電話番号は4月の総会の時にみんなに伝えてある。何でもかんでも会長が面倒を見るというのはどうかしている。気づいた人が連絡すればいい。それが自治の精神だろう。ともあれ、こういう些細な人間関係が無数に自治会内には生ずる。会長は便利屋の小僧以外の何者でもなく、大半の人は商売に忙しい。何度も書いたことだが、筆者はよほど暇人と思われている。自分では常人の何倍も仕事をしている気分だが、周囲からはのんびりしているように見えるのだろう。それは悪いことではない。余裕があると見られる方がいい。それはさておき、一昨日その街灯がともっているかどうかを確認することが一番の目的で、法輪寺で催されている月を愛でる音楽会に家内と行った。このブログに載せるために、午後4時頃、まだ街灯がともらない頃にまず道路に面したところに立つ看板に貼られたポスターの写真を撮った。わざわざ出かけたのではなく、配りもののついでだ。この配りものというのが年に300種はあるだろう。300回配るのではなく、2,3種をまとめて配ることにしている。配り終わって帰宅すれば次のものが届いている場合が多く、2,3日寝かせておいてまとまってから配ることにするのだ。また、一度に2,3種の配布物が届くことも多い。二度手間はいやなので、配り物ついでにカメラを持って出て、それで法輪寺の前でポスターを撮影した。
●「嵐山法輪寺で月を愛でる」_d0053294_021599.jpg 確認すると、催しは午後6時から9時までの3時間だ。法輪寺からわが家までは直線距離で300メートルほどだろうか、6時を過ぎるとガンガンと音が鳴り響いて来た。風の向きでまともにわが家に演奏の音が届く。法輪寺の本堂は幅広の長い石段を上った山の中腹にあって、本堂正面はわが家に向いている。その前でいつも演奏会が催される。これは数年前からではないだろうか。法輪寺はわが自治会に所属しているので、そういう催しはチラシがあれば回覧させる思いがあるが、法輪寺にすれば自治会とは関係なく、寺独自の催しなので、宣伝は自前でやると言う考えだろう。そのためでもないが、そうした催しに自治会に所属する地元住民はほとんど行かない。演奏家は年に3回ほどある。花灯路に併せて行なわれ始めたと思うが、そのほとんど最初から、演奏会だけではなく、昔アメリカで流行したラバーランプのように、抽象模様を拡大して光で壁面や建物に投影するようになった。これが大がかりになったのは、3年ほど前だったか、夜の嵐山全体をスクリーンに見立て、TVや新聞でも報じられた。光源から山までの距離が遠く、思ったほどの効果はないが、毎年冬場に催されている。2月の最も冷え込む時に、京都は観光客が訪れなくなるから、そうした催しで人を集めようという魂胆だ。どれほど観光に役だっているのか知らないが、こういう催しはすぐに効果を期待するのが間違いだろう。何でも定着するのに最低でも数年、あるいは10数年かかる。その意味で今は下積みの時代だ。そして、法輪寺での催しもそれに賛同、同調してのものだ。嵐山をスクリーンに見立てた光の芸術は、早速法輪寺も導入し、本堂全体を照らすようになった。その模様は毎年違うようだが、カレイドスコープの大がかり版と思えばよい。サイケデリックなイメージで、音楽がその光の模様に似合っていると面白いが、うるさいロックをやっては麓の住民から苦情が出る。そこでロックでもかなりソフトなもので、またたいていはクラシック音楽だ。それもアンサンブルではなく、ヴァイオリン・ソロなどの静かなものだ。この音楽家の選出は法輪寺の現在の住職が行なっているのだろうか。住職とは去年話をする機会があり、また前の住職が去年夏にかなり高齢で亡くなったので、筆者は葬儀の間、来客の受付を担当した。また、現住職は毎年8月下旬、道路に面した看板のすぐ奥の境内の空き地で開催される地蔵盆では、地蔵さんの祠の前で真言宗のお経を唱えていただく。それはともかく、ポスターの写真には、同寺での光の催しの様子があますところなく表現されている。気になったのは、右上隅の満月で、天体望遠鏡で撮ったリアルなものだ。
●「嵐山法輪寺で月を愛でる」_d0053294_0452189.jpg
 さて、家内と出かけたのは8時過ぎだ。徒歩5分とかからないので、その気になればすぐだ。写真は今日は7点用意したが、今日と明日の2回に分けて書くほどの話題もない。いや、話題ならどうにでもなるが、2回は間が抜ける。それで今日のみとすることに決めたが、そうなると7点の写真は多い。これは段落数が6か7を必要とする。それで、写真を減らすことにした。厳選と言うほどではないが、中間的なものは省く。せっかく時間をかけて加工したのに没は惜しいが、人生はそういうことの連続だ。この没写真ハヤフー・フォトのファイルから削除せず、そのまま保存しているが、いつかまた載せることもあろうかという思いだ。だが、そんな機会は結局まずやって来ない。それがわかっているのに削除しないのはなぜだろう。どんどん没写真が溜まる一方で、いずれ没写真と題するファイルを作って、そこにまとめる必要がある。だが、そんなことをしても公表しないのであるから時間の無駄だ。その無駄を承知で、毎日同様の無駄を重ねる。これは半ば冗談、半ば本気で思うのは、「思い出の没写真」というカテゴリーを設けて、それにまつわる話を書くことだ。誰も歓迎しないのはわかっているが、文章の味というのは、内容には関係ない。何となく読ませてしまうという力が大事で、それは没写真でも充分なのだ。