●嵐山駅前の変化、その133(駅舎から広場、脇道から広場)
宅してすぐに3階に上がってこれを書き始めている。今日は昼頃に大阪に出た。そのことについては後日に書くとして、今日はまたいつもの駅前の変化シリーズにでも書くとするか。



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さて、3、4週間前は訪問者が100を越えていたのが、見事に毎週10ほどずつ減少し、今週は5月中旬以前の状態に復帰しつつある。その頃までは1日50人前後であったから、100からすれば半減だが、そのように減り続ける理由がわからない。書いている本人はいつもあまり変わらない調子と思っているが、その変わりばえのなさに飽きた人が多いのか。それなれば5月中旬以降に急速に多くなった理由はなぜか。訪問者が次第に多くなったのは、放射能の問題について書いていた時期だ。ここしばらくはその関連のニュースが激減し、また放射能の心配が思ったほどでもないとわかったからかもしれない。だが、実際に放射能の心配が本当に減少したかどうかはわからない。人の噂は100日程度で消えると言うから、放射能が以前と同じ、あるいはもっと深刻であっても、人はそのことに耐えられず、ほかのことを話題にしたいのだろう。また、完全に忘れたのではなく、ひとまずは別の話題を取り上げ、いずれ放射能の影響が歴然とした深刻な事態が生じた時に復活させる考えなのだろう。筆者としても、東北の放射能の影響がどうなのか、さっぱり様子が数字として、また具体的な影響の現われとしてわからないので、懸念を同じように書き続けることは出来ない。そして、地震や原発について書かなくなったことで、このブログの訪問者が以前と同じ程度の数値に落ち着くとしても、それはそれでいいことだ。読んでも時間の無駄になるだけのこのブログに人気が集まることが異常であり、人知れず細々と続けるのがよい。そして、ある日、何の予告もなしにふっと終わって、全文を消去するのが理想だ。別にすねているのではないが、誰かに何かを期待された実感を今までに味わったことがほとんどない。その反対に、迷惑と感じられ、ののしられたことはある。また、ののしられはしなくても、そのような素振りや顔をされたことがあるので、自分の行為に自信が持てない場合が多い。そのため、このブログにしても、誰かが期待しているとは全く考えない。それよりも、いつも気にしているのは、罵倒の書き込みがあるかもしれないという恐怖だ。それは少々おおげさかもしれないが、筆者の名前で検索して出て来るURLの99パーセントは酷評や罵倒で、筆者は自分について書かれている文章には拒否感が強い。そのため、ここ5年ほどはつぶさに検索したこともなければ、読んだこともない。それほど筆者の書く文章はつまらなく、またコメントの書き込みに値するものではないどころか、酷評されるべき低能なものであろうから、こうして書いていて、それは他人を楽しませるためといった大それた考えは毛頭ない。ただの暇つぶし、時間の無駄話だが、散歩と同じようなもので、そのために「歩録」と名づけたが、頭を多少使うことでボケ防止にはなっているという思いはある。人は他人の散歩に何の興味も持てないのが普通で、そのことからしても、筆者の散歩的なこのブログを毎日数十人にしろ読む人があることの方が大いに不思議だ。だが、感謝するつもりは毛頭ない。読む人の99パーセントは斜め読みすらしないであろうし、また読んでも罵詈雑言をコメントに書き込みたいだろう。
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 筆者は今月末で還暦を迎えるが、筆者と同じ年齢の人は60が定年ならば、来年の3月末でそれを迎える。今日は大阪で食事しながらそんな話になった。定年まで勤め上げた、あるいは途中で転職したにしても、会社勤めである限りは来年からは別の生活に踏み込む。何度も書くように、筆者はひとりで自由に仕事をして来ているので、定年の実感がないが、還暦という響きを聞くと、自分の最も活動的な人生の時期が終わるという気はする。そして、その最も充実していたはずの時期に手応えのあることが何ひとつ出来なかったことに、忸怩たる思いがある。その原因は自分の才能のなさもあるが、経済的な問題がかなり大きかった。どこからも給料といった毎月決まった金額をもらわず、また一方で売るための仕事をせずに、製作費ばかりかさむ創作生活をして来たのであるから、よくもまあ餓死せずにここまでやって来たなと思う。そういう生活が親類からの理解も得られず、それどころか常に、陰であるいは面と向かって罵倒されるというおまけつきで、並みの神経ではまず不可能な人生であった。だが、その成果というものが、そこそこ評価されたことはあっても、それだけの話で、いつでもどこでも門外漢の気分を味わい続け、今なおその状態にある。自分の居場所がないという実感だ。これは社会的地位や肩書きに憧れがあるということではない。そういうものが仮に約束されても、そこから逃げるという気分がいつもある。「どうせ筆者など」といった卑下の気持ちというのではなく、どこかに収まって安住すればおしまいと思うからだろう。いやいや、そういう表現も当たっていない。誰か尊敬する人があって、その人の仕事や生活に憧れるという思いもないし、自分は自分、ほかの誰にも代えられない何かをやりたい。