●嵐山駅前の変化、その137(駅舎から広場、脇道から広場)
能人のランクは人気で決まるのか、先に芸能界入りしたことで決まるのか、特殊な世界なので一般人にはわからない。



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また、芸能は興行と関係するので、やくざとつながりがあるのは昔からだが、昔のやくざはただの金儲け集団となり、今では暴力団という呼び名に変わって、よけいに恐い印象がある。大手ゼネコンでは何とか組という名前の会社が多く、筆者が学生時代の時には、大手ゼネコンも元を辿ればやくざかなと友人と話したことがある。土木工事では鳶職も欠かせず、また半端者ややくざ者が大勢集まって力仕事や危険な仕事に従事したはずで、大手ゼネコンが使う一番下の下請けには地元のやくざやそれにすれすれという連中は多いだろう。やくざが金目当ての集団であることは、勝新太郎の『悪名』シリーズでも描かれていて、1960年代初頭にすでにやくざを義理固く、人情味のある集団とはみなさなくなっていたことがわかる。それから半世紀経ってどう変化したかは、誰にでも想像出来る。日本中が金、金と言い始め、何をするにも金がなければ始まらないことになって、いかに効率よく金儲けするかが、やくざ社会でも課題となって行った。であるから、金の匂いの漂うところには、どこでもやくざが絡んでいるだろう。また、大きな金が動くところには、嘘や法律すれすれのことが横行してさまざまな問題が発生し、その処理をやくざが引き受けることもあるだろう。金がなく、金儲けの知恵もない者は、ホームレスになるのでないならば、肉体労働に従事するしかないが、本人が知らないだけで、回り回って雇用者がやくざ絡みということも多いのではないか。そのため、やくざをどこで線引きし、また見ぬけるかとなると、なかなか困難なところもあると想像する。昨日有名漫才師が引退を発表し、大きな話題になっている。以前このブログに書いたように、昔から筆者はその漫才師の芸風が嫌いで、一度もいいと思ったことがない。喋りはうまいかもしれないが、技術だけではないのだ。むしろそ向こうに見える人柄を人は味わうのであって、それが下品な連中は技術があっても、いずれ忘れ去られる。またその漫才師が京都や大阪の下品さのみを日本中にばら撒いたように感じていたが、今回はやくざ絡みで引退のけじめをつけるというから、やっぱりという気がする。そう言えば、晩年の黒澤明監督はその芸人の顔が味があると誉めて、映画に使いたいような素振りを見せていたが、どういう役柄を思っていたのか興味深い。印象に強い顔であるのは確かだが、顔が人柄を物語っている。だが、芸能界では大物で、みんなが媚びへつらっていたようなところがあって、雛段に勢揃いした芸人を前に、本人はスーツに身を固め、芸人たちにほとんど喋らせず、自分だけが威張って目立つという番組が目立った。また、数十億かそれ以上か知らないが、生涯遊んで暮らせる金儲けをしたので、今やめておくのはちょうどいいと判断したのではないか。実業家になってもっと効率よく金儲けした方がいいとも判断したのだろう。芸人が金儲けすることは悪いことではないし、現在は人気者が自然に金儲け出来るシステムが完備した世の中でもある。だが、歴史の残る破天荒な芸人という意味では、金儲けがただうまいという者は記憶に長く残らない。また、本人は残らなくても金儲け出来たからいいと思ってもいるだろう。そして、そういう金持ち芸人には、うまくすり寄るおべっかがうまい芸人がまとわりつく。
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 今朝はふと売茶翁のことを思った。売茶翁はそのまま黄檗の僧であったならば、萬福寺の住持にもなったと思えるが、還俗して路上で最も賎しい職業のひとつの茶売りを始める。一般人であり、また心底貧しいだけの老人であるから、今で言えば、昔は学があったが、落ちぶれてホームレス同然になった爺さんを思えばいい。そういう人物が現在いれば、周りの人は石を投げるのが関の山、あるいは中学生が寄ってたかって灯油を浴びせて火を点けるだろう。この売茶翁からもらった書を若冲は大切にしたが、人のつながりの間に金儲けの匂いが皆無であることが清清しい。先の漫才師は大金持ちになり、また若手芸人をよく面倒を見るということで、近寄って来る芸人や女も多いだろうが、しょせん、金がある間だけのことだ。金も人脈もない売茶翁になぜ人が集まったか。今で言えば新興宗教の教祖的なカリスマがあったのだろうが、このたとえはまずい。新興宗教もまた金儲けをせねばどうにもならない集団だ。そうそう、マザー・テレサにたとえればいいかもしれない。日本にも昔はそういう人があちこちにいたのだろう。今は有名になることが金儲けに直結している。本人にさほどその意志がなくても、間を取り持って金儲けをたくらむ人間が必ずどこからともなく湧いて来る。先日の地蔵盆で話題になったが、ある店が京野菜のみを使って食事を出すという。それを耳にしたある人は、「平気で嘘を言える神経の持ち主の店が評判になって金儲けをする」と言い放った。