●嵐山駅前の変化、その121(駅舎から広場、脇道から広場)
地を放置して移転する福島県飯館村の人々を追ったドキュメントを昨夜NHKで見た。畑を少しでも手入れしないままに置くと雑草がすぐにはびこり、それがなかなか抜けない。



そしてそれが種をばら撒き、翌年はさらにひどいことになる。田畑は人間が絶えず面倒を見なければ、すぐに荒れてしまう。飯館村の人々がいつ故郷に戻れるのかと東電の社員の説明に食い下がる場面があった。社員はわかりませんと返答したが、実際そのとおりなのだろう。それを聞いて村人は、いい答えではないので、5年や10年は帰宅出来ないことを悟り、飼っていた牛を全部手放すシーンがあった。5年や10年はまだいい方で、チェルノブイリのように永久に戻れないかもしれない。飯館村は原発から30キロにぎりぎり接するが、海からの風の向きがちょうどまともに当たるところに接していて、それで放射能汚染が深刻なことになったようだ。村の高台から東を臨むと、太平洋が山の向こうに見えていた。その海沿いに建つ原発の放射能が風に乗ってやって来る。通常なら涼しい風で大歓迎なのに、それが地震をきっかけに反転してしまった。ある人は家の前に山桜を植えていた。それが4月中旬でもまだ固い蕾で、しかも雪がたくさん降っていた。その人の話によると、北海道の桜が咲いた後にようやく咲くそうだ。それほどに寒い地域で、福島の浜通りが夏でも過ごしやすいということがわかった気がした。それにしても、原発事故以来、普段見慣れている景色がある日急に残酷に見え始めたのではないだろうか。筆者は何度かそんな経験をしたことがあるが、それは個人的に何か落ち込むことがあった場合だ。原発事故も同じようなものと言えなくもないが、数代にわたってその土地で農業や畜産を営んで来た人たちが、全く寝耳に水の状態で村から退去させられるのは、誰を、また何をどう呪っていいのやら、とにかく途方に暮れるしかなく、そういう罪なことに対して原発学者や東京電力がどれほど思いを馳せていることかと思う。だが、どうせ他人事であり、飯館村に愛着があるはずもない。それに、民主主義の原理である多数決から見れば、飯館村の人々の数は無視出来るほど小さい。いや、福島県全体でも200万に過ぎず、そのために福島が原発をいくつも建てる場所として選ばれた。何か事があっても200万人そこそこの犠牲で済むと政治家や学者たちは計算したのだ。それに原発を建てたことで福島にはお金が転がり込んだが、それによって大きな街がいくつも出来ることにならなかったのは、そうなってもらっては原発事故の際に困るという思惑があったからで、福島の人々は結局うまい具合に騙されたのだ。これは他の原発でも同じだろうが、原発を誘致することで、たんまりと儲ける人物が村長になっていたりして、もしもの事故があっても自分たちは金もあるし、さっさと逃げ出すことが出来ると思っている。だいたい、みんなのためとかと大声で言う人物に限って、自分の得になることしか考えていないものだ。原発はその最たるものだろう。
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 飯館村の放射能のレベルはチェルノブイリ原発から1キロ離れた場所に匹敵する濃度と言っていた。即座に退避すべきレベルだが、国や県、東電の説明は切羽詰った様子が見えなかった。昨夜の番組で印象深かったのは、説明に訪れている原発学者で、その説明を村民が撮った映像がしばらく映った。その学者の話は最初から最後まで放射能はたいしたことがないということに終始したようであった。そこまで言うなら村にずっと留まるべきだが、話が終わるとさっさと逃げるようにして村を後にしたに決まっている。こういう学者がおそらく大勢いる。学者は賢いと自惚れているが、勉強のし過ぎで馬鹿になっている人物のことを言う。常識がなくなって、人の苦しみも感じられない。平気でお金をくれる存在の提灯持ちをする。それこそが学者で、地獄に真っ先に落ちるのはそういう連中だ。筆者が神なら、最も惨い地獄に真っ先に突き落としてやる。もっとも、学者がみんなそうと言うわけではないし、無垢なような村民、町民にも愚かな者はいっぱいいる。これは何度かこのブログに書いたが、わが町には桂川から引いた灌漑用水路としての古い小川が2,3本流れている。そこに平気でスーパーのビニール袋に入ったゴミを捨てるのがいて、みんな70代の老婆だ。そういう老婆はそれなりに大きな家に住んでいるが、ゴミを捨てる場所の真横に、「川にゴミを捨てるのは犯罪です」と大きな看板があっても平気なのだ。日本は河川が多く、流れも急で、ゴミをポイ捨ててもすぐに下流に流れて行き、何の心のとがめも感じなくても済む時代がかつてはあった。戦後すぐくらいまではそうだったろう。だが、そういう習慣が町中の川を全部泥だらけにし、たとえば大阪の河川の大半が道路になった。