役に立つ最新の情報といったことに筆者は関心がない。基準はあくまでも自分であって、自分が今何に関心を抱いているか、それをこうして毎日書くことが何より大事で、また価値があると信じている。とか何とか出任せを書いたが、さて、法輪寺の本堂に至る石段の両側には小さな灯篭が等間隔に置かれ、足元が危なくないように気が配られていた。石段下に来ると、もはやライヴ演奏の音が間近に聞こえる。わが家の前で遠く風に乗って聴いた音と同じであるのは言うまでもないが、ソフトなロックで、チューリップの演奏を思い出した。「the 90s」という、ギター、ベース、キーボード、ドラムスの4人組で、2年前に結成された京都を拠点にするバンドだ。真面目な学生という感じで、曲をまともに聴かなかったが、親しみやすい哀愁を帯びた演奏だったと思う。観客は筆者らを含めて10人ほどで、このさびしさは、いかに宣伝が行き届いていないかを如実に示す。これは9時少し前に演奏が終わってからだが、「CDを100円で売っている」と家内が言う。それで小銭入れから100円玉をわたして買いに走らせた。楽器などを片づけている最中であったが、CDをほしいと言うと喜んで箱の中から1枚出してくれたらしい。「RANDEN」という、嵐山電鉄に因んだ曲が1曲だけ入っているCD-Rだ。残念ながら、筆者は今CDをラジカセで聴いていて、しかもそれはCD-Rにはほとんど反応せず、案の定この曲も聴くことが出来ない。目下、筆者は大西さんから誕生日プレゼントで送ってもらったキャプテン・ビーフハートのCDをきっかけに、あまり聴いていなかったビーフハートの近年買った2枚を改めて主に聴いていて、その派手な音に引き入れられると、日本の甘いロックは聴く気になれない。
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 「the 90s」を2、3分も聴かずに、すぐの本堂脇の舞台に行った。ここは清水寺の舞台と同じように、山の斜面に張り出した板の間で、遠くに京都タワーも見える。ここはいつも入ることが出来るとは限らない。こうした催しの際は無料で立つことが出来るが、昼間の眺めと違って、夜はまた面白い。床机もひとつふたつ置いてあって、そこで時間を過ごすことが出来る。空には満月が浮かんでいたが、正確には当夜の月は満月から2日経っていて、ほんの少し欠けがあった。また空の数分の1は雲があって、それに遮られることもあった。その月を見ながら、涼しい舞台で過ごすには気持ちがよい。ライヴ演奏を聴く人は10名もいなかったのに、この舞台には40人ほどいた、中には丹前を羽織った人もいて、麓の渡月亭の宿泊客だろう。京都観光に来て、いい思い出になったに違いない。そのほかの人も、みな地元自治会ではなく、遠方からの人に見えた。ふと見ると、緋毛氈を敷いた床机の上に月見団子を盛ってある。風情があっていい。その団子をほおばることが出来ればもっとよかったが、これは名月を愛でる気分からすれば冒涜的か。舞台の奥に人が並んでいるので、そこに行くと、天体望遠鏡で月を覗かせることがわかり、列の後尾に並んだ。9時までもう20分ほどという時間だ。望遠鏡を持参したのは、立命館大学の同好会とのことで、3、4人が係員となって応対していた。後でいろいろと質問したが、望遠鏡は200ミリのレンズで、地球の自転に合わせて回転するらしく、また脚はカメラ用よは違ってかなり太くて頑丈なものであった。これらがしめて30数万円で、思ったより安い。望遠鏡で月を見るのは初めてのことで、まだかまだかと待っていると、ふたりの女性がスマートフォンを片手に、望遠鏡の覗き口にそれを当てて、満月を画面いっぱいに収めて写真を撮ろうと苦戦している。親切な大学生は望遠鏡の覗き口を調節したりして協力的だが、なかなか思うような写真が撮れない。それで5分ほどもたついた。9時が迫っているので、後ろの方の人は気が気でない。筆者はよほど、「早くしてください」と言おうと思った。ふたりの女性はあまりにも自分たちだけのことを考えているからだ、後ろの人が見られなくなっても自分は関係ないという態度だ。腹を立てながらも黙ってみんな我慢をしている。それをいいことにまだ粘るふたりに対して、筆者の後方から「みんな待っているんですよ!」と叱責の声が響いた。同じく若い女性だ。女性の方が図々しく、また常識的ということか。その後はひとり10秒程度で見終わり、すぐに筆者の番になったが、覗いてびっくりいた。目が潰れると思うほど明るいのだ。サングラスが必要なほどだ。そして、クレーターがはっきりと見えた。すかさず筆者もカメラを当てて1枚撮ったが、全く映っていなかった。係員の学生たち相手に、普段から興味がありながらわからなかった質問を交えて10分ほど話したが、毎年この催しに呼ばれているそうだ。そして今年は京都の衣笠キャンパスからではなく、滋賀の草津キャンパスから来たとも言っていた。この天体望遠鏡で満月を見せる催しも、法輪寺の若い住持の趣味から発してのものか。ポスターに載る満月が天体望遠鏡でしか見えない画像であったことは、この学生サークルの参加をほのめかしたつもりなのだろう。蛍光灯さながら、そのことに思い至る。
●「嵐山法輪寺で月を愛でる」_d0053294_11511195.jpg

by uuuzen | 2011-09-16 23:59 | ●新・嵐山だより
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