●嵐山駅前の変化、その118(駅舎から広場)
姿が整って来た阪急嵐山駅前の広場、今日は去年10月1日撮影の2枚を掲げる。これは駅舎のチケット売り場左手の排水用の蓋の上で定点撮影しているものだ。



そこは駅前広場の改装後もおそらくそのままと予想したが、実際そのとおりで、蓋の周囲のコンクリートは新しくなったが、その下の配管までは手をつけられず、蓋の位置も変わらなかった。そのため、現在でも同じ場所から同じ角度で撮影することが出来る。駅前広場はすっかり変貌してしまったので、広場内で撮影していた写真は以前の目印がわからなくなってしまった。それで、今後は微妙に角度が違うものを掲載する場合もある。今日掲げる2枚にしても、同じ場所に立ちながら、毎回全く同じ部分を切り取って加工しているかとなると、そうではない。きちんと写したつもりが、わずかに以前のものとは左右上下がずれることがままある。それはいいとして、嵐山駅は桂川のぎりぎりという場所にはないが、これをもっと桂川寄り、今の位置より100メートルほど改札口を移動すればいいという話を、去年府庁で会った府会議員が語っていた。その議員の勝手な思い込みなのか、将来的にはそうしたいという京都府の考えを代弁したものかは知らない。だが、100メートル前進させるには、線路が坂を上る必要がある。土地が古来、桂川が氾濫しないように高くされて土手状になっていて、そこに駅を作ることになる。これは終点に停まろうとする電車が、よいこらっしょと最後のところで坂の上るのであるし、また電車が坂に停まるのではブレーキの問題もあって、どうも現実的とは思えないが、坂の下を掘って地下ないし半地下に駅を作るのは出来る。景観上それもいいかもしれない。だが、わずか駅を100メートル移動させる意味があるかどうかだ。これについては、渡月橋をわたって北、天竜寺の前の京福電車の嵐山駅とあまりに離れてお互いの駅からは見えないので、それを少しでも改善するために阪急がにじり寄ればいいという考えだ。というのは、阪急嵐山駅はかなり目立ちにくく、京福の嵐山駅からやって来る客はよく迷う。筆者はたびたび駅の場所を訊ねられる。そういうことのないように、駅を100メートルほど移動させ、京福の駅に少しでも接近させようということなのだ。だが、この話は、阪急は全く念頭には置いていないだろうし、地元の考えもある。
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 現在の駅の位置はなかなかよく考えられていると思う。改札を出ると、今日の2枚目の写真からもわかるように、真正面に小倉山が見える。日本の古典文学に関心のある人なら、それだけでもこの駅が絶好の場所にあることを知る。だが、肝心のこの景色は駅前にホテルが建ったことで、現在これを書いている時点ではもうない。だが、ホテルの宿泊客は真正面に小倉山を見ることが出来る。今まで駅を下りた人は無料でまずその小倉山に迎えられたのが、ホテルにすっかりそれを奪われてしまった。そのため、筆者がこうして掲げる駅前写真は、もう二度と拝めない小倉山を写して貴重だと言える。また、駅を下りて小倉山を見たいとなれば、先に書いたように、駅を100メートル北に移設すればよい。そうなると、駅前ホテルを越えた位置になり、駅前ホテルは駅後ホテルになってしまうから、ホテルから苦情が出るだろう。そうすればホテルはまた100メートル北に移設し、桂川上に建てねばならない。馬鹿な話はやめにして、去年の春から、筆者はこの小倉山をさまざまな場所からさまざまな季節と時刻で撮影して、北斎の「富嶽三十六景」になぞらえて「小倉山三十六景」をまとめてみようと考えている。ただし、写真だけは面白くないので、短歌か俳句を添える。当然小倉百人一首からすれば短歌であるべきだが、ほとんど短歌を詠んだことがないので、勉強しなくてはならない。そう考えていると、「小倉山三十六景」の企画はかなり先送りになる気がするが、写真は3枚ほどすでに撮った。この山は桂川右岸からも見えるし、また左岸なら桂川を数百メートル遡ったところからも見える。そういうことに昔から気づいていて、山そのものを被写体にするのではなく、「富嶽三十六景」のように、山は小さくてもその周囲のものが姿を変えれば面白いシリーズになると考える。36枚なら1,2年で充分撮影出来るだろう。