今大阪は躍起になって「水の都」を宣伝しているが、川に平気で物を捨てるモラルの片鱗さえもない大人がいる限り、かつての水面は道路のままにしておく方がよい。下流にどれだけゴミが溜まっても平気で、それはその近くの住民が始末すればいいし、それがいやなら上流に住めばいいと涼しい顔をする老人がどの町にもいる。そして、そういう程度の低い連中が付和雷同で自民党を支持し、原発の建設を推進して来た。筆者は政治には全く関心がないが、自民が駄目で民主を選んだ人が今回の地震と原発事故によって、たかだか2,3年政権を担当した民主をまた引きずり降ろそうとしている様子を見ると、暗澹たる気分になる。そういう連中が日本の政治を作り上げている。ふたたび自民が政権を担当して、いったい何がどう変わるというのか、おそらく日本が本当に沈没しても、まだ愚かな連中は「日本に生まれてよかった」などと言いながら、自民万歳と叫んでいるだろう。今はまさにその時だ。
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 荻生徂徠は何もしない武士でも経済を動かす存在で社会的に意味があると言ったが、江戸時代のそういう武士階級の考えは現在でもそのまま役人に引き継がれている。徂徠はまた、民衆は自分で考えることの出来ない愚かな存在で、武士が導いてやらねばならないと言ったが、これも現在の政治にそのまま当てはまる。地方自治体は国から金をより多くぶんどることしか考えず、自力で他県とは異なることをもっとして行こうという気力がない。あるいはそれはあっても国が許さないようになっている。江戸時代そのままの平成時代だ。むしろ悪化しているだろう。民主主義とはいえ、その本当の意味を理解している人は少ない。何しろ平気で川にゴミ捨てをし、民主が駄目と思えばまた自民万歳で、節操などどこにもない。だが、徂徠の考えに与しない学者はもちろん江戸時代にいたし、お上にとやかく言われずとも、町民だけでちゃんと自治は出来ると考える者があった。だが、その自治も、安土桃山の堺のような町全体というものではなく、五人組といった小さな組織でお互いを監視し合うという、幕府の思惑どおりに動くものでなければならず、その伝統が現在のたとえば町の自治会にバトン・タッチされている。つい先日の自治連合会で、京都市が作ったあるパンフレットを手わたされた。以前から噂を聞いていたが、それは自治会に加入する世帯が減少傾向にあるので、それを食いとめようという趣旨のものだ。その具体策がどう示されているのか、まだ読んでいないが、市としてはその方法を広く募りたい様子でもある。だが、自治会加入世帯を市が率先して増加させようというのはどういう理由からか。筆者は自治会長を担当して今年で3年になり、もう1年やるつもりでいるが、それは「自治」ということがどれだけ可能かを知りたいという思いがあったからでもある。だが、いろいろとわかって来たことは、自治会の上部に自治会を束ねた連合会があり、その上にさらに区内、そして市内を束ねる組織があることで、結局は頂点に国が控えている。もちろん国が自治会のことを決めるというのではなく、自治会独自で何かをすることは全くかまわないが、自治会のほとんどすべてに近い行事は連合会が決めたもので、自治会から吸い上げたお金で連合会は動いている。この図式は税金で自治体や国が動いているのと同じだ。去年わが自治会内のある人と話をしていて、「自治」というのであれば、連合会にお金を上納せず、わが自治会だけ独立して行事などをやればいいではないかという意見が出た。だが、自治会に配布が命じられているチラシやパンフレットは、区や市が製作したものが多く、また市民新聞の配布も担当している。そしてその作業を担当することで、市からお金が出る。それはわが自治会は全額自治会費に組み入れているが、市としては職員に本来やらせるべき仕事を、最も効率よく自治会で担当してもらえるのであるから、こんなに便利で安いことはない。結局自治会とは名ばかりで、区の出先機関のようなものだ。こういう状態は戦時中の国家による統制をそのまま引き継ぐ側面を持ちながら、一方では江戸時代の武士による管理からもつながっている。
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 最初に農地のことについて書いたが、日本は農民が多く、地面に縛りつけられてあまり変化を好まない性質が長年の間に遺伝子レベルまで浸透した。であるので、一旦自民と言えばすっとそれでよく、変化を好まない。自民の実態、実質がどう変化しようが、その名前の響きを祖父の代から心底好んでいるので、政治の中身をまともに判断出来る頭がない。狩猟を主にする民族なら、明日は食料を確保出来るかどうかわからず、常にあちこち移動して、いろんな状況に応じて行動しなければならない。もちろん農民も品種改良など、似たようなことはするが、同じ土地に縛りつけられることの意味は大きい。つまり、変化は好まないのだ。