●嵐山駅前の変化、その138(広場)
毛氈が敷かれた長椅子が並べられ、その上に招待客の名前が書かれた札が置いてあった。筆者は前から2番目で右端であった。



すぐ目の前に白い大きな箱が立てられ、これが何を意味するのかわからなかったが、間もなく判明した。デジカメでセレモニー本番の様子を逐一撮ったが、今日はその序ということにして、今後4回に分けて写真を掲げて説明する。今日の2枚の写真は左右につながり、「広場」と名づけている。これはこのカテゴリーを始めた当初から同じ角度で撮っている。たとえば「その10」を見てほしい。全く同じ立ち位置からというわけには行かないが、ほぼ同じ場所から撮っている。「その10」は去年2月1日の撮影で、セレモニーが10月29日であったから、約9か月間の工事であった。ややこしいが、去年2月1日の写真を1か月半遅れて3月16日に「その10」として載せ、去年10月29日の撮影を11か月遅れて本日投稿するのであるから、本カテゴリーは大幅に時期をずらせて写真を掲載していることになる。これはあえて引き伸ばしているところがあるが、その理由についてはいずれ書く。さて、セレモニーは駅舎を背にして、ホテル建設現場の方、つまり渡月橋や小倉山の方面を向いて行なわれた。現在駅前ホテルは建物が完成し、オープンを待つのみとなっているので、今日の2枚の写真の景色はすでに失われ、記録の価値が出ている。当然、ホテルが少しずつ建って行く様子も撮影し、それらをセレモニーの写真を掲載し終わった後にまた少しずつ載せて行く予定でいる。一方では中の島に面する桜の林ではまた大がかりな工事が始まっており、それも撮り続ける予定だ。そして、その写真群を投稿し終わるのは、工事が終わって1年後と考えると、早くて2014年の春になるだろう。それまで同じような調子で毎日ブログに思いを書き続けるつもりではいるが、マンネリがはなはだしいので、何か変則的なことを始めたい気がずっとしている。また、工事中の写真など、誰も喜ばないはずだが、筆者自身、たとえばさきほどの「その10」の写真を見ると、それなりに懐かしさも湧くので、以前はどういう状態であったかを知りたい人が今後は出て来るかもしれず、そういう場合には少しは役立つと思える。というのは、一昨日書いたように、自治会内に90代の婦人がいて、その人が現在の家に嫁いで来た時、周囲は藁葺きの家が数軒あっただけで、そういう光景の写真がないものかと思うからだ。見せてほしいと言えば喜んで提供してもらえる気がするが、それをこのブログに載せるのはまた別の話で、他人が撮った写真を載せるのはまずい。それに、話に聞いて想像するだけで楽しくもある。そして、おそらくその想像出来る風景はさほど間違っていないと思う。となると、筆者がこのカテゴリーに載せている写真もさほど意味がないことになりそうだ。
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 こうした工事が10年ほどから実施されることがわかっていれば、その当時から写真を撮り続けたはずで、それを考えると残念な気がする。今は車道と歩道に分離された駅前広場から中の島公園に至るまでの坂道は、20年数年前は舗装されず、そぞろ歩きにはちょうどいい砂利道であった。その頃の様子を撮影した8ミリ・フィルムをNが所有していたが、Nが亡くなった今、子どもたちはそのフィルムを処分したか、あるいは今後も見ない、見られない状況にあるだろう。そのかつての砂利道の左手、現在ホテルと駐車場になっている阪急の広大な土地には、砂利道に面して嵐山レストハウスが建っていて、たまに修学旅行生が一斉に食事している様子が丸見えであった。建物が老朽化し、修学旅行生が嵐山で食事しなくなったこともあって、取り壊された。その頃から阪急は付近一帯をどう改造して行くかを検討し始めたのであろう。レストハウスで食事した子どもは、今は成人し、恋人と嵐山を訪れれば、あまりに激変ぶりに驚くだろう。レストハウスの周囲は鬱蒼とした樹木が立ち込め、ほとんど信州の山間部といった風情があった。筆者はそうした景色はあたりまえのもので、今後もそのままあると思って写真を撮らなかった。それが今はすっかり失われた。全く何事も「Now You See It-Now You Don't」で、見ている間に消えてしまう。人生が数十秒のアニメーションのように見える。実際、人間の一生など、それほどに軽いのだろう。同じことを約50年後に地元の誰かがきっと感慨深く思っている。駅前のホテル「花伝抄」は、確か50年契約で阪急が土地を貸して建ったもので、半世紀も経つと駅前がどう変わっていることかと思う。それよりも、筆者が死んだ後、この無料で続けているブログはどうなるか。エキサイトが倒産すればそれで全部消えるし、そうでなくてもブログをやる人物は増加の一途であるから、更新されない古いものは全部消去されるだろう。3月の巨大地震の爪跡の記録を永遠に保存するために、写真の投稿を呼びかけている会社がある。「永遠に残す」という思いは殊勝なところがあるとしても、何事も永遠はないわけで、せいぜい20年ほどで、せっかく集めた写真のデータも保存出来ない憂き目が生ずると思える。古書のように、紙に印刷されて広くばら撒かれたものの方がまだ永遠の寿命を保つ。電子のデータはコピーが容易でも、人間は価値あるものしかコピーしないし、他人のブログなど、まず誰も保存して後代に伝えようとしない。だが、それでいいのだろう。生きている間だけが価値があり、せいぜい楽しむべきで、誰も自分が死んだ後のことをどうにも出来ない。
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by uuuzen | 2011-08-25 10:47 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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