●嵐山駅前の変化、その142(広場でのセレモニー、その4)
見浩太朗がゲストでやって来るということが、「満」字の書のパフォーマンス後に伝えられたが、何時頃であったか覚えていない。



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1年ほど前の記憶はかなり曖昧だ。昨日掲げた4枚の写真にしても、撮影順を知る手立ては、空の色しかないことを思った。それで、4枚のうち最初の撮影は4枚目の夕焼けでいっぱいのホテル建設現場のはずだ。その次が集合写真、そして最初と2枚目という順になるだろう。これを撮影順に並べなかったのは、昨日の投稿の題名をいつもどおりにつけるのであれば、「広場、ホテル」となって、「ホテル、広場」ではないからだ。つまり、今までの習慣を守って、広場の写真をホテルのそれより前に掲げることがいいと考えた。昼間の写真なら、どちらを先に撮っても同じ時刻に見えるが、瞬く間に日が沈む秋の夕暮れとなると、時間をさほど置かずに撮っても、空の色は随分異なる。これを人生にたとえると、最晩年はすぐに去り、また一刻ずつが表情を変えるということか。そうであっても、誰も人の最晩年に関心を持たない。それはいいとして、昨日の投稿では最後に立派な夕焼けの写真を掲げた方が締まりがいいと思った。これは投稿を面白くするための脚色に当たるかもしれない。こうして書く内容に嘘はないと筆者は思っているが、勘違い、思い違い、あるいは言葉の綾、誇張によって、嘘とは言えないまでも、それに近いことがたびたびあるだろう。そうしたことが平気になると、小説家への道は早いのではないか。このブログを利用してそうした訓練もしようと考えてはいるが、なかなか立派な嘘を書く勇気が筆者にはない。有名な小説家はその意味で大嘘つきであって、その嘘を何とも思わない面の皮の厚さを持っている。そして、そういう面の皮の厚い者ほど、たとえばノーベル文学賞をもらって歴史に名を刻む。一方、正直な者ほど、世間では日が当たらず、貧しくひっそりと人知れずに暮らして世界から消えて行く。だが、文章における嘘は、たとえば自分が実際に見てはいないものを、しっかりと見たかのように描く画家でも同じことで、嘘を嘘と自覚している間は大物にはなれない。嘘をつくことが万人への贈り物になるという思いを抱くほどに厚顔でなくてはならず、それはほとんど詐欺師と紙一重だ。と、書きながら、同じことを以前に書いた気がしている。そう言えば、昨日の投稿もそうで、大半は以前に書いたことがある。それを知りながらまた書くのは、以前書いたことをすっかり忘れている人がほとんどと思うからだ。また、同じ話題を繰り返しても、以前とは異なる文脈においてのことであって、それはまた全体としては別の意味を持つと考える。今思い出した。洲之内徹は『気まぐれ美術館』を雑誌『芸術新潮』に連載する以前、故郷の松山市の新聞で連載を受け持っていた。それは同市の図書館にでも行けば、縮刷版として読むことが出来るだろうが、いつかそうしてみたいと思いながら、まだ同市には行ったことがない。それはいいとして、その連載の幾分かの内容は、『気まぐれ美術館』の最初期に書き直されているのではないだろうか。これはビートルズやザッパでもそうで、本格的にレコード・デビューする以前に、すでにそこそこの実力をつけ、デビュー後に録音する曲をすでにしっかりと演奏している。そういう蓄積があるからこそ、デビュー後に息切れせずに済む。それから考えると、AKB48といったアイドルは促成栽培にもならない全くのすぶの素人を業界に引っ張り出して有名にしようというのであるから、使い捨てもいいところだ。若さの魅力は一瞬にして失せるから、毎年AKBに新人が加わる必要があるし、またそれでよいとする風潮がある。プロなど今は必要ないのだ。下積み時代にしっかりと才能をつけるという考えなど、若者は敬遠する。何を利用してもいいからすぐに有名になりたいと思う。そのため、有名になっても数日で忘れられる。
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 里見浩太朗はTVの『水戸黄門』で有名だが、今年で同番組は終わることになった。視聴率が稼げないのかどうか、筆者は同番組を見たことがないので、里見の黄門様が歴代の黄門様の俳優に比べて演技がどうであるのかは全く知らない。だが、長寿ドラマであるだけにマンネリは避けられなかったであろうし、またそのマンネリこそが見所であったのではないか。ところが、そのマンネリこそ見所という見方をする人が減少し、時代が大きく変化したことを認めざるを得なくなった。また、時代劇が必要という時代ではもはやなくなったのではないか。それは江戸時代以前の人間模様を現代人に伝えることが難しくなったか、あるいは時代劇のセットが大変で、現代劇よりお金がかかり過ぎるようになったためか。そのどちらも正しいであろう。時代劇が輝いていたのは1960年代までで、70年代以降の映画やTVの時代劇はどれも面白くなくなったと思う。名監督がおらず、またロケするにも時代劇にかなう景色はもはや日本のどこにもなく、俳優も小粒で駄目になった。素人の女の子を集めてAKBと騒いでいるのであるから、江戸時代と変わらず残ったのは女衒の商売だけと言ってよい。また、昔なら家庭の事情でやむなく身を売ったが、今では小遣いほしさに10代の女の子が同じことをする。