●嵐山駅前の変化、その115(駅舎から広場、脇道から広場)
上がりしているのを実感するのが野菜だ。昨日のTさんの電話では地元福島産の野菜が安く売られているとのことで、またTVでも今まで地元産を食べていたのが、関西から取り寄せていると語っている人があった。



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東北へ回す分、関西の野菜の価格が上昇しているだろう。そう言えば筆者は去年までは好きな万願寺とんがらしがをよく買ったが、今年は一度もまだ買っていない。商品が目にはつくが、去年の半分ほどの量がビニール袋に入っていて、価格の割りに量が少なく、手が出ない。そう言えば今年は生姜も山椒も買わずで、これも好きなそら豆も食べていない。トマトは仕方なしに買うが、卵ほどの大きさのものが3個で200円する。この調子で消費税が10パーセントになると、食料品はもっと買いにくくなる。昨日の国会では日本の電気代が韓国の3倍と言っていたが、なぜそうなのか、為替の問題もあるそうだが、それでも3倍というのは、どこかで誰かががっぽりと利益を抜いているからで、電力会社や政治家がそうなのだろう。巨大地震が起こっても日本人はおとなしいと世界から賛嘆、もしくは不思議がられていた。それだけすっかり骨抜きにされて軟弱であるからで、政治家にとってはどうにでも動かせる人形だ。電気代が韓国の3倍と聞いても、相変わらず「この国に生まれてよかった」などという言葉にみんな酔いしれ、搾取されていてもいっこうに抗議もしない。「この国に生まれてよかった」という言葉は、外国で暮らしたことがないか、語学力が貧困で、頭の悪い連中が言う。「よかった」ではなく、「よくして行こう」と言うべきで、「よかった」は現状維持派、先に書いたように政治家にいいようにされる連中だ。だが、そういう日とが大多数を占めるからこそ、戦後の日本は経済的に成功した。みんなが同じ方向に向いて文句ひとつ言わずに頑張るというやつだ。その一方で大きなつけを子や孫、ひ孫の代に回して平気であるから、きっと後の代では「こんな国に誰がした」と現在生きている大人の無能ぶり、無恥ぶりを批判する者が大多数を占めているに違いない。ドイツが原発をやめることにした大きな理由は、子孫の代に負債を残したくないという考えを国民の多くが持っているからだ。日本に徹底的に欠けているのはそんな思いで、自分さえよければ周囲はどうでもよいと思っている。その顕著な例が今回の地震や原発のその後で、どうせ人口が少ない原発20キロ圏内の住民、抗議で騒いだところで高が知れていると政治家は素知らぬ顔であろうし、国民も内心同情はするがそれだけのことだ。自分でなくてよかったと思うのが落ちで、適当に慰めの言葉でもかけておいて、自分に憐れみみがあると思い込むからなお始末に悪い。そんな状態であるから、子孫の代に負債を残さないなど、全く頭の中にはない。どんどん国の借金を増やし、いずれどうにかなると思っているところに、今回の原発事故だ。その処理が数十年単位の年月がかかるというから、何でもかんでも後の代に委ねようということがついに極まった。ところが小子化であるから、おそらく将来は日本を脱出する者が続出するだろう。地震によってかえって日本に結束力が生まれると期待する向きもあるが、その反対のことも考えておくべきだ。楽観論こそが今回の原発事故を招いたのであって、もうそろそろ最悪のことを考えて政治も動くべきだ。つまり、結束力がさっぱりなくなり、どんどん日本が没落するという図式を思い描き、そうならないようにどうすべきかを考えろということだ。楽観論が出ること自体、すでに本心としては悲観論があるからだ。であるので、悲観に思っておいていい加減だ。
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 最近河原町にあった不二家のレストランが閉鎖した。4,5年前か、不二家が消費期限の過ぎた牛乳を使って菓子を作っていたことがばれて、会社のイメージを急速に落とした。河原町のレストランもその影響を受けた格好だろう。今朝のネット・ニュースに、福島の放射能汚染された原乳が関西に密かに運ばれて、放射能のない原乳に混ぜられているというのがあった。捨てるのはもったいないので、健康に被害のない程度に希釈するという考えはわかる。だが、それを秘密裡にして大儲けする連中がきっといるはずで、不二家の事件よりえげつない。何か事があれば、必ずそのことを悪いように利用して金儲けするのがいる。地震で海外のメディアが日本人のおとなしさを賛嘆したのは全くの見当違いで、えげつないことをする連中はこっそりと長期にわたってそれを徹底してやり続ける。その一例が放射能汚染原乳の疑惑で、同じような問題は今後洪水のように溢れ出て来るに決まっている。だが、健康に被害のない程度に放射能をうすめて食べ物を販売するというのは、いいアイデアだ。なぜなら、元々食べ物には微量の放射能が入っているから、それと同じ程度までに希釈されるなら何の問題もない。だが、それは可能か。それに、当然その決定は国がやるべきであるし、またそうして加工した牛乳であることを明示する必要がある。筆者はそのようにして放射能を限りなくうすめた安全な牛乳なら買うが、それは経済的な事情による。筆者はほとんど牛乳を飲まないが、家内が毎日欠かさずに飲むので、スーパーではいつも1リットル入りを買う。