それが自民万歳に直結している。どんな存在でも長年の間に腐敗する。20年近く前から、ある人とたまにそうした政治がらみの話をするが、その人は日本が一度ドン底に転がり落ちないと、現実に目覚めないと言っている。そのドン底のひとつのきっかけが今回の地震と原発事故であったはずだが、現状を見ているともう日本は政治の自浄作用も働かなくなっているかのようだ。だが、政治家だけの責任ではあるまい。むしろ国民が悪いのだ。民主が駄目なら自民と簡単にまた元に戻り、そしてまた駄目なら民主を選ぶのであろうが、毎年、いや3か月に一度選挙をして政党を変えればいい。昨夜ネット・サーフィンをしていて、興味深い質問に出会った。去年書き込みされたものだ。福島原発にチェルノブイリ級の事故があった場合、放射能の影響はどうなりますかという内容で、5つほど答えがあって、そのうち4つは、福島はチェルノブイリとは原発の仕組みが違うので、事故が起こるはずがないと書いていた。ベスト・アンサーに選ばれたのは、冷静に判断した内容で、しかもチェルノブイリ事故と照らして、福島原発から半径300キロは住めなくなるだろうとしていた。半径300キロは甲府までだ。東京はすっぽりと入る。千葉の柏市では、即座に避難した方がいいレベルの放射能が検出されているが、それは当然であろう。だが、不思議と関東で放射能パニックは起きない。放射能が目に見えず、ひとまず体調に変化も感じないからだ。だが、精神的にはどうか。不安を抱えて生きることほどつらいものはない。将来的には関西へ移住する者が急増するのではないか。そして大阪が首都となり、京都御所に天皇が住む。そうなればまた日本は新たな活気が出ていいだろう。もちろんその場合は若狭湾にある原発群を縮小して行く方向であらねばならない。
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 TVは当初放射線と呼んでいたのが、いつの間にか放射能が使われるようになったのは、恐怖を伝える意味ではよいことに思うが、それにしてもストロンチウムやプルトニウムなど、セシウムより最も恐ろしい放射能が漏れていることをほとんど報じない。今朝筆者はぼんやりと秀吉が家康を江戸に左遷させたことを思っていた。秀吉がどこまで先を見通していたかわからないが、江戸はいい土地ではないことは知っていた。徳川幕府が栄えて江戸は日本の首都になったが、その延長上に福島に原発を作り、そのつけが東京に回って来ていることを、秀吉はどう思っていることだろう。先に書いたように、結局上方がよかったのだということになれば、日本は改めて京都や奈良の歴史を誇り、そこからつながっていることを再認識した国政を行なうことになるのではないか。人口も減少して来ていることでもあり、日本はそろそろ関西に遷都した方がいいかもしれない。江戸時代は各藩が独自色を出そうとして、幕府の存在はあっても、日本はきわめて多様化していた。それが昭和になって画一化が完成したが、そこには自治の精神など全くない状態で、誰かが何とかしてくれるだろうと、それこそ徂徠が思い描いていた民衆像そのままが温存されている。今日掲げる駅前写真は去年10月10日の4枚だ。当初このカテゴリーは自治会に関することを主体に書いていた。今日は原発事故に絡みながらそこに戻った。その意味で筆者の書いていることはそれなりにつながっている。国を揺るがすほどの大事故であっても、その根幹は個人の生活への姿勢だ。個人は好き勝手に生きることを許されているが、その好き勝手の中に、始末する精神や、また他人に迷惑をかけない、あるいは人の悲しみを自分のことのように想像してみるといった常識は、誰に言われずとも持ち合わせるべきであるはずなのに、それがわからない大人が増加しているとすれば、国の将来はもうないだろう。日本の黄金時代の終焉はもう誰しも予感しているのではないか。だが、何度も書くように、政治が悪いとすれば国民が悪いのだ。明治時代に政府は外国から科学と技術を積極的に輸入したが、キリスト教は仏教界の反対によって広まらなかった。西洋の科学や技術は宗教や思想と直結したものであるから、西洋にすればきょとんとしたが、日本は仏教や儒教があるので、その心配は無用と言った。だが、その仏教や儒教が今ではすっかり骨抜きにされた。宗教や信仰心の欠如した状態で科学をやるから、それは地震国にふさわしくない原発を平気で造ることにつながる。明治維新の頃に西洋が心配してくれたとおりに日本は進んで来ただけのことだ。
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by uuuzen | 2011-07-24 13:08 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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