これは昔に比べて栄養がよくなって、体の成長が早いということが大きな理由でもあるだろう。それはともかく、時代劇の豊かな遺産がDVDや衛星放送で簡単に見ることが出来るのであれば、質の劣る新作を見る時間をそっちに費やすのは人情だ。たいていの時代劇ファンは高齢であるから、懐かしがるにはかえって古い時代劇の方がいい。そのためもあって、里見の黄門様は人気が自然に衰えたのではないか。「時間は金」という思いを身に染みるのは若年よりも老年だと思うが、となればつまらないものを見るより、評価の定まった安心したもので心が満たされる方がいい。それは老年ほど保守的になるという見方でもあるが、別の見方をすれば、目が肥えて、青臭いものに我慢がならないということだ。それはたとえば里見浩太朗自身がそうであるだろう。だが、俳優は監督に使われてなんぼの存在で、またTVドラマであれば監督は視聴率に左右されるから、里見自身がいくら高い望みを持っていても、それを披露する場に恵まれなければどうしようもない。この意味で、映画やTVがない時代の芸人の方が幸福であったかもしれない。現代のたとえば紳助のように、巨額の金をつかんで日本中に名と顔を知られはしなかったが、自分で好きなことをするという思いはまだ貫けたであろう。そして、河原乞食と呼ばれるような存在であったからこそ、その芸に凄みが具わったと思う。それが手っ取り早く有名になって、小金が出来れば抜け目なく副業をするというのが今はあたりまえになり、芸人はすっかり世の中の仕組みに組み込まれた。
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 さて、夕焼けが消えかかった頃、駅前広場は暗くなったので、いくつかある植え込みの地面に接した部分に仕組まれたライトが点灯されることになった。集合写真の撮影後、まずその点灯式があった。次に酒樽が持ち出され、鏡割りが行なわれた。その後に里見がやって来たが、確か予定より少し遅れたと思う。相手をしたのは式典の司会を担当したキモノ姿の女性で、里見にはありきたりのことを質問していた。去年10月29日の段階では里見は黄門様の番組が終わることを知らされていなかっただろう。その後巨大地震があり、日本のさまざまな状況が変わった。とはいえ、里見の顔は広く知られている。当日は里見を呼ぶのは京都らしくてよかった。広場に囲いがない状態で式典があったから、電車を下りた人、観光を済ませてこれから乗る人も、遠巻きに見物が出来た。それでもその人数はさほど多くなかった。嵐山駅は普段は乗降客が少なく、また渡月橋をわたって向こう岸の嵯峨地区の商店はみな午後7時には営業を終えるから、それ以降は駅前広場では観光客をほとんど見かけない。ところで、昨日の集合写真で少し写っているが、緋毛氈上の椅子の前に白い紙袋が置かれていた。参列者へのお土産だ。鏡割りの際に配布された「嵐山」の文字入りの一合枡もそこに入れて持ち帰ることになった。酒は参列者以外にも紙コップで配られた。筆者は2杯飲んだ.。式典が終わった頃に家内は仕事場から帰り、駅前に降り立った。そして、振舞われている酒を紙コップでもらって来たのだ。それを含めての2杯だ。そのように振舞っても、樽はふたつあったので、酒はかなりあまったのではあるまいか。また、式典が始まる前は広場の右奥に、ムーミンに出て来るスナフキンが被る尖った帽子のような白いテントがひとつ張られ、そこで温かいスープなどが配られたようだ。スープ以外にスナック類も提供されたのかもしれない。筆者はそこで何が行なわれているのか知らず、また式場が間近であるので、式典開始直前に出かけた。そのため、その式典前の軽食らしきものには与らなかったが、ひとつ鮮明に覚えているのは、一合枡を配布したそのテントを受け持っていた40歳ほどの男性だ。いかにもバーテンダー然としたその顔と身振りで、少しスティーヴ・ヴァイに似ていたが、口元に笑みを絶やさず、プロを見た気がした。阪急はホテルを所有しているので、そこのラウンジやバーから派遣されたのだろう。お開きになって、筆者が真っ先に自宅に戻れたはずで、また一番先に白い紙袋の中を全部見たであろう。秋の行楽のパンフレット類、紙箱入りの小さなロール・ケーキ、そして箱入りの阪急電鉄100周年のバッジ3個セットであった。一合枡は水屋に収めていて、ガラス越しに毎日見るが、枡で酒を飲むことがないので、何の役にも立たない。さきほど見ると、中心線のずれた縦書きの「嵐山」の文字は少し滲んでいた。家内が簡単に水洗いしたはずだが、シルクスクリーンで刷ったものか、パソコンのプリンタで刷ったものか、本当の墨ではないのだろう。それはいいとして、筆者は名刺を阪急の誰にもわたしてはいないが、先日も阪急からふたりが訪れて、新たな工事についての資料を置いて行った。今のところ、もう一年自治会長をするつもりでいるから、阪急の会社員と話すことはまたあるだろう。毎年自治会長が変わるのが本当なのに、筆者の自治会はいったいどうなっているのかと訝っているかもしれない。
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by uuuzen | 2011-09-11 23:49 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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