その時に選ぶのは加工乳や低脂肪のもの、あるいはカルシウム入りなどではなく、ごく普通の牛乳で、しかも最も安価なものだ。筆者が買う倍の価格のものがたくさん並んでいることは知っているが、経済性からそれには手が出ない。つまり、筆者のような貧しい者は、放射能原乳を希釈したものを最も買う、あるいは知らずに飲む層に属する。ここに、筆者がよく書くように、経済的弱者が常に危険にさらされる現実がある。消費税の問題も同じだ。一番生活に差し障りのある者は低所得者だが、政府はそういう人には一方で別の保護政策を講じると言うが、その施策から洩れる経済的困窮者が必ずいるし、またそういう施策を取る以前に、消費税を野菜や魚などの日常的な食料品に限り率を下げればいいだけの話なのに、なぜかそういう論議は活発化しない。放射能原乳のニュースの前に昨日は福島産の牛肉が内部被爆していることがわかった。そうした肉もそのまま捨てるのがもったいないので、ミンチにして放射能汚染されていないものと混ぜればいいではないか。そして、そういう肉や牛乳を、国民全員が食べることを義務づければいい。だが、きっとそんなことになっても、金持ちは食べないように立ち回る。一番いいのは、原発学者や地震学者、それに東京電力の幹部に食べてもらうことだ。そうした日とが率先すれば、みんなは見上げた日とだと褒めたたえる。
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 ともかく、放射能の恐ろしさは毒程度ではない。毒なら解毒させる何かがあるが、放射能は蓄積され、煮ても焼いても変化せず、それを体内に持った存在が灰になってもそのまま残る。それに比べると、毒など何とかわいいものか。それほど恐ろしい放射能にあまりに鈍感なのは、やはり見えないからだ。放射能にもし赤い色がついていたならば、原発の建屋が爆発した時、そこは火山の噴火か、血しぶきの噴出に見えたはずで、その赤い色がうすまりながら上空を漂い、海に拡散し、そして気流に乗って東京、あるいは世界中に広がって行き、今も広がっている光景を思う。現実にそうであれば、その赤い色を見て、みんな大慌てでその色を避けようと逃げ回るが、金のある人はさっさと国外逃亡する。そのため、政治家にとって本当によかったのは、無色で無味無臭であることだ。それが最大の理由ともなって、日本にたくさんの原発が出来た。事故があって多少の放射能が放出されても誰にもわからない。だから、やりたい邦題だ。大丈夫、大丈夫、みんなで食べれば恐くない。「放射能○○ミリシーベルト入り牛乳」を政府が売ればいい。そこには当然「○○ミリシーベルトなら毎日バケツいっぱい飲んでも健康に被害はありません」の謳い文句が印刷されるが、はははは、実はその「○○ミリシーベルト」は「○○シーベルト」の間違いで、桁を3つほど勘違いしていましたと、10年後くらいに誰かにすっぱ抜かれて謝罪していたりして。不二家なら店をたたんで済むが、これが国なら総理や政党を変えただけで済む話か? それでも国民は総理や政党だけ変えればすっかり子孫の代までつけを回さないで済むと勘違いしているようで、日本が没落に向かうとすれば、国民にすべての責任があったことを自覚しておいた方がよい。少なくとも海外の民主主義国家はそう見る。ともかく、放射能にたとえ色がついていても、それで益があるのは海外逃亡が出来る金持ちだけで、大多数の人は結局どうにもならない。そのことを黒澤明の映画『夢』が描いていた。黒澤がいかに優れた監督であったかは、その『夢』1本を見ただけでわかる。この映画を平安画廊の中島さんにかつて語ったことがあった。筆者の話を興味深く聞いた中島さんだが、ビデオを借りて見ただろうか。福島原発の事故を知らずに亡くなった黒澤監督や中島さんのことを思うと、人間は長生きするといやなものもたくさん見るという、去年の秋にあった葬儀の際に語った僧の話を思い出す。その一方で、またたとえば黒澤監督が原発事故を目の当たりに見たならば、どう反応し、どのような映画を撮ろうとしたかを思う。そして、そこからは現在生きている表現者が何をすべきかという問題意識が浮上する。前にも書いたが、原発がこれほど多く日本に建設されたのは、エネルギー不足の理由が大きいが、北朝鮮の核開発疑惑に対して、日本もいつでも核武装出来る用意だけはしておくべきという、政府筋の暗黙の了解があったように思える。プルトニウムを青森で製造し、それを蓄積すれば数年も要さずに核爆弾が製造出来る。原発問題は国際問題と絡んでいるはずで、他国への疑心暗擬が原発事故を招いたと見ることも出来る。さきほどネット・ニュースに山本太郎が佐賀県庁で抗議運動に参加したとあった。なかなかやっているではないか。どうせあんなことをしても何にもならないと思う日とは、先にも書いたように、地震や原発の被災者に表向きだけ同情するような醜い連中で、そういう人間(「ひと」と打つと「日と」が最初に出て来るので今後は「にんげん」にしようかと思う)が多いから原発事故の人災もあったということだ。今日は去年9月28日の阪急嵐山駅前の工事中の写真4枚を載せておく。
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by uuuzen | 2011-07-13 16:58 | ●駅前の変化 | Comments(0)


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