簡単に言えば作品づくりだが、そのことの中にこのブログも入っているとは言える。だが、筆者に関心を抱く人はほとんどゼロに等しく、罵倒する人ばかり多い。そういう罵倒も作品行為とすれば、世の中は筆者など全く取るに足らないどころではないほどのちっぽけな存在であるのに対し、筆者以外の全員がみな才能や有能さを持ち合わせている。昔、工芸家のある回に毎年出品していた時も疎外感を味わい続け、数年後に退会した。それを誰に惜しまれるものでもなく、目障りな奴が消えてせいせいしたと誰しも思ったに違いない。いや、それほどのことも思われなかったであろう。ある年の出品作に際し、ある審査員の先生は、「君の作はきれい事だ」と評した。これには参った。きれい事とは何か。それは最も侮蔑的な言葉だが、いいように解釈すれば、古典的過ぎて、ロマンがないといった意味かもしれない。もっと表現主義的であれと言いたいのだろう。この場合の古典は教条主義的との意味だ。あたりまえの技術であたりまえ過ぎるものを作って何が面白いのだという罵倒のつもりであったのだろう。だが、筆者はその先生の作品こそきれい事で、評される以前から好まなかった。その思いが伝わったのかもしれない。きれい事との評価は、筆者が脳天気で何も切羽詰ったことを考えていないという意味でもあるだろう。だが、その先生のように経済的に恵まれ、社会的地位もあるという状態にない筆者が、生活費をぎりぎり削って作る作品に、単にきれい事の思いを込めるはずがないではないか。だが、作品はいとも簡単にそのように侮蔑される。作家は傲慢で横柄なもので、ます他人を誉めない。醜い連中ばかりだ。
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 また、筆者の作品は思想や理論のようなものがないとも言われたことがある。それは簡単に言えば、師に就かず、芸術大学で教授の高邁な教えを受けなかったという意味だ。だが、そういう先生たちの作品にどれだけのきれい事でない思想、そして本当に独創的な技術や理論があるのか。それを言えば、悔しかったから芸術大学を出てみろと言われる。それほどに芸術大学の4年間は生涯の宝となるものであることを、その先生の批評の時ほど思ったことはない。だが、筆者は内心せせら笑った。『こっちが芸大で教えてやりたいくらいだ。』この考えはきっと傲慢だと思われるが、現実問題として、筆者の技術を持つ人がどこの芸大にもいないではないか。だが、日本という村社会の国は、そういう存在を半端者と見る。村に属さない存在を徹底して排除し、評価しないどころか陰で謗る.明治時代に中村不折という、中国の書に造詣の深い洋画家が中国の画論を紹介する本を書いた。当時これは日本では黙殺されたが、中国では翻訳され、重要な著作となった。日本で黙殺されたのは、不折がその分野の専門家ではなかったからだ。学者にすれば自分たちの領域を侵され、無視するに限るということであった。同じ体質は今はもっと強く、またあらゆる分野に及んでいるだろう。ある一定の枠に収まり切らない才能にとって、日本は生きにくい。そして評価もされない。筆者がそうだと言いたいのではない。筆者のような取るに足らない才能とも言えない程度の才能は、芸術大学生の足元にも及ばない素人芸だ。実際、筆者が昔所属していた工芸の会では、筆者が落選し、高齢ないしそれに近い素人同然の女性の作品が受賞したことが何度もあった。プロとして生きていた筆者の作品が素人の作品に劣り、技術も思想もないものと評価されたのだ。そして、その会を辞めた後、京都府主催の、審査員が全員異なる会に出品したところ、2年続けて染織では賞金つきの最高賞をもらい、作品は府庁の玄関に展示された。これをどう思えばいいか。それ以来アホらしい公募展に出品することをやめたが、他人に評価されて喜ぶ年齢を越えていたことにもよる。もう審査員にふさわしい年齢になったが、在野でいるとそんな話が来ることは絶対になく、相変わらず無能な奴と思われている、あるいはそれすらも思われていない。それは案外気楽で、きれい事、無思想、無技術と言われようが、好きな時に好きな作品を作ればいいという境地になりつつある。実は今日もそんなことを考えながら、次に作りたい作品のイメージがかなり固まった。この作品のためには遠方に取材する必要がある。それを来春と考えている。その作品を誰かに見せたり、また公募展に出品する考えはない。個展を一度東京で開催したいと考えるが、知り合いも少ないうえ、経費を思えばいつのことになるかわからない。誰も見に来ない個展のために数年の製作日数と、数百万円の経費をかけるとなると、馬鹿としか言いようがないだろう。いつまでもその馬鹿をやろうとするのが筆者であることは、この時間の無駄の長文ブログも端的に示している。今日の4枚の写真は去年10月24日の撮影だ。
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by uuuzen | 2011-08-11 23:45 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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