問題は短歌だ。恋の歌を詠みたいが、これは難しい。こうして書いていると、きっと誰かがアイデアを頂戴して筆者がやる前にやってしまいそうだが、ここにこうして書いておくと、筆者のアイデアであることがわかる。わかったところで、先にやったもん勝ちで、ここに書いてもアイデアの著作権を得ることは出来ないか。アイデアはあまりこういう場所に書かない方がいい。書くとしても半ば仕事が終わった頃がいい。ネット上にあるものはみんな無料で、アイデアでも何でもパクリ放題と誰しも思っている。ある人がブログをやめた時、それをそっくりそのまま乗っ取って別人がまた始めたことがあることを、このエキサイト・ブログの「お知らせ」で読んだことがある。そんなことをして何の意味があるのかと思うが、そこそこの内容充実であれば、それをみすみす捨てるのはもったいないので、代わって自分が運営するということなのだろうか。となると、筆者のこのブログも筆者がやめた後、誰かが筆者になり代わって続きを書くことも出来るかもしれないが、毎日こうした長文となれば、ま、誰も出来ないだろう。出来ても筆者と同じような文体や内容、調子にはなるはずがない。
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 もう一段落書いておこう。今日の冒頭の一文字は「姿」だ。この文字は響きがいい。つい美人を想像してしまう。そうそう、筆者は人間をほとんど撮影しないが、撮影してもこのブログには載せられないことも理由だ。また、人間を撮るならやはり美人だが、この美人を本当に美人と思わせるように撮るのは難しい。相手がカメラにかまえてしまうからだ。それを言葉や態度で解きほぐすのがカメラマンの腕前だが、それでも限界がある。男女の壁といったものがたちはだかるからだ。これが恋愛関係のある男女の間柄なら思いどおりのいい写真が撮れるだろうが、さまざまな美人を撮るのに、毎回その美女と恋愛することは不可能だ。それで美女専門の写真家は、美女の表面的な美だけを撮ることで満足するほかない。だが、近年は事情が変わって来たかもしれない。女はカメラに生まれながらに慣れていて、どういうポーズをすればどう写るかをよく知っている。だが、それはカメラマンからすれば手っ取り早くいい写真が撮れるかとなると、また話が少し違う。若い女性がカメラ慣れし、カメラ向きの表情をよく知ったあまり、誰を撮っても同じような写真になってしまう。ここに、はたとまた人間の顔を面白さや不思議さを思う。味のある顔はだいたい男なら老人になってからだが、女性の場合も本当はそれは同じであるはずなのに、誰も老婆の顔をじっくり見たいとは思わない。それで女性は自分が若い頃しか価値がないとたいてい思い込んでいるだろう。だが、その若い頃は確かに若さの美と呼ぶべきものはあっても、それだけのことで、誰もみなさして変わらない。つまり、「味のある若い美女」という考えは矛盾ということだ。また、ある美女と肉体関係を持ち、自分にだけしか見せない表情を撮影出来たとして、それは他人が見ても「味のある若い美女」に見えるかどうかの問題もある。つまり、そういう写真は個人が思い入れによって楽しむだけのもので、作品として見た場合の写真にはなりにくいのではないか。作品は誰が見てもある程度その美が伝わるというものと定義するならば、美女は美しい果物か野菜のように撮影すればよく、結局それはファッション写真のようなものにならざるを得ないかもしれない。だが、そういう写真はもう食傷気味であるし、筆者は撮りたいとは思わない。そこでまた筆者好みの美女をと考えるが、若い美女を「味のある」存在に仕立て上げるのは、時間も才能も要するし、またそうなってもらったとして、それをそのまま写真に定着させ得る機会もごくわずかなはずで、そこまでして女の写真を撮ろうとするほどのエネルギーは筆者にはない。
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by uuuzen | 2011-07-21 12:32 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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