たとえば京都の九条ねぎを盛り放題のラーメン店がある。その山盛りになったねぎは、全部が九条ねぎならば、ラーメン代より高いのは誰の目にも明らかだ。それなのに、誰もそれに異を唱えない。同じような過大広告はいくらでも目につく。昔、ある染め物師のキモノが1点数千万円すると言われ、しかもそれが飛ぶように売れた。1点作るのに当の作家が2,3年かかると言っていたが、実際は大勢の臨時雇いの職人を大勢雇い、量産していた。当時いくつかの出版社がその作家に目を留め、歯が浮くような世辞を書き並べ、さらに商品価値を高めた。何もわかっちゃいない連中が、甘い砂糖菓子のような存在に群がったのだ。つまり、芸能界化だ。また、先の九条ねぎと同じで、平気で嘘を言ったその作家は責められず、多くの人が儲けて夢を見たので、謗られないどころか、今なお人気がある。嘘を言えず、また禅寺の中に嘘を見た売茶翁のような存在は、ごくわずかな人の心の中に留まり、その思いは連綿と伝えられるが、嘘が本当で、本当が嘘と思われる現在の日本では、人気者には嘘つきがなることを知っておいた方がよい。そして、その嘘つきは自分が嘘をついているとは露とも思わない救いようのなさだ。それはともかく、あまりTVを見ない筆者だが、先の漫才師が画面に現われないことは大歓迎だ。いやなものは見なくていいが、人気者はどのチャンネルにもよく出ているので、いやでも目につくことがあるではないか。
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 さて、昨日に続いて去年10月29日の阪急嵐山駅前広場の写真を4枚掲げる。夕暮れが近づいて大勢の関係者が集まって来た。筆者は自治会長の役割で出席した。近隣の4つほどの自治会に声がかかったが、出席したのは筆者のみであった。駅前の住所は筆者の自治会に所属すると思うが、それもあって義務感から参加した。こういう席ではどういう服装が好ましいかとなれば、本当はダーク・スーツがいいのだろう。それを持っていないこともないが、黒のカジュアルっぽい、若者向きのジャケットにし、ズボンは白地に細い黒の縞模様、ネクタイはお気に入りの渋い赤、青、ベージュの太いストライプのものにした。関係者は数十人集まり、その中で筆者のようなブレザーを着用していたのは、もうひとりいただけで、ほかは全員ダーク・スーツであった。もうひとりのブレザーは、よもぎ色の目立つ色であったので、内心ほっとした。別段気を使う場ではないのだ。もっと派手な恰好でもよかったが、自治会長の立場での参加であれば目立ち過ぎるのもよくない。自治連合会の会長も参加したが、会の半ばで帰宅してしまい、テープ・カットの時には名前を読み上げられたのに、本人が不在ということになった。予めそういう場合は筆者が交代するという申し合わせがあれば、筆者が出たが、結局空席のまま式は進んだ。数十人とは、阪急電鉄の社員、嵐山保勝会、市会議員などで、筆者はほとんど誰も知らないも同然で、ただそこにいたという状態であった。ま、参加者をじっくり観察出来た機会で、それなりに意義はあったのだろう。式典については明日以降にもまた触れる。阪急がこうした式典をどの程度開催しているのか知らないが、ここ2,3年、新しく駅が出来たりしているので、どの町でも自治会長の出席はあると思える。また地域によってはうるさいところもあるはずで、阪急にすればそれなりの地元住民とのやり取りのノウハウの蓄積もあるだろう。大阪の上新庄駅が高架になったのは昔のことだが、隣の淡路駅よりも乗降客数が多いにもかかわらず、特急が停まらない。また駅舎はかなり殺風景で、使い勝手もあまりよくないが、駅前でビルを所有する人から以前耳にしたところ、高架になる設計段階で、地元住民の意見がうまくまとまらなかったという。そのため、地元にとって理想的な形にはならず、いまだに特急が停まらないとのことだ。地元の意見の取りまとめは自治会長や議員などが集まって協議すべきだが、駅前の商店街となれば、線路を挟んで東西では町も違って、まとまるのは難しい面もあるだろう。そうなれば、地元の意向など関係なしに、阪急側は工事を進める。嵐山駅前広場の改装に関しては、予め説明会はなかったが、それは大きな建物を建てるというのでもなく、また広場を縮小拡大もしなかったからだろう。また、線路が頭上を走る高架化とは違って、嵐山の玄関口としてそう妙な設計になるはずはないとの安心感があった。地元で説明会がなかったのであるから、竣工時の式典に筆者が呼ばれることもないはずだが、ひとりやふたり増えてもどうってことないと判断されたのだろう。その軽さを思って、カジュアル・ジャケットを着た。
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by uuuzen | 2011-08-